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秋は新米の季節です。
それは過食を意味します。

我が家は10月、11月の食費はいつもよりもかなり多く掛かります。
米の消費が他の月と比べて1.5倍になります。
ご飯がおいしいので仕方ありません、この数日で体重も夫婦ともに1kg増えましたから・・・

我が家はお米屋さんからお米を買っています。
近所のお米屋さんはとても研究熱心で、厳選した農家から仕入れています。
農薬の履歴も分かるので、どのような農薬がいつどれくらいまかれているのかわかります。
無農薬米、減農薬米、普通の米、それぞれを扱っていますが、我が家では減農薬米を頂いています。

秋の新米シーズンは色々なお米を食べ比べします。
この前は千葉・久留里のコシヒカリ、今回は福島・阿武隈のコシヒカリ、次回は新潟・魚沼のコシヒカリです。
どのお米もとても美味しいのですが、千葉のお米は温暖な気候のせいもあってやや乾いた感じです。
お米は寒い地方ほど甘みと弾力が増すように感じます。
その店では、新潟のコシヒカリや山形のひとめぼれはムッチリ感では甲乙つけがたいものがあります。

私の信条として、毎日食するものこそ安全で安心できるものを選ぶ事です。
米・みそ・醤油・塩・砂糖・酒・みりんは厳選します。
生鮮食品も出来るだけ国産品を買うようにしています。
マグロなどはインド洋、鮭はノルウェーだったりしますが、他の魚介類や肉は国産を選びます。
野菜は国産品だけを買っていますので、中国産やアメリカ産に比べて高いので家計に響きます。
ニンニク1個でさえ、国産は200円ですが、中国産は3個で100円とか。
直接家計に関わる日々の糧ですので、遣り繰りを考えないと大変ですが、
安全と健康はお金で買えるならば買うのが私のポリシーです。

最近は米離れがよく聞かれますし、米の自由化の問題も出ています。
食の多様化と飽食時代の影響、ご飯食からパン食、麺類、主食なしと、色々な変化が見られます。
昭和中期まで、ご飯中心の食生活だったはずですが、高度経済成長期からパン食が増えています。
まったく納得できないのは、私の子供の頃、今から30年ほど前は、
学校給食もパン食が中心という、珍妙な食事スタイルでした。
これは対米の輸出入政策の一環だったのでしょうが、今でも納得できません。
ひじきの煮物とコッペパンなんて食えたもんじゃありません。
子供心にもそうした理不尽と矛盾を学校給食には感じ、給食にノスタルジーなどありません。
アメリカへの諂いが、日本人からご飯離れを増長したと言っても過言ではない位に思っています。

私の実家は3食ご飯の完全なご飯党でしたが、夫の実家は朝食はパンだったようです。
そのせいか、我が家の朝食は夫だけはパンです。
私はご飯党ですから、夫が朝食にパンを食べているのをみると、何故かたまにムシャクシャします。
私の子供時代の給食に対する憎しみから発せられているのかもしれませんが・・・
食べ物の恨みは怖い。まさにこれです。

ところで、我が子の給食はと言うとご飯中心で、週2回だけパンです。
米文化の日本の給食ですから、本来はこうでなくてはおかしいのです。
ご飯好きの我が子も給食が美味しいといって楽しく食べて帰ってきます。
学校で楽しい時間はやはり休み時間と給食でなくては嘘です。
食は和みの時間であり、弾む会話を楽しむ時間であるべきです。

今更、膨大な備蓄米の処理に困り、米離れの危機や米の自由化に対する問題でテンヤワンヤな政府、
30年間も怠けて見過ごしてきた杜撰な政策は、一体何をしていたのかと不思議です。

北朝鮮へもお金などくれてやらずに備蓄された米を送れ!
浮浪者への炊き出しに備蓄米を供出してやれ!
政府主催のバザーでも何でもやって米を食え!
スナック菓子など食ってないでせんべいを食え!
私はそんな風に思ってしまいます。ダメですか?!

とにかく、食の安全が保たれていない食材を国民に食わせるのは政府の杜撰です。
それ以前に、国内の食料自給率は39%程度だと聞いています。
6割以上も輸入に頼っている国を先進国と言えるのでしょうか?
備蓄米が膨れつつある政府の倉庫、米の輸入にもめている現在、減反政策を進めるあまり、
米が余っていると言いながら、米の自給率は100%ではありません。
有事になったら日本人は餓死してしまうかもしれません。

私たちの食卓に登っている食材のうち、どれだけが国内生産品でしょうか。
外食産業の多くは、利益の強い安い輸入品に頼っています。
ファミリーレストラン、弁当屋、町の食堂や居酒屋、どこも安い食材を使っているところが多いです。
食の安全にこだわる人と無頓着な人、格差があります。
たまの外食であれば、多少の添加物や農薬たっぷりの輸入食材も目をつぶれますが、
毎日の食卓に、出来合いのお惣菜やらチェーン店の安い外食産業を利用していたら、
30年後、40年後に、きっと体調に異変が出てもおかしくないのではないかと私は心配です。

食は健康を司ると私は考えています。
安心して安全な食品を美味しく食べる事が心身ともに健康に繋がると私は思います。
忙しいから簡単に安上がりに済ませる食事では、興味を示さないのは当然ではないでしょうか?
食材の味が分からないほどの味付けの濃い調理法はごまかしがききますが、
素材の持つ味は全く分からなくなってしまいます。
野菜本来の味を知らない子供、食に対して興味の薄い子供が多い現代。何となく不安です。

国内農作物、農業を守る努力は自分たちの未来の為だと思います。
私は食いしん坊です。
安心して食べれるものがなくなったら、生きる楽しみも半減してしまいます。

人は何かを作ることのできる生きものです。
ただ消費するのではなく生み出す努力が必要です。
その根源でもあり、偉大な生産能力の基本は農業だろうと思います。
現代人の求める簡単便利で手間いらず、と言う事は農業には全く当てはまりません。
長い年月をかけて土壌を作り、丹精込めて作物を作り上げるのですから、時間も労力も掛かります。
狭い土壌で、自然の被害もある日本で、農業をコツコツと続ける努力は並大抵ではありません。
毎年毎年同じ事を繰り返しながら、続けていく、まさに継続は力なのです。
地道な作業をいとわずに続ける努力こそ、不屈の精神と底力を生むのだと私は思います。

農業には最近の日本人にかけたものがあるように見えます。
真面目さと努力、努力による結実、人々の助け合いと支え、与えられた事に対する感謝と喜び。
「食」を軽んじる現代人は、人としてあるべき心を見失いつつあると私は感じます。
食育だなどと、学問の一つにしなければ分からないというのも情けない話です。
食に対する価値観と感謝の気持ちは、家庭の躾によって培われるもののはずです。

自分が農業を出来ない以上、食物を作り出す農業家を支えるのが、食いしん坊の義務だと思っています。
何事でも、お互いへの思いやりと努力、支えあう人の心が必要ではないでしょうか。
物の価値は単純に金額だけで云々できないものがあります。
自然災害の危機、輸入品との競争、大変な思いをして農作業をする人々に感謝は耐えません。


美しい日本の秋、山は茜色に燃え、地は黄金色の稲穂が広がります。
未来永劫、この素晴らしい景色が続きますように、実りに感謝しつつ、願わずにいられません。

写真は伊勢神宮の外宮・豊受大神宮と5円硬貨です。

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