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ずーっと、疑問だった。
なんで、ジープやバスやfxに乗ってでかけたり、マーケットに行ったりすると、 やたらと楽しくなってくるのか? で、これがまた、 どういうわけか、カパヤパアンだけ、らしく。 同じようにフィリピンに住んでる日本人姉妹たちと、そういう感覚を共有できない、寂しさがあった。 それは今も変わらず、 独断的な、 独りよがりな、 感覚なのだけれども、 これって、 よく誰でもやるような、 ウィンドウショッピング、とか 美味しいもの食べて元気になる、 のとは、あきらかに 別もの。 ずーっと 元気になることだけは 確かなこと だったのだけれども、 なぜ?と聞かれて、はっきりと、 コレ!ということができないのが ジレンマだった。 それが、今日ちょっぴり分かった! が、逆に 言葉にしてみると、 ありきたりな、 陳腐なものにしか 聞こえない(読めない)気がするのが 残念。 なぜ元気になるか? それは、 元気なものに触れるから。 ソレに尽きる。それだけのこと なのだ。 言葉にすれば。 まぁなんてシンプルなんでしょうね。 期待ハズレみたいやな。。。 しかしまぁ、 その、元気なもの、とは 貧しさにも気落ちしない 創意工夫で楽しく なんでもジョークで笑い飛ばし、 不便な環境の中、だれでも助け合い、 貧しいのを恥とも思わず あんまり綺麗な町並みでもなく どちらかといえば、道を歩けば下水のニオイがするし、 空気も甚だしく汚れてて、 雨が降れば何をやってもずぶ濡れになり、 住む環境としては、 かなり最悪に近いながらも、 ここ(フィリピン)の住人には、 いつも、 元気を分けていただいている。それは間違いない、と。 |
比較☆日本とフィリピン
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えぇ〜〜? そんなに比べるもんじゃない、だってぇ?
比べてみないと、今の自分がどういう状態なのかも、わからないじゃないっすか。
井の中の蛙、になっちゃだめヨン!
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フィリピンは選挙が終わりました。
選挙活動が始まる頃は、うっわ。今年の選挙は今までとは違うぞ。クリーン選挙?
いよいよ来るべき時が来ましたね〜、と喜んでいたのですが、、、、、、
選挙投票の直前、いや、当日、
狐、タヌキ、本性現したり〜〜、
やっぱり、、、やっぱりか、フィリピンよ。
茶番劇の繰り返し、、、、、 がっくり。
あの、
エストラダが大統領になった時の選挙にも、相当な脱力感、だったけど。
今年のも、、、、、
いやいやフィリピン。 そう簡単には問屋が卸さない!! ってことが
思い出され、
がっかり、(この言葉が一番適当)したわけでした。
(最近の日本の政治家もあまり変わらんな、)
そして、ごめんなさい。 お祈りも精誠も、足りませんでした。
しかしながら、なにかと話題になっている、ドゥテルテ大統領。
この人への賛否両論はあるけども、、、、、
時代の転換点に立つべき人物であることは間違いないだろう。
破天荒
この言葉に尽きる、言動っぽいが、
フィリピン改革には、これぐらいの 押しが強くないと、、、、、
今までどれだけの改革者が倒れてきたか、考えれば、
今は、この人を頼みの綱として、後押ししていくしかない、かと思う。
歴史を変えていくような人物って、
決してオールマイティな人間ではない。
一癖二癖 有りすぎるほどの癖を持つ、個性的な、弱点も多々ある、
ちょっと見では、この人間が何かすごいっことをやり遂げるかもしれない、とは
誰もわからないような、、、、、
そんな人物、だと、思うんですよね。
だもんで、自分を見るときにも、
いっやー、ダメなんじゃない?わたしって。ってな自分に見えたとしても、
何度も失敗し続けた果てでさえも、
自分が自分を諦めてさえなければ、
必ず、何かをやり遂げることはできる!
それだけは
間違いない! とおもうのよ。
高い志・こころざしさえ持ち続けていればね。
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真反対の事を考える相手に対して、 えーっ、うっそー、なんでー?? 理解に苦しむぅー、と
(初めての時はしょうがないとしても) 言い続けていたら、
世界平和なんて、 夢のまた夢。 まるで、たわ言のよう。
現代の世知辛い島国の住人にとって、世界と自分と、いったい何の関係があろうか?ってな感覚かもしれない。
それは、自分の生活が苦しくなれば苦しくなるほど、プレッシャーやストレスが強くなれば強くなるほど、
他人さまのことなど、頭にない、状態になっていきやすい。自分の痛みしか感じれなくなる。なりがち。
別の島国、フィリピンでは、便利になったこともなければ、生活が向上したこともないんで、
逆に、、、なぜか、 逆に、人の痛みがわかる、というか、熱さも喉元過ぎれば感じなくなる、というか、、、。
懐が広い??というか、鈍感、というか、なんでもあり、というか。。。。。。
でも、それでも、
違い、に対しては、お互いに理解には苦しむものなんだ。
たとえば、ツナ缶
日本のツナ缶(シーチキン)は、なんでかフィリピンのツナ缶とは味が違って、おいしいんだよね?
なんでなんでしょうね? 同じところで獲れてるはずなんだけど。
どなたかご存じ?
ま、それは置いといて。
フィリピンでは、油もいっしょにツナと、食べるんです!! 全部すするというわけではないと思うけど。
で、日本じゃ、健康のために、油は捨て、ツナも湯煎にかけたりもするんだよ、なんてことをフィリピン人に言うと、
え? 沈黙
となる。。。。。。
いっやー、なかなか、、、、、相互理解は難しいもんで。。。。
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セブ島通信 (セブ日本人会報 2015年5月号)より転載
女34歳 セブ島で楽しく明るい貧乏生活
いよいよ夏本番を迎え、エアコンなしの生活が厳しくなってきました。
今回は、フィリピンのママから感じた「与えられることの喜び」と、日本でブームの「断捨離」について考えてみます。フィリピン人のママたちは、いつも私がゴミだと思って捨てようとするものを、宝物のように喜んで家に持ち帰ります。勿論私は、まだまだ食べられる食品やきれいな服を捨てようとしているわけではありません。ママに人気なものは、食品トレイや,調味料のボトル,お菓子の箱などなどです。特に日本から頂いたお菓子の箱は丈夫できれいなものが多いので大人気です。
そんな中でも、私の心に残るできごとが一つあります。セブ市内で大規模火災が発生し、その支援のため大量の毛布をご寄付頂いたことがありました。その中に、数枚ですが汚れがひどく、火災後の避難所でも配布していいか迷ってしまうものがありました。それらの毛布をママたちは、いつものように宝物のように家に持ち帰りました。数日後、そのママの家に訪問すると誇らしげに「川で洗ったら、こんなにきれいになった。まだまだ使えるわ」と満面の笑みで私にその毛布を見せてくれました。
一方日本では今「断捨離」という言葉がよく使われています。必要のないものを捨て、ものへの執着を捨てるということだそうです。そもそも必要のないものを買い込み、使わなければ捨て、さらに良いもの、便利なものを求める生活。「断捨離」は人間関係においても使われるそうです。必要のない人間関係を断ち切り、ストレスのない生活を送る。
まさに、このフィリピンとは真逆の発想ではないでしょうか。ものが溢れている社会では、人は「欲する気持ち」を失っていきます。「欲する」前に与えられ、必要がないからと捨てることを迫られ、より良いものを求めていかなければいけない日本。「欲する気持ち」を常に持ち、与えられた時に喜びを味わうことが出来るフィリピン。面倒な人間関係には極力関わらずに、孤独を感じる日本。どんなことでも家族や地域で、わいわいごちゃごちゃと話し合おうとするフィリピン。もちろん、それぞれいい点と悪い点はありますが、私はここフィリピンで、「逆断捨離」生活を楽しんでみたいと思います。 (転載終わり)
JUNKOさんという方の記事に、共感するところ大。
ここでも相対的貧困と絶対的貧困の差を思わされる。日本国内だけでものごとを見れば、決して楽ではない生活、けれども、
世界を見まわしてものごとを考えれば、違う考え方になるだろう、、、。
それに加えて、思い出した。
「お礼の気持ち」として、形のある品物を送る習慣も、元をたどれば、感謝の気持ちを見える形にして表す、はずのものが、形骸化してるのを感じる。
しかもそれは、断捨離には、とても不都合な習慣だなぁ、と思う。捨てる物がますます増えるわけだから、、、。
カパヤパアンだけかもしれないが、
もの(まだ使えるかもしれないもの)を捨てる時に、なんだか漠然と 「罪悪感」を感じる。
捨てる物が増えれば増ええるほど、「断捨離」をしながら「罪悪感」を感じる人はいないんだろうか。
何年か前に、小学校4年生の時に買ってもらったスヌーピーのハンドタオルを、とうとう捨てた時に、(もちろんこれには、センチメンタルバリューがあったんで余計に) 捨てるか捨てないか、何度か悩んだ。
幸い、と言っては何だが、フィリピンでは、ゴミに出しても、そのゴミの中から使えるものを漁って使ってくれる人々がいる、、、、。だから、、、つかえるかもしれないものは、ほかのゴミとは離し別に捨てるようにしている。ゴミといっても、きれいなのに越したことはないからな、、、。(フィリピンにはあまりゴミを分別する決まりは実行されていない)
ものは大切に長く使うのが、神様が喜ばれることじゃないかな、、、。
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昨日の中継では、今年はまた死者がでたと、言っていました、、、。 (去年は出なかった、?と記憶する) 観光目的なんがであれに近づいたら、ほんとダメね。 あぶないです。 写真は、とにかく、人、人、人 ブラックナザレに近づいて、その恵み、またはミラクルを授かるために。 これほどまでに、フィリピンの人々は、神様からくるものへの渇望 が強い、ということでしょうか。 |



