日々の生活の中で

ANCA関連腎炎とバゼドウ病がありますが、主の癒しを信じ祈り求めます。又、母の左視床出血からの完全回復を祈ります。

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昨日・・・

僕がかってに思っているのですが主にあっての兄、又、父親だと感じる人がいます。ある意味師だと思います。それは、母教会の伝道師です。僕は、中3の時兄に連れられ教会に導かれました。その時から彼は僕の事を助けて下さり、神様は聖書ではと語ってくださっています。昨日も近況報告をかねて電話をしました。そして、聞かれました。『君はいまだに献身の思いがあるのか、与えられた御言葉はあるのか、神学校には行きたいと思っているのか。』と。もちろん僕には献身の思いもあるし、御言葉もあたえれたし、神学校に行きたいですと答えました。そうすると、『神学校に行っても真理が分かるわけではない、教団の牧師になるのなら別だけどね。神学校を出たといったおごりが出るかも知れない。』決して神学校を否定しているわけではありません。しかし、神様は神学校を出たからといって用いてくれるとは限りません。そして、言われました。『もっと大事な事がある。それは神様に対して祈る事だ。イザヤはわたしはここにいますと言った。』神様は強制的に用いる方ではありません。神様は人の心に用いられたいと言う思いがないとさせません。それにもう一つの事を言われました。『今の日本はあの頃のイスラエルと同じで堕落している。この日本のために用いてくださいと祈っている。』人々が神様に立ち返る事を本当に望んでいるんだなと感じました。僕は思いました。神学校を出ていなくても主のために働く事が出きるんだなと思いました。母教会の先生は神学校を出ていません。昔、神学校に行きたいと考え祈っている中で神様が『神学校に行かなくても良い。私が訓練する。』と言われたそうです。母教会は信徒が集まって出来た教会で牧師も伝道師もいなかったのです。教会はそれを認め、今にいたるわけであります。彼は神学校に行っていなくても聖書の知識はすごいです。神様に教えられたのでしょう。 そして、午後教会に行き掃除と礼拝の準備そして、礼拝の賛美の楽譜を準備し練習が終わった後今の教会の牧師に話をしました。『神学校はお金もかかるし、それが良いわけではありません。いろんな学びをしすぎてもだめです。べテル聖書研究の学びをしましょう。旧約、新約の学びが」終わってないから。』と言われました。その学びを通しても聖書の学びは出来ます。訓練も必要でしょう。だから、牧師先生に言いました。『僕には恐れがあります。どうしたら良いのか分からない。』でもとりあえずやってみようとトラクト配布から。昨日早速始めました。今出来る事から始めようと思います。

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召命

僕は何年か前に伝道者の召命を受けました。教会のメッセージで『私達は宣教師です。それぞれが遣わされた場所で福音を述べ伝える宣教師。』と語られました。そして祈りました。祈りの中で『この町には救われていない魂がいるではないか』と神様が語ってくださったように感じました。ただなぜかすぐではない気がしました。そして僕を訓練してくれるところを捜しました。そこで京都のある教会で若者を訓練しているところがあると聞き行きました。慣れ始めたころ『賛美チームでギターを弾いてくれないか』と言われ下手でしたがギターの演奏をする事になりました。そして僕は伝道者になりたいと思っていましたが人と話すのはあまり得意ではありませんでした。しかし牧師先生が『君には伝道者の召しがあると感じる』と言われました。僕はびっくりしました。僕はそのことを他の人には話していませんでした。しばらくしてから教会で伝道者として任命されました(ただ普通の任命とは異なり、そこから学び始めました)。でも僕は教会でのおもな担当は音響部門でした。ある意味伝道につながると思います。少ない音響機材の中でいかに使うかという事学びました。機材をセットアップし賛美の時はギターを弾き賛美が終わるとミキサーの前にいました。時にはリーダー席につく事もありました。終わるとクリーンナップをし時間までにホールを出るという少し大変な時でした。京都の三条や四条や大学や学生などが住んでいるところに行きトラクトを配ったりもしました。そして牧師の訓練期間に入ると共に音楽知識がないのにミュージシャンのリーダーになりました。教会ではアメリカ南部の聖書協会に属するバイブルスクールもあったのでそれにも入りました(卒業はしてませんと言うか、アメリカの本部が日本語のテストでは受けてましたが一部単位が認められていない事が後から分かりました)。しかしいろいろ問題も起き、それと共に牧師の言われる事に傷つき、疲れ果ててしまい僕の信仰弱まっていきました。そのあと教会を離れ、神様からも離れていきました。しかし教会を離れて7ヶ月後母教会の夏のキャンプに参加しました。神様は僕をあわれんでくださり、再び引き戻してくださり別の教会に導いてくださいました。そしてそこの教会で2回元旦を迎えましたがその時同じ御言葉をいただきました。それは(イザヤ48:17、18)『イスラエルの聖なる神あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。わたしの戒めに耳を傾けるならあなたの平和は大河のように恵みは海の波のようになる。』(イザヤ49:1、2)『 島々よ、わたしに聞け遠い国々よ、耳を傾けよ。主は母の胎にあるわたしを呼び母の腹にあるわたしの名を呼ばれた。 わたしの口を鋭い剣として御手の陰に置きわたしを尖らせた矢として矢筒の中に隠して』でした。神様はわたしに声をかけてくださっていると感じましたが、まだ道は閉じられています。今はこのブログを通じてひとりでも多くの人に神様のことを知ってもらい又、励ます事が出来るならと考えています。献身については道が開かれるように祈っています。開かれるなら問題解決の糸口もあるでしょう。今出きる学びをしていこうと考えています。僕は理解力も記憶力も悪いですが神様が助けてくれると信じてます。

教会の中で牧師の訓練を受け、奉仕し、聖書学校(神学校とはちがい、でもリーダーは学士課程を卒業するように言われていました)の学びも受け、平日の昼は派遣の仕事で働きました。そうしているうちに身も心も疲れ果てていきました。神様と個人的な交わりももてなくなるくらい疲れていたころ仕事もなくなり経済的な問題もおき母親との関係も悪くなっていきました。教会の中で牧師先生の言葉に傷つき、その他ことでも傷ついていました。どうしてこんなに弱いのかと思いました。その時1月でした。教会の聖会の直前でしたが牧師先生に教会を去るといいました。話す中で牧師先生より『君は肯定的な出方をする』と言われましたが決心は硬かったです。僕が教会を去るという事は影響はあったと思いましたがもうどうにもならない状態で逃げました。僕が教会を去る同時に神様の元から離れ、信仰がなくなっていきました。母教会の先生に教会を去ったという事を告げ、一応高槻の教会の連絡先を教えてもらいました。先生は『今ゆっくり休んだら良いよ』と言ってくれました。このときの僕になにを言ってもだダメだろうと思ったのでしょう。神様から離れた生活を送って日曜日は家にいる生活を送り、肉体的には楽になっていきました。7月になったくらいの時、うえかわきを感じて神様の事を感じ始めました。母教会の先生に電話をしました。教会に行ってなかったことを責めるのではなく『8月にキャンプがあるけど来ないか?』と誘ってくれました。僕の心に「行きたーーい!!」と言う思いが沸き起こりました。2日間あり、2日目の朝早天祈祷に出席しました。朝先生とキャンプのリーダーの前で泣きながら告白していました。今まで自分の事を・・・ それから1ヶ月後今の高槻の教会に導かれました。神様は僕のことを哀れんでくれて自分から神様の元を去ったこの僕を信仰を与えてくださり教会へ戻してくださりました。神様僕に機会をを与えてくださり2回の礼拝の時からギターの奉仕まで与えてくださいました。ギターははっきり言って下手です。でも喜んで奉仕させてもらっています。その後1年ぐらい経った後僕は京都で使徒的預言の集会に参加しました。そのころある事が心にありました。京都の教会を去ったのはまちがいだったのでは
と思っていました。その時講師の先生を通じて神様は語ってくださいました。『彼があなたを悲しませたので私はあなたを彼から取り去った』と言われました。これが神様の言葉だと確信しました。このとき京都の教会の牧師先生は来ていたけども途中で帰っていました。神様は僕の悩みに答えてくださり感謝でした。

高校を卒業した後の18歳の時だったと思います。その時は福音派の教会に行ってました(ノンクリスチャンの方にはわからないと思いますが知りたければコメントを残してください)。教会の先生が礼拝のメッセージで語れた事を思い出しました。それは『私達は宣教師です。それぞれが遣わされた場所で福音を述べ伝える宣教師。』と言われました。僕は祈りました。どう言う言葉でいのったか覚えてはいませんがとにかく祈りました。そうすると主が語られていると感じました。僕の心の中に主からの思いが来ました。それは『この町には救われていない魂がいるではないか。』でした。僕は心を打たれました。でもどうしたら良いかわかりませんでした。その後夏に母教会のヤングバイブルキャンプにも行きましたが良くわからずにいました。11月に徳島で四国リバイバルミッションがあることを知り母教会の人と行きました(高2のときにも坂出で行われた時にも行きました)。僕と同じ若者が集まる集会に参加しました。最後に『近い将来献身して神様に用いられたい人はいますか?立って下さい、祈ります。』と言う献身の招きがありました。僕は普通に立っていました。自分ではなぜかわかりませんでした。性格上そんな勇気は持ち合わせておりませんでした。でもその時今ではないけど献身したいと思いました。母親二人で生活していて生活費稼ぐために働かない駄目だったのでどうしようかとは思いましたが僕を訓練してくれる教会に行きたいと思い、母教会の先生に相談すると高槻の教会(たぶん今行っている教会だったと思います)と京都でアメリカ人牧師が若者に福音を伝え、訓練している教会があると聞き、考え母教会の先生と共に京都に行きました。牧師先生は日本語はわからくて僕は英語がまったくだめでしたが礼拝に出てから決めようと思いました。礼拝はとあるホテルのチャペルで日曜の夜に行われていました。僕は賛美をしメッセージを聞き僕が今行くべき教会だと実感しました。その後母教会の先生に『高槻にも教会あるけどどうする?』と言われましたが、『京都に行きます。』と答えました。この教会は僕を訓練してくれると感じ、導かれていると思いました。

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