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<戦国時代以降に生まれた「姨捨山」>
高群逸枝によると、母系制社会が破壊されるのは、応仁の乱に始まる戦国時代の結 果、旧来の社会のつながりが、破壊されつくした時期からとされている。戦国大名 は、実力と運さえあれば誰でもなれた。それまでは一定の社会的身分が必要であっ たが、この血で血を洗う戦国時代のときに初めて、日本における出世レースの平等 な世界が現れ、旧来の社会秩序を破壊しつくしたのだ。 秀吉は武装蜂起を防止するため、農民から武器を取り上げ、家康は、徳川家を守る ために身分制度を固定化させた。男にとって「平等」なチャンスがあった戦国時代は こうして終わってしまった。
女性の服装からは、袴(=ズボン)がなくなり、女性は「三界に家なし」の囲われる 身分となって、元々下着であった小袖が、キモノと呼ばれる日本独特の服装に発
展していく(村上信彦氏の「服装の歴史」を見るとこの間の歴史的な経緯が克明に 解説されている)。 逆に平安時代に中国から伝わった裳(スカート形式の衣装)は、日本では、たちま ちのうちに腰に後ろ向きにつける半分の布切れに成り下がった。当時の女性は社 会的地位が高く、ちゃんとしたズボンをはいていたので、その上にスカートを必要と
しなかった。 結婚生活は、妻問い、婿入り(段階的に変化する「請婿婚の時代」)、を経て、戦国 時代以降、嫁取婚(嫁入りと言うのは欺瞞的な呼び名)に変化した。つまり女性は
これ以降、結婚するためには自らの生家から、完全に経済的に無関係な男の家に、
「一生飼い殺し」で移り住まねばならなくなった。 嫁取り(嫁入り)儀式の白無垢は、生家から遮断され、「生きては帰りません」と いう意思を表す死装束となった。 古代より、女性はカマドの神様と深く結びついており、母系制原理の下では異なる 氏族の間でカマドの火を同じくする「同火」は厳しく忌み嫌われてきた。ところが、 嫁取婚ではまさにこの絶対のタブーが犯され、異なるカマドの神様が主導権争い を余儀なくされるので、母と息子の嫁(別氏族出身者)の間に必然的な争いが起き る。 ここから、嫁取り婚の必然的な付随物として、嫁姑問題、姨捨(オバステ)、山姥 (ヤマンバ:捨てられた婆さんが山に適応してバケモノとなる)の伝説が始まる。 これが日本では、第二次世界大戦の敗戦まで主流で、そして現在でも部分的に 続いている婚姻制度であった。
嫁取り婚は、カマドの神にそむく行為である。だから女性は「女大学」という書物 で、自分のカマドの神を持ち出して反逆しないよう、奴隷として一生過ごすことの 「合理性」を学ばねばならなかった。それではあまりにむごいと言う事で、後世に なると、しゃもじを渡して主導権を譲るなどの「方便」が考えられた。さらには、 親が年老いて、息子夫婦が主導権を握るようになると、嫁に対立し抵抗する親は、 山に捨てられた。 <寄り合い婚成立と崩壊の時代> 高群逸枝は、日本婚姻史の中で、戦後の結婚は「寄合い婚」であると定義した。つ まり、最早家と家の結婚(父系制原理に基づく嫁取り)ではなく、お互いに人格的 に(=経済的にも)独立した個人と個人が寄り合って一つの新しい世帯を作る。と いうものである。 前回紹介した日本婚姻史のサイトでは、寄り合い婚の萌芽は既に明治時代に始
まっているとされている。となると「昭和的結婚観」なる文言は、正確には「室町
末期から江戸時代までの結婚観」としなければならない。
戦後民主主義教育、共学の元で、性別、思想信条をとわず人間は平等であるという 近代資本主義の前提条件(こうしないと契約は成り立たないから)を学んだ学生が、 結婚に際して、無理やり嫁取り婚をすると、絶対的な矛盾が爆発する。それを知っ ていながら実行した、愚かな実例(笑)の一人が私である。 昭和20年代以降から平成にかけて、本来寄り合い婚であるはずが、当事者及び親 の意識が嫁取り婚であるがために、日本の婚姻制度は必然的に内部で猛烈な対立 を引き起こし、もはや崩壊に向かいつつある。高群氏が昭和30年代に提唱した、も
はや時代遅れのスローガンを今頃声高に叫んでも無駄である。
表向き「寄合婚」でありながら、周りの感覚や実体では「嫁取り婚」の中途半端な 日本の世帯(核家族)は、急速に崩壊しつつある。何故なら日本には「寄合婚」を 成立させるための仕組みが決定的に不十分だからである。結婚しない女性は、 制度の不備に対して、自らの行動によって「反乱」している。これを同性の立場か
ら、「負け犬」と呼んで蔑視(自嘲?)する風潮がある。
負け犬なのは、「結婚できない男」の方である。「結婚しない女」が増えると、必然的 に増加し、さらにニート化や、高齢の親世代への「たかり」、経済的暴力など男の
方は、様々なあつれきを生んでいる。
<脱出の鍵はフランス式しかない?> 「結婚するなら寄り合い婚」、結婚しない「婚外子」も国家屋地方自治体が責任を持っ て支援し、平等に育てる。これが保証されていれば、生涯独身でも子どもは持てる、
もちろん人工授精でも構わない。但し遺伝的にきょうだい同士の婚姻を防止する仕組
みだけは、ちゃんと整備する必要があるだろう。
これと同じような事は、既にフランスでは実施されている。日本では2%ほどしかいな い「婚外子」が48%(2006年に50%超過)も存在するのは、そのためである。自民
党中川秀直元幹事長達が主張するように、1000万人単位の海外移民を受け入れる
か、ともかく遺伝的に日本人の子孫であればOKとするか、少子化の止め処ない進行
を食い止めたいのであれば、もはやこのような手段のいずれを取るかしかない。
日本の合計特殊出生率のままでも、同数の婚外子が産まれ育つようになれば、日本 の人口はたちまち増加に転じるだろう。もはや日本の世帯の主流派は、「お一人様」 の時代に突入している。「お一人様」であっても無理なく安心して子孫は残せる、 という世の中にしない限り、日本の少子高齢化に決して歯止めはかからない。 ここまで書いたところで、cheeさんの「ニューイングランド通信」の記述に先を越され た。「パートナー」という言い方には、法的には相手を拘束する手続きをしないものの、
特定の異性と相互に信頼できる、かなり親密な関係を長期的に継続するという意味
合いが含まれているように思う。
このようなカップルは、日本でも既に多数存在するだろう。しかし、最下段のリンクに あるような婚外子の法律的な平等だけでなく、有形無形の差別意識等が存在する
ので、止むを得ず子どもを作ることに踏み切れない場合が、多数存在するのでは
ないだろうか?。 その3につづく
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「女大学」全文公開! http://www.tanken.com/onnadaigaku.html ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 図録世界各国の婚外子割合 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1520.html (抜粋) 一目瞭然、目立っているのは日本の婚外子割合の低さである。日本と欧米の文化の 差を感じさせる図録であるが、欧米とアジアとの差なのか、特殊日本的な特徴なのかは、 この図だけでは分からない。
欧米の中では、スウェーデンが2005年に55.4%と5割以上であるのが目立っており、 次ぎにフランス、デンマークが48.4%、45.7%で続いている。北欧のスウェーデンや
デンマークは1980年でも3割を越えており、かなり前から高かった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 婚外子相続差別「合憲」見直しか 最高裁が大法廷回付 2010年7月9日18時32分 http://www.asahi.com/national/update/0709/TKY201007090437.html (抜粋)
結婚していない男女間の子(婚外子=非嫡出子)の遺産相続の取り分は「半分」と 定められている。 大法廷回付により、15年前の判例が見直される可能性が出てきた。 4人の裁判官のうち1人が「違憲」とし、「合憲」とした3人のうちの1人も 「違憲の疑いが極めて強い」と指摘していた。 |
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とても勉強になりました。すごいですね。婚姻の歴史。
婚外子を社会的に認めつつ、逆に、結婚という社会契約を結んだ人たちには、それなりの特典(専業主婦/主夫が社会的に困らないようにする、税金で有利など)がある、というのがいいのではないでしょうか?
つづきが楽しみです。
2010/7/15(木) 午前 9:16
いいですね、法的に拘束される義務を負う人には、それなりの
特典を認めると言う方向は正しいと思いますが、どうしてもそこ
まで踏み切れない人達にも、絶望しないで生きていけるように
しなければなりません。 難しいですね。
2010/7/15(木) 午後 0:31 [ phon_BB ]