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サロン・デュ・ショコラが終わってからというもの
ここ最近のとてつもなくだら〜んと過ごしている自分に気が付いた。
だら〜んと、というか、
たぶんこないだまでかなり充実すぎる生活をしていたから、
そういう風に感じるだけなのだけれど。
リア充生活を送っていたことによる、一種の錯覚だと願いたい(いや、絶対にそうだ!ry)
来月末もまた某第一志望の催事があるので
それまでは地味にあらゆるオ菓子スト的知識を蓄えようと心に決めた。
ところで昨日、
なんやかんや英米語学科生であり英米文学研究ゼミに所属しているわたしは
改めてヴェニスの商人(2004)DVD版を鑑賞した。
The Merchant of Venice
いつか弊ブログでも取り上げた、
英国劇作家によるシェイクスピアの喜劇である。
年がら年中はいいすぎにしても、
個人的にユダヤとかパレスチナ関連には常に敏感☆少女()な自分は
ここ最近『マスコット』(マーク・カーゼム著)やら『縞模様のパジャマの少年』(映画版)を見て
いろんな意味で悶絶していた。(してません)
映画版は書籍のように、当然明細には表現できないし
文学的意味合いでも劣る。
例えば原文では、各幕の最後の2行に
make, safe というような脚韻を踏んだりしているけれど
はたして映画版ではそういう点をも表現していたのか、
わたしはそこまで注意をしてなかった(おい)
そんなことはどうでもいいんだ!\(^o^)/
それでもあのバッサーニオがどうしようもない無一文のプレイボーイ、
それどころか遊びすぎて借金さえ作っているダメ男だという面では
書籍の方がリアルに描かれていた。そりゃ当然なんだけど。
だから映画版のバッサーニオがいけめそだったので、くそ!って思った(謎
アントーニオが、そしてポーシャが
何故あのバッサーニオなんぞを愛しているのか
不思議で堪らないくらいあのダメ男はダメ男なのに\(^o^)/
バッサーニオに博識秀才で美人のぽーしゃたんなんか
絶対に勿体ない、と言いきれる><あらぶるわたし
ただ、この映画版での冒頭
アントーニオがシャイロックに唾を吐きかけるシーンは良い仕事をしていたし、
この映画全体がシャイロック視点メインにあるのが
すごくいいなと思った。
シャイロック役のアル・パチーノが、おじさん好きのわたしには堪らん(え
「ユダヤ人は目なし、手なし、臓腑なし、感覚・感情・情熱、すべて無し。
何もかもキリスト教徒とは違うとでも言うのか」
血眼で見るものを圧倒させる迫真の演技は、ふんとにすごい(`・ω・´)
そして裁判に負け、シャイロックが一人惨めに街に立ちつくす最後のシーン。
宗教も財産も、全てを無くした彼の怒り、憎しみ、哀しみが渦巻いた表情が
なんとも言えない。
ヴェニスの商人について考える中でいつも念頭に来るのは
シェイクスピアは何を思ってこれを書いたのか。
彼の真意が気になった。
彼はユダヤ人差別に対するアンチ的表現で、この作品を描いたのか。
それとも、キリスト教徒に共感させる反ユダヤ的表現で、この作品を描いたのか。
おい、誰かシェイクスピア連れてこい(`・ω・´)
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文学
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The Merchant of Venice
英国最大の劇作家であるシェイクスピアの喜劇、
かの有名な「ヴェニスの商人」は多くの方がご存知のはず。
イギリス文学好きなら、絶対ww
*あらすじwikipe引用
中世イタリアのヴェネツィア共和国と、架空の都市ベルモントを舞台に繰り広げられる商取引と恋の喜劇で、ユダヤ人の金貸しシャイロックが金を貸す際に取った、
人命にかかわる内容の証文が現実になったことによって起こる裁判と、
ベルモントの美しい貴婦人を射止めんとする若者の話を基軸とする。
うん、ちょっと長ったらしいからちょー大雑把に説明すると、
金貸しを生業とするお尋ね者のユダヤ人シャイロックと、
主人公のアントーニオの間に起こるなんちゃって喜劇。
より詳しいあらすじは、ぐぐってくださいまし〜。
きゃら子自身、文学っていうものにあまり興味はないのですが、
この「ヴェニスの商人」には興味があるのですよね。
大学のゼミでこれ勉強しているのです〜。
ゼミで「ヴェニスの商人」って、さすが外大ですよねー。
実に変わったゼミだww
なんでこれをゼミにとったかって、
だって、他にやりたいゼミがなかったんだもん。
それに、この戯曲自体にユダヤ人問題が大きく関わってるから
きゃらこ的に興味津々なのです
ユダヤ人のシャイロックが金貸し業者ってところとか、
シャイロックがキリスト教徒から虐げられるところとか、
かなりあからさまに描かれているのですね、この作品。
しかも、舞台がキリスト教の本場である、イタリア。
*wiki引用
「ユダヤ人は目なし、手なし、臓腑なし、感覚・感情・情熱、すべて無し。
何もかもキリスト教徒とは違うとでも言うのかな?
毒を飲まされても死なない、だからひどい目にあわされても仕返しはするな、
そうおっしゃるんですかい?
だが、他の事があんた方(キリスト教徒)と同じなら、その点だって同じだろうぜ。
キリスト教徒がユダヤ人にひどい目にあわされたら、(右の頬を打たれたら左の頬を差し出せという)御自慢の温情はなんと言いますかな?
仕返しと来る。それなら、ユダヤ人がキリスト教徒にひどい目にあわされたら、
我々はあんた方をお手本に、やはり仕返しだ」(福田恒存訳 新潮文庫版を基に要約)
これはシャイロックの言葉なのですが、民族的差別の問題が見て取れます。
この「ヴェニスの商人」は、今でも劇にされてあらゆる人々に演じられています。
もちろん日本でもやっています。
シェイクスピア自身がこの作品で、ユダヤ人差別を批判しているか否かは置いておくにしても、
監督それぞれの考え方によって、この物語は大きく変わってきます。
シャイロックという存在に深くスポットをあてて、
ユダヤ人という民族へ同情心を持たせるのか。
それとも、シャイロックをこれでもかというほど悪人に仕立て上げ、
キリスト教徒であるアントーニオたちに賛同できるような共感を、
見る側に持たせるのか。
いずれにしても、わたしもまだまだ原作(英文)に苦戦中デス・・
あの英文はいったいなんぞ。
わけわかめ過ぎて失笑w
読めないよ、ばかやろー
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大学生活ブログに参加してみました〜
よろしくお願いしマス♪
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