鉄道博物館の部屋

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『9850形式蒸気機関車』というのは、東海道本線が現在の御殿場線経由だった時代、

急勾配でも大きな牽引力を得られるように導入された

「マレー式」蒸気機関車です。



「マレー式」とは、

フランスのA・マレーが開発した複式シリンダー関節構造の蒸気機関車で、

シリンダーおよび動輪を前後に2組配置し、後位の台枠はボイラーに固定、

前位の台枠はボイラーに対して可動する「関節式台枠」になっています。

これにより、動輪数が多くても、曲線をスムーズに通過することができ、

又、動輪数の割りに軸重を小さくできることも特徴で、

鉄橋などへの負担が少なく有利でした。

動力となる蒸気は、まず後位側の高圧シリンダーで使い、

そこから排出した蒸気を前位側の低圧シリンダーで再び使用する「複式」方式でした。



ここの鉄道博物館で展示している9856号機(全長 18.9m、1913年にドイツで製造)は、

当初沼津に配置され東海道本線で活躍していましたが、

その後、直江津に転属して信越本線で運用されました。

1924(大正13)年の配車後、鉄道博物館(のちの交通博物館)に展示され、

複雑な構造が分かるように一部が切開されています。

なお、同車両は現役引退時の仕様で展示されているそうです。


この車両は下からも覗けるようになっていたので、

階段を下りて機関車の下に潜って、下から上を覗いてみました。

機関車の下を覗いたりしたのは、初めてでしたが、

分厚い重そうな鉄の車輪やその中の複雑な内部構造の仕組みを見ることができるので、

興味のある人には、たまらなく面白い展示物だろうなあ〜!!と感じました。

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先日、今度は友人と鉄道博物館に行ってみました。


「前回に見られなかった『模型鉄道ジオラマ』を今回は是非見よう!!」と

鉄道博物館に入館したら、まっしぐらに2階のその場所へ・・・。

今回は、12月中旬の平日の午前中ということもあって、

入場者列に並べば、入場者制限にも引っ掛らずにスムーズに入る事ができました。



『模型鉄道ジオラマ』のある部屋の中は、

風景や建物などを精密な模型で再現した世界の中を

模型鉄道が縦横無尽に走り回ることのできる『模型鉄道ジオラマ』と

シアター状に6列・計210席のスタンドベンチと、子供用のシートや車椅子スペースを

設置した観覧席とがあります。



ここの『模型鉄道ジオラマ』は、

国内最大の鉄道をテーマとしたHOゲージのジオラマで、

約25m×8mもの大きさがあり、線路総延長は、1,400mもあるそうです。

HOゲージとは、在来線車両80分の1・新幹線車両87分の1の縮尺です。



JRの制服を着たスタッフの方によるライブ運転では、

まだ夜も明けない真っ暗な空の中、始発の電車が出発する駅の様子、

朝になり、慌しいラッシュ時の駅の様子、

新幹線「こまち」や「はやて」、

「スーパービュー踊り子」や「あずさ」などの特急電車の様子、

そして、真っ暗な夜、寝台特急「カシオペア」がひたすら走る様子など、

時間とともに変化する鉄道の風景が見られます。

スタッフの方のわかりやすい車両の説明やエピソードの紹介などもあり、

模型車両を楽しく見ながら、鉄道に関する知識を膨らませることもできます。


その日は幼稚園位の子供達が沢山来ていて、前にある子供用シートに座っていましたが、

列車が動き出す度に歓声をあげ、食い入るように「鉄道模型ジオラマ」を見ていました。


ここは、子供だけでなく、大人もじゅうぶんに楽しめる場所だと思いました。

子供の心に帰れる場所でした!!

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この車両は、戦前の日本を代表する特急「富士」に連結する為に製造された

1等展望車です。

鉄道黄金時代を象徴するような豪華さで製造された車両です。


写真では見えませんが、この展望車の車体の横の白い帯があるのですが、

それは、1等車のシンボルです。



展望車は車窓を楽しむ大型の窓、展望デッキなどを備え、

優等列車の象徴として列車の最後尾に連結されました。



日本で展望車が定期列車に使用されるようになったのは、

1912(明治45)年6月からで、

新橋〜下関間で運転を開始した特急列車が最初だったようです。

その列車が1929(昭和4)年から「富士」と命名されました。


列車名の由来は、日本を代表する山「富士山」からとされていますが、

一般からの公募によって決められたそうです。



展望車は当初、木造だったそうですが、

時代が昭和に入る頃から客車の鋼製化が始まり、

その流れに乗って、展望車も鋼製で製造されるようになりました。



写真のマイテ39形式客車は1930(昭和5)年に鉄道省大井工場で製造されました。

全長は、20mで、定員は24人です。



この展望車の最大の特徴は、「桃山式」と呼ばれる車内のデザインです。

御殿造りを取り入れ、柱や壁は黒漆塗り、

隅々には金の飾りをあしらった豪華な雰囲気になっていました。


室内の構成は、展望デッキ・展望室・談話室・区分室・給仕室・

洗面所・便所・車掌室・デッキとなっています。

展望室には、応接間のようにソファーがあり、絨毯が敷かれ、

職人の技を駆使した贅沢な造りです。




戦時体制の強化によって、特急が廃止されてからは、

すべての展望車がしばらく使用停止となったようです。

1949(昭和24)年9月にようやく特急が復活することになり、

「へいわ」と名づけられた列車にスイテ39形式が連結されました。

この列車は翌年「つばめ」と改称されました。

この頃から、優等車両を中心に冷房装置が取り付けられるようになり、

スイテ39形式も車体重量がかさんだ為、改造され、

マイテ39形式となりました。

1960(昭和35)年には、展望車を使用していた客車特急が全て電車化され、

展望車の定期運用はなくなりました。


鉄道博物館に展示されている展望車の塗装は1959(昭和34)年のものです。

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C57形式は、1937(昭和12)年に完成したテンダー式蒸気機関車です。


テンダー機関車というのは、蒸気機関車の一種で、

機関車に炭水車(テンダーとも呼ばれる。ボイラーに投入する石炭及び水を積載した燃料

運搬車両)が接続された形式の機関車のことです。



C57形式は、前年に誕生した貨物用テンダー式のD51形式に引き続き、

近代化標準機の第2弾として登場しました。


C57形式の軸配置は、C51形式から続く先輪2軸、動輪3軸、従輪1軸、

動輪の直径もC51同様の1750mmという日本では最大径のものを採用したそうです。


その構造は、スポーク式ではなく、「ボックス動輪」となっています。


スポーク式の動輪の構造は、D51形式に見られるもので、

車輪の中心からスポークが放射状に伸びたものです。

これに対して、「ボックス動輪」の構造は、

円板の輪心にいくつかの円形に近い穴が開いたような形状のものです。

ボックスタイプの輪心は、中が空洞の箱(ボックス)状になっています。

ちょっと見ただけでは、輪心が鉄の塊でそこに穴を開けただけのように見えますが、

中を空洞とすることで、軽量化を図っているのです。



「ボックス動輪」は軽量ながら強度がある為、

日本では、D51形式に引き続いての採用となり、

以後の国鉄新製蒸気機関車はすべて「ボックス動輪」となったようです。


写真の『C57 135号機』は、1940(昭和15)年に三菱重工業で製造され、

全長は、20.3メートルあります。



当初、高崎に配置され、高崎線や首都圏で運用されましたが、

1952(昭和27)年に北海道に渡り、寒冷地対策として、

密閉式運転室に改造され、函館・室蘭・根室本線などで、

旅客列車を牽引したそうです。



国鉄の蒸気機関車は、1975(昭和50)年度まで使用されましたが、

旅客用としては、C57形式が最後まで残りました。


蒸気機関車牽引による最後の定期旅客列車は、1975年12月14日に運転された

室蘭発岩見沢行き 225列車でした。

この時にこの牽引機に抜擢されたのが、岩見沢第一機関区に配属されていた

135号機だったのです。


この135号機は、蒸気機関車による最後の旅客列車を牽引した機関車として

1976(昭和51)年に交通博物館に展示されました。

そして、今回、鉄道博物館では、煙突の回転式火粉を取り外し、

現役引退時(1975年)の仕様で展示されているそうです。

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鉄道博物館には、列車だけでなく、

「国鉄バス第1号車」(鉄道記念物) も展示されています。

「国鉄バス第1号車」が初めて走ったのは、

1930(昭和5)年12月20日、岡崎(愛知県)〜多治見(岐阜県)の間です。


初の省営乗合自動車、国鉄バスは、7台の車両で運行を開始しました。

展示されている「国鉄バス第1号車」はその内の1つで、

日本に現存する最古の国産バスということになります。



昭和5年当時、国内で使用されていた自動車の大部分は、

フォード(アメリカ)やウズレー(イギリス)などの外国車でしたが、

初の国鉄バスの7台は、シャーシから部品に至るまで、

すべて国産品で生産されたそうです。


鉄道省は初の国鉄バスに、石川島自動車製作所のスミダと、

東京瓦斯電気工業のTGEを採用し、

倉田組鉄工所自動車工業部と脇田自動車工業で製造したボディーを架装しました。


鉄道博物館に展示されているものは、東京瓦斯電気工業のTGEだそうです。


このバスは、全長6.265m、全幅1.93m、高さ2.55m、

最高出力75馬力(3000回転/分)、排気量4,730cc、定員20〜30人、

後部には荷台も備えています。


「国鉄バス第1号車」は、わが国の自動車工業の発達を促すため開発された大型バスで、

1937(昭和12)年に廃車になるまでの6年3ヶ月間に25万kmを走り、

初期の自動車工業の発展に貢献しました。

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