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夏京都メモを見返していたら、重要なトピックスを忘れていたことに気がついた。 高台寺圓徳院から清水寺に向かって歩くルートは二年坂、産寧坂という坂が多い。実は山裾を歩いているから当然で、傾斜が急な部分は坂ではなく階段になっている。 そして二年坂には軒先に和傘を3本並べた風流な感じの店がある。その派手さに目を奪われていると、うっかり見過ごしてしまうが、その向かいにあるのが“かさぎ屋”だ。竹久夢二のお気に入りだとか。 あんこ自慢のお店、ということで宇治金時もメニューにエントリーされていた。なんとなく古そうな外観のお店だけれど、甘味処の風情としては十二分過ぎて良い。気になったのが、坂道にある店なんだなー、という印象が強い点だ。 たしか引き戸だったと思うけれど、それを開けて敷居を跨いで驚いた。やっぱり坂道にある店なんだー。最初に目に飛び込んで来たテーブルが、なんとなく傾いている。よく見ると座席も、なんか、傾いてる?たまたま最初に目に入った座席がそうなのかな。もっと他に座り心地の良さそうな場所が、場所が、場所が、・・・無い。 でも自分はもう既に全身がこの店の敷地内に入ってしまっているし、いらっしゃいませ、って声をかけられて頷いてしまったし、つかの間、宇治金時をいただくだけだし、別にここに住むわけじゃないし、うーん、しかし、どこ座るよー。戸惑う私。その時はたまたまお客さんがほとんど居なくて、どこに座っても自由なのに、それでいてどこに座るか迷う体験は初めてかもしれない。 それでも消去法で居心地のよさそうな場所と思って着いた座席は、椅子が前のめり、机が右肩下がりという状況だった。複雑な斜面。着席してからの姿勢維持は自分でマニュアル補正するのだ。落ち着いて周囲を見渡すと、他の座席も思い思いの方向に机や椅子が傾いていて、みんな同じなんだー、と不思議な安心感に包まれる。妙なほっこり感。 注文してしばらく待つ。やった、宇治金時が来た。プレートに乗った宇治金時が、目の前に来て、右肩下がりの机の斜面の上に来て止まる。すべらずに静止している。物理学の摩擦係数とか、思い出してしまう。宇治金時は、普通においしい。斜面だからと言って、美味しさは損なわれることはない。そして、あんこの穏やかな甘さ。素晴らしい。 宇治金時をいただいていると、小ぶりの急須と湯のみ茶碗のセットが、やはりプレートに乗って供される。これもまた、右肩下がりの机の斜面の上に来て止まる。急須は丸みがあるので、転がらないのかな、とか思うけれど、大丈夫だ。転がり摩擦係数とか、思い出している。 それほど傾いているわけではないけれど、食べている間、スリルがあることは確か。 店の中には水平とか垂直とかが無い。それでも、うまいものはうまい。何事の不思議なけれど。 坂の途中にある店は、山裾にある店は、水平とか、垂直とかが無い。何事の不思議なけれど。 そうなのだ。この店は、水平とか、垂直とかの気持ちよさに慣れ切って、それが当然だと考えている日常に問題を投げかける。フランク・ロイド・ライトとか、コルビュジェとか、そんなものをいっこう意に介しない、普通にモノを食べる場所って、本来、こんなものでしょう、という静かな主張を感じさせられる。 坂にある店、と言ってもマシンが簡単に移動できるような美しい坂ではなく、山の斜面だからデコボコなのだ。水平が無いから垂直だってどうだかわらかない。それでも私は宇治金時を味わっている。そしてそれは十分にうまい。ただ、それだけのことだ。何事の不思議なけれど。 今年2012年は創業97年だったかな。2015年には創業100周年で何かイベントをやるのだろうか。店舗の改装だけはやめて欲しい。 かさぎ屋
2011年8月13日 |

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