南極のしるべいし

帰国しました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

南極までのしるべいし

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サンプリングしたいのに風が吹かないなぁ。気象予測でも吹かない予報だしな…あっ。
 
 
と気づきました。
 
 
実はまだ出航準備のお話までで出航の日のお話をしていない!!
 
 
ということで、いまさらではありますが、過去に戻ってみましょう。
 
 
出航前夜。去る11/10に明治記念館というところ我々は壮行会をしていただきました。
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ここでお話しておかねばなりません。
 
 
通常観測隊はしらせが出港してから二週間後に日本を飛行機で出発し、オーストラリアのフリーマントルでしらせで落ち合うという段取りになっています。
 
 
しかし、私含む五名の隊員はなんと東京の出航時からしらせに乗船しました!しらせ航路で船上観測をするのですが、それに私も加えていただけたからです。
 
 
この壮行会はしらせ出航の前夜行われています。そのため、ほとんどの観測隊員はこの二週間後の出航となるのですが、私はこの翌日に日本を出発したのでした。
 
 
この日は隊員のご家族もいらっしゃり、偉い方々もお越しくださいます。青いひよっことしては緊張の日でした。
 
 
そしてまた、改めて「どえらいことに参加しているんだな」と感じました。大勢の人が集まり、私たちの出航を祝い、無事を祈ってくれているのです。これは無事帰ってこなきゃいかん。そう思いました。
 
 
さて、その翌日。私は東京は晴海ふ頭へ向かいます。重い荷物をしょって。
 
 
晴海の出航前には家族や友人たち、お世話になっている先生が見送りに来てくださっていました。そして、短い時間だけでしたがしらせ船内を案内して歩くことができました。
 
 
やっぱりうれしいものですね。大切な友人たちが見送りに来てくれる。仕事もあるのに休みを使ってきてくれているのです。ありがたい。餞別まで用意してくれて。涙が出そうになります。そしてまた、無事帰ってくるとともにきっちり仕事をこなしてこなきゃいけないと気が引き締まりました。
 
 
思えば大学でも部活でもいろいろみんなに支えられてきているんだなぁ。大切な仲間たち。あぁ俺は一人じゃないんだなぁ、みんなが見守ってくれてるんだなぁ。そう思えるだけで腹の底から力がわいてくるものなんだとしみじみ感じました。
 
 
そして出航前の式典を経て、いよいよ旅立ちの時。大切な人たちに見送られ、我々は船に乗り込みました。そして艦橋横の甲板に出てテープを投げます。
 
 
映画なんかでよく見ますよね。船員が紙テープを投げるあれです。
 
 
なんというか。
 
 
投げ方なんか知らないし。
 
 
…投げたテープはことごとく手元で切れてしまい、みんなの手元までまったく届かず。
 
 
でもそんなことは今となっては仕方ない。船側からみんなを見るとこんな感じでした。
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えぇ。この中に私の投げた紙テープは一本もありませんとも。
 
 
それでもやっぱりさびしさやら、お見送りのありがたさやらで胸はいっぱいです。そして船はとうとう汽笛を大きく響かせて動き始めます。すると艦内放送が入ります。
 
 
「総員、帽振れ!」
 
 
我々はかぶっていた帽子を振りながら、それぞれの思いを胸にあまりしゃべることもせず、ただただ港を、小さくなっていくみんなの姿を見ていました。
 
 
船はお台場を過ぎ、船の科学館の横を通りぬけて外洋めざします。船の科学館にはかつての南極観測船の「宗谷」があります。小学生の時に一度行ったことがあり、その時にはまさか本当に南極観測船で旅に出る自分がいるとは考えもしなかった。今四代目の日本の南極観測船「しらせ」は初代観測船の「宗谷」にも見送られて南極へ旅立ちました。
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その日の夕飯はしらせからのお弁当。あぁとうとう始まったんだな、というプレッシャー。みんなと長い間お別れなんだなという呆然とした気持ち。味もよく覚えていません。
 
 
さて、もう極夜も明けなぜこの期に及んでこの記事を出したか。
 
 
やっぱり越冬中色んなことがあります。辛いことなんかも多い。そんな中、こうやって仲間に支えられて今の自分があるんだって再確認したかったのかもしれません。越冬も折り返しとなり、これから今以上に忙しくなる。その前に自分を作る地盤を確認したかったのかもしれません。
 
 
…そもそも記事が遅れていたのが原因か(笑)
 
 
実はこの出航の記事は思いがどうしてもあふれてしまって、文章にしてもちゃんと書けない気がして書きたくなかったのです。今書いていてもこの気持ちは表現できていません。それだけ思い入れがあったので書くことができずにいました。
 
 
今、折り返しで自分の再確認したかった。文章にして中途半端になってしまうことがわかっていても、ここで一つ言葉にして確認したかった。ということです。
 
 
とにかくすべての気持ちはこの言葉に集約されると思います。
 
 
みんな。ありがとう。きっと無事に帰ってくるから、その時にはまたいつものように笑いあおう。
みなさま
 
 
さて、なんとまだ出航しません(ブログ上は)!!隊員室での一風景を。
 
 
隊員室とは。我々南極観測隊の身分は、基本的には国立極地研研究所というところに帰属します。ただ、各会社からの派遣で来ている人などは身分上極研職員とはなりませんが。わたくしたっちゃんはモニタリング隊員というポジションで来ています。これは、定常的に観測している項目、いうなれば地味で目立たないが継続して観測を行わなければならない観測項目を一般公募で人を募集し極研が雇って南極に派遣するという体制のもの。だからたっちゃんは現在、茨城大院生ではなく、極研職員という立場で来ています。
 
 
採用は七月から。そうなると、出発まで臨時的に職場を設けなければならない。それが隊員室。極研所内にあり、その年に出発する隊員だけが詰めて働く場所です。
 
 
もちろん。隊員室に全員がいるとは限りません。大体30人くらいでした。ちなみに、第52次隊は80人を超える大所帯です。隊員室以外の方のほうが圧倒的に多いのです。たとえばプロジェクトを持っている他大学の方なんかは当然各大学でぎりぎりまで準備されていたりします。
 
 
さて。この隊員室、とても面白い場所であります。4つの机で一つの島ができていて、各島に各部門の方が仕事をしていらっしゃいます。たとえば、たっちゃんの島はモニタリング島。気水圏、宙空圏、地圏の三名がここで仕事を共にしました。地圏の方は元の職場の仕事もあり、最後のほうでやっと合流でしたが…。
 
 
弁当は弁当屋に毎日頼んで持ってきてもらいます。これがとても安いんです。コンビニでおにぎりとジュース買った方が高くつきます。しかも結構うまいんです。量もある。
 
 
隣の部屋は南極観測センターです。皆さん優しくて、また面白くて。一緒に飲みに行ったりもしました。K子さん元気かなぁ。。。もちろん、観測隊側の方にも可愛がっていただけて、すごく素敵な思い出ができました。隊員室側にもおひとりだけ、一緒に南極にはいかないけどサポートしてくれている方もいます。O野さん。とてもお世話になりました。元気でいるといいなぁ。。。南極観測隊員は、たくさんの支えてくれる方がいてやっと成り立っているわけです。
 
 
南極観測隊というのはとても結束が強い。越冬なんて、たった三十人で電気・水道から始まって建物・調理・医療・通信(ネット含む)・廃棄物処理などなどいろいろやらなければならない。だからともに支えあうんです。それは隊員室にいるときからそうで、たっちゃんの観測に使う予定のフィルターをパッキングするときなども、お手伝いいただきました。ちなみに写真は今年のシェフのKさんです。
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石英フィルターを一枚一枚アルミホイルでパッキングしています。シェフだけあって、アルミホイル捌きは素晴らしかった。
 
 
 
何が言いたいんだろう。寝不足のこの頭ではもう何も考えられません。たぶん、大好きな五十二次隊のみんなのことを書きたかったんだろうと思う。寝不足の時に書き始めるとこうなるから書きたくないんだよな。時間あるときにっていうといつまでもかけなくて、しびれを切らして書いてみるとこういう結果に終わるんだな。
 
 
こちらはもう二時になろうかという頃です。日が変わるころにメタン計のPCがご臨終になっていたことに気づきまして、その対処で今に至る。まだまだ作業は続きます。そして明日は月例報告書いて、防火点検表の作成して、いつものワッチに・・・あー!!もう!
 
 
次は出航の日について書きます。できたらオーストラリアの話も。。
 

出発準備・・物資輸送

さてさて。今日はなんと休養日です!!風がビュービュー。現在の風速19.2(m/s)(10分平均値)お昼頃は26.9(m/s)まで観測してます。えぇ。飛びます。ジャンプすると後ろに流されます。
 
 
飛んでくる雪やら砂やらがとても痛い。話には聞いてましたが、予想以上です。エアガンでバシバシ撃たれてる感じ。
 
 
そういうわけで、本日は久々にゆっくりしています。出航のお話の前に、出航前には何があったかお話します。
 
 
ご存じのとおり南極観測隊は一年に一度の補給のみで活動しています。機材も。燃料も。食料も。一年に一度です。当然、「あっ!!あれ忘れた!!」なんてことは生死にかかわる問題になりかねません。
 
 
だから綿密に準備をして、何日もかけてしらせに積み込んだりするわけです。
 
 
そのため観測隊には輸送担当の隊員もいます。自分たちも、梱包・荷だし・荷受け等いろいろ行います。不肖たっちゃんとしては初めての体験でございます。今まで訓練のお話ばかりしてきましたが、そればかりではないのです。
 
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写真は極地研倉庫での輸送物資準備の風景です。ちなみに真夜中でございます。いろいろガムテープの色がかえてありますが、これは物資の区分(緊急等)とか、行き先で分類してあります。写真に見える黄色は「ドーム隊」の荷物です。ドーム富士行き、ということです。この写真では荷物は半分くらい出てしまった後です。ホントは、広い広い極研倉庫がいっぱいでした。
 
 
 
荷物の荷姿にもいろいろあります。段ボール単体で運ぶ場合もあれば、スチールコンテナ(ヘリコン)にいくつも機材を入れ込んでまとめてしまうもの、12ftコンテナ、木枠等。。。なかなか覚えきらないので、要領がつかめず大変でした。ちなみに下の写真はヘリコンと呼ばれるコンテナで、中には私の使う機材、CO計などがたくさん入っています。組み立ても自分で行います。こいつはヘリでの空輸ができるためヘリコンと呼ばれます。ヘリコンに入りきらないような観測機材は木枠を作って梱包します。そうすると、枠の形をうまくしないとフォークで持ち上げられないとか問題が出てきて、中には大井倉庫集積所から送り返されてくるものもありました。
 
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さてさて、このように梱包された機材は極地研倉庫内に集積され(といっても全部ではないですが。)大井ふ頭に送られます。しらせは横須賀での停泊を終えたらこの、大井ふ頭にやってきます。ここで荷積みを行います。
 
 
朝、八時半くらいに日通さんが登場。荷物を運び出します。この時、各部門の担当者は自分の荷物を責任もって荷だしします。ちなみに私は気水圏部門で、隊員は一人きり。初日は荷だしをして速攻で大井に行って荷受け、と考えていたのですが…
 
 
10時ごろにはトラックは大井ふ頭の日通倉庫に到着・荷物の検数と集積を行います。たっちゃんは間に合わず、検数等を別な方にやらせてしまうという大失態でした。そのあとも数回大井ふ頭への荷物だしがありましたが、以降は荷だしを前日のうちに極研にいる方にお願いをし、自分は六時半くらいにはゲストハウスを出て大井ふ頭へいき、八時半からは大井で荷待ちをするようにしました。立川⇔大井(品川)は遠くて大変でした
 
 
ちなみに、一度だけマイ・スイフトで現地に行ったこともありましたが、道に迷って散々でした。都会の道は怖い。一本道を見逃した瞬間に変なルートに流されて。逃げられないまま謎のトンネルに流し込まれ。またこのトンネルの長いこと。そしてトンネルをくぐり、そこには・・・フジテレビ(笑)完全に違う場所だ、これ。
 
 
さらに、大井ふ頭内はトラックが彼らのルールに従って、常人には理解できない運転をしています。五車線とかあって、真ん中の道にトラックが列をなしてハザード点滅させながら止まっています。道の左側じゃなくて。真ん中の列だけ、とかなんです。これにつられて巻き込まれ、一緒になって並んでしまうと大変です。待てども待てでも進まない。実はまっすぐ行きたい人は、その列の右によけて列の先頭まで行き、そこでまた直進車線に戻るなどの運転をしなければなりません。そのハザードの列は、直進をするつもりで順番待ちをしているわけではない。
 
 
言葉では説明が難しいなぁ。これを俗に「バースの罠」と呼びます。一度見たほうがいい。行ってみてください、大井ふ頭。はまってみてください、「バースの罠」。
 
 
この大井ふ頭、集積所ではフォークが縦横無尽に走り回っています。デパートとかでゆっくり動くフォークとはわけが違います。まるで中国の舞踊芸を見ているような勢いです。よく事故らないよなぁ。下手に動いたら轢かれてしまいそう。
 
 
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お昼は倉庫前にバンで売り込みに来る弁当屋さんでカレー弁当。結構うまくて、みんなここで買って食べます。安くて量も多い。
 
 
検数では重さとサイズの測り直しをします。ここで修正を受けた荷物は倉庫内にいったん集積、しらせが来るのを待つのです。ただ、これが結構大変で。前日に極地研フォークで重さ測ったのに検数で直されたり。写真は検数を終え、整然と積まれたヘリコンたちです。
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私物も12ftコンテナと呼ばれるコンテナに集積します。ただし船室持込み荷物もあり、コンテナに入るのは越冬隊の越冬私物の一部です。それでもこんなに大量の荷物です。まぁ。一年ですから。
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天高く積み上げられた私物。この中には不肖たっちゃんの弓道具も入っています。書道具もあります。
 
 
さらに船室持込み私物もあります。これは、写真の段ボールで五個くらい持ち込めます。
 
 
そして荷物はしらせに積み込まれます。しらせはクレーンを二台所有していて、これでヘリ甲板まで持ち上げ、フォークや台車に乗せて人力で船倉に運び込んでいきます。建築の部材と機械隊の部材を入れたコンテナが見えています。
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さぁ。あとは出航だ!!わくわくするなぁ。

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