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今日は西洋の文化、価値観とともに、日本史を学ぶ上で、重要なキリスト教について語りたいと思います。西洋の文化や価値観は兎も角、「日本史を学ぶ上で」については説明が必要だと思いますので、簡単に。
他国文化や歴史を知るためには、その国の文献や憲法、宗教、他国との交流から調べていくものですが、文献を調べるにも、歴史学会がマルキストで、憲法は外国製、宗教は学会が学会なだけに、自分でそれぞれの寺を廻ったりして、手間がかかりすぎ、他国の交流にしても、日本の周りは、なんというか、「アレ」な国ばかりですし、話になりません。
そこでキリストです。歴史学会員(?)がマルキストってことは、日本の歴史教育は一応キリスト教圏の影響を受けた人間が作った思想を基にして「創られている」ということです。マルクス史観というのは、キリスト教圏の歴史にのみ当てはまる法則で、日本史には全く当てはまりません。しかし、そこは無理してマルクスの法則を当てはめていくのが、日本の歴史学となっています。そういう無理をすればどうなるかといえば、文献の取捨選択、解釈に大きな影響を与えるのですが、そういった事実を知らずに日本史を見ていくのは非常に危険だったりします。そこで、マルクスの宗教(まあマルクスはキリスト教とイスラム教くらいしか頭になかったでしょうけど)の見方、歴史法則に対する考え方を知った上で、本や教科書を見ると、また違った歴史を学べます。
憲法は外国製なので話になりませんが、当時の外国が、どういう風に日本という国を見ていたかがわかります。まあぶっちゃけアジアの端っこにあるクソ生意気な黄色いサルとしか考えていませんでしたから、憲法でわかるのは、当時の外人って、日本のことを何も知らなかったんだなってことがわかるだけですが。
他国との交流は・・・西洋との交流だけ考えていればいいです。
ではキリストについて文献を見ながら考えて見ましょう。
「もう信じられないと呟いて、イエスはうつむいて、不安材料腰にぶら下げた弟子(特にユダ)の心に噛み付いた」【カッコ内黒船】
「ツライつらいとわめいているばかりじゃ、心に原罪が増えるだけ。13(14人?)人だから楽しく踊ろうよ」
「イエスの血が流れても三枚か四枚の銀貨をふりかざそう」
碌な弟子がいなかったみたいですね。続けましょう。
「町中に裏切りがあふれてると、嘆くだけのヤツもいるけど、君(イエス?)はかなり重い恋のダメージを、腹に収め明日を見つめてる」
マグダラのマリアとなんかあったんでしょうか。
「Oh my 裸足のイエスよ、傷を隠さないでいいよ。痛みを知るまなざしは深く澄んでもう、萎れることはない」
隠そうにも磔にされて隠せないでしょうに・・・。
「Don’t you cry my 裸足の女神(マグダラのマリア)よ、一人でなかないでもいいよ。心から誰かに微笑む(オレ様が)、君の肩を引き寄せたいよ。Lalala….」
マリアさん、弟子の誰かに狙われたようです。怪しいのはユダかパウロ当たりか。
その後のキリスト教を見ても、イエス・キリストは碌な弟子に恵まれなかったのがよくわかりますね。
出典は「マルコスの福音“Barefoot goddess”」「ピエロからの手紙“I won’t hurt only you because of love”」
では、実際イエスはどんなことを言っていたんでしょうか。
「ミエナイチカラが僕を今動かしているその気になればいいよ未来はそんなには暗くない
We'll be alright, good luck, my friends. 愛する友の言葉を 僕は忘れない」
なんかトランス状態にあるようです。
「一体どんな言葉だった本当に言いたかったのは?いくら舌打ちしても戻らない日々よ」
「IT'S OK BABY" 怖くないよ誰かを愛して生きること。何故に 気持ちはずっと後にならなけりゃ伝わらない」
あるある。言葉足らずのときとか、私もよく思います。これは誰かを口説いているときでしょうかね。
どうやら普通の恋する青年時代があったようですね。
出典「マグっちへの手紙“・・・Something Invisible make me love you”」(・・・の部分は破れていて何が書かれていたかは不明)
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