わたしは聖書の神、万軍の主ヤハウェである

ヨハネの黙示録は、あなた自身を天地創造の神にするための書です。

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 菩薩よ、あなた方は何か行動を起こさなくてはならないと言うわけではない。

自身の内に慈悲を修めるだけでも十分なのだ。

なぜならば、人は、猛獣を見ると恐怖を覚え、また、暗い夜道でも恐怖を覚えるものである。

これと同様に、慈悲心を修める者を見ると自然と楽を覚えるものなのだ。

これゆえ、慈悲心を修めるのは、真実の思惟であり、決して無益ではない。

この力を神通力と言う。



 人は誰でも自分を大切にしてくれる者のところに寄り添うことを望む。

これは、天使も悪魔も神々も魑魅魍魎も同じなのだ。

つまり、あなたが、もし、人々に慈悲を抱けば人々はあなたに寄り添う事を望むようになる。

人々は、なぜだかわからなくとも、あなたの許に集まる。

これは、自然な事である。

つまり、慈悲心こそが神通力の基本なのだ。



例えば、わたしは、人よりも天使や悪魔、神々や自然霊、地獄たちに慈悲心を抱く。

これゆえ、このような者たちが、わたしの意に沿い自在に動くのだ。

言ってみれば、地獄も、猫がじゃれるように、わたしにまとわりついてくる。

かわいいものだ。



あなた方も同じである。

あなた方が真に慈悲心を修めるならば、善なる者たちが、あなた方の許に寄ってくる。

あなた方が真に喜捨を修めるならば、善なる者たちが、あなた方の許に寄ってくる。

また、あなたの許に寄れば、貪欲な者も貪欲ではなくなり、

怒り狂う者もその怒りを忘れ、嫉妬に狂う者も嫉妬心をなくす。

このようになるので、貪欲・瞋恚・怨嫉を抱く者たちは、あなたと遭うことを恥じるようになる。

これが、あなたが実際に使える神通力なのだ。



人が大我の位置、すなわち、創造主の位置に至ることを解脱とも言う。

アバターである人としての自我から離れるからである。

そして、この位置から物事を観るのを十住の菩薩とも言う。

阿羅漢と言う言葉があるが、これは、アバターである人から見た大我に至った者を指す。

菩薩とは大我である創造主側の視点から物事を観察する状態を指す。

当然ながら、最初から創造主側の視点に立てるわけではない。

しかし、この位置から観ると本質は『空』なのだ。

本来は『空』であるところに、自らの意思によりすべての物事を定め、造っているのだから、

そこに働かせている、自らの意志の力を取り去ると『空』に戻る。

すべての事象の本質は、結局、自分自身なのだ。

世にある人々の楽の本質も自分自身、世にある苦しみの本質も自分自身、

世にある争いの本質も自分自身。


この世をどのように変化させるべきか。

この世をどの方向に導いていくべきか。

その全てが大我である自分自身にかかっている。



そして、この世界を導く方向は最初から分かっている。

アバターである人から離れて、大我意識に至らせればよいのだ。

世界中のすべての人を大我意識に至らせる、すなわち、創造主の位置に至らせればそれが至高なのだ。

しかし、人はアバターである自我に囚われ続けている。

これをどのようにして、創造主の位置にまで引き上げていくのか。

ここに思考の根本を持つのが、大我である位置、創造主としての位置なのだ。



人の状態を観察する。

この人を大我意識に至らせるために、何が邪魔になっているのかと見極める。

まず、その邪魔になっているものを排除しようとするのだが、これが、とにかく難しい。

これが煩悩と呼ばれるものだからである。

本人が『これでは駄目だ』と気づき、本人がそこから脱しようとしない限り不可能なのだ。

このため、場合によってはその煩悩を増長させる方向に誘導したりもする。

また、法を語ったり、自らの姿を見せて誘導したりもする。

とにかく、使えること全てを、その人が煩悩から離れるようになるために使う。

実際には、その人が、自分自身が煩悩に囚われている事を知り、

その煩悩より離れるべき事が分かれば、ほぼ、『事はなった』と言える。




大変なのは、『自分は既に至っている』と思い込んでいる人たちである。

彼らの話を聞くと、とてもとても大我意識に至っているなどとは言えない事がすぐに分かる。

彼らは如何にも知ったように語るが、その論は最初から破綻している。

当然、その破綻箇所を問うのだが、このような者たちは、多くの場合、信徒の多さを頼みとする。

また、世の権力などと結託している場合も多い。

そして、ある程度の霊力も使う。

この霊力ゆえに、人々はその者を正しいと考え、その霊力ゆえに、人々は簡単に批判も出来ない。

こういう場合、どうすれば良いのか。

一番問題なのは霊力である。

これを奪い去っておけば、後は、論破しておくだけで良い。

霊力がなければ、それが世にあったとしても、大問題となることはない。

『自分は既に至っている』と思っている者たちも、

『実際は、違うんじゃないか』とも考えるようにもなる。

残して置いたとしても世の害悪とはならないのだ。

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内緒さま

分かりませんが、5/9以降どこかに移動するつまりです。

ヤハウェとしては、【世に出現した】と言う事実があればよいと思います。

消えてしまっても良いのではないかな。

どうするのか決めるのは後々の人々であり、わたしではないので・・・

2019/3/15(金) 午前 2:32 [ 万軍の主ヤハウェ ] 返信する

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