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みなさんは、飲酒運転がどんな悲劇をもたらすか知っていますか?
これから皆さんに見て頂くのは、1999年にアメリカで起こった飲酒運転による事故で数十回の手術を受けて一命を取りとめたものの生活が思うようにいかなくなってしまったジャクリーン・サブリードさんが飲酒運転防止のCMに出演した際の動画です。
あまりに衝撃的な動画であることから「検索してはいけない動画」という扱いを受けることもありますが、自分は飲酒運転の被害者のその後がどうなってしまうのか?ということを考えるには人生のいい教材になると思います。
動画を載せますが、必ず見てくれとは言いません。
心臓が弱い方もいると思いますから、そこについては考慮させていただきます。
しかし、これが世界で実際に起こっていることであるということを知ってもらうには動画を実際に見て頂く方がいいと思います。
そういう考えのもと、この動画を載せさせていただきます。
(解説)
ジャクリーン・サブリードさんは1999年にアメリカで飲酒運転による事故の被害に遭い、手術で何とか一命を取り留めました。
写真は大学に普通に不自由なく通っていた時の写真です。
ジャクリーンさんは飲酒運転による事故で乗っていた車が炎上し、手術によって一命を取り留めました。
しかし、乗っていた友人2人は助からなかったそうです。
動画の後半では、写真をどけて現在の顔が映ります。
現在では顔の各部の形が変わってしまい、生活にも支障が出ています。
このように、人の人生を大きく変えてしまうのが・・・
どうでしたか?
これが実際に飲酒運転が起こした悲劇です。
「飲酒運転は悪い」ということは知っていても、それがどんなことを引き起こすのか知らなかった方も多いと思います。
今回取り上げた動画によって飲酒運転がいかに悪いことであるか分かってもらえたかと思います。
このブログは主に読者が学生ですから、少し年齢層が違うかもしれません。
しかし、大人になれば無関係ではなくなる方も多いと思います。
もし飲酒運転をしそうになったら、ジャクリーンさんのような被害者のことを思い浮かべてほしいと思います。
飲酒運転、絶対ダメ。
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社会(大事なこと系)
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おまいらはなんで1月17日が「おむすびの日」なのか知ってるか?
今日は1月17日。
しかし、今日が「おむすびの日」だということはあまり知られていないでしょう。
まぁ、ニュースで見た方もいるかもしれませんね。
今から17年前。
ここまでくれば勘のいい方は分かるかもしれませんね。
1995年1月17日、兵庫県南部地震(通称:阪神・淡路大震災)発生。
特に、神戸の長田は被災地の中でも被害が多かったそうです。
「未曾有の大震災」と騒がれ、全国のマスコミはこぞって報道しました。
そんな中、ボランティアは被災地で炊き出しを行いました。
そこには、おむすびの炊き出しもありました。
このおむすびが被災者を励ました(のかどうかは被災者の声を聞いてないから知らないけど)ということで1月17日を「おむすびの日」としたということです。
皆さんは震災の記憶を忘れていませんか?
被災者の方々は、今もなお震災の記憶を忘れられないでいます。
(申しおくれましたが、この企画は去年3・4月頃の関連記事の続きです。)
被災者の記憶は、傷です。
恐らく、一生消えることのない。
でも、被災してない人が忘れちゃダメなんじゃないの?
過去の教訓として残して行かなきゃいけないんじゃないの?
また同じようなことが起こって、国自体が混乱するかもしれない。
そういうのを避けるために、未来に記憶を残して行こうよ!
この日だけは思い出そうよ!!
最後に、17年前の今日被災した人のスレッドに書かれていたものからなにか心に残るものがあれば幸いかと思い要約して書かせていただきます。
男性(以下A)が震災から10数年後のある日、実家の押し入れを整理しているとある手紙を発見。
それは被災したあのとき出会った大阪の女の子のボランティアの電話番号だった。
それは、あの1月17日の数日後。
大荷物を持った女の子がこっちに歩いてくるのが見えた。
その女の子は大阪から歩いてきたという。
兵庫は神戸まで。
女の子はボランティアとして働く傍ら、Aとも親しくなっていった。
そんな時間も長くは続かず、女の子は帰って行った。
その時に渡されたのが、あの電話番号だった。
Aはもう1度その電話番号にかけてみるが、「会えない」とのこと。
なんとか会えないかと交渉すると、「覚悟してね」と一言。
女の子と会うと、そこには車いすに乗る彼女の姿があった。
Aは何回か遊んだ後告白するが、女の子は「迷惑をかけたくない」と言ってかたくなに断った。
Aは思い出の曲である尾崎豊の「I LOVE YOU」を聞きながら、泣きながら、車を走らせた。
〜本当に考えてほしいのはここから〜
Aは、神戸に来たとある歌手のライブを見に行った。
そこで歌手は、「震災から10年経った。もうあの悲惨な出来事は忘れて、前に進む時だ!」と言った。
Aの実家は、倒壊した家と新しい家の二重ローンで苦しい生活を余儀なくされていた。
ある人は職を失い、ある人は故郷を離れ。
Aは、歌手に対して憤った。
皆さん、被災者は10年経ってもなお苦しい生活を強いられるということをしっていましたか?
自分も恥ずかしながら、この話を聞いて初めて知りました。
あのとき、当時の村山内閣は度重なる失態を犯して失脚しました。
しかし、今も変わってないんじゃないですか?
雇用はどうなったの?二重ローンの支援はどうなったの?
本当の「支援」って何なの?
被災者が本当に苦しむのは、もっと後だって分かった。
皆さんはきっと「頑張れ!」って言ったと思う。東北や、当時の神戸に。
でも!
被災者のほとんどが「これ以上何を頑張ればいいんだ!」って思ったと思う。
さっきの歌手にしても、私たちにしても、結局は他人事のようにしかとらえてない。
本当に応援していったとしても、それは誰かの心に傷を作るかもしれない。
それでも私たちは、前に進むしかないんです。
どんなに苦しくても、どんなに悲しくても。
今こそ、助け合って困難を共に乗り越えて行こうという姿勢が大事なんじゃないんですか!!
ねぇ、政治家の皆さん、官僚の皆さん。
最後に皆さんへ。
この記事を通して考えてほしいことが最後に1つあります。
見てくれた方は、考えてくれると幸いです。
皆さん。
本当の復興とは何でしょう?
それが分かる日まで、共に闘いましょう。
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「寒ブリを愛する男が現れた」
去年の12月下旬から1月にかけて、ランドセルが児童養護施設に送られた「タイガーマスク運動」を覚えているだろうか。関東地方で始まり、その運動は次第に北海道から沖縄まで広がった。
共通していたのは、「伊達直人」の名前。
人道支援というのは、いつの世になっても絶えてほしくないものである。
しかし、今年は少し変わった「伊達直人」が現れたという。
2011年12月15日、富山県高岡市の児童養護施設に1人の男が現れた。
児童養護施設「高岡愛育園」には44人の子供が住んでいた。
12月15日の午前9時ごろ、ワンボックスカーに乗った男が現れた。
その施設の女性職員が事務室から見ると、職員に気付いた男は手を上げていた。
そして、男は何も言わず立ち去ってしまった。
玄関には、青い発泡スチロールの箱が2箱。
そして、「ひみ寒ブリ」の紙。
中には10キロと8キロのぶりが入っていた。
そして、「今日獲れた寒ブリです。皆様で食べて下さい。寒ぶり愛する男より」という手紙と、「魚屋でさばいてもらって下さい」の添え書きと封筒に入った1万円。
氷見特産の寒ブリは1本3〜4万円。
置かれたぶりは刺身や焼き魚となり、美味しく食べられたという。
児童は、「こんなに大きなお魚を見たのは初めて」と言ったという。
ブリが豊漁の冬、10日早いクリスマスプレゼントとなった。
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第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
これね、議員さんの間でももめてるそうなんですねぇ。
ね、自衛隊はどうなるのって。
真面目に考えましょうか。
課題1:党で割れる意見
自衛隊の保持について
賛成→民主・自民
断固反対→社民・共産
微妙→公明・みんな・立ち枯れ(たちあがれ、ですね。スイマセンw)・幸福・国民etc
課題2:自衛権について
自衛権…「自分の国ぐらいは自分たちで守らせろ」という権利。
これを認めるかどうかが焦点。
このブログでは、とりあえず「改憲」の設定で話を進めさせていただきます。
改憲をするとすれば、どういった法律を盛り込んでいくべきか?
例:第3項 自衛権を認め、日本国を防衛する最低限の戦力は第2項の例外とする。
とりあえず、これを過度にしないために第4項も必要です。
例:第4項 ただし、防衛の過程での交戦及び過剰防衛はこれを禁ず。
こういった改憲が必要なのはないでしょうか?
皆さんも、もう1度「憲法」について考えてみましょう。 |
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「プロい」・・・〔俗〕若者言葉で、上手いとほぼ同じ意味。
そう、編集手帳ってプロい。
あの〜、読売新聞の1面の左下の方にちっちゃな枠があるのは何となくわかりますか?(他の新聞でもいいけど)
あれって、読んだことあります?
導入の部分の逸話や小話がうまく終わりにつながるんですよね。
すごく感心します。
あれを何とか作ろう!と思い作ったのを下にかきます。
「偏」集手帳
戦時中から戦後の日本が描かれている漫画として有名な作品に、「はだしのゲン」(作:中沢啓治)がある。日本人ならほとんどが名前だけは聞いたことがあるはずだ。このはだしのゲンの第3巻には、女性が「た たすけてー ピカの毒がうつる〜〜」と被爆者の血を浴びて叫んでいる場面がある。◆「ピカの毒」とは無論、原爆による放射能のことを指す。原爆投下後の広島では原爆から放たれた強い放射能によって死んだ人も多かったが、遺体の処理のために広島に来た人も放射線を浴びて少なからずその影響を受けて帰ったという。◆長年、国と被爆者の間で原爆症の患者に対する補償を求める論争がたびたび起こった。そして平成6年になって「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」がようやく成立された。それでも認定されていない患者が多いのは日々の報道見ていれば分かるまい。しかし、たとえ認定されたとしても被爆者が差別で負った傷の深みはなかなか埋まることがないだろう。◆報道は、時として「差別する側」を取り上げることもある。先日、野田新首相の指示で新内閣が発足した矢先に鉢呂経済産業大臣が辞任することとなった。「死の町」や「放射能を分けてやる」といった発言は前述の「ピカの毒がうつる」に通じる部分が多いであろう。あれから66年、今度は「原爆」ではなく「原発」が新たな差別を招くこととなった。◆文明の進化は、時として偏見を生むきっかけともなる。かつて、イギリスのBBCがバラエティー番組で広島と長崎で2度被爆した故・山口彊さんを取り上げた際に番組内で笑いものにされ、日本大使館が抗議したということがあった。文明の進化によるこういった事態は、「またか」といった具合である。「ピカの毒」をなくすにせよ、差別をなくすにせよ、こういったことがあったのだと悲劇を風化させないよう、文明の進化の流れに未来永劫「過ちは繰り返しませぬから」の文字を残そう。
長かった・・・。
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