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たとえばね、
不足カパヤパアンでも、 (亀の甲より)年の功、というか経験からくる実感する真実・眞の愛の世界(一部分でしかないことには違いはないが)、 この世知辛い世界に呑まれて苦しんでいる人をまぢかに接したら、 眞の愛の世界をわかって欲しい!って思うわけです。 そのためには、 この世の法則が間違っていること、その人の考えや行動が間違っていることを、 まずは理解してもらわなければならないじゃないですか。 そのことは、その人にとって 鋭い痛みを伴うかもしれないわけです。 そうしなければ、 真実には、神様の眞の愛の世界をわかってもらうことは出来ないから。 自己否定、分別、というわけですよね。 その方法、言い方によっては、100%の理解をもらえないことが、 しばしば、、、、(というか、ほとんど) これが堕落人間の性(さが)なのか、、、、不真実な世界に長く生きすぎた人間の、、、、 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ その人を陥れたいのでもなく 辱めたいのでもない 悩ませたいのでもない ただ真実を伝えたい 眞の愛の世界を伝えたい 教え込みたいのでもない ただわかって欲しいだけ わかってくれさえすれば 私のことをどう思ってくれてもいい 見下げてくれてももいい 感謝してほしいなんて これっぽっちもない 私のことは忘れてくれてもいい ただ真実な神様の眞の愛の世界に ひたって 美しい姿となって 自由に楽しく生きてって くれさえすれば、、、、、 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こういうジレンマ 切ない気持ち 泣きたい気持ち 神様のこころの一端、なのかな |
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その気持ちに近いものを伝えたい輩がいます
2016/2/27(土) 午後 2:19