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ゴーギャン

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野蛮と文明

 ゴーギャンの作品『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』について考えていた時、野蛮と文明という思考軸に沿うと、この絵の問いかけをうまく整理することができた。ゴーギャンは自らを野蛮人と称したり、著書『ノア ノア』の中でも何が野蛮的で何が文明的なのか、思索をめぐらせる文章を展開したりしていた。何が野蛮で、何が文明なのか、野蛮と文明とを対立関係に置く考え方そのものについて、疑念を持っていたのかもしれない。

 作家の池澤夏樹氏による“世界文学ワンダーランド”という番組をテレビで見ていたら、『ミシェル・トゥルニエ/フライデーあるいは太平洋の冥界(1967年)』の作品解説をやっていた。ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー(1719年)』をフライデーの視点から現代的に書き直した作品である。『ロビンソン・クルーソー』の登場人物、ロビンソンとフライデーとは、そのまま文明人と野蛮人の対比である。18世紀初頭、文明は野蛮に優越する、野蛮は教化の対象と考えられていた。それは、西洋文明が非西洋の野蛮を教化するために進出する、という、時代を支持する考え方でもあった。

 19世紀末に提起されたゴーギャンの疑問を解いたのは20世紀も半ばを過ぎた1962年、クロード・レヴィ・ストロース『野性の思考』である。野蛮人も文明人も、自らが置かれた環境を意味づけ、系統化して、自分の生活に役立つように再構成しているのであって、その考え方、手法の合理性は野蛮人にも文明人にも共通である、と結論づけた。

 レビィ・ストロースによる野蛮の再評価は、20世紀前半の2度にわたる世界大戦への反省機運も動機のひとつになっている。人間を幸福にするための文明が、人類に戦争という災厄ばかりもたらすことになってしまったからだ。

 文明の裏側には戦争が貼りついている。

 『高階秀爾/世紀末芸術(筑摩書房)』は、ゴーギャンの時代の雰囲気について次のようにまとめている。

 各国それぞれに特殊な国内事情を抱きながらも、世紀末ヨーロッパは、少なくとも表面的には、平和と繁栄を誇っていたのである。

 しかしながら、その平和も、その繁栄も、実はうわべだけの平和、つねに脅威にさらされた繁栄にほかならなかった。(中略)武力行使が影をひそめた反面、ヨーロッパ諸国の間に、公然隠然たる外交戦が華々しく展開され、絶えず新しい武力同盟、防衛協定が結ばれたという事実が、この間の事情を雄弁に物語っていよう。

 1882年、ドイツ、オーストリア、イタリア三国同盟、1887年、三国同盟改新、1891〜4年、フランス・ロシア防衛同盟、1904年、フランス、イギリス和親協商、1907年、イギリス、ロシア和親協商(これらを三国協商と称する)等々、この時代に記録される数々の同盟や協定は、世紀末の平和が複雑な力の均衡の上に辛うじて成り立っていることをはっきりと証明するものではないだろうか。

高階秀爾/世紀末芸術(筑摩書房)

 享楽に沸く世紀末のパリからタヒチに逃れたゴーギャンは、タヒチの自然や人間に触れることで野蛮と文明という思考軸の揺らぎを強烈に体験することになる。しかし、証券マンとして一定の成功を収めていたゴーギャンのこと、国際政治情勢を自分なりに分析して、繁栄の裏で確実に拡がる病巣に既に気づいていたに違いない。『われわれはどこから・・・』の作品として結実した、文明優位の考え方に対する危機感は、当時としては、時代をかなり先取りしたグローバルな問題意識であって、その思索の深さ、切実さに、あらためて驚かされる。

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白い鳥の意味

 ゴーギャンの“我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか”は、さまざまな想像を呼び起こしてくれる絵で、今年の夏はテレビや雑誌でいろいろな人の解釈を目にすることができた。

 あの絵の左端にちょこんと居る白い鳥について。

イメージ 1

Paul Gauguin/D'ou venons-nous?Que sommes-nous?Ou allons-nous? 1897-98

イメージ 2


 あるテレビの特集番組で、作家の池澤夏樹氏も、あの鳥は老婆の魂だろう、と言っていた。ゴーギャンのこの作品は、右から左へと描かれていた(日本の絵巻物と同じだ!)。その方向に人生の時間軸を取っている。死に臨んだ老婆の、その先に出現した白い鳥は、最期の瞬間、老婆の肉体から魂が徐々に染み出して形になったものだろう。

 池澤氏は、白い鳥を老婆の魂であると考えた理由も説明していて、鳥とは“飛んでいく”、“あの世に飛んでいく”比喩として、世界のいろいろな民族に共通のイメージだから、と言っていた。

 ためしに、文字列で

 “うずくまって頭を抱え込んでいる老婆、その前に白い鳥”

と書いても、何のことやら。

 日本人が読んでも、わからない。日本人以外が読もうとすれば、日本語を理解する人に限られる。対して、ゴーギャンの絵は、フランス人がタヒチで描いた絵を日本人が見て理解できるように描いてある。文字よりもユニバーサルな手段でメッセージを伝えている。絵画が思想を伝えている。

 そしてもうひとつ。白い鳥は、“白い鳥”である以上に“死者の魂”という意味を負わされている。決して写実的に描く必要はなく、白い鳥だと判別できれば十分なのだが、最低限、これが“死者の魂”であると感じてくれなければ困る、そういう描き方ではあるのだ。
 NHK日曜美術館
 姜 尚中先生の“お悩みトーク”が、ある時からとても気に入って、よく見てます。

 9月6日はゴーギャン。“我々はどこから来たのか〜”。
 さすが、スッキリとまとめていて、勉強になった。

 孤独感に苛まれ続けたゴーギャンの人生を背景に、生と死、文明と野蛮という2本の軸で大作、“我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか”を読み解いた。


 そこで文明と野蛮という軸で、もう一度、この大作を味わってみる。

 この絵の中で文明を象徴するのが、衣服、果実。野蛮を象徴するのは、地面に手をつけるポーズ。

イメージ 1

 衣服を着ている人たちは、上の図の4隅に居る。いずれも、横を向いていたり、お喋りに夢中だったりで目線が絵を見る人のほうを真っ直ぐに向いていない。左下スミの女の子は食べることに夢中(なフリ?)で、横を向いたまま、左上スミの女性は、何かを胸に手を置いて何かを心配するようしぐさ、右上スミの二人の女性たちは、内緒話に耽っている、右下スミの女性は目線が定まっていない感じである。いずれも未開の地の人々の純朴なまなざしが失われ、何か不安げにうわついているのだ。

 次に、大作の中央で果実に手を伸ばす人物。

イメージ 2


 聖書の“禁断の果実”を再編集したと考えると、この人物はまさに“禁断の果実”を食べようとしているところだ。

あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。

創世記 2章16−17節

 善悪の知識とは、人間の社会が作り出すもの、文明の象徴でもある。それを取って、子供に食べさせている。親が、将来のある子供に、まっさきに文明を与える図になっている。木の実(文明)を食べる子供は、衣服を小綺麗にまとい、体育館座りで、お行儀良く食べている。すっかり文明に毒されている。

 善悪の知識の実を食べたものは必ず死ぬ。つまり、この子供は、土着の死生観、円環する生命、同居する生死という世界観から離れ、生まれて死ぬという、文明社会の一方向に流れる時間の中に組み込まれてしまった。

 そして、この絵の全景を眺めると、水平に拡がる図版の中で、果実に手を伸ばす人物の、垂直方向の存在感が際立っている。

イメージ 3

 
 高所にある果実に手を伸ばすポーズは、タヒチを属領にしたフランスから“文明”を享受するために、身の丈を越えた成長へと人々の関心が向かうことを象徴するのだろう。それは誰もが平等だったこの島に、やがて文明による格差の時代が訪れることを暗示しているのかもしれない。

 19世紀末の不安な時代が予見した、忍び寄る文明化の恐怖は
 20世紀を越えて今、全世界が直面する恐怖に成長した。
 その恐怖に、我々は飲み込まれてしまうのか、それとも克服できるのか?
 我々は、どこへ行くのか?

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 “テレビでフランス語”を見ていたら、講師の先生は三浦 篤氏だった。“フランス絵画の19世紀”展を監修した人だ。さっそくテキストを買って来て、パラパラと見ていたら、来週の“画家の言葉”はゴーギャンがオディロン・ルドンに宛てた書簡を取り上げるらしい。その解説ページ、“言葉の背景”には、ゴーギャンの波乱の生涯が1ページで簡潔にまとめられていた。

 家族との生活を捨て、経済的、精神的な困難と闘いながら、自ら信じる芸術の道を追求すること。ヨーロッパ文明を拒否して、未開の地タヒチに「野性的な」美を求め、貧困と孤独の中で絵画を制作しつづけること。

 ゴーギャンが求めていたもの、孤独?

 “テレビでフランス語”の前の番組、“知る楽 こだわり人物伝”は、9月から森有正を特集している。講師は作家の片山恭一氏。片山氏の“世界の中心で、愛をさけぶ”は、私も読んだ。他人の死によってもたらされる、自分の中の深い喪失感が、強い印象として残った作品だった。

 森有正は哲学者で、39歳になってから家族と別れてフランスに移住した。孤独を求めて。

 折々に彼の本を読んでいくうち、森有正という人は、生涯にわたって自分が還っていく場所を探し求めた思索者ではないか、と思えるようになりました。ぼくなりの言葉で言うと、「どこへ向かって死ぬか」ということを、延々と考えつづけた人ではないだろうか。
(中略)
でも一方で、自分が還っていく場所というか、どこへ向かって死んでいけばいいのか、ということが気になるんですね。もう少し敷衍して言うなら、「どこへ向かって死ぬか」ということは、「どこへ向かって生きるか」ということと同義ではないか。

 ゴーギャンの問いかけ、“我々はどこへ行くのか”とは、“どこへ向かって死ぬか”という問いかけだったのかもしれない。

 1903年、ゴーギャンの死地となったマルキーズで描いた作品、“女性と白馬”。その絵の上辺スレスレのところに、白い十字架が描かれている。絵が完成後、間もなく、その絵の通りにゴーギャンは埋葬された。

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相応部経典 詩謁相応比丘尼の章「無我問答」
悟りを得たヴァジラー比丘尼に、悪魔が問いかける。

 生命は何によって現れる?
 誰によって創造される?
 生命はどのように生まれる?
 どのようになくなる?

アルボムッレ・スマナサーラ/般若心経は間違い?(宝島社)

ヴァジラー比丘尼、答えて曰く

 生まれるのは苦である。
 あるのも苦である。消えるのも苦である。
 苦以外生まれるものはない。
 苦以外消えるものもない。

(同書)

 生の実相は苦である、などと社会の授業で習った気がする。習ったことがぜんぜん身についてない困った私は、“人生は楽しむためにある”という妖しい言葉に翻弄されつつ生きている。しかし、苦しみはどこまで重ねても苦しみだが、楽しみは重ねていくとやがて苦しみに転じるでしょう、と説明されれば、なるほど生きるとは苦しみだ、と合点が行く。

 度を過ぎた楽しみは身の破滅を招く。だから適当なところで苦しみに変わってくれるほうが安全なのだ。普通の人間は、より少ない苦しみを選択して生きている。同じ苦しみをずっと味わっていたら、とっくに死んで居なくなっているから危険だ。そう考えると、多かれ少なかれ、人間はみな主体性の無い、放浪の人生を送っている、と言っても間違いではないだろう。

 そして、ゴーギャンは放浪の人生を少々、派手にやり過ぎた?人生の喜びを心から味わおうとして、わざわざ苦しみの極に達してから、別の苦しみへと引き返す、その道程がいささか遠過ぎたのだろうか?

 ゴーギャンも、悪魔の問いかけを聞いたのだろうか?

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Paul Gauguin/D'ou venons-nous?Que sommes-nous?Ou allons-nous? 1897-98

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