PENSEE

被災地の皆さんの無事と安全を心からお祈り申し上げます。

[ リスト | 詳細 ]

そうだ 本、読もう。
印象に残った本の記録です。
記事検索
検索

全12ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

英作文の本ではなく、英語らしい論理の流れに従った文章の書き方について具体的に検討する本。日本語としては、まあ、おかしくないんじゃないの?と思うような例文と、その修正文を見比べるだけでも十分参考になる。そこから英文訳を勉強する、しないはともかくとして、日本語でも論理的な文章は書けるのだから、普段から意識して書きましょうよ、ということに気づくべき。よく考えたら、英文だって、もとから論理的なわけではなく、論理的な書き方とはどうあるべきか、を検討した上で今のような書き方の手法にたどり着いたわけだから。

面白かったのは、第15章、紋切り型のスピーチ。

仮説として言えば、日本人にとっての公的な言語活動は、社会的行事としての儀式性が高く、定まった内容の無味乾燥さに顧慮することなく、一種の演目として演じることを期待されていて、およそ、アドリブとか、己の個性を前面に出すことなどはほとんど考えられないようである。このような儀式性は、日本文化特有の“横並び意識”、他と異なったことをしない傾向の現れ、ともとれる。

卒業式に関する記述も、なかなか厳しい。

たとえば、卒業式における卒業生代表のスピーチ(答辞)、学校や会社の送別会でのその場を去っていく者のスピーチには、多かれ少なかれ、歌舞伎の型のような語彙、文章構造の面での固定したパターンが見られることが多い。

スピーチだけではなく、歌う合唱曲も、ほぼ決まっていたりして。大切な節目の行事だからこそ、その場その時の雰囲気に流されることなく、予め決められたことを整然と実行することが大切かもしれないと思うのは、自分が年とったせいかなあ。

富岡龍明/論理思考を鍛える英文ライティング(研究社)
 すみません。この本、線を引きまくっちゃいました。この本の著者に言わせれば、きっと“残念な人”の線ばかりかもしれないけれど、正直に学ぶところが多い。

 ある事象を、「原因」と「結果」に分けて考えてみると、線の引き方は劇的に改善できる。結果ではなく、原因に線を引くのだ。

 自分の考え方や行動に必要な変化を起こすための要点は、結果ではなく、そのような結果を導く原因にある。それを見つけなさい、という。そのようにして引かれた線は、実は結果であって、それが重要だと認識できるほど、高い能力を身につけた“原因”は、やはり自分の中にあるのだろうと思う。

 巻末には44冊の本のひとつひとつについて、珠玉の1文が収録されているのだけれど、本は、それを書いた人の人格が反映されたものだから、ひとりひとりの最高の部分を認めたものでもある。そして、騙されたと思った本にさえ、自分を騙すほどの魅力を分析しなさい、という著者の言葉は、深い。

 本に線を引くように、ほんとうは人にも線を引いているのかもしれない。自分は、人のどこに線を引いているのか?

土井英司/一流の人は、本のどこに線を引いているのか(サンマーク出版)
なっがいタイトルの本だ。
それ以上に驚いたのが、表紙の写真。
けっこう、インパクトあるよ。
でも、私はキライじゃないんだよね。週日は毎朝、この表紙と同じような恰好した女子学生たちと同じ方向に歩いて通勤している。寒い日でもナマ脚出してゲラゲラ笑いながら歩く彼女たちって、元気でカッコイイ。

 1年で偏差値を40上げる、というのは凄い。この本の“さやかちゃん”は、当初偏差値が30以下だった。まあ、かなり珍しい部類に入るよね。私が中学生時代に友達だった女の子は、スポーツと色恋以外、すべて苦手で、確かに恐ろしくバカだったけど、それでも偏差値は38あった。彼女の場合、そのまま偏差値を上げることなく受験に突入したので、合格圏内の学校が数校しか無い、という状況で、受験校選びに悩むことは無いけれど、受験シーズンが近づくにつれ、かける言葉が失われていったなあ。最終的に受験した学校にすべて落ちるという悲惨な結末で、その後、どうなったかよく覚えてない。

 なんで彼女が偏差値を上げなかったかというと、手のつけようが無かったからだ。この本にもあるけれど、

わからない英単語は、英和辞書を引きます。すると、その日本語がわからないので国語辞典を引きます。さらにその意味もわからないので、また国語辞典を引きます。これを何度か繰り返すと、最終的に元の言葉に戻ってしまい、「どうしたらいいですか?」となるのです。

 わからないことが、わからない。救いようのない状況なのだ。この、わからないことが、わからない気持ちは、人によって程度の差こそあれ、不愉快な、認め難い感覚だ。その感覚が授業のたびに繰り返されると、さすがに自分とクラスの距離感、自分と先生の距離感が感じられて、孤独になってくる。

 中学生とか、高校生になって授業について行けなくなる人が少なくない。それまで、あまり復習をしなくても、なんとなく授業についていけたり、テストでそこそこの点が取れたりしている、“器用な人”だったりする。勉強ができない人は、本来やるべき復習を手抜きしているので、正確な知識のインプットが過去の時点で止まっている。きちんと勉強ができるようになろうと思ったら、周囲と同じ勉強をやってもムダだ。自分が理解できるレベルまで愚直に戻って勉強し直す必要がある。でも、そんな低レベルな自分を認めたくないから、普通はやらない。私も、高校に入ってすぐ、国語、数学、英語が平均以下に落ちた。最初は納得が行かなかった。


「その時は、徹夜で遊びながら、塾に通い出し、だんだん坪田ワールドにはまっていきました。何より、その頃、私をあんなにほめてくれる人は、ああちゃん以外にはいなかったから。何かにつけて、“君はすごいねえ!頭の中がからっぽだねえ!”とか言って、ほめて笑ってくれました。それが不思議とイヤじゃなく、肯定されている気がしたんです」


 この箇所を読んだら、久しぶりに涙が吹き出してきた。そうなんだよね。わからなくて、放課後、職員室に質問に行くと、授業であんなに厳しかった先生が、優しく教えてくれた。少しレベルを下げた参考書を教えてくれたり、中には、“もらいもんだから”とクレたりした。そんな本をコツコツと勉強しながら、私も偏差値を30上げた。勉強は、最終的に自分でするものだけれど、わからない時の孤独感というか、焦りというか、それを埋めてくれたのは、手を差し伸べてくれる先生だったと思う。

 苦手だった英作文を教わった女の先生は、今どうしているだろう?以前、書いたけれど、胸がふくよかで、けっこう襟グリの大きい服を見事に着こなす、英作文なのにグラマーな若い先生だった。もちろん、そういう、英語以外の要素が大好きではあったけれど、高校3年分の英作文のテキストを3冊仕上げて、最後にいただいたメッセージは今も忘れがたい。

“私は、どんなにダメな生徒であろうと、何度でも救う先生になりたい。”

 良い先生だったなあ、とあらためて思う。自分は先生という職業にはつかなかったけれど、会社で部下を指導する身ではあり、この言葉の意味するところの絶望的な高さが、不甲斐ない自分をどうにかこうにか支え続けている、ような気がする。

 ところで今、自分は以前からちょっと憧れていた分野の勉強をしようと思って、学校に通っている。しかし、憧れでやるのと、専門家としてやるのとでは勉強の厳しさがぜんぜん違う。もうね、それまでやってきた勉強が、全否定されてる感じ。「今までオレがやって来たことは何だったんだ。」でも先生は言う。「無駄なことなんてありませんよ。できることからやれば良いんです。」それで私も、ちょうど“さやか”と同じように、マンガ本レベルから読み直して徐々にレベルアップしているところ。私もこれから偏差値40上昇です。

むぁじか!!
 

坪田信貴/学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話
 京都が観光都市ランキング2012で世界第9位に入った。
 雑誌Travel+ Leisureの読者投票だ。

1 Bangkok
2 Florence
3 Istanbul
4 Cape Town
5 Sydney
6 Rome
7 New York City
8 Hong Kong
9 Kyoto
10 Paris

 Sights, culture/arts, restaurants/food, people, shoppingという評価軸でのランキングだ。まずは、京都、おめでとう!ランキングにニューヨークはあるが、東京は無い。今、オリンピックを開催中のロンドンも無いけれど。21世紀の最大の産業は観光、と言われる時代に、東京がこの状況で良いのだろうか?

 スペインのサン・セバスチャンという小さな街には“世界のベストレストラン50”に入る店が2つ、“ミシュラン”の三つ星レストランが3つあり、世界中の食通を集めているのだそうだ。

 なぜ、スペインの、それも片田舎の小さな町が突如、世界有数の美食文化の先進地になれたのか。それはシェフたちが、料理業界に浸透した閉鎖的な慣習を見直し、料理のレシピや技術などの情報を公開し、共有することで、同業者全体の技量を一気に底上げし、新しいことへの挑戦を活性化することに成功したからだ。そして、新しい味を求めて世界のどこにでも飛び出していく若いシェフたちの修行先のひとつが、日本の京都である。

 ところでスペインと言えば、経済危機が懸念される国のひとつであり、最近は国外からの流入に依存していた人口増が停滞して、景気停滞にも見舞われている。ちょっと前までスペインは不動産バブルだった。

 なぜ、こうしたスペイン南部の土地がバブルになるほど買われるようになったのでしょうか?このようなスペイン南部の観光物件が高騰した背景には、それだけ観光客を集める地域戦略があったのです。
スペイン南部のそれぞれの町は、特定の国の人をターゲットに、そのニーズに応じるよう特化しているところがよく考えられていると思います。
例えばイギリス人が多く訪れる街は、看板は全部英語表記にし、レストランもイギリス料理店が多く、スーパーでもイギリス産の食品が多く並びます。街ゆく人はほとんどがイギリス人ですから、暮らし心地がよく、この地はいわば「気候がいいイギリス」になります。

(中略)

こうした戦略が大成功し、結果的に外国人がこのスペイン南部の不動産を買いまくるようになり、不動産価格が高騰してバブルになってしまったのです。

 バブルになるには、最初にそれなりのまともな仕事の仕方があるのだ。

 日本にとってバブル経済の時代は遠くなってしまい、ガツガツと仕事して、それなりにおカネもたくさん貰えた時代の記憶も遠くなってしまった。でも、仕事の基本は、お客様を喜ばせたくて、いろいろ気を回して、売れるものを作ることだ。作ったものがガンガン売れることを想像しただけで、もっと頑張らなきゃ、なんてさらに気合が入って、そういう連鎖がうまく回転し始めて、いつしかお客さんもガンガン買ってくれるようになる。それで、どの時点からバブルになるのか、なんてことは、どうでも良いことで、そう思うと、バブルって、しょーがないよね、みたいな部分もあるような気がする。バブルが恐ろしいから、という腰が引けた姿勢で、おっかなびっくり仕事をしている、手加減しながら仕事をしている。本気で仕事をしていないので、壊すべきものが壊れない。それが日本のデフレなのかもしれない。

高城 剛/人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか(祥伝社新書)
 刺激的なタイトルに惹かれて読んでみた。

 1975年、“文藝春秋”に掲載された論文で筆者は匿名のグループとのことだ。日本経済が初めてのオイルショックで停滞の危機感に苛まれていた時代に書かれた。ジョージ・オーウェルの小説、1984にあやかって、当時から10年後の日本の没落を想像している。その予言は、予測が難しいバブル経済の繁栄を経て、少し遅れて成就した、と言えば、まあ、言えるのだろう。そして、その衰退ぶりを、ローマ帝国衰退の歴史に照らし合わせているとのことなのだけれど、似てる部分だけを恣意的につなぎ合わせたような記述で、納得感は無い。

 たしかに日本はバブル崩壊後、20年来の停滞を続けているけれど、3.11の震災では日本人の素晴らしい部分を久しぶりに実感することが出来て、不甲斐ないとされている若者たちが逞しい活躍をしたり、普段、うつつを抜かしている情報機器を巧みに駆使して、危機を乗り越えたり、絆を深め合ったりした。負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、日本経済は良い部分と問題の部分とが入れ替わる動的平衡状態にあって、必ずしもマイナスな側面からばかり社会を語る必要は無いのでは、と思う。どうして、今さら、このような本がわざわざ取り上げられるのか、不思議だ。

 強いていえば、国民生活から遊離して、政局に明け暮れる政治家階級とかが自壊気味、というなら、わかる。階級という言葉を使ったので、思いついたことをひとつ言うと、この本は、ローマ人と奴隷の対比で記述が進む。ローマ人は、市民権を持っているから、市民階級と奴隷階級との対比と言っても良い。それで、この本では市民階級、奴隷階級のそれぞれ、具体的に何を指しているのか、と考えると、あまり判然としない。読者の想像にまかせ過ぎ。分析不足だ。

 自分なりに考えてみると、奴隷階級に相当するのは、どうも若者なのでは?ローマ帝国は奴隷をそれなりに大切に処遇していたから、今の日本はローマ帝国以下?いや、へんな議論を煽るつもりはありません。

グループ一九八四年/日本の自殺(文春新書)

全12ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事