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久しぶりの更新で、
しかも最後の記事。 そして新しい出発。 季節はめぐりめぐりて、思いもかけず 夢は現実に。 ぬっちゃら、くっちゃら 寄り道しながら よぅー、ここまで来たもんだ。 われながら、 よぅー、泥の中を死なずに生きてこれた。 抜け出るのは無理かも、まー、それでもいいか、と思っちゃいたが。 人間って思ったより 図太いもの なんだということよ。 死の選択をするのは、どんな理由でもダメ。逃げれたと思っても、向き合うべきものは死のあとも自分を追いかけてくるのだから。 そして神様がいる限り、かならず上昇気流に乗る時が来る。 そんなこんなで、 カパヤパアンも、ひとつ乗ってみることにした。 乗ってみると、意外と快適。 なんとかなるもんだ。そうなんだ、 なんとかなるものなんだ。 またどこかでお会いしましょう。 このカパヤパアンのブログはこのまま置いておきます。時々自分で戻ってきて、振り返るために。 Good Luck! 今の気分 「Try everything ~ Zootopiaより」 https://youtu.be/BpBCAmT_AvY 新しい居場所(ブログ)を見つけたら、その時は矢印書いてくから、覗きに来てね! |
カパヤパアン日記
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毎日起こる、小さなことから大きなことまで、
♪かぁぞえよ、主のめぇぐぅみぃ〜、かぁぞえよ、主のめぇぐぅみぃ〜、
かぁぞえよ、ひとつづつぅ〜、かぞえてみよ、主のめぇぐぅみぃ〜♪
かぁぞえよ、ひとつづつぅ〜、かぞえてみよ、主のめぇぐぅみぃ〜♪
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どうしてこう、気まぐれなのでしょう。ブログを書くこと。。。
年取るとこうなるのかな、って年のせいにしちゃいけませんよね。 ほんとに、まー、どうしてこんなに、おもしろいんだろ、こどもって。 ガミガミに叱ったのに、(強烈に否定したのに) どうしてそんなに、元に戻るの早いの?コカパヤパアン? どうして?どうして?が最近の口癖、カパヤパアン。 はぁー、こんなしょうもない独り言を、読んで下さる方には、大変申し訳ないことです。 いくつになっても、迷いの消えない、わたくしめ。 手を伸ばしても伸ばしても、天国生活、天国基地には、ほど遠いことを 思い知る毎日。 どんだけ人に迷惑かけてても、人から変に言われてても、 直接言われたんじゃなければ、 全く感知できない、極楽の蝶々 ((極楽)とんぼは辞めとくわ。この名のコメディアンがいたのね、知らんかった) 蝶々のほうがきれいやーん。 前から(日本にいた時から)変わり者やったから、兄弟姉妹といえどもふかーく交わったことは無かったけども、 海外に出てからは更に、我と神との関係の中でしか、ホントの自分というものを認めることはできなくなった。 我と人(人間)の関係からは、ただの変わり者としか、認められませんがな。 かはははっ、 (自虐的に聞こえますかな) まー、よかったよ、自分が自分を自己肯定してるから(良いとこも悪いとこも認めてるってこと)、人が何言おうと、めげないし。 そして何よりも、 神様はカパヤパアンのことを、だれよりも、よーくご存知だっ!って、この最近2度ほど、 バチコーン!と思い知らされた! なんとまぁ、神様よ、 あなたは最初の創造のときから、今の今まで、そしてこれからも、アダムとエバの時から、長〜い長〜い先祖様の歴史も その一瞬一瞬を耐えられながら、同時に時空を飛び越えるごとくに、今のこのカパヤパアン1人のために、すべてを準備してくださり(まるでそんな感覚)、神様の創造物を全部動員してでも、このカパヤパアンに、あなたの存在をお示しになり、(まるでそんな感覚)、カパヤパアンのためだけのために神様が存在されているがごとくに(まるでそんな感覚)、 ずーっと、そこに、カパヤパアンとともにいてくださる神様よ。 カパヤパアンが気づいてなかった時も カパヤパアンが、神にも見捨てられたと思ってしまっていた時も(実際には人間に見捨てられてた?) カパヤパアンは、神様の願いが成されますように、としか祈ったことは無い。 独自の願いを叶えたいと祈ったことは無い。(言ったり思ったりした事はあるけど) きゃは 今までも今もこれからも、 実際に出来ることが限られすぎてて、胸が苦しいけども、 神様の願われるとおりのことが、この地上に成されますように。また霊の世界でも同じように。 ぶきっちょにも、こう祈ることしか出来ないのです。(昔、談判祈祷して、自分の願いを激しく祈れ!と言われたけど、それはできなかった。どうしても、、、) この、アボニム聖和四周年を前に、 不足なこのブログに、書き記しておきます。 |
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いっや〜〜〜〜。
こんな言葉、正確には、こんな思いが
心の中に浮かび上がってきた!!!
一切の事情やしがらみや煩悩を、心の中から追い出して、
雑念をゼロにして考え(祈るなり瞑想するなり)したら、
なんか、けっこう、、、
あたりまえ、のこと。
今の世の中、特に先進国では
神様のことを口に出すひとなんて、まわりから白い目で見られる、というような時代。
聞いてビックリ、あのアメリカ合衆国でも、(あの、ピグリウムファザーたちが建国したあの!)
公立学校ではお祈りしてはいけないんだってさ……
って聞いた時には、なんせカパヤパアンは後進国フィリピン在住ですから、
ショーーーーック!!!!!でしたね。
それから、北欧のメンバーさんがたが、
地元で誰か宗教に話をしはじめたら、周りはその人をクレイジー!と思うんですって、って
話してくれたが、、、、
これまた、
ぎょっぎょっ! って感じでした。
世界の暗黙の了解で、先進国、と呼ばれる国は、
政治にもビジネスにも信仰だとか神様だとかをもちださない人々の国。
って感覚だろうか。
そうしてみると、
見るからにフィリピンは後進国。 あきらかに!まちがいなく!
貧しいからってだけの理由ではなく、その暗黙の了解的にも、、、、、
だって、カトリックは常に、世の中の動向に対してコメントを発表し、
メディアは必ずそれをニュースで伝える。
洗礼証明書は、公的身分証明として、かなりの場面で必要とされる。(学校入学とか)
私立学校ともなれば、
学校でお祈りはするし、聖書の勉強はするし、礼拝はあるし、、、、、
そんな学校は珍しくはない。
みんなそろって、宗教色が強いもんだから、イスラム教徒の多い地域での争いごとは、
単純には解決しない。
(ほんとうは宗教が問題というよりは、人間の私利私欲が問題を起こしてるに過ぎないが。)
あれ、あれれれれれ? いつものごとくだけんども、、、、本題からはげしくずれた内容になってるな、
カパヤパアンよ?
こまったね、、、、
でも、
このタイトルは、この言葉だけで自己完結してしまってる、ってわけで。
必ずしも直接み言を伝える、ってことだけじゃなくて、奉仕すること、だれかをケアすること、
神様の目でこの世を愛すること、希望を失わないこと、
主張するべき時には最大の努力をして伝えること、
宗教者として、この世に対してやるべきことはいくらでもある。
神様の究極の願いは、みーんなみんなが、神様の愛の中で幸せになること。誰一人こぼれることなく。
それを目指して、心に持って、世界に(じゃ広すぎるなら)社会に臨んでいくこと、
それがなきゃ、
うちうちで、幸せごっこしても、なにも変わらない、、、、、。
ぼそっと、そう心の中に聞こえてきたの。以上、おしまい。
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2ヶ月も。
フィリピンのこの暑さの当てられたかな。
体調イマイチ、心霊イマイチ。
しかしながら、、、、、、
表には出ない、カパヤパアンのうちに燃える情熱は、
消えることなく天国建設を願い、
一生かけてもやりたい!、フィリピンでカパヤパアンにしかできない(?)
奉仕活動もようやっと探し見つけて、、、、
心の奥の深〜いところで、細々と灯っている。。。。。。
おもてはグスグス今にも消えそうなくすぶりだけども、
今に見ておれ、、、、、 みたいな思いをひそかに抱いているんでっす。
が、この世の生は、何事も一筋縄ではいきまっしぇん。。。
こんなことを考えて行ったり来たりしている、カパヤパアンの
ココロ模様
風が吹いてきて波に乗ってきたら、また書かせていただきまする。
では、これにて。
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たとえばね、
不足カパヤパアンでも、 (亀の甲より)年の功、というか経験からくる実感する真実・眞の愛の世界(一部分でしかないことには違いはないが)、 この世知辛い世界に呑まれて苦しんでいる人をまぢかに接したら、 眞の愛の世界をわかって欲しい!って思うわけです。 そのためには、 この世の法則が間違っていること、その人の考えや行動が間違っていることを、 まずは理解してもらわなければならないじゃないですか。 そのことは、その人にとって 鋭い痛みを伴うかもしれないわけです。 そうしなければ、 真実には、神様の眞の愛の世界をわかってもらうことは出来ないから。 自己否定、分別、というわけですよね。 その方法、言い方によっては、100%の理解をもらえないことが、 しばしば、、、、(というか、ほとんど) これが堕落人間の性(さが)なのか、、、、不真実な世界に長く生きすぎた人間の、、、、 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ その人を陥れたいのでもなく 辱めたいのでもない 悩ませたいのでもない ただ真実を伝えたい 眞の愛の世界を伝えたい 教え込みたいのでもない ただわかって欲しいだけ わかってくれさえすれば 私のことをどう思ってくれてもいい 見下げてくれてももいい 感謝してほしいなんて これっぽっちもない 私のことは忘れてくれてもいい ただ真実な神様の眞の愛の世界に ひたって 美しい姿となって 自由に楽しく生きてって くれさえすれば、、、、、 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こういうジレンマ 切ない気持ち 泣きたい気持ち 神様のこころの一端、なのかな |




