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秋は新米の季節です。
それは過食を意味します。

我が家は10月、11月の食費はいつもよりもかなり多く掛かります。
米の消費が他の月と比べて1.5倍になります。
ご飯がおいしいので仕方ありません、この数日で体重も夫婦ともに1kg増えましたから・・・

我が家はお米屋さんからお米を買っています。
近所のお米屋さんはとても研究熱心で、厳選した農家から仕入れています。
農薬の履歴も分かるので、どのような農薬がいつどれくらいまかれているのかわかります。
無農薬米、減農薬米、普通の米、それぞれを扱っていますが、我が家では減農薬米を頂いています。

秋の新米シーズンは色々なお米を食べ比べします。
この前は千葉・久留里のコシヒカリ、今回は福島・阿武隈のコシヒカリ、次回は新潟・魚沼のコシヒカリです。
どのお米もとても美味しいのですが、千葉のお米は温暖な気候のせいもあってやや乾いた感じです。
お米は寒い地方ほど甘みと弾力が増すように感じます。
その店では、新潟のコシヒカリや山形のひとめぼれはムッチリ感では甲乙つけがたいものがあります。

私の信条として、毎日食するものこそ安全で安心できるものを選ぶ事です。
米・みそ・醤油・塩・砂糖・酒・みりんは厳選します。
生鮮食品も出来るだけ国産品を買うようにしています。
マグロなどはインド洋、鮭はノルウェーだったりしますが、他の魚介類や肉は国産を選びます。
野菜は国産品だけを買っていますので、中国産やアメリカ産に比べて高いので家計に響きます。
ニンニク1個でさえ、国産は200円ですが、中国産は3個で100円とか。
直接家計に関わる日々の糧ですので、遣り繰りを考えないと大変ですが、
安全と健康はお金で買えるならば買うのが私のポリシーです。

最近は米離れがよく聞かれますし、米の自由化の問題も出ています。
食の多様化と飽食時代の影響、ご飯食からパン食、麺類、主食なしと、色々な変化が見られます。
昭和中期まで、ご飯中心の食生活だったはずですが、高度経済成長期からパン食が増えています。
まったく納得できないのは、私の子供の頃、今から30年ほど前は、
学校給食もパン食が中心という、珍妙な食事スタイルでした。
これは対米の輸出入政策の一環だったのでしょうが、今でも納得できません。
ひじきの煮物とコッペパンなんて食えたもんじゃありません。
子供心にもそうした理不尽と矛盾を学校給食には感じ、給食にノスタルジーなどありません。
アメリカへの諂いが、日本人からご飯離れを増長したと言っても過言ではない位に思っています。

私の実家は3食ご飯の完全なご飯党でしたが、夫の実家は朝食はパンだったようです。
そのせいか、我が家の朝食は夫だけはパンです。
私はご飯党ですから、夫が朝食にパンを食べているのをみると、何故かたまにムシャクシャします。
私の子供時代の給食に対する憎しみから発せられているのかもしれませんが・・・
食べ物の恨みは怖い。まさにこれです。

ところで、我が子の給食はと言うとご飯中心で、週2回だけパンです。
米文化の日本の給食ですから、本来はこうでなくてはおかしいのです。
ご飯好きの我が子も給食が美味しいといって楽しく食べて帰ってきます。
学校で楽しい時間はやはり休み時間と給食でなくては嘘です。
食は和みの時間であり、弾む会話を楽しむ時間であるべきです。

今更、膨大な備蓄米の処理に困り、米離れの危機や米の自由化に対する問題でテンヤワンヤな政府、
30年間も怠けて見過ごしてきた杜撰な政策は、一体何をしていたのかと不思議です。

北朝鮮へもお金などくれてやらずに備蓄された米を送れ!
浮浪者への炊き出しに備蓄米を供出してやれ!
政府主催のバザーでも何でもやって米を食え!
スナック菓子など食ってないでせんべいを食え!
私はそんな風に思ってしまいます。ダメですか?!

とにかく、食の安全が保たれていない食材を国民に食わせるのは政府の杜撰です。
それ以前に、国内の食料自給率は39%程度だと聞いています。
6割以上も輸入に頼っている国を先進国と言えるのでしょうか?
備蓄米が膨れつつある政府の倉庫、米の輸入にもめている現在、減反政策を進めるあまり、
米が余っていると言いながら、米の自給率は100%ではありません。
有事になったら日本人は餓死してしまうかもしれません。

私たちの食卓に登っている食材のうち、どれだけが国内生産品でしょうか。
外食産業の多くは、利益の強い安い輸入品に頼っています。
ファミリーレストラン、弁当屋、町の食堂や居酒屋、どこも安い食材を使っているところが多いです。
食の安全にこだわる人と無頓着な人、格差があります。
たまの外食であれば、多少の添加物や農薬たっぷりの輸入食材も目をつぶれますが、
毎日の食卓に、出来合いのお惣菜やらチェーン店の安い外食産業を利用していたら、
30年後、40年後に、きっと体調に異変が出てもおかしくないのではないかと私は心配です。

食は健康を司ると私は考えています。
安心して安全な食品を美味しく食べる事が心身ともに健康に繋がると私は思います。
忙しいから簡単に安上がりに済ませる食事では、興味を示さないのは当然ではないでしょうか?
食材の味が分からないほどの味付けの濃い調理法はごまかしがききますが、
素材の持つ味は全く分からなくなってしまいます。
野菜本来の味を知らない子供、食に対して興味の薄い子供が多い現代。何となく不安です。

国内農作物、農業を守る努力は自分たちの未来の為だと思います。
私は食いしん坊です。
安心して食べれるものがなくなったら、生きる楽しみも半減してしまいます。

人は何かを作ることのできる生きものです。
ただ消費するのではなく生み出す努力が必要です。
その根源でもあり、偉大な生産能力の基本は農業だろうと思います。
現代人の求める簡単便利で手間いらず、と言う事は農業には全く当てはまりません。
長い年月をかけて土壌を作り、丹精込めて作物を作り上げるのですから、時間も労力も掛かります。
狭い土壌で、自然の被害もある日本で、農業をコツコツと続ける努力は並大抵ではありません。
毎年毎年同じ事を繰り返しながら、続けていく、まさに継続は力なのです。
地道な作業をいとわずに続ける努力こそ、不屈の精神と底力を生むのだと私は思います。

農業には最近の日本人にかけたものがあるように見えます。
真面目さと努力、努力による結実、人々の助け合いと支え、与えられた事に対する感謝と喜び。
「食」を軽んじる現代人は、人としてあるべき心を見失いつつあると私は感じます。
食育だなどと、学問の一つにしなければ分からないというのも情けない話です。
食に対する価値観と感謝の気持ちは、家庭の躾によって培われるもののはずです。

自分が農業を出来ない以上、食物を作り出す農業家を支えるのが、食いしん坊の義務だと思っています。
何事でも、お互いへの思いやりと努力、支えあう人の心が必要ではないでしょうか。
物の価値は単純に金額だけで云々できないものがあります。
自然災害の危機、輸入品との競争、大変な思いをして農作業をする人々に感謝は耐えません。


美しい日本の秋、山は茜色に燃え、地は黄金色の稲穂が広がります。
未来永劫、この素晴らしい景色が続きますように、実りに感謝しつつ、願わずにいられません。

写真は伊勢神宮の外宮・豊受大神宮と5円硬貨です。

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毎年秋には勝沼にぶどう狩りに行きます。
今年は先週の3連休の時に行ってきました。
毎年9月下旬にピークとなる勝沼のブドウ狩りですが、今年は少しずれていました。
大河ドラマの影響もあって、山梨県は風林火山観光客でにぎわい、
当然、ぶどう狩りのシーズンの山梨・勝沼は大渋滞でした。
帰りは勝沼から都心まで、80Kmほどなのに4時間掛かりました・・・

渋滞を避けて少し遅めに出発したので行きはまだそれ程の混雑はなく、
昼過ぎに勝沼に到着し、チンタラ買い食いをしながらブドウ畑を眺めてドライブをしました。
お気に入りのワイナリーによって、テイスティングと試飲をして購入し、
他のワイナリーにも数件立ち寄り、美味しいものがあると購入して帰ってきました。

夫はドライバーですので、テイスティングで我慢してもらい、子供たちはぶどうジュース、
薀蓄プチ・アポは当然のように、気になるワインを全て試飲して気に入ったものを購入します。
甲州のワインは白が中心で、酸味が少々強く、渋さは少なめです。
私の好みは渋めで酸味が弱いものなので、好みのものを見つけるのはちょっと大変ですが、
数あるワイナリーを巡り、自分好みの一品に出会えた時は喜びもひとしおです。

甲州ワインの勝沼では、ワイン作りは明治時代に遡ります。
鳥居平という一等地を初め、地域一帯がブドウ畑です。
甲州ワインの特徴でもあるフレッシュさ、酸味が多少強く感じるワインが多いです。
菱山と言うところの畑のワインは鳥居平よりもドライな気がします。
勝沼ではデラウェアを使ったワインも作られていて、甘くてチャーミングな味わいです。
酒精を強化した甘いもの、ソーテルヌのような貴腐ワインもあります。
魚介類と一緒に飲むならば、適度な酸味があったほうがバランスが良いのかもしれませんが、
何も食べずにワインだけで選ぶとなると、白ワインを選ぶのは意外と難しいものですね。

ワイナリー独自の癖や特徴があって、それぞれに個性的なワインもあります。
小さなワイナリーほど、作り手の個性が出るように思えます。
大手ワイナリーのワインは何故か一様に似た味わいのワインが多いです。
甘みがあって酸味や渋みが薄い白ワイン、多分これは日本人の好みに一番合うのでしょう。
確かに飲みやすく、アルコールもほんの少し低く、後味はすっきりですが、面白くありません。
悪くないけど残念なワイン、私の感想はこんな感じです(笑)。

私は元々は赤ワインばかりを飲んでいて、白はあまり飲みませんでした。
普段飲む白ワインは、シャブリ、ミュスカ、ミュスカデ、ムルソー、
リースリング、ゲヴェルツトラミネール、ピノ・グリなどのフランスワインが多いのですが、
土壌やブドウによるのか、酸味よりも渋みのあるワインが多いように感じます。
軽い飲み口と華やかな香りにほんのり甘みがあるものが私は好きです。

フランスにいた頃は当然現地の安くても美味しいワインを飲んでいましたが、
最近では、フランスワインの値段が質よりも産地のせいで高くなっているように感じます。
ユーロ高の影響とワインが日常に定着した事も原因なのでしょうか、
普段の食卓にフランスワインを心置きなく飲むのは憚られてしまう価格です。

私の目指している生活スタイルは、臨機応変と土着文化です。
その土地で得られるものを食する事が一番の美食であり・医食同源に繋がると思っています。
つまり、フランスにいればフランスの食文化、日本なら日本の食文化です。ワインもまた然り。
日本の風土にあったワイン、日本の食文化にあったワインが存在すると信じています。
何よりも、フランスでの味わいはフランスの風土であるが故の美味しさであったと思えるからです。
同じヴィンテージの同じワイン、フランスで飲んだ時のあの感動は日本では味わえませんでした。

本当の味わいは、造り手からの至近距離でなければ完璧な状態では頂けないと私は思っています。
温度や湿度の変化、風土、振動、色々な要素で味わいが変わります。
どんなに手厚く空輸されてきた高級トリュフであろうと、
今まさに自分の手で捥いで採りたての椎茸の方が断然素晴らしい味わいだと私は思います。
やはり最高の贅沢は、採りたて地場モノでしょう。

話はそれてしまいましたが、そんなこんなで、国産ワインの開拓を心がける中年プチアポ、
自分が生まれ育った関東地方、比較的近くでもある勝沼に毎年通って探し歩くのです。
甲州での私のお気に入りは甲州グリです。

グリは数少ないもので、有名なのはピノ・グリ(リースリングなど)でしょうか。
白と言えば白なんですが、独特の色と柑橘類のような香りがあります。
甲州品種のブドウはリースリングに比べて淡白な味わいなので、ワインはシュール・リ製法
;滓を沈殿させて除去せずにそのまま寝かす作り方です。(ミュスカデも同じくシュール・リです。)
シュル・リ製法にすると、酵母がワインに溶け込んでアミノ酸などの旨み成分に変化するので、
特徴のない甲州ブドウにグッと力が出てくるというわけです。
で、日本人の大好きな魚介類に含まれるグルコーゲンやアミノ酸にベストマッチになるわけです。
より素晴らしい味わいを引き出すには、レモン・酢・塩を使った料理で最高の調和になるようです。
魚介のカルパッチョやサラダは最適ですね。

私のお勧めは、グレースワインの名前で呼ばれる中央葡萄酒のグリド甲州、1本1600円位です。
1923年に創業したこのワイナリーは、蔦の絡まるとても素敵な佇まいで、隣にブドウ園があります。
16種類ほどのワインの試飲(一部有料)が出来ます。値段も1本1300〜4000円程度です。

日本のワイン市場では最大手のメルシャンも勝沼で甲州グリを作っていますが1本2400円程。
市場規模は断然違いますし、知名度も歴然ですが、
内容としては、グレイスワインの味わいは負けていないと私は思います。

ぶどう狩りのシーズンは新酒はデラウェアだけですが、11月下旬には今年のワインが揃います。
ボジョレー・ヌーボーの到来の頃、紅葉を見ながら、また勝沼ワイナリー巡りも企んでいます。


写真1;中央葡萄酒(ワイナリー) 写真2;ワイナリーに隣接する葡萄畑  写真3;カーブ
写真4;勝沼インター出て左にあるぶどう園からの眺め  写真5;グレープガーデンにて購入
※グレープガーデンは毎年行く葡萄狩りのお店の名前で、安くてサービスもしてくれます。

最近の私

今週は子供の秋休み明けと言う事もあって、少々ボケーッとしています。
秋休みと行っても3連休の前後2日が休みの5連休だったのですが、
心地よい気候と夜長で、つい宵っ張りなプチ・アポ36歳の秋です。

昨日は、長男がクラスメートと一緒に遊ぶ約束をしていたので、
一旦帰宅した後に、ちょっと遠い公園まで送り迎えをしました。
昨日もまた、放課後に長男のクラスメートが我が家にやってきたので接待をしました。
この2・3日は子供たちと一緒に遊んでいます。

私にとって、息子もその友人たちも興味深い観察対象です。
親たちにとって、余所の子;自分の子供たちの友人やその周囲の子供たちを見る事は、
子供を育て教育するうえで、非常に重要な勉強だと私は思います。
単に、子供同士の交流を監視し眺めるのではなく、
個々の子供たちの特性や感性、能力や家庭教育を見るには、一緒に遊ぶのが一番です。
親も子供たちと一緒の時間を過ごし、ともに考え、笑い、遊ぶ事は、大人にとっても良い経験です。
何よりも、子供たちが、友達のお母さんという大人テゴリーとしてではなく、
対等な仲間のように心を開いてくれる瞬間に出会えます。

我が長男は1年生。まだまだ物心がついているとはいえない年齢です。
性格も、うっかり・おっちょこちょい・のんびり・おっとりでお調子者です。
6歳でこんな性格ですから、自分で判断し、自分で問題を解決できる能力は欠けています。

「子供を信用して」、ある意味放任を決め込む事は私には出来ません。
子供一人で自転車で遊びに行かせる事はできません。
ある程度の危険回避能力を備えるように躾はしていても、
実際に危険な場面に遭遇した時に、10歳以下の子供に信用するだけの能力はないものです。
私自身、失敗した時の尻拭いは親でしたし、事故が起きても泣いて親に報告する程度で、
適切な対処は出来ず、自分を責める事や誰かに責任転嫁するのが関の山でした。
結局、子供心に強く傷つき、小さなトラウマを生むに過ぎませんでした。
運が悪いと場合によっては事故に巻き込まれます。
失敗は成功の元、笑って許せる失敗の範囲なら確かにそれもありですが、
現代社会は、笑えない問題が多々あり、30年前の常識は通じない場面も多いのです。

子供には素晴らしい学習能力があります。
柔軟な頭脳と鋭い感性があるので、大人には計り知れない吸収力です。
その分、非常にデリケートですので、守ってあげる必要もあります。
この頃の子ども自身の自我や感性や個性はかなり発達していますが、
トラブルに巻き込まれたときの保護能力や処理能力はないのですから、
24時間体制でいざと言う時はいつでも、大人がサポートする準備が必要だと思っています。
子供には気付かれないような監視も必要だと私は思っています。

子供の自我は尊重しつつ、適切なサポートができる親が最良だろうと思います。
これはなかなか難しい問題で、私はつい過保護になってしまいます。
ただ、現代は私の子供の頃よりも物騒で、猟奇犯罪が増えています。
子供をうまく誘導して危険から回避させるのは大人の責任であり、我が子を守るのは親の義務です。

ところで、多くの家庭では子供と以下のようなお約束をしているようです。
1.一度学校から帰って来てから出かけること。
2.行き先・メンバーを親に報告し、5時までに帰ってくること。
3.車には気をつけて。

確かに上記3点は最低限のお約束だと思いますし、これが守れればまず合格点だろうと思いますが、
私は我が子・特に長男をこのルールだけで一人で家から出す事は出来ません。

我が家の隣の公園と通学路の途上はOKを出しましたが、それ以外の場所には一人で行かせません。
たぶん、私が地元の人間ではなく地域に対して不信感を抱いているのが原因ですが、
実際につい先日、次男が公園で犬に噛まれる事件が起きていますし、
近所の新聞配達所で、配達員が下校時の小学生に唾をかけるという異常な事件が何度かありました。
また、近所に住む知的障害のある方が夕方になると通学路付近に立っていて、
なにやら呟きながら挙動不審な行動をしているのをよく見かけます。

学校の周りには何故か変質者が出没するのは、昔も今も変わらないのでしょうか。

こういう要因もあって、私は子供だけで遊ばせる事が出来ません。
不信人物を回避するために道路を横切ったり、走ったりして事故にあうことも予測できます。
変質者に遭遇し怖い思いをする事も想定内です。
子供は大人よりもパニックに陥りやすく、想像力も逞しいので思い込みも強くなりがちです。
また、緊急時には目の前の恐怖を回避する事で手一杯です。

何よりも、我が長男は、うっかり者&お調子者なので、要注意なのです・・・
鼻歌を歌いながら下校している我が子を見つけて声を掛けたら、ビックリして尻餅をついて転んだり、
一人で歩いていると何故か急に不安で怖くなったと言って走り出してしまったり、
友達とおしゃべりして浮かれて電柱にぶつかったり、躓いて転んだり、しょっちゅうです。

こんな事から、私は長男が友達と遊ぶと言う時は殆ど緒について行きます。
明らかに危険な遊びをすれば叱りますが、それ以外は見守るだけですが、
他の友達に我が子がいつも親つきで甘えん坊と思われるのは、ちょっと気の毒かとも思います。
ただそんな風に思うお友達は精神年齢が我が子よりもずっと上なので仕方ないと割り切っていますが・・・

老婆心、転ばぬ先の杖です。
我が子が私の付き添いを拒むまでは、一緒にいさせて欲しいかなァって思うのは母の甘えでしょうか。

春から夏の終わりまでは公私共に大忙しですが、秋から冬は緩やかに時が過ぎます。
私自身が抱える問題も、満足とは言えないまでも、少しずつ解決の目処がついてきているので、
猛進するストレスも以前よりは少なくなってきました。
そうした精神的な余裕も、子供と接する時間に反映するのでしょう。

そんなこんなで、最近の私は子供と一緒に付き合っている時間が長いのです。
一緒に遊んでくれるのは今だけだから、そんな気持ちもありますし、秋の気候は公園遊びに最適です。
ベンチで本を読みながら、片隅に子供たちの走りまわる姿が見えます。
そろそろ紅葉です。

空気読みと性格テスト

「空気を読む」についてのニュースを見た後、ブログを開いたら、
Barryさんの今日の記事に、空気読みテストがありました。

Barryさんは、こちらでもよくコメントを下さっている男性で、
夢現迷走日記というタイトルのブログをかかれています。
http://blogs.yahoo.co.jp/barry_guiler

色々なニュースな話題や夢のお話、ちょっと不思議な事について、
常識を持ちながら洒脱なコメントを繰り広げています。

空気読みテストと性格テストについて、ちょっと面白いので転載しようかと思ったら、
拙い私の技術ではどうも上手く出来なかったので、いっその事TBさせて頂きました。

本文はこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/barry_guiler/36993806.html 


空気読みのテストは今もまだアクセス超過で開けませんでしたので、
私はまだテストしていませんが、後ほど再チャレンジします。

空気読みテストはこちら→ http://www5.big.or.jp/~seraph/zero/ky.cgi
性格テストはこちら→ http://www32.ocn.ne.jp/~emina/

因みに、私は性格テストでは、ISTJ型 でした。

ISTJタイプ ;責任感から「なすべき」行動をするタイプである。
内向的なのだが、対人関係では責任感から、人付き合い、お喋りなど、その場にふさわしく振舞うすべを身につけている。おかれた立場によっては社交的に振舞うので、ときとして外向的だと誤解されることもある。

だが、誤解してはならない。このタイプの内向的な人は、状況によっては、本来の内向的な性格を変えずに、外向型の衣をまとうことができるのだ。

やはり、I型とT型とJ型の性向を持つINTJ型と同じで、
学校でも職場でも人よりぬきんでた優等生になり、級長やプロジェクトの責任者や地域社会のリーダーに祭り上げられることが多いーいずれもI型の柄にも合わないと思われるが、そうではない。

「なすべきことはする」と、責務を果たしているだけなのだ。

今日の社会では、T型の女性は流れに逆らって泳ぐはめになるが、とりわけISTJ型の女性はそうだ。
このタイプのやむにやまれぬ責任感の強い性格は、天晴れなものではあるが、伝統的な「女らしさ」に真っ向から反する。
しかも、根は伝統を守るタイプなので、従来の女らしい役割と客観的で計画的な(TJ型)性格とのバランスを取ろうとして、内面に葛藤を生じる。

それにひきかえ、ISTJ型の男性は、このタイプの持ち前の性格に「うってつけ」なので、ときとして「見るからに男性的なタイプ」といわれてしまい、あまり女性から好まれない。

ISTJ型は,家事を要領よく手早く行い、家の中はきちんと片付いている。
何がなんでも朝食は八時、昼食は十二時、夕食は六時と決めてとりたがる。
休暇をはじめ家族と過ごす行事をことのほか大事にし、経費を惜しまず、必ず都合をつける。

ほかのタイプの家族が足並みをそろえられないとがっかりしたり、気にしたりする。
伝統を守る生真面目な行き方がその家庭や外見に表れる傾向がある。

ISTJ型の家を外から見ると、それがよくわかる。
庭は落ち着いた色に塗られ、自転車やおもちゃなどが散乱しておらず、控えめだが趣味のよいたたずまいである。
なにもかもあるべき場所にある。

ISTJ型の親は生涯、親としての責任をまじめに果たす。
子どもにまた配偶者にも 規則や決まりを課し、文句もいわずに従うことを期待する。
親は親、子どもは子どもと、役割をはっきり決め、それぞれにふさわしい責任があると考える。

時間をむだづかいさせないために、週末に子どもたちがやるべきことをあてがうことも珍しくない。
怠け心には悪魔がしのびこみ、「誠実に働く」のがみんなのためだというのだ。
くつろぐ時間までスケジュールに入れ、きちんと休む。

ISTJ型の子どもも同じだ。
宿題は遅れずにきちんとやり、総じて優等生である。
寝室はきれいに片づいているし、食事の時間に遅れたりしない。
子どもは「こうあらねばならぬ」と決め、親子のあいだにはっきり線を引いている。

タイプの違う家族が規則や決まりを守らなかったり、親をはじめ目上の人物のスケジュールに合わせなければならないと、ストレスを感じる。

結局は、折れておとなに従うのだが、かなり不快感を見せる。
その不快感は、おとなが責任をもって自分の役割を果たしているかどうか試しているのだ。


私って・・・こんな子供でしたし、こんな大人である事も否めません。優等生じゃないけどね(笑)。


時間があれば、暇つぶしにでもちょっとどうですか?
当たらずとも遠からずです。
みなさんはどんなタイプだったか、試した方は教えてね(笑)。

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キムパ

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私、ロール系が好きなんです。
ロールケーキも好き、縦ロールのお姫様ヘアスタイルも好き。
当然、のり巻きは大好きですよ。

たぶん日本人の90%以上はのり巻きが好きだと思っていますが、
のり巻き文化は日本だけでなく韓国も台湾も受け継がれています。
これはあちらから来たのではなく、日本から渡った食文化。
ご飯に海苔を巻くと相乗効果で美味しさ・アミノ酸が増幅します。
みんな、のり巻きもおにぎりも大好きでしょ?

我が子らは毎日おにぎり・のり巻きでも構わないと豪語するほどです。
お弁当はかならず、おにぎりかのり巻きと言います。
今日はおかずが何もない・・・と言うと、おにぎりにしよう!と笑顔です。
握り飯さえあれば幸せ。まるで山下清画伯のようです。

そんな訳で、我が家は意外とのり巻きが食卓に上がるのです。
いつもはスタンダードなのり巻きですが、たまに韓国風のキムパが登場します。

キムパは、酢飯で作るのではなく、ごま油と塩で味付けされたご飯でつくるのり巻きです。
具材は何でもOKですが、彩りを重視する韓国では、最低でも3色は入ります。
基本の色は、赤・黄色・緑・白・黒の5色です。
焼肉、卵、ほうれん草、沢庵、胡瓜、ハム、蒲鉾、人参、キムチ、何でもいれて巻くのが楽しいです。

作り方は簡単。
炊き立てご飯に、べチャッとしない程度にごま油と塩を少し多めに混ぜて味付けて冷まします。
その時一緒に煎りゴマを混ぜると香ばしさが倍増。

海苔は普通の寿司はね海苔で、
何でも冷蔵庫にあるものを入れてしっかり巻けば出来上がり。
食べる時にはお醤油をつけないでそのままパクリ。

いつもののり巻きに飽きたら、ちょっとキムパも良いものです。
ラップに包んでお弁当にも便利です。

今回はありあわせの材料なので、シンプルですが、私のお勧めは、
甘めのタレで焼いた焼肉・キムチ・ナムルのビビンパ風キンパです。
一度食べるとかなり癖になる味わいですよ。

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