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息子 その2 「高校受験」
わが長男が、いよいよ高校受験に向け、中学3年生になった時のことです。
サッカーのクラブチームに所属していましたので、オフの月曜日以外はほとんど
帰宅が、午後10時半頃でした。
それでも、夜中の2時ぐらいまで、勉強に取り組んでいたのを記憶しています。
内心は、「わが子とは思えないほど、文武両道で偉いなぁ」と思っていました。
しかし、一度なりとも本人に伝えたことはありませんでした。
2年生の最後に、本人を殴ってしまってから、お互いほとんど口をきいていなか
ったのです。
褒めてあげたいのに、褒められない。わが子も、私を避けているのが分かります。
毎日、もどかしい日々を送っていました。
1学期が終わり、いよいよ通知表を目にすることになりました。
2年の3学期とは異なり、さすがに本人も意識をしたらしく、オール3から、数学が5
英語4、体育5、あとは結局3でした。
定期テストは、5教科で470点は取っているのですが、授業態度がよくなったとは
評価されませんでした。
本人としては、心を入れ替えたつもりです。
しかし、過去の「悪の実績」というフレームで見られ、各教科担任からは、
「授業態度の悪い子」という「烙印」をおされていたのかもしれません。
それでも、サッカーでくたくたになりながらも、くさらず自宅での学習量は、
鬼気迫るほとでした。
評定値の悪さを、テストの点でカバーしなければ、という思いからだったようです。
模擬テストの偏差値は、常時65〜67ぐらいでした。
通常なら合格可能なのですが、公立の第一志望校の推薦試験は、当然、評定値が足りず
見事に、「不合格」でした。
本人は、ダメもとで受けたのですが、やはり15歳の子には、ショックだったと
思います。勿論、親としてもショックです。
再度、一般試験で受ければ、合格するとは思ったのですが、本人は、別の高校をうけ
ました。相当、弱気になり、恐怖心を味わったようです。
自分では、自分に対するリベンジのつもりなのか、何かに取りつかれたように机に向い
ました。もう、失敗できないという、悲壮感すら漂っていました。
見ていて、可哀そうなほどです。
高校の合格発表時には、入試の点数と順位まで教えてくれます。
500点中、467点、合格者の上位15番でした。
第一志望校の、もうワンランク上の高校にも、合格できる点数でした。
合格発表を聞いて、ほっとしたのと同時に「結果がすべて」という意味を取り違えて、
わが子の「脳」に刷り込んでしまった、後ろめたさです。
長男は、学校のテストの点数が「すべての結果」であると認識し、通常の授業態度と合わせて
高校入試結果があるということを、感覚として理解してなかったのです。
本当の結果とは、「第一志望校に合格すること」だったのに・・・・・。
私の責任だと、落ち込みました。
この「結果がすべて」という事件は、これだけではありませんでした。
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