東北関東大震災

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

陸高 奇跡の一本松

 
 
 
 
 
陸前高田の「奇跡の一本松」が衰弱
TBS系(JNN) 9月12日(月)12時33分配信
 

3月11日の津波被害から半年が過ぎました。
1500人以上の方が亡くなった岩手県陸前高田市の再起の象徴となっている「一本松」が衰弱し、
極めて厳しい状態にあることが確認されました。
 
 
 3月11日の津波から奇跡的に生き残った一本松。
 
海側に立っていたユースホステルが波の衝撃を和らげ、
さらに樹高がひときわ高かったため、松の枝が頭ひとつ津波の上に出たことから引き波の影響が弱まり、
奇跡を生み出したといわれています。
しかしその松が今、危機に瀕しています。
 
 
 松の調査は、日本緑化センターなどの手によって9月4日に行われました。
調査ではクレーンなどを使って松の穂を採取し、生育状況などを調べました。
 
 7月に行われた調査では一本松に新芽がでて回復の兆しを見せていることが確認されましたが、
2か月後の今回の調査では、そのほとんどが茶色に変色していることがわかりました。
 
 
 「松ヤニの出具合がほとんど見られない。完全に止まると樹勢が低下していく」
(日本緑化センター企画広報室長・瀧邦夫さん)
 
 4日には、水分補給のためのスプリンクラーも取り除かれました。
そのうえで緑化センターは、10日に「樹勢は再び衰弱へ陥った」と分析結果を明らかにしました。
 
(略)
 
――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
 
 
奇跡の一本松は、
東北に行った際に
バスから見ることができました。
 
 
 
 
イメージ 1
 
 
うん、ちっちゃいんだけれど。
 
 
 
 
 
こちらは陸前高田災害ボランティアセンターで購入した
ステッカーでございます。
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
つないで陸高!
*なじょにがすっぺ
 
 
(*なんとかしようぜ!の意)
 
 
 
すけじゅーる帳に貼ったら
汚くなってしもうた(´・-・。)
 
 
 
 
 
 
さて、この一本松は
もともと7万本もあった防風林の一本で
 
日本百景にも選ばれる
「高田松原」と
ここ一帯は呼ばれていました。
 
 
 
この松原は
過去にも何度も津波の被害を受けていたのですが
 
今回の東日本大震災で
一本以外のすべての松はなぎ倒されてしまいました。
 
 
 
 
 
希望、奇跡の松として一本だけが残るが
 
この松を取り巻く土壌の塩分濃度が下がらず…
 
 
 
塩水をポンプで吸い上げたり
海水が入ってこないように囲いをつくったりと
いろいろと思考錯誤を重ねてきたのですが
 
 
今後の生存には難しいようです(`;ω;´)
 
 
 
せっかく新芽が出てきてたのに…(´・-・。)
 
 
 
 
 
 
 
東日本大震災より5か月
南気仙沼の現状をUPしておきます。
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
 
 
イメージ 3
 
 
 
 
 
イメージ 4
 
 
 
 
イメージ 5
 
 
 
 
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
イメージ 7
 
 
 
 
 
イメージ 8
 
 
 
 
イメージ 9
 
 
 
復興の速さも被害も
地域によってうんと変わってくるのですが、
南気仙沼はことさら復興が遅い地域です。
 
 
 
南気仙沼は駅自体が流されてしまい、
町自体、津波と火災の被害がかなり大きかったところです。
 
 
津波が来る前から火災が多く起こっていたらしい。
 
 
 
焼け焦げた車がそこらへんに転がっていたし、
ほぼ壊滅状態。
 
 
 
いまだ手つかずという感じでした。
 
 
 
 
 
とりあえず、これだけ載せておきます。
 

帰宅しておもった

 
 
 
おひさしぶりです〜〜 
 
最近一週間のニュースがごっそり抜け落ちたきゃら子です。
 
浦島太郎ですこんちくしょー。
 
 
 
 
 
 
27日に東北から東京、
 
そして昨日実家に帰宅。
 
 
 
 
 
 
 
この一週間、陸前高田と大島のボランティア活動、
 
主に瓦礫撤去と草刈を中心にやらせていただきました。
 
 
 
 
 
 
 
震災から五か月といっても、復興は全体的に遅れているのですが、
 
 
 
地域によって復興差が大きく
 
特にわたしの知るところでは、南気仙沼がほぼ津波があった時のままの状態。
 
石巻もまだまだ進んでいない。
 
 
 
 
バラバラの瓦礫の上には泥がかぶり、その上から雑草がぼーぼー。
 
 
山のように積みあがっている瓦礫は、いったいどこへ行くんだろう。
 
 
 
 
TVや雑誌で見ていたものを
 
実際リアルに目の前にして、
 
 
 
なんて言ったらいいのか、わからなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わたしたちのチームは男女合わせて22人。
 
沖縄、九州、関西、関東と、日本各地から多くの学生が集結して活動にあたった。
 
 
一日一日がとても充実していて、
こんなに濃厚で刺激的な一週間は初めてかもしれない。
 
 
 
たった一週間で、こんなに人間って仲良くなれるものなのかと実感した。
 
 
 
 
でも、なんだかずっともやもや。
 
 
 
 
 
わたしとしては、ボランティア活動は初めてなのだけれど
 
 
 
 
被災地での活動は、以前の記事でも書いたように
 
 
 
当然自己満なものであってはいけないし、すべて自己完結でなければならない。
 
見返りなんて求めるものでもない。
 
現地で活動することは、人の家にあがりこむようなもの。
 
 
 
 
その辺の配慮が足りなかった気がする。
 
 
 
 
 
 
「楽しんでボランティアをする」
 
 
 
 
 
楽しむって、なに?
 
 
 
 
元気に若々しく活動をするって、どういうことなのでしょうか。
 
 
 
 
わたしたちの作業風景をみて、
被災地の方はどう思ったのかなぁ
 
 
 
 
西宮市議会議員・今村岳司さんのブログに書いてあった
 
 
“観光気分で来た自分探しボランティア”
 
“人から感謝されることを楽しみにやってきた”
 
“彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました”
 
 
 
ボラに行く前にこれを見て、
帰宅してもう一度目を通す。
 
 
 
ん〜〜〜〜
 
 
 
ぶっちゃけた話、
 
わたしたちのちーむ、こんな感じに見られかねないよ。
 
 
 
 
 
 
わたしとしては、
被災地ボランティアって軽率なものじゃないと思うし
覚悟が必要なものだと思う。
 
 
大きな余震で要救助者になる可能性もあるし、
けがをしてお荷物になることもある。
 
 
わたしたちの活動が
被災者の心を踏みいじりかねないこともある。
 
 
 
でも現実、東北へのボランティア活動は
阪神時に比べると3分の1でしかない。
 
 
これからがボラが必要になってくるときなのだけれど、
ボラの増加はゴールデンウィークを過ぎて止まった。
 
 
 
 
 
多くの人が行きやすくなる環境を作るには
 
ボラのハードルをさげるべき
 
 
って意見もある。
 
 
 
 
 
 
 
 
きゃら子は頭を抱えていたのであった(完)
 
 
 
 
 
 
先日11日で、3.11の東北地方大地震から3カ月経ちました。
 
また先日12日で、同じく長野県栄村もちょうど3カ月。
 
6月に入り稲作も目途が立ち、仮設住宅への入居もかなり進んでいるようです。
 
まだまだ道路には亀裂が入り、路肩が崩れている場所は多く目立ちますが、
 
多くの地元の方々が”農業”を中心に村の復興計画・ビジョンを真剣に議論をし、作業を展開しています。
 
 
以下は「栄村復興への歩み(栄村ネットワーク被災情報ブログ)」の記事よりまばらに引用させていただきました。
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
集落の姿が変わる
 
3ヶ月目の今日は、私が「第2の故郷」と言っていいほどに愛着を感じ続けてきた青倉の変化を見、
そして、青倉のこれからについて考えてみたいと思います。
 
いま、その青倉の集落が大きく姿を変えつつあります。
 5月も後半に入ると、住家そのものの解体作業がそこかしこで行われるようになりました。
 
手元にある写真フォルダを見ても、解体作業を写したものがあまりありません。
私の体内のどこかに解体を拒絶する気持ちがあるからかもしれません。

 長年住み慣れた我が家を解体する決断をされたお一人、お一人には私などでは想像しきれない断腸の思いがあるものと推察します。
 
先日、横倉の仮設住宅であるおばあちゃんに会ったとき、「明日は我が家の解体が始まるので青倉に行きたい。自分の家が解体されるのを見ておきたいから」と言われたのを思い出します。

 前頁の写真では、青倉をよくよく知る人が見るのでなければ、
集落の姿の変化はわからないと思います。
 
しかしすでに、倒壊した多くの倉庫や車庫が撤去され、そして住家の解体が進んで、「隙間」がたくさん出来ています。
 
しかも、この写真を眺めていると、「ああ、間もなく、この家も姿を消すんだなあ」と思う家がそこかしこにあります。
解体予定の住家を含めて数えると、今度の冬を迎えるまでに4〜5軒に1軒の割合で姿を消すのです。
 
まさに、集落の姿が変わってしまうのです。
 
 
 
どういう集落として復興させるか
 
 
集落の一人ひとりが、“いま”を懸命に生きておられます。

横倉の仮設に入り、なんとか毎日でも青倉に足を運びたいと思っている高齢の人たち。
昨日11日にようやく今年初めての田植えをし、ここ4〜5日は田植えに没頭することになるであろう人。
あるいは、ようやく新しい倉庫(車庫)が出来上がったというお家。
まだまだ家の再建方法を検討中の人。
 

私がここまで書き連ねてきたことにつき合っていただく時間と心の余裕などないと言う方が多いと思います。
 

 でも、みなさん、どの人も心のどこかで「これから、青倉はどんなふうになるのだろう」と思っておられることと思います。
 

 その思いを一人ひとりの胸の内にとどめず、互いに話し合ってみることが大事だと思います。
毎日、午後7時を過ぎてもまだ田んぼで作業する姿が見られる今日この頃ですが、時には夜の1時間ほど、公民館に集まり、これからの青倉を語り合う機会をもつことができれば、と思います。
 
 
イメージ 2
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――
 
栄村復興への歩み(栄村ネットワーク被災情報ブログ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
長野県栄村の震災から約2か月となりました。
 
ニュースはやはり、目先のものばかりですね。
過去のことはすぐに忘れさられてしまうものです。
 
栄村では、今でも復旧作業が行われているのですが、
震災直後はまだ雪が田んぼや農道などに積もっていたために、被害状況が分からないままだったと言います。
 
 
春がやってきてようやく雪も消え、田んぼや農道の状況が明らかになってきました。
 
今年の作付に向けて、迅速な復旧作業が始まっています。
 
 
現場ではボランティアの方々、そして村の方々が一つとなって、栄村復興へ前進しています。
 
 
 
詳しくはこちら→「栄村復興への歩み」
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
イメージ 2
 
 
 
 
イメージ 3
 
 
 
イメージ 4
 
 
 
 
イメージ 5
 
 
 
 
イメージ 6
 
 
 
 
イメージ 7

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
きゃらこ
きゃらこ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(17)
  • powdery snow
  • 横
  • キャプテン
  • mp
  • ぬくぬく
  • ヒロノブ
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事