PENSEE

被災地の皆さんの無事と安全を心からお祈り申し上げます。

レンピッカ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

 旅行先の奈良で入手したレンピッカ展のフライヤー。

イメージ 2


 東京で見たのとは異なるデザイン。
 開催時期が初夏のためか、アッサリ涼しげ。
 レンピッカの最高傑作、“緑の服の女”と散る花びら。

 花をも散らす、妖しいまでの美しさ。

 そして、女性は自由になった。

 本当だろうか?
 男はどうだろう?


イメージ 1

 Bunkamuraザ・ミュージアムで開催時のフライヤー

美しき挑発 本能に生きた伝説の画家
レンピッカ展
兵庫県立美術館
2010年5月18日〜7月25日
 レンピッカ展は、ほぼ年代順に作品が並べられている。彼女がアメリカに渡ってから後の作品は、それだけを見ると、とても退屈だ。静物画で、ぶどうの房の色が食欲をそそるような美しい色だった、とか印象的な部分は挙げればいくらでもある。レンピッカの作品として期待するものが見当たらない、という意味で、後半の展示は情けないほど、哀しいほど退屈だ。

 経済恐慌や戦争の影響で、レンピッカの作風は美術界のメインストリームから次第に外れていったのだという。絵の注文も来なくなった。それでも技術が衰えないよう、身内の肖像画を描いたり、まったく違う作風にトライしたり、とにかく絵を描くことはやめなかったのだ。

 だから後半の絵は、見ていて本当に辛い。もう絵筆を置け、と言いたくなるような絵を、それでも描き続けている。全盛期の自分を取り戻そうとして、挑発する対象が自分自身に向かってしまったのか?ピークを過ぎた人生を、いかに生きるか。そんな問いかけと向き合わされているような、厳しい作品群だ。

 1967年、転機が訪れる。若手の画商グループが、古い美術雑誌でレンピッカの作品を見つけた。これを契機にレンピッカの作品が再評価されることになる。1972年、回顧展が開催され大成功。評価されたのは、やはり、絶頂期の作品だった。

 展示会場には、彼女が大勢の関係者から祝福を受けている写真が掲示されていた。痛々しい作品を見続けたあとだったので、その写真を見た瞬間、思わず涙が出そうになった。彼女は絶頂期の作品で地獄の淵から救い出されたのである。


 彼女が最後に残した絵は、印象に強く残った。

イメージ 1

Tamara de Lempicka / Saint Antoine IV 1979/80

 レンピッカは1980年3月18日、メキシコ、クエルナパカで亡くなった。その時、アトリエに残されていた絵のひとつ。描かれているのは欝状態に陥った彼女を支えた精神科医の面影だと言う。若い頃の彼女の作風とはかなり違うけれど、彼女なりの手ごたえ、確信をどことなく感じさせる作品である。

 精神科医への感謝の気持ちを塗り重ねながら、死に臨んでなお新しい作風を模索し続けたレンピッカ。

 カッコ悪くても、醜くても、歩みを止めない。
 狙ったものは諦めない。

 帽子の下、虎視眈々の眼差しは、
 思えばレンピッカが生涯にわたって持ち続けた
 強靭な精神力の発露だったのかもしれない。

イメージ 2



美しき挑発 レンピッカ展
Bunkamura ザ・ミュージアム
2010年3月6日〜5月9日

開く トラックバック(1)

 美術作品を見ていると、次第に気になってくるのが作品を収めている額(フレーム)。作品の印象を左右する重要なアイテムだと思う。

 同様に、展示方法も興味深い。作品に対する美術館の考え方を、いろいろ想像するのが楽しい。

 レンピッカ展を開いているBunkamura ザ・ミュージアムは、展示会ごとに内装のテーマ色が決まっているようで、行くたびに今回は何色か楽しみにしている。

 レンピッカ展の場合は、ポスターやフライヤーが緑だったので、やはり緑だろうと思っていた。

 ところが、ある一角はオレンジ色の壁だった。(もしかして、ロートレック展の時の流用ですか?)などとニンマリしながら、並んでいるのは気迫のこもった見ごたえのある作品ばかり。あとで調べたらレンピッカ最盛期の作品群だった。“緑の服の女”も、この一角に並んでいる。まさにベスト作品のコーナー。それで背景となる壁は溌剌としたエネルギーみなぎるオレンジ色なのか。他にも次のような作品が並んでいる。

イメージ 1

Tamara de Lempicka / Portrait d'Ira P. 1930

 “イーラPの肖像”。この作品の立体感は驚くばかり。

イメージ 2

Tamara de Lempicka / Portrait de Marjorie Ferry 1932

 同性の恋人、“マルジョリー・フェリーの肖像”。この絵の背中の部分。実物は、肌のシットリした感じがアングルの作品にとてもよく似ている。他の画家の作品も熱心に研究していたことが伺える。

 素描のコーナーも楽しめた。

イメージ 3

Tamara de Lempicka / Autoportrait 1939

 とても丁寧な描き方で、油彩作品の印象そのままに、グラデーションがとても美しい。彼女自身、楽しんで素描に取り組んでいたらしい。


美しき挑発 レンピッカ展
Bunkamura ザ・ミュージアム
2010年3月6日〜5月9日

開く トラックバック(1)

 レンピッカの展覧会のフライヤー。これと同じ図案のポスターを街中でもよく見かける。

イメージ 1



 全体に緑々(みどりみどり)していて、扇情的な衣装を着けた肉感的な肢体、鋭い眼光、真っ赤な唇、もう十分に挑発的なのに、さらにダメ押しで“挑発”、“本能に生きた”の文字。やりたい放題の女の放埓さを、これでもか、これでもか、と見せつけられるのかと、多少、期待してたのだけれど。

 この絵は実際にはグレーのフレームに入っている。色味は違うけれど、次のような感じ。

イメージ 2

Tamara de Lempicka / Jeune Fille en vert 1930

 それほど傲慢なイメージが無い。むしろ、都会のオフィスビルの中で孤軍奮闘する女性の絵の一部だと見る。クローズアップされているので、女性の強烈な存在感だけが際立ってしまうけれど、あるいはカメラを後方に引いてみたら、本当は灰色のビルが建ち並ぶ都会にポツリと緑の彼女だけ、という構図になるのかもしれない。

 そのような全体図から、“私は、私の生きたいように生きる”と覚悟した自分自身をだけを思い切りクローズアップし、背景を切り落としたのだろう。レンピッカの潔さ、強さ、そして深い孤独を感じる絵である。

 キャンバスに向かって自分の涙を刻んだ彼女。人生に対する決意を塗布した彼女。いったい、どちらが本当の彼女なのだろう?


美しき挑発 レンピッカ展
Bunkamura ザ・ミュージアム
2010年3月6日〜5月9日

開く トラックバック(1)

 レンピッカの作品の中で、彼女をとても身近に感じる作品。

イメージ 1

Lempicka / Nu aux buildings 1930

“摩天楼を背にした裸婦”。

 彼女の作品は自画像、とのことだから、この絵の中の女性もレンピッカ自身なのだろう。無機質、冷徹、乾いた感じの摩天楼を背景に、ボリューム豊かな肉体をさらけ出している彼女。おそらく女性から見ても、うらやましいほどハリ、艶のある肉体で、本来なら強力な色香を放射するはずなのに、それを打ち消すような深い憂いの表情が印象的だ。

 新進気鋭の女流画家、モードの旗手、とかなんとか言われているけど、気を張ってるのも疲れるの。離婚騒動は精神的にけっこう来たし。ニューヨークって、仕事するには良いけど、まだ馴染めないわぁ。

 右手の指先にはさんだオリーブの小枝が、唯一、彼女の慰めなのだろう。しかし、この仕草は、“挑発する女レンピッカ”に似つかわしくない。女の子っぽくて可愛い。

 裸でいるのに挑発的でない。彼女の挑発の根源はむしろ素肌にまとった服にある。彼女の挑発は装うことで成立する。ここに居るのは、いわば武装解除した彼女。本当の気持ちをさらしている彼女だ。

 女性のこういう一面って、私は弱いなあ。可愛い。しかし気がついたら、そこをツケこまれて、思い切り叩きのめされる、というのが、ありがちなパターンだけれど。いや、笑いごとじゃなくて。


美しき挑発 レンピッカ展
Bunkamura ザ・ミュージアム
2010年3月6日〜5月9日

開く トラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事