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大学生の頃はよく意味のない観念論を真面目に議論したりする。
実はお遊びのようなものなのだが、なんか高尚になったような気分になるんだ。
「すべての現象は相対的であり、絶対的な真実なんてない」
―「赤信号を渡ってならないということもか?」
「そうだ」
―「車にはねられたら痛いってのもか?」
「そうだ」
―「死にたくないってのもか?」
「そうだ」
―「じゃあ、おまえ、はねられてみろよ」
結局、口にする観念論は実際の行動とは何の関係ない。
まったく意味のない言葉遊びなのだ。
『ブタがいた教室』のレビュをみると、そういう、意味が無いのに見た目はもっともらしい文がずらずら並んでいる。
「ペットも家畜も同じ命であって区別はない」
ほんとにそう思ってるのか?
なら、自分のペットを殺すのか?
それとも一切肉を食わないのか?
植物は命ではないのか?
まさか一切の生物を食わないってことはないよな。
行動にしないということは、本当は思ってないことを軽く口にしてるんだよね。
「人間も犬もブタもゴキブリも命はすべて平等だ」なんていう、凄いこと書く人もいた。
本気でそう思って実践に移してたら、無差別殺人犯と同じような発想なんだけど。
結局、これらの学生的観念論は行動に結びつくことがない。
一見美しいっぽく聞こえるが、実際には意味もない空虚な議論。
* * * * * *
農場で家畜を屠殺するのと、ペットとして可愛がった動物を殺すのを同じことというのは、新卒教師が学生気分で思いついた意味のない観念論にすぎない。
教師自身が途中で躊躇し始めたのは、本人でさえ頭でこねくりまわした屁理屈に本能が逆らっていたということだ。
ペットを殺して食うなんてのは、人間の感情に反した異常な行為だ。
それを子供たちに強要するのは、十分に残酷な仕打ちだ。
はっきりいって、これは教育手法の問題ではない。
むしろ児童虐待に近い。
大人でさえ家畜の屠殺現場を見たくない人は多いし、見ない自由はある。
嫌がる子供に教育と称して強制的にペットを殺させるのは犯罪的な人権蹂躙だ。
「ペットも家畜も同じブタなんだから」と言うのは、「どうせ大人になったらするんだから」といって性的いたずらをするのと同じような、寝言的観念論だろう。
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こんばんわ。
トモローさんも同意してましたけど、私も激しく同意です。
この作品、まだ観ていないのですが・・・皆さんのレビュー読んでいてなんとなく内容は理解できていました。
おっしゃるように、今までのアップされたレビュー読んでいてもそのとうりなような気がするんだけど、なんか釈然としなかったんです。
なんだろう?なんかこういう授業すること自体、おかしいんじゃないか?って思っていたんです。
で、エンタメさんのレビューですっきり!
まさにそのとうりですよ。
生き物はむやみに殺すな。
食べ物は粗末にするな。
これですよね!これ以外には無いと思います。
胸のつかえがとれた感じです。
ありがとうございました。
2009/4/14(火) 午前 0:01
どらねこさん
教師がその動機を「最近の子供は食べ物に感謝しない。いただきますも言わない」と言ってたんですけど。
それとブタを殺すのとは何の関係もないんですよね。
食事に感謝させることが目的の実践授業なら、農家で畑仕事するとかさせれば十分なのにね。
2009/4/14(火) 午前 1:17
エンタメさん
こんにちは♪
環境って大切ですよね。
「泥中に咲く蓮のごとく」
という言葉を思い出しました。
2009/4/18(土) 午後 2:08 [ リンリン ]
リンリンさん
そうですね。
「泥中に咲く蓮のごとく」
いい言葉ですね。
2009/4/18(土) 午後 6:56
yahoo-japan、光通信
在日朝鮮人のワル、
これらも資本参加か。
2019/7/27(土) 午後 5:15 [ PPP ]