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『 花ぬすびと 』 新藤涼子
庭いちめんの
桜の花びらを踏みしめて
姫気分となった朝
空も桃色になまめいて
遠くの海に溶けていった
きれいなものはぬすんでいいのよ
そんな声がする
いい匂いするから
全部ぜんぶ
開けてね
窓も こころも
千年の血をしたたらせる花の
そんな声が
わたしのこころをぬすんだひとはいなかった
あのひとたちのこころ
にぎりしめたことはなかった
わたしのこころを捧げたかった
咲いた色のまま
うるわしく老いて
風をふるわせ
花はこころを閉じない
ついに訪れなかったものを待ちながら
らんまんと
花は
手のひらを透かして
ひとつひとつの約束をたぐりよせる
記憶がこころを殺す
生きられないから
忘れる
桜は吹雪さ
なにもかも 忘れる
崖のふちで花の小枝に手をのばすと
たけのこが
眼の下の竹林からいっせいに空を刺し
わたしの眼に飛び込んでいる
さて 今夕
たけのこを煮て
山椒散らして食べること
新藤涼子の詩集より
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詩と思い出(5)
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『 アンタッチャブル・ワールド 』 征矢泰子
汗ばんだあなたの裸身を両手でだきしめるとき
わたしはのこされた最後の現実に触っているのだ
もっと多くのものに触りたい手のさびしさは
氾濫するうつつの映像にただむなしくさしのべられて
さわれないうつつ、ふれあえないうつつ
こんなにもたえずいっぱい見つづけながら
その指先はけっしてとどかないうつつは
鏡の中にとじこめられている
目ざめても目ざめてもまるでなおゆめのつづき
のようなこの日々のよそよそしさは
少しずつたましいをやせほそらせてゆく
溺れても溺れても濡れない海の中で
生きているうつつにさわれないでなお生きていく
身体はどこまでたましいを生かしつづけることができるだろうか
どれほどにはげしく、どれほどに深く
あなたに触りつづけたとしても
一人のあなたでは世界はまずしすぎるとしたら
征矢泰子の詩集より
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『 花の一瞬 』 司 由衣
有用のもの
無用のもの
振り分けながら
思う
ラインを飛び超えなければ
次のゴールは見えない
過ぎ去った日の出来事は
みんな棄てたね
袋詰めにして
ほら 見てごらんよ
惜しみなく切り捨てた枝や葉の下から
早くも咲きかかる
花の一瞬がある
司由衣の詩集より
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『 熱帯植物園 』 関口涼子
鳥が鋭い啼声をひびかせる
空間を切り裂くラインをになって飛び立つ
目には捉えにくい刻々の変移と振動を背負って
声なく動かずにいるものの背後で
不規則な時の揺らぎを名づけようとし
思考の散乱する薄片を
彫りとどめようとするものの前で
関口涼子の詩集より
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『迷い子の道』 岸田衿子
あの青い花の咲く道は だれでも
いちどは迷い子になるのです
さっき来た道を 行ったり戻ったり
迷い子になったことが 嬉しいから
道に迷う、
進路を迷う、
選択を迷う、
迷った人を探す、
迷ったことを悔やむ、
迷いにはなにか、徒労をともない、
悲しみややりきれなさをともなうような思いがしていた。
でも、迷って楽しいことだってある。
迷ったことで発見できる風景もある。
迷ったことが次につながることもある。
迷って嬉しい、という気持ちを持てる、
そういう視点をくれたことがなぜか嬉しく、
この詩を引用した。
迷い子の道、
悪くないなと思う。
岸田衿子の詩集より
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