リバイバル!〜ヨハン早稲田キリスト教会〜

リバイバルを願うヨハン早稲田キリスト教会の1信徒から
最近やっとスマートフォンに替えました。やはり使い易いですね(^-^)/

これからは地道に更新したいですo(^▽^)o

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チャールズ・ハッドン・スポルジョン(Charles Haddon Spurgeon, 1834年6月19日 - 1892年1月31日)は、イギリスの著名なバプテスト派の牧師、伝道者、説教者。

教団教派を越えて影響を与えた「講壇のプリンス」と呼ばれる。日本語では「C.H.スポルジョン」「チャールズ・スパージョン」とも表記される。

【使役】
1850年12月15日 日曜日に突然の吹雪のためにやむなく小さなチャペルに飛び込み、そこでプリミティブ・メソジストの信徒説教者が語る説教を聞いて、回心を経験した。

1852年 補助教員職を辞めて、ウォータービーチのバプテスト教会で牧師に就任した。一年で10人が400人の教会に成長した。

1854年 ロンドンの中央にあるニュー・パーク・ストリート・バプテスト教会の牧師に就任した。

1856年 サリー・ガーデン音楽堂の礼拝で説教をして12000人が出席した。

1857年 ロンドン・クリスタル・パレスで説教をして23654人が出席した。

1861年 ロンドン南部のニューイントンにメトロポリタン・タバナクル教会を建設。

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ルーベン・アーチャー・トーレー(Reuben Archer Torrey、1856年1月28日-1928年10月26日)は、アメリカ合衆国の福音伝道者、牧師、神学者、神学校教師、および著述家である。 イェール大学卒業。

【学生時代】
勉強熱心ではあったが、賭け事にふけり罪の生活を送っていた。彼の母はトーレーのために祈り続けていたという。イェール大学在学中に罪責観と憂鬱で自殺寸前にまでなるが、夢の中で伝道者として召された。

数日後、大学のチャペル(礼拝堂)でひざまずき、主イエス・キリストに献身する祈りを捧げた。1875年イェール大学を卒業し、1878年イェール神学大学院を卒業した。

【ミニストリー】
1878年にオハイオ州の会衆派教会の牧師になった。4年後に牧会を辞めリベラル隆盛期のドイツ、ライプチヒ大学、エルランゲン大学で神学を学ぶが、聖書信仰を守り決してリベラルに染まることはなかった。

アメリカに帰国してから、ミネアポリスのオープン・ドア教会(ムーディー記念教会、The Church of the Open Door)牧会者となり、この教会の牧師を9年間勤めた。その後ドワイト・ライマン・ムーディーのミニストリーに参加し、彼の招きにより1889年-1908年、ムーディー聖書学院の二代目学長となった。

学識豊かであると共に、ムーディーから、聖霊の力についての説教を依頼されるほどの御霊の器であった。

【子孫】
子孫の多くが、牧師、宣教師となった。
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チャールズ・フィニー(英語:Charles Grandison Finney 、1792年8月29日 - 1875年8月16日)は、アメリカ合衆国の第二次大覚醒の主要な指導者である。

最初にリバイバルの語を文書にし、しばしば「最初のアメリカ人リバイバリスト」と呼ばれた。彼はアメリカ合衆国の歴史に大きな影響を与えている。

1921年10月10日、29歳の時に劇的な信仰的回心をした。森に入り跪いて神に祈っていると、旧約聖書エレミヤ29章12-14節の御言葉が示された。

『エレミヤ 29:12 そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。29:13 わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、29:14 わたしに出会うであろう、と主は言われる。』

その晩、弁護士事務所に戻ったフィニーは聖霊のバプテスマを受けた。「愛の波のように、体と魂を突き抜けていく、聖霊の印象を感じた」という。1824年に、32歳で長老派教会の牧師となった。

フィニーの福音伝道メッセージは、論理的、明快で、人を新しくする神の力と、イエス・キリストの愛を説いた。また原稿なしに説教することでも知られていた。

世界へのメッセージ ケータイ投稿記事

エバン・ロバーツによる、このメッセージは「ウェールズのリバイバルの物語」("The Story of the Welsh Revival" published by Fleming H. Revell Company in 1905)からの抜粋です。

南ウェールズにおけるリバイバルの力は、人からではなく、神からのものです。神は私たちのそばにいて下さり、私たちに道を示して下さいました。

この運動には信条や教義に関して疑わしい点はありません。私は信じていますが、今なされている働きはわが国のすべてのクリスチャンとキリスト教会の支援を受けています。私は私自身が経験したイエス・キリストの宗教を説いたにすぎません。

神は「私を喜ばせ」て下さいました。そして私は、神に仕える大いなる喜び、あまりにも偉大で素晴らしいため決して完全に表現しようのない喜びを、人々に示しています。私たちは宗派的教義を教えているのではなく、キリストの愛の素晴らしさと美しさ、人が神を愛すること、人が人を愛することだけを教えています。

私はこれまで、私の方法に関して質問を受けてきました。私に方法はありません。私は決して自分の話す言葉を用意しません。私はすべてを神にお任せします。私はこのリバイバルの源ではありません。私は、数を増しつつある事柄の一代理人にすぎません。私は人々の心を動かして、その生活を変えているのではありません。
 
私ではなく、「神が私のうちに働いておられる」のです。私は確信していますが、私は最高の種類のキリスト教を見い出したのです。他の人々もそれを見い出せるよう助けるために、私は自分の命を捧げることを願っています。自分の命こそ、私が与えなければならないもののすべてなのです。神に感謝します。自分の命こそ、私が与えなければならないもののすべてなのです。神に感謝します。すでに多くの人がそれを見いだしましたし、さらに多くの人々が彼らを通してそれを見いだしつつあります。

これが私の働きです。神が私をこの働きに任命されたのです。ある晩、私が導きを求めて神に祈っていると、神の霊が私を訪れて下さいました。そして五ヶ月後に私は御霊でバプテスマされました。御霊は私を導いて下さいました。御霊は、自分の人間的弱さを感じており、子供が父親に頼るように彼に頼る人々を、同じように導いて下さいます。私を通してなされた働きは、私の持ついかなる人間的能力にもよりません。それは神の働きであり、神の栄光のためなのです。「私はこれまでそうではありませんでしたし、私を導いて下さいと祈ったこともありませんでした。私は自分の道を自分で選び、眺めることを好んでいました。しかし主よ、今から後、私を導き続けて下さい」

私はただ、始まったばかりのこの働きを続ける許しを得ることを願います。「主は私の羊飼いです。私は欠乏を恐れません」。神は必要なものをすべて備えて下さいましたし、これからも備えて下さるでしょう。私は、個人が従うことを願っているのではなく、世界がキリストに従うことを願っています。

私たちの集会や私に関する噂話もありますが、真実ではありません。しかし、神の真理はそれらの誤解によって傷つけられはしません。ですから、誤解は何でもありません。私はまた、「助けになることを書こう」という思いを神がこのリバイバルについて書いた記者たちの心の中に入れて下さった、と信じています。なぜなら、私たちが個人的に達することのできなかった多くの人々に、私たちのメッセージを届けてくれた記事もあったからです。

私は信じていますが、世界は偉大な宗教リバイバルを迎えつつあります。「どうかこのリバイバルをもたらす手助けをすることが許されますように」と私は毎日祈っています。

キリストを告白するすべての人にお願いします。どうか祈りの中で、「いま私のなすべき働きはありますでしょうか?」と神に尋ねて下さい。神は私たちを導いたように、彼らをも導かれるでしょう。神は、すべての人を彼に導くために、彼らを昼は雲の柱とし、夜は火の柱とされるでしょう。

数週間の間にウェールズで素晴らしいことが起きました。しかし、これは始まりにすぎません。世界は力強い大風のような神の御霊によって吹き払われるでしょう。今は沈黙しているクリスチャンたち、消極的なクリスチャンたち、信仰が自分にとってわずかな意味しか持たず、他の人に対しては何の意味もなさないようなクリスチャンたちが、その運動の中で導くようになるでしょう。
 
迷いとためらいの中にある真剣でないクリスチャンたちは大いなる光を見、この光をまったくの暗闇の中にいる数千の人々に反射するでしょう。全世界は「平和と人への御旨」に関する神のメッセージを聞くでしょう。そして、聞いて祝福されるでしょう。数千の人々が続々と、私たちが成し遂げた以上のことを行うでしょう。なぜなら、神が彼らに力をお与えになるからです。もし諸教会が聖霊の御声に従うという大いなる学課を学びさえするなら、私はこれを確信します。従いなさい!従いなさい!!従いなさい!!!』

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エバン・ロバーツ(Evan John Roberts、1878年6月8日 - 1951年9月29日)は、1904年 - 1905年のウェールズ・リバイバルの指導者。

【生涯】
ウェールズに生まれた。11歳から23歳まで炭鉱で働きながら、毎晩ウェールズ長老教会のモリヤ・チャペルに通った。

【ミニストリー】
1904年、神学校に入る。福音伝道者セス・ジョシュアの礼拝に出席し、聖霊のバプテスマを求めるようになった。

故郷のモリヤ・チャペルで説教をはじめ、ウェールズにリバイバルが起こった。ウェールズ中の『10万人がキリスト教信仰に回帰』したと言われる。

【メッセージの4ポイント】
1、全ての罪の告白
2、全ての悪習慣を取り除く
3、聖霊に完全に従う
4、福音伝道

【遺産】
ウェールズのリバイバルは、英国、ヨーロッパ、ノルウェー、北米、韓国にまで波及した。

そのリバイバルの波はヨハン早稲田キリスト教会を通して日本全土に!!

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悪徳の町ブリストルの貧しい炭鉱労働者たちに福音を伝えた。ホウィットフィールドの説教を聞き、彼らは涙に咽んだと伝えられる。
1740年の集会では一万二千人が集まり、泣き叫ぶ声でホウィットフィールドの説教がかき消されるほどだった。彼の説教にはしるしと不思議が伴っていたと言われる。

ホウィットフィールドの遺体は、ニューベリーポートの長老教会の講壇の下に置かれている。
大覚醒と呼ばれるリバイバルは、次の世代の伝道活動の形を決定した。

ホウィットフィールドは福音主義の父(the fathers of Evangelicalism)の一人と考えられ、今もアメリカは彼の遺産を受け継いでいる。

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ジョージ・ホウィットフィールド(George Whitefield、1714年12月16日 - 1770年9月30日)は、イングランド国教会の 牧師、説教者、メソジスト信仰復興 の指導者である。

1714年12月16日、イングランドのグロスターに生まれ、1770年9月30日マサチューセッツで召天した。

ホウィットフィールドは、信仰復興(リバイバル)のメッセージで知られる。そのリバイバルは大覚醒と呼ばれた。

【最初の説教】
故郷のグロスターで最初の説教をした。幼少時からの彼を知る会衆の前で説教することは、身をすくませることだったが、神の臨在を感じ、語るにつれて心は燃やされ、福音の権威を持って語ることが出来たという。

最初の説教で会衆は心を打たれ、そのうちの15人が狂人になってしまったという苦情が、主教に持ち込まれたほどだった。
1737年から一年間、合衆国に渡り、ジョージア州の貧しく無学な人々の間で働き、孤児院の運営を助けた。1738年の後半に司祭按手を受けるため、故郷に帰国するも、彼を『狂信的な熱狂主義者』と疑うイングランド国教会が、講壇からの説教を拒んだため、野外説教で福音を宣べ伝えるようになった。
『怒れる神の御手の中にある罪人(Sinners in the Hands of an Angry God)』は、ピューリタン時代の1741年7月8日にコネチカット州エンフィールドで、傑出したカルヴァン主義者の牧師、ジョナサン・エドワーズによって説教された。

彼の最も有名な説教である。これは、大覚醒のリバイバルに用いられた。

主題聖句は、申命記32:35の「彼らの足はやがて滑る」Their foot shall slide in due time;(KJV)

【主題聖句】
転倒の危険 詩篇73:18
滅びはいつ来るかわからない 詩篇73:18-19
人は自分の重みですべる
神は、滅びるしかない邪悪な人々を、その時が来るまで地獄に落ちないようにしている。

神が人を地獄に落とす力に不足することは無い
彼らが地獄に落ちるのは当然。有罪宣告はすでに受けている。
彼らは神の怒りの対象となっている。
彼らは悪魔のものである。
人の心は地獄的な堕落の極みにある。
人はいつ死ぬかわからない。誰も死から逃れられない。
キリストを信じない者の努力は無駄である。

【影響】
エンフィールドの説教では、罪の意識から会衆は泣き叫び、気絶し、激しい痙攣を起こしたと記録されている。

18世紀のニューイングランドの通例通り、説教は印刷されて広く出版された。それは、常にカルヴァン主義者のリバイバル指導者の神学と説教の裏づけとなり、第一次大覚醒の著名な指導者たちによって採用された。
これは、ピューリタン文学の代表作として、アメリカ合衆国の高校と大学の英語の授業で頻繁に使われる。
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ジョナサン・エドワーズ(Jonathan Edwards、1703年10月5日-1758年3月22日)は、アメリカを代表する会衆派の神学者、牧師、アメリカ先住民(インディアン)への宣教師であった。

エドワーズは、アメリカの最も重要な、最初の哲学者また神学者であると広く認められている。

彼は、最も偉大で、深遠な神学者、大覚醒運動のリバイバル指導者、またその記録者として知られる。彼の働きは非常に広範囲に及ぶが、特にカルヴァン主義神学、予定説、ピューリタンの遺産の弁証と関係付けられている。

リバイバル説教『怒れる神の御手の中にある罪人』は、罪に対する義なる神の正しい怒りと地獄の苦しみを強調し、それを神の救いの御業と対比した。

エドワーズが説教する時、会衆は、気絶や卒倒などの激しい反応を示した。そのため、エドワーズは聖霊の臨在と、現象についての論争に巻き込まれた。 プリンストン大学第3代学長。
 
ヨハン早稲田キリスト教会の宣教師先生も現在、プリンストン大学にて学んでいます。
ヨハン教会を通して、このようなリバイバルを日本にも!

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