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子供の社会

我が長男は小学1年生です。
毎日楽しく学校に通っています。
朝は近所のクラスメート(女の子)と一緒に通学し、
帰りは近くに住む同級生たちと帰ってきます。

帰りのメンバーは我が子を含めて3〜5人がレギュラーです。
それぞれクラスが違いますので、放課後待ち合わせ場所で集合です。
我が子は5組、家が一番近い子は3組、他は3人が4組です。
それぞれ個性が違い、仕切りやのリーダー格1人がいて、傍観者の1人がいて、
2人は流されるタイプで、我が子はうっかり屋でのんびりしてマイペースです。

みんなポケモンが好きで、帰りにもよくポケモンの話をしたり、
お互いのポケモンを交換したりします。
道すがら道草を食ったり、ガラクタを拾ったりして帰ってきます。

昨日は、長男が帰宅してきた時の様子がいつもと違って元気がなかったので聞いてみたところ、
「○○を抜かして帰ろうぜぇ!」とN君に言われたと、目に涙をためながら悔しそうな顔をしました。
詳しく聞くと、N君が我が子をのけ者にして他の4人だけで帰ろうと意地悪をしたらしく、
我が子はショックのあまり、居た堪れなくなって一人で帰ってきたという事でした。

経緯を聞いてみたところ、登校時や昼休みにも顔をあわせ、いつも通り楽しくおしゃべりをしたのに、
下校の際に突然そんな事を言われて、訳が分からず、悲しくて悔しくて一人で帰ってきたと。
N君がそんな意地悪を言ったのを他の友達は何も言わずにいたのか?と正したところ、
J君は「そんなこと言う子とは帰らない!」と言ってくれたけど、
その後すぐに、J君はN君と遊びの約束をしていて、他の子は何もいわずにただ黙っていたとの事。
せっかくのJ君の発言も、何も解決せぬまま尻切れトンボになったらしいです。

ただ、J君とN君は毎日のように一緒に遊んでいて、J君はN君に指図し、従わせます。
N君は時にJ君に対する不満をボヤいています。
昨日は、そのはけ口が、たまたま我が子に向けられたのかもしれません。
けれど、私はそうした事も子供同士の些細な喧嘩と見過ごしたくはありません。
子供の喧嘩や虐めには何らかの理由があるはずです。有耶無耶にすれば収拾困難です。
老婆心と言われても、親は子を守る本能があるんです・・・


我が長男は友達と一緒に遊ぶよりも弟と一緒に遊んであげています。
担任の先生からは、1年生はまだ一人で自転車で遊びに行かせないようにと通達があり、
そんなこともあって、出かける時はいつも私がついていますし、隣の公園さえ私の監視つきです。

そんな長男とは対照的に、N君もJ君も親の都合とは別に、友達同士で放課後の約束を取り付け、
5時までに帰ってくる約束のみで、一人で自転車で出歩くのを親が公認している状態です。
大人の目が届かないところでは危険も多く、車が猛スピードで走り抜ける近所の道を、
子供だけで遊びに行かせられないと私は思っていますが、それも過保護なのでしょうか・・・
私と彼らの親たちとは感覚が違うのかもしれません。
ただ、子供に何があってもその責任は親にある事は言うまでもない事実です。
まだ6歳、物心もついていない、責任能力もない年頃です。


子供のほんの気まぐれやちょっとした意地悪としても、理不尽な言動は人の心を傷つけます。
特に、それまで仲良くしてきた友人から突然そのような事を言われ、裏切られたら、
何らかの理由があって、自分に非があるのかと思ってしまいます。
我が子はどうして良いのか分からず、ただ、その場から去ってきたようですが、これでは消化不良です。

悲しい事に、まだ小学校1年生なのに、小さな虐めの芽はそこかしこに生まれています。
先日もクラスメートの女の子のお母さんに虐められていると相談されました。
女の子はすぐにグループになって虐めを繰り返し、その虐めは陰湿だと言われますが、
男の子も全く同じような事をしているようです。

虐める子の多くはストレス発散であり、自分が構ってもらえない事に対する鬱憤の八つ当たりです。
大抵は、家庭に原因がある場合が多く、親が子に無関心で構ってもらえない場合や家庭内差別、逆に、
親の期待を一心に背負っていたり、親に甘やかされたりと、その子への負担が大きい場合が殆どです。
虐める子は自分の存在価値を認めさせるため、自分が標的にならないような保身、
そうした鬱屈した卑怯と心の弱さが、他人に向けられます。
他者への嫉妬、憎しみ、怒り、焦燥感、何かに対する比較、臆病な気持ちの反動だろうと思います。
自分に自信のある人間は、些細な事で人と比べることなく大らかなものです。
逆に、根拠もなく人に辛らつな事を言う人はいつでも人の目を気にして怯えています。

虐められる人にも原因があるなどと言う人がいますが、それは全くおかしな理論で、
如何なる理由があろうと、虐める人が100%悪いのです。
理由があるならば何故それを当事者間で解決しないのか、周りを巻き込むのか、卑劣です。

虐める人は性悪な卑怯者と言う事です。そしてそれを見て何もしない人も同じく卑怯者です。
卑怯者は自分の都合でいつでも裏切りますから信頼できません。
そうした恥ずかしい人種は、周囲にいると甚だ迷惑な存在に過ぎません。
更正もしくは駆除する必要があります。

理由があれば虐めてよいのならば、それこそ警察も裁判所もいりません。
虐め=精神的・肉体的苦痛は立派な訴訟対象です。
日本はそうした小さな犯罪に対して非常に曖昧な対応しかしません。
窃盗を「万引き」と言う言葉に言い換えて軽く捉えてしまうように、
虐めも良くある事、やられたらやり返せ、子供の喧嘩に親が出て行くのはおかしい、などと言いますが、
子供のうちに諌めておかなければ、後々は手がつけられません。
小さな悪の芽は摘み取り、正しい道を見つけてあげる事は大人の義務だと私は思います。
ほんのちょっとした言葉でさえ、人生を大きく変える事があるように、
他愛もない意地悪が人生を狂わせる事もあります。
自分が思っても見なかった結果を導く事もあります。
そんな不幸な結果を招いたとしたら、その責任を子供で取れると思いますか?

ほんの小さな虐めでさえ、見過ごすことなく解決させる責任が大人にはあります。
小さな綻びはやがて大きな犯罪へと移行します。
人を憎み、羨み、負の感情は増大し、虐めは繰り返さるものです。
虐められた人はその苦痛を乗り越え昇華しなければ、新たな虐めを生み出します。
自信を失い、怯え、悲しみと迷いに心を痛めますが、
虐めた人は、多くが罪悪感を感じることもなく、虐めた人のことさえ忘れて生きて行きます。
だからこそ、私は如何なる理由があったとしても、虐める人を許しませんし、
たとえ小さな子供であってもとことん追求します。


我が子には、如何なる時も胸を張って自信を持って生きて欲しいから、
不正や理不尽に対しては断固とした態度を取るように諭しています。
自分が虐められた時も、人が虐められている時も、決して許してはならないと教えています。
優しさは従順さや脆弱さではなく強さです。自分を信じ、大切なものを守る力です。
だからこそ、戦うべき時に逃げてはいけません。

子供の社会は、大人が想像するよりも細胞分裂が活発です。
理不尽が繰り返されるならば、既に悪の芽が生まれて根付いてしまった可能性が強いでしょう。
私は大人として、そして何よりも子を守る母として、虐めを知ったならば戦います。
一度生まれた悪は矛先を変えて蔓延るものですから、徹底的に駆逐しなければいけません。
当事者、保護者、学校を巻き込んででも、虐めの芽は摘み取る努力が必要だと私は思っています。
子供だから尚更、早い段階で手当てが必要なのです。
虐める子もまた、助けを求めているのかもしれません。

昨日の意地悪は冗談だったとしても、悪意のある冗談を言うに至ったN君の心の中には、
何らかの闇があったのでしょうから、そのままにして良いとは私は思えません。
闇に飲み込まれそうな弱い心が叫んでいるのかもしれません。
そしてそれを救えるのは、親であり周りの大人ではないかと思います。
我が子の笑顔の為にも、子供たちがそれぞれに善悪の判断と自信を持って生きるためにも、
早期発見、早期対処が最善ではないかと私は思っています。

皆さんはどう思いますか?

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