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2008.03.10 博多祇園山笠でも有名な櫛田神社に行ってきました。 |
福岡県の部屋
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2008.03.10 に 義父と一緒に太宰府天満宮を参拝しました。 太宰府天満宮は、菅原道真公の御墓所の上に社殿を造営して、 その神霊を御奉祀する神社で学問の神、至誠の神として世の崇敬を集めています。 平安時代、当代一流の学者であった菅原道真公は、その豊かな学才により、 有力氏族の出身ではなかったにもかかわらず、右大臣の地位まで上りつめました。 しかし、異例の出世をねたまれ、讒言によって左遷されたのが太宰府の地でした。 それでも、時の天皇への誠心を貫いた生涯は清らかであったと多くの人々の尊崇を集め、 その御墓所の上に建てられた本殿を中心とする太宰府天満宮は、 全国天満宮の総本宮と称されています。 では、太宰府駅から太宰府天満宮へとご案内します。 西鉄太宰府駅を降りて・・・・太宰府天満宮までの表参道には、 出来たての梅が枝餅を売っているお店や御土産物やさんが ずっと並んでいて、とても賑わっています。 歩いて行くのがとっても楽しい気分になれますよ〜〜。 上の鳥居は、境内に入る手前の鳥居です。 表参道を歩き鳥居をくぐると境内への入り口の鳥居が見えてきます。 それは、太鼓橋の手前にあり、『中世の鳥居』と呼ばれています。 その『中世の鳥居』をくぐると、朱色の美しい橋と深い緑色の池が見えてきます。 これが太鼓橋と心字池です。 上の写真の辺りが平橋の所かなあ〜。 池には大きな鯉が沢山泳いでいましたよ。 漢字の「心」の字を象った池に架かる御神橋は、太鼓橋、平橋、太鼓橋の三橋です。 手前から過去・現在・未来を現し、三世一念の仏教思想を残したものと伝わっています。 朱色の欄干を持つ太鼓橋は急な勾配で、「反り橋」とも呼ばれ、 この橋を渡ると心身ともに清められると言われています。 太鼓橋を渡り、心身ともに清められたところで・・・ 次は・・・檜皮葺きの風格のある楼門が見えてきます。 楼門は、重厚な入母屋造りで、本殿入り口に建ち、左右は廻廊につながっています。 全体は朱塗りされ、堂々たる風格の佇まいです。 慶長(1596〜1615)年間に石田三成が再興した後、明治時代に火災で焼失したそうです。 現在見ることができる建物は、大正3(1914)年に再建されたものだそうです。 楼門をくぐると、いよいよ本殿が見えてきます。 本殿は、菅原道真公の御霊代を祀る豪壮華麗な造りで、 国の重要文化財に指定されています。 菅原道真公薨去の2年後にあたる延喜5(905)年、味酒安行によって祠庿が建てられ、 同19年に左大臣藤原仲平が勅によって社殿造営を行いました。 数度、炎上しましたが、天正19(1591)年、筑前国主小早川隆景が再建しました。 五間社流造り、檜皮葺きで、正面には唐破風状の向拝が付く、 桃山時代の豪壮華麗様式で、右には飛び梅、左には皇后梅が配されています。 内部には、6本の金柱、黒や朱の漆、岩絵具などで美しく彩色され、 錦の帳奥の内々陣に菅原道真公の御霊代が奉安されていると言うことです。 最後に美しかった太宰府天満宮境内の風景と梅の花をアップします。 太宰府天満宮の梅は、「献梅」といって全国各地より天神様に献げられ、 極早咲きー早咲きー本咲きー遅咲きー極遅咲きなど197種もあり、 1〜3月中旬まで梅の香りが楽しめるそうです。 私たちが訪れた頃も梅は見頃で、境内にはほのかに梅の良い香りが漂っていました。 |
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先日福岡に帰省した際、福岡県生まれでありながら、 |
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