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今年の連休は仕事もあり色々な雑用であっという間に過ぎました。
義姉夫婦が引っ越し後初めて遊びに来てくれました。
片道電車か車で2時間近いので小旅行ですから大変です。
例年は竹の子狩りやキャンプに行くのですが今年は近場をフラフラしただけです。
基本的に主婦にとって連休は家事労働が増えるだけで疲れます。
適度に忙しく適度に余暇のある日常が私にとっては一番楽です。
家事を一切しない夫と、適当な子供たちと、寝てるだけ可愛いだけの猫と、2カ月に一度手術をするハムスター、
これだけの世話は結構手が掛かりますから。
連休中に裏のお宅が庭木の手入れをしていたので、私もお勝手口近辺の雑草取りをしました。
裏には適当に植えられたサザンカが1本と訳のわからない木が1本植わっています。
サザンカの枝が取り留めなく広がっていたのでズバッと切り落として見たところ、
なかなか良い形になったので満足して作業を終えましたが、これが後に大変な事になりました。
問題はサザンカではなく、サザンカの葉にいたのだろう毛虫です。
素手で半そでで作業をしていた私。
毛虫の存在など全く気付かずにいましたが、一昨日の晩から何となく手にかゆみが出て、昨晩は顔まで…。
ボツボツと赤い湿疹が顎から左耳にかけて広がっています。
とても痛痒くて溜まりません。
症状を見ると、どうやら、「毛虫皮膚炎」というものらしいです。
チャドクガの幼虫のフサフサしたとげにやられたように思われ尋常でない痒さです。
確か数年前にも同じような症状を起こしている私。
40歳を超え健忘症気味ですから、同じ失敗を繰り返します。
取敢えず昨晩からオイラックスAを塗って誤魔化し、今日は歯医者の予約があったので行き、
明日の朝の様子次第で皮膚科に行こうと思います。
もう二度と同じ過ちを犯さないように、春から秋にかけては予め殺虫剤を散布した後に作業すると誓います。
赤く腫れた顔左側、金曜日は学校に行く用事があると言うのに…。
早く治ってくれないとマスクなしには外出できない見苦しさです。
泣けてきます。
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「地獄」はあると思いますか?
自分の心の中に良心があるならば地獄と極楽は存在すると私は思います。
自分の言動について冷静に分析してみれば、何が正しく何が間違っているか分かってきます。
自己弁護や正当化は無意味です。
自分で自分を偽る事は愚かしい事だと思います。真実は、自分が見ていますし知っていますから。
私は故事や諺が大好きで、事ある毎に子供たちに言って聞かせます。
人が生きていくには何かを犠牲にしています。誰かに迷惑をかけています。
だからこそ、他人を思いやる気持ち、感謝する気持ちと反省する気持ちを忘れてはいけないと思います。
生きるために殺生をしていますので、食べ物は有難く頂きたいと思っています。
「ありがとう」
「ごめんなさい」
「いただきます」
ほんの数文字の言葉ですがとても大事でとても重いです。
心からの言葉でなければ人の心は傾きません。
小さい頃から言い聞かせ体験させ、親が子供のお手本になるように生きなければ、
子供は親の言葉を軽んじ、本当に大切な事であっても心に刻む事はないと思います。
強いては子供の為、親は何にだったなります。
最近、夫が「地獄」という絵本を買いました。
子供たちに見せる前に自分で読んで、いきなり暗い顔をしていました。
そして金魚の水槽掃除や放置していたクワガタの土の入れ替えなど妙に甲斐甲斐しくしはじめました。
夫は子供たちに「地獄」絵本を渡して読ませていました。
子供たちは「怖い…。地獄に行かないで済むように生きたい」と言いました。
さらに、「お父さん、なます地獄だよ」と囁きました。
夫は悲しそうな顔をして怖いよねとつぶやいていました。
一度ご覧になると分かります。
人の心に良心があるならば、地獄と極楽を感じると思います。
良く生きる事は良く死ぬ事、情けは人のためならず、何よりも自分の為です。
罪悪感のない人間はいないと思います。ただ、最近はその罪悪感をあまり感じない人が多いような…。
しかし、自分の行為を正当化しても責任転嫁しても無駄です。
心の目を耳をだます事はできません。
日本の道徳教育の原点は語り継がれる昔話や諺の数々など、生活と密着していたと思います。
親から子へ、子から孫へ、家庭の中での親子の関わり。
躾も教育もまずは家庭から、親から子へのコミュニケーションからだと思います。
乾いた心では地獄も怖くないのかもしれません。
身勝手な心は極楽しか存在しないと思いこめるのかもしれません。
我が子は地獄があると信じています。夫も私も信じています。
だから正直に生きたいと思っています。
不注意で命を粗末にして死んだ子は賽の河原で永遠に石を積みます。
親が子供に危険を教えなければ、親の犠牲になった子供でさえ地獄行きです。
「こどもだとて、ゆるしはせぬぞ!おもいきり、ぶちのめしてくれるわ!」
と鬼が言っています。
物ごころついたら子供であろうと自己責任、シビアな世界です。
小さい頃から実体験を通じて子供に善悪を教えるのは大人の役目です。
時に面倒くさく、時に辛く悲しい事もありますが、親は歯を食いしばって道しるべとなるべきです。
産まれたばかりの子供の心はまさに無垢です。大人が毒してはいけないと思います。
正しい事を教える正義、間違いを認め改める勇気、偽らない事が大事だと思います。
倫理観の薄れた人間は無味乾燥だと私は感じます。
芸術も文学も音楽も、琴線に触れ心を震わせるものは、湿り気のある何かだと私は感じています。
なます地獄、かまゆで地獄、火あぶり地獄、針地獄、火の車地獄、竜の口地獄、そして無間地獄。
どの地獄も自分を手招きしているような気がしないわけではありません。
私はへなちょこな人間ですから…。
けれど、色々な事を肝に銘じて、地獄に落ちない生き方をしようと心がけています
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マドレーヌとかカップケーキとか、
バター味のプチケーキが食べたい時がありませんか?
サックリした食感としっとりした食感どちらがお好き?
私はしっとり派ですが夫はサックリ派のようです。
だから作ったその日に食べたい夫、翌日に食べたい私。
手間暇かけて愛情かけて作ったお菓子を一口でパックリ食べられると少々悩ましいです。
昨日は雨が降っていて朝から家の中が暗かったので、
ほんの少しだけ気分を盛り上げようとバターと卵のたっぷり入ったお菓子作りに掛かりました。
子供たちや夫が出かけてすぐ、8時から作業を開始しました。
この時間からお菓子を作ると昼まで甘い香りに包まれて幸せな気分に浸れます。
心なしかお腹も満たされたような気がします。
カップケーキ・マドレーヌ;
バター150g、たまご3個、小麦粉150g、砂糖(グラニュー糖)120g、はちみつ大1強、
(今回は+マーマレード大1強)、バニラエッセンス、
卵とバターは常温よりも少し温めておきます。
①バターと砂糖を根気よく練って混ぜ合わせ、はちみつも加えます。
②少し温めた卵をといで少しずつ①に加えます。4回位に分けて混ぜます。ココまでは泡だて器で。
※卵が冷たいと分離しますので、バターよりも少し暖かい位が良いと思います。
③ふるっておいた小麦粉を②に一気に入れて、ゴムべらでサックリ混ぜます。
④③の半分にはマーマレードを加えてサックリ混ぜ、残り半分にはバニラエッセンスを少々加えました。
⑤④を型に入れて180度に余熱したオーブンで約15分焼いたらできあがり。
意外と簡単なのに誰が作っても美味しく出来上がるのはバターと卵のおかげかと。
甘い香りに満ち満ちて焼きあがりを待ってるのも楽しい一時です。
丸一日寝かせておいたのでシットリしています。
今日の子供たちと私のおやつです。(夫は昨晩既に味見してました…)。
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小学生低学年の頃までですが、毎週日曜日の朝はカレーパンかピロシキを食べていました。
近所のパン屋さんは朝7時頃から始まり、できたてのパンが並びました。
大好きなカレーパンとピロシキ、どちらにするか悩みに悩んで決めました。
一緒に買いに行く兄はちっとも悩むことなくサンドウィッチを鷲掴みです。
兄と私で好きなパン1つずつとコーヒー牛乳を買って帰るんです。
両親が飲食店を経営していたので、定休日の日曜日の朝だけは、兄妹だけで朝食をするお約束でした。
親はゆっくり朝寝坊でき、子供らは好きなパンを自分たちで買いに行くという楽しみの日です。
パン屋さんはわが家の並び50m位のところにあり、私の同級生のご両親が経営されています。
今も実家近くにあるお店は健在です。
おじさんもおばさんもお年を召しましたけど、全然変わらないように思います。
カレーパンはどこのパン屋さんでも見かけますが、ピロシキあまり見かけません。
私はピロシキが大好きなのに…
東京に住んでいた時は、たまにロシア料理を食べに行き必ずピロシキを食べました。
近所のパン屋さんにもあって困る事などありませんでしたが、こちらにはないんです…。
ならば作るしかないですよね、食い意地が張っているのでそんな努力は欠かしません。
ピロシキ
パン生地:
A・・・ドライイースト5、6g、砂糖少々、ぬるま湯(40度位)大2、
B…強力粉250g、薄力粉50g、塩小1、砂糖大1.5、
C…オリーブ油大1、ぬるま湯170cc、
Aを混ぜて20分位放置。
Bを泡だて器でよく混ぜて、真ん中をくぼませてAを投入、オリーブ油も投入、ぬるま湯は1/3位投入。
ゴムべらで真ん中からよく混ぜて、残りのぬるま湯も2,3回に分けて加えてその都度混ぜる。
よく混ぜて纏まってきたら台に出してよく捏ねる。滑らかになるまで15分くらい捏ねて、生地を丸める。
ラップして暖かい所において1時間くらい発酵、生地が2倍になったら発酵完了。
パン生地を発酵させている間にあんをつくります。
あん:ひき肉150〜200g、玉ねぎ1コ、春雨(ゆでて細かく切る)、ゆで卵、ニンジンやシイタケなど残り野菜。
肉や玉ねぎなどを塩コショウしてよく炒めて、ケチャップ大3・ソース小1・醤油少々などで味付けて冷ましておく。
ガス抜きをして適当な大きさに分割して、めん棒で10cmくらいに伸ばしてピロシキのあんを入れる。
閉じ目を下にして霧吹きをして10分くらい休ませて、170度位の油でこんがり揚げたら出来上がり。
パン生地は色々なパンに応用できるシンプルなものです。
そのまま焼いて(200度余熱で20分焼く)食べても、カレーパンにしてもおいしいですよ。
パン生地を捏ねていると嫌な事も忘れて集中できます。
そう、餃子を包む時と同じように没我の境地に慣れるのでストレス発散にしています。
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非常に困っています。
春になると活発になるんです。
閑静な住宅街の一画で、2時間も3時間も親子で大集会をしています。
ブログをお休みしてから少しして引っ越しまして今は一軒家に住んでいます。
以前住んでいた賃貸マンションが手狭になってもう少し広い所を探したら一軒家しかなくなりました。
子供らは学区は変えたくないと言うので学区内で一軒家の賃貸を探しましたが見つからず、
分譲地や中古物件もちょうどない時期だったので、近所の安い新築建売物件を買って引っ越しました。
実際、不動産関係の仕事をしている事もあり、親族も建築関係・建設関係・不動産関係のプロが多く、
それなりのウンチクがあるプチアポは、愛着のない土地に家を買おうとは全く考えていませんでした。
だからこそ、必要最低限の条件をクリアしている物件でスペースさえ確保できれば十分。
夫が定年退職する約20年後には、地元に帰りたいと考えていますので仮住まいなわけです。
とは言え、20年住むつもりなので、周辺地域の状況と物件自体は精査して買ったわけで、
地方にしては敷地がとても狭いのですが庭の手入れ要らず、建物は建売にしては悪くなくそこそこ快適です。
周りは60代以上の家庭が多く静かな住宅街で、100m先に中位の公園が1つ、他徒歩10分内に大小公園が4つ、
車の通りが多い道路から1本横に入ったところで、U字型に公道が通った分譲住宅地で20戸位建ってます。
地盤をはじめとしてハザードマップや河川の状況など、近隣の状態も下調べして決定したのですが、
人生で最悪の選択、人生最大の大失態、今更ながら後悔しております。
こんなところの家なんか買うんじゃなかったと。
新興分譲地・住宅地は道路遊びと井戸端会議の騒音の温床。
オープン外溝の家は危険。
たとえ公道でも、コの字型・U字型道路や袋小路の道路に軒を並べる家を買ったら静かに暮らせません。
道路は子供らと母親らに占領され、家の中でさえ落ち着いて暮らせない。
道路は封鎖され、子供らの奇声と母親らの井戸端おしゃべりの大声がアスファルトに大反響です。
我が家は全室ダブルサッシですが、窓を閉めても破壊力は絶大です…。
暮らし始めてしばらくは静かに暮らしていました。
その頃はまだ近所に子供も少なかったからですが、2年過ぎ3年が過ぎた頃から大変な状態になりました。
赤子が幼児になり、母親らが戸外に出てくるようになり、家の前の道路がまるで公園となっています。
よそから移転してきて赤子がいるが知り合いがいないご近所さん同士がママ友付合いを始め、
なぜか公道である自宅前の道路を第二のリビングのように占領し始めました。
最近の母親たちの井戸端会議にはもれなく幼児がついてきます。
ママがおしゃべりに夢中になっている間、小さい子供らは道路に放置され、奇声をあげて走り回ります。
道路遊びは危険なだけでなく近隣に騒音をまき散らす迷惑行為であると考えていない母親が多くて驚きました。
小さい子供を連れていれば何をしても許されると勘違いしている母親たちの傍若無人さに呆れております。
最近特に、我が子が大きな声を出したり騒いでも叱らない親が多いので驚きます。
幼い我が子を叱れるのは親だからこそですし、愛情と常識があればこそ自信を持って叱る事ができます。
家の中もそうですが外であれば尚更、我が子が不特定多数の人に迷惑をかけては親として申し訳ない。
子育てをする親はこのように考えるものではないでしょうか?
周りに迷惑になるから静かにしよう、道路では騒がない走らない、これが常識だと思っていました。
子供が騒いでも叱らない親が増えていませんか?
不躾な子供を世間に晒したらみっともない、恥ずかしいという感覚がない親が増えているような気がします。
可愛いわが子の声であろうと、誰にとっても同じように感じるわけではないと想像できない母親がいます。
社会性と常識のない幼稚な人が母親になっているので大人の社会に支障が生まれているという話です。
たとえすぐ近くに公園があろうと子供たちを道路で遊ばせ、母親たちは群れて大声で立ち話。
天気が良ければ2時間でも3時間でも、道路の真ん中で円陣を組んで間断なくしゃべり続けます。
子供たちが奇声をあげても他人の敷地に入っても叱ることなく、道路を封鎖して自由に遊ばせる。
車や自転車が立ち往生していても睨みつけすぐには避けない。
「子供だから仕方ない」「子供が遊んで悪いの?!」と、注意されると論点をずらして反論する。
しかし、子供を躾けられない親、程度と場所の問題であって子供を責めているのではないのです。
井戸端会議はせめて、自宅前で短時間で隅によって小声でお願いします。
道路遊びはせめて、自宅前で短時間で隅によって黙ってやってください。
大人も子供も3人以上集まったならどうぞ公園に行ってください。
女が3人集まれば姦しいのです。煩いのです。どうぞ室内か公園に移動して下さい。
とにかく、あまりにも常軌を逸した煩さで、少し静かにして欲しい場所を移動して欲しいとお願いしたら、
井戸端集会を仕切っている方々が逆上して罵詈雑言のうえ、仲間の井戸端ママを招集して悪口大会です。
何を言われても構いませんが、私有地でもない公道を占拠して遊ぶ権利はないと思います。
他者への配慮を欠いた身勝手な振る舞いはモラルやマナー違反だと思います。
晴れた日は外で子供を元気良く安全に遊ばせて欲しいです。
小さい子には保護者が付き添って、見守って欲しいです。
しかし、叱るべき場所で叱るべきモラルとマナーを守る事が大前提なのです。
自分の仲間や家族だけではなく、周囲には色々な人が暮らしている事を想像し配慮し共存して欲しいです。
自分本位で考えるのではなく、ほんの少しの思いやりと想像力さえあれば、誰もが平和に暮らせます。
子供は親を選べません。
親の教えが絶対であると幼い子供は信じ従います。
小さい頃の躾と教育が子供の未来に多大な影響を与えます。
子供は親の似姿、自分を映す鏡でしょう。
自分さえ良ければ誰かを犠牲にしても良いのでしょうか?
母親は子供を守るためには鬼になれますが、子供を自分を守るための盾にしてはいけないと思います。
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