最近は、中国と韓国にポジションを奪われて大差がつきつつありますが、一昔前まで、日本人が嫌いな国のナンバー1は、ロシアでした。正確には、世界初の社会主義国ソビエト連邦です。
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終戦間際に日ソ中立条約を破って対日参加し、火事場泥棒のように領土を奪ったことが主な原因だったと思われますが、日本に平和憲法があって身動き取れないのをいいことに、いきなり無防備な竹島を占拠した韓国や、大量の漁船を送り込んで既成事実を積み重ね、尖閣諸島を掠め獲ろうとしている中国に比べたら、宣戦布告後に、軍を動員して実力で奪取したソ連の手口は、「正々堂々」としていた(?)のかもしれません。

日本人も、ドイツ人(当時西ドイツ)も、米英に大量虐殺された恨みを根に持つこともなく、すんなりとアメリカの軍門に下ったのは、ソ連という目の前の脅威があったからで、軍事力は、大したことがなかった割には、プライドの高いフランスも、渋々この体制に追従していました。

文化大革命で、多くの国民が殺されたり、投獄されていた中国は、今なら確実に 「非人道的な国家」として世界中からバッシングされたところを、ソ連と対立していたおかげで、いい社会主義国という扱いでした。

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敵の敵は味方。両者の笑顔がなんとも、いやらしい・・・?

日本人拉致を既に開始していた北朝鮮も、一部のマスコミには感づかれていましたが、不都合な事実に、オール・ニッポンで蓋をした結果、何ら糾弾されなかっただけでなく、東欧諸国と同様に「ソ連のせいで、酷い暮らしを強いられる可愛そうな国」と思われていました。あの頃は、どういうわけだか北朝鮮の悪口はタブーになっており、金日成の悪事も、すべて不問に付され、「悪いのは、すべてソ連」という強引な理屈がまかり通っていたのです。

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金ちゃんの爺ちゃんは、いい人と思われていた?

その北朝鮮と対立していた韓国は、当時から反日は変わりませんでしたが、日本から様々な援助を引き出すためには、それを表沙汰にするわけにいかず、密かに、静かに、日本を嫌っていました。建国当時は、大日本帝国の遺産がたっぷりとあった北朝鮮が軍事面でも、経済面でも、韓国を上回っていた上に、ソ連が後ろ盾にいたからです。

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バリバリの反日だったが、なぜか韓国では親日扱いされる朴大統領(父)

日本も、ソ連が世界共通の大きな脅威として存在していた頃は、巨額の貿易黒字を計上しても、「まあ、仕方ねえか・・・」と欧米から大目に見てもらえましたが、ソ連の破綻が決定的になるや、バブルが崩壊し、二度と経済で世界のトップに立つことはありませんでした。

逆に、キューバは、最近でこそ、「あそこは、いい国やでー」という評価も見られるようになりましたが、アメリカに徹底的に嫌われ、追い詰められた結果、「ソ連の陣営に加わった」という、ただ、それだけの理由で長く迫害(?)されていました。

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59年ぶりの和解(2015年)。こちらの笑顔は、両者とも本当に嬉しそうです

唯一、波風が立っていたのが中東ですが、米ソの微妙な線引きのおかげで、イスラエル周辺以外は、これといって大きな紛争は起こりませんでした。こうしてみると、第二次大戦後の世界では、ソ連がいてくれたお陰で、世界中が丸く収まっていた、ともいえると思います。

映画や小説でも、1970年代に入って、敵役としてドイツが飽きられ始めた時期に、ベトナムでアメリカが敗退し、米国の衰退とソ連の勢力圏の拡大が重なりましたから、新たな敵として、ソ連が抜擢(?)されることになりました。そこで出てくるソ連人は、ほとんどが軍人かスパイで、冷酷非道なキャラクターは、ナチス・ドイツに共通していたと思います。

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ロッキーに倍返しされたドラゴ選手

しかし、そもそも、ソ連は、ナチに代わって強大な敵としてアメリカの前に立ちはだかるポテンシャルに欠けていました。筆者が経営するレストランに来る白人客(イギリス、ドイツ、フランスなど)と話していても、よく分かりますが、彼らは、ロシアやロシア人を、ヨーロッパやヨーロピアンとは、これっぽっちも考えていません。完全にアジア扱いしています。

そして、彼らから見たアジアというのは、「なんだか、どん臭い地域&人々」ということではないでしょうか。カール・マルクスも、自身が訴えた最先端の経済理論だったはずの社会主義が、アフリカを除けば、世界で最も遅れていた(と彼らは考えていたはず)アジアのロシアが採用しようとは、夢にも思わなかったでしょう。マルクスが生きていたら、きっと、こう嘆くはずです。「あんな奴ら(アジアのロシアや中国)のおかげで、ワシの崇高な理論が台無しじゃー!」と。

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マルクスも草葉の陰で嘆いている?

結局、ソ連が影響下に置くことができた国は、東欧やキューバを除けば、イエメンやジンバブエといった、あまり聞いたこともないような小国しかなく、とても世界を征服するような存在ではありませんでした。

しかし、それは、ソ連が崩壊した今だから言えることで、1983年に、アメリカ大統領のレーガンから「悪の帝国」と名指しで批判されたように、ソ連の軍事力&影響力は、戦後一貫して過大評価されていたと思います。筆者の少年時代(1970〜80年代の中頃)は、そんな真っ只中にありました。

「1985年、ソ連軍が西ヨーロッパに侵攻し、第3次世界大戦が勃発・・・」といった類の本も、盛んに出版され、よく売れていました。西側同盟諸国が中国とも連携して(!)赤軍の侵略を阻止し・・・といった内容で、最後は決着がつかないまま、ソ連が内部崩壊して、めでたし、めだたし・・・という坂口・小林組の北米タッグ戦のような冴えない幕切れで終わることが多かったと思います。

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ソ連軍が上陸するのは北海道・・・と、どうして言い切れたのか!?

当時の防衛論議も、「ソ連が攻めてきたら、どうするんだ!?」という単純極まりない仮定が前提となって、北海道に上陸してくるソ連軍(こちらが勝手に上陸地点を決めていました)の侵攻を、如何に阻止するか・・・に焦点が当てられていました。今にして思えば、日ソの間には海があり、大規模な戦車部隊を樺太やウラジオストックから送り出せるほどの海軍力と航空戦力が当時のソ連にあったとは、とても思えませんが、あの頃は、そういった話が極めて真剣に議論されていたのです。

かく言う筆者も、「そうか・・・、今のままでは、ソ連軍と戦えないんだな・・・」と真剣に思いましたが、ヨーロッパでNATOと、北極を挟んでアメリカと、アジアでは中国や韓国と対峙し、国境線のほぼ全てを仮想敵国に包囲されて、国内にも問題が山積するソ連が、何が哀しくて、わざわざ、海を越えて、北海道を獲りに行く必要があるのか・・・という至極単純な疑問に誰も気付くことなく、議論は進められていたと思います。実際のところは、ソ連を出汁に使っての、体のいい防衛費増額作戦だったのではないでしょうか。

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北海道に大規模な戦車部隊を置く余裕があったのなら、その半分でも、予算を海上保安庁に与えていれば、群がってくる中国漁船を一網打尽に殲滅できたのに・・・と今では思えます。

「ソ連さえ無くなれば、もはや世界で・・・、特にヨーロッパでは、2度と戦争は起こらないだろう・・・」と、筆者も含めて、呑気にそう考えた人も大勢いました。ベルリンの壁が崩壊(1989年11月)してソ連が消滅(1991年12月)するまでが余りにも早く、しかも劇的な展開でしたから、そういった幻想にも信憑性が持たれていたのです。

しかし、人々が現実に目覚めるのには、それほど時間はかかりませんでした。1990年代の初め頃、たまたま知り合ったファラン(白人)のお兄ちゃんと、そんな話をしていたところ、「何言ってんだ。今現在、もう戦争してるじゃないか!」と指摘され、恥をかいたことがあります。このお兄ちゃんが言った戦争とは、クロアチア紛争から、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のことで、筆者は、「ユーゴスラビアは、ヨーロッパ・・・」というのは、知識としては、一応持っていましたが、あの手の映像は、長らく中東からしか届きませんでしたから、どうもピンとこなかったようです。

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名古屋グランパスのピクシーら、サッカー界も影響を受けることに・・・

その後も、冷戦当時を上回るペースで戦争は量産され、特に米国政府とアメリカ軍は、やる気満々で、緊張が高まって→外交交渉が決裂し→攻撃開始、と全部リアルタイムで見れてしまう劇場型戦争の時代が始まります。それにプラスして、新たにテロの脅威と対テロ戦争という、今までなかった新たな局面も加わって、最近は、政府軍VS反政府軍VS反政府軍の非主流派VSテロ組織という、わけのわからない状況にもなっており、「ソ連が無くなれば、平和な世界が・・・」どころか、冷戦時代をはるかに凌ぐ複雑な国際情勢で、今や一寸先も読めない状況になってしまいました。

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勝者と敗者。明暗くっきりの様が同時配信で世界に・・・

それに加えて、冷戦当時は、ソ連など社会主義国への対抗意識のためか、資本主義の陣営でも、社会格差の是正や平等を意識した政策が積極的に採られ、実際に機能していましたが、ソ連の崩壊で、それも無くなり(?)、今や格差の拡大は、止まるところを知りません。ある経済学者に言わせると、人類史上、ソ連が頑張っていた数十年間だけは、たまたま例外的に格差が縮小して、極端な貧富の差がなくなっていただけで、ソ連の崩壊で元に戻ったということのようです。ポスト冷戦の時代では、単に軍事面だけでなく、経済面でも、様々な問題が噴出してきてしまいました。

結局のところ、人々が恐れたソ連の長所は、国土が広いということくらいしかなく、特に日本版の世界地図では、真ん中でデーンと広大な地域に色がついていましたから、なんとなく、強そうに見えた・・、ただ、それだけだったと思われます。

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自国民と衛星国の国民を貧乏にし、それ以外の国々で暮らす人たちを豊かにする結果に・・・

ソ連という国は、いつも、ゴロゴロ寝ているだけの大きな熊でした。村人たちが勝手に、「アイツが目を覚ましたら大変だ!」と警戒し、揉め事が起こって大きな音をたてないよう、みんなで譲り合って協力し、、慎ましく、静かに生活していたのが、あの時代です。

かつての左翼陣営は、共産主義、社会主義こそが平和勢力で、戦争を起こすのは資本主義国・・・といったプロパガンダをよく用いていましたが、その是非はともかく、間接的には、ソ連の存在が、世界に平和と安定をもたらしていたと言えるのかもしれません。

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なんか嫌われてるみたいだなあ・・・、寝てるだけなのに・・・

「あの人、意外と役にたっていたんだ・・・」と、いなくなってから再評価される人もいます。ソ連という国は、そんな存在だったんじゃないでしょうか。

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前回、日本は貧しかった・・・と書きましたが、高度経済成長を経て安定期に入り、国民一人当たりのGNPがアメリカと並んで世界一になった後も、しばらくの間は貧乏の余韻が抜けきれずにいました。その原因を作ったのは、長嶋さんと王さんの2人だったと思います(ホントか!?)。

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2人はスポーツ選手の枠を超えて権威の象徴でもあった

筆者の幼年期(1970年前後)のプロ野球は、今とは比べ物にならないほど高い地位にあり、子どもたちは、全員(!)野球帽をかぶっていました。ゴルフは、ジャンボ尾崎が登場するまでは、ほとんどスポーツ扱いされていませんでしたし、サッカーはアマチュアのみで、格闘技であるプロボクシングや大相撲を除けば、国民がスポーツに熱狂するのは、4年に一度のオリンピック以外には、プロ野球しかありませんでした。

ですから、野球界のスーパースターであった王さんと長嶋さんは、単にスポーツ選手の枠に留まらず、日本人の象徴的な存在だったと思います。メジャー・リーグで活躍するイチロー選手の野球人としての実績は、明らかに両名を凌駕していますが、存在感という意味では、かなり劣っているのではないでしょうか。それくらい2人の名声は圧倒的だったと思います。そして、王さんと長嶋さんの年棒が低く抑えられてしまったことが、国民の所得と大いに関連していた・・・と筆者はみています。

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日本人は昔から、お金を「汚いもの」として扱う傾向があり、感謝の気持ちを表すときも、「現金じゃ失礼だから、何か物で持って行こう」とします。サービスしてくれたお礼に、心ばかりのチップを渡そうとすると、「申し訳ありませんが会社の決まりで・・・」と受け取ってはもらえません。散々世話になっておきながら1000円ほどの菓子折りをもっていく方が、よっぽど失礼だと、タイで長く暮らしている筆者には思えるのですが、最近では、その菓子折りですら、受け取り禁止となっているところもあるようです。

心変わりして結婚相手を代えただけで、「金に目がくらんだ」と足蹴にされ、転職すれば、「金に釣られた・・・」と陰口を叩かれました。そして、金に淡白であることが善しとされる日本人の民族性につけ込んで、経営者たちは賃金を低く抑えて、会社運営をやりくりしていたといえるでしょう。

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怒る前に、自分の不甲斐なさを反省すべきだったが、なぜか大ヒットした金色夜叉

長嶋さんや王さんの全盛期は、今にも増して金に頓着してはいけない時代でした。
「スターたるもの、金にがめついようではダメ」という風潮がまだ強く残っており、国民生活が飛躍的に向上していく中で、全男子の憧れだったプロ野球選手の年棒は、それほど高いものではありませんでした。

1961年に、国鉄スワローズ(現ヤクルト)のエースだった金田正一さんが当時の最高年棒1500万円をもらっていた頃は、押しも推されぬ超高給取りでしたが、年々インフレ負けして物価上昇に追いつけず、1974年から長嶋さんの引退でトップに立った王さんの年棒は、狂乱物価に圧倒されて、プロ野球は、お金の面では、若者たちの憧れとは言い得なくなりました。

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<金田、金だ!>と言われ、金に固執した金田投手は在日だった

特に読売は、その傾向が強く、「巨人軍は、紳士たれ」という教えの裏には、「紳士っちゅうもんは、金で、ぐずぐず言っちゃあ、いかんよ、キミ」という経営側の本音が隠されていたのです。主催ゲームは、ほぼ全試合満員御礼で、視聴率は毎日20パーセント以上、9連覇という空前絶後のチーム成績を挙げる中で、毎年、ホームラン王や首位打者、最多勝を輩出していた割には、主力選手のギャラは、他のチームと大して変わらなかったと思います。チーム経営が「丸儲け」で磐石だっただけでなく、ジャイアンツ人気を最大限に活用して、読売新聞は発行部数世界一を誇っていました。

年棒が抑えられていたのは、ON(王と長嶋の略)も例外ではなく、契約更改の席で経営陣が、「長嶋君、来季の年棒は1800万だ。おめでとう」と一方的に通告し、選手も、「ありがとうございます」と一発サインして部屋から出ると、球団社長と笑顔でガッチリ握手・・・というのが毎年の恒例行事でした。

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ゴールデン・ルーキーと呼ばれた長嶋さん

国民的ヒーローのONがこんな調子でしたから、他の選手は、どうすることもできません。他球団の主力選手が球団側の提示額を渋ると、「キミは、ONと同格のつもりか!」と一喝されて、「キミがONと同じ実績を残したとき、我々は喜んでキミの要求額を払おうじゃないか」と、うまく丸め込まれてしまうのです。実績には、成績だけでなく人気も含まれていたようで、巨人軍のスター選手と同じネームバリューというのは事実上不可能でしたから、体のいい、ごまかしでしたが、選手たちは抗うことができませんでした。

ONと同世代に、大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)の平松政次さんという投手がいました。巨人戦には、めっぽう強く、通算201勝のうち51勝を挙げており、得意の「カミソリ・シュート」で、長嶋選手も、きりきり舞いさせられていました(打率.193)。しかし、一方で「ガラスのエース」とも呼ばれ、「肩が痛い」「肘がちょっと・・・」と、たびたび登板を拒否し、ファンやマスコミからは、頼りない大黒柱と思われていました。

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彼の正論は、まったく理解されなかった・・・

ローテーションのシステムは、一応確立されていましたが、当時は先発完投が当たり前で、9回投げきった後、中3日(!)で登板するのは、かなり体に負担がかかったと思われます。平松選手の訴えは当然だったのですが、滅私奉公が当然の世の中では、それがやり玉に挙がりました。

重要な試合こそ、万全な状態で挑みたい。それがチームのためにもなるし、お金を払って見に来てくれるファンの期待に応えることにもなる」という平松選手の言い分は身勝手な屁理屈とみなされていたのです。金銭的な待遇が悪かっただけでなく、選手を酷使する労働環境も普通でしたが、国民全体が似たり寄ったりの境遇でしたから、彼の正論は通りませんでした。

王選手に話を戻すと、契約更改で特に酷かったのは1977年でした。ハンク・アーロン選手の持つホームランの大リーグ記録755号を超える世界記録756号を放って日本中の話題をさらい、シーズン終了後に福田赳夫総理から新たに創設された国民栄誉賞の第一回受賞者となった年の契約更改で、「王さんの偉業に敬意を表し、大記録にちなんで、7560万円です」という人を喰ったような額で決着してしまいます。

経営規模では巨人軍の数十分の一程度だったプロレスの猪木さんが、モハメッド・アリに向かって、 「勝ったほうが、30億円獲ろうじゃねえか、この野郎ー!」と迫った翌年に、「世界の王」と呼ばれた大選手に読売が支払ったのがこの額です。あれだけのビッグ・ネームで実績も完璧だったにも拘らず、王さんは、結局、一億円の大台に乗ることなく引退しました。

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王さんの背後で見事なジャンプを見せる張本選手。
この身体能力を、なぜ守備に生かせなかったのか・・・?

「お金では代えられないものを頂きました」と王さんは謙虚に語り、CMなどの副収入は年棒を超えていたと思われますが、国民の象徴的な人物が本業で稼ぐ額に相応しかったかどうか、当時の経営陣の方々が、もしも生きていらっしゃるのなら、胸に手を当てて、よーく考えていただきたいものです。

とは言うものの、ギャラを払っていた人たちが選手の給料を搾取して、とんでもない高給取りだったのか、といえば、まったく逆で、「あなたは、本当に社長さんなんですか?」という程度の待遇だったと思われます。1980年代の初頭、日米自動車摩擦が深刻化し、来日した全米自動車会社代表団は、味方であるはずのアメリカのマスコミから、「陳情する側が、陳情される側の10倍のギャラをもらっている」と批判されました。

儲けている日本の社長さん達が2〜3000万円の年収であったのに対し、瀕死の経営状態だったアメリカ側のボスたちは最低でも1億以上もらっていましたから、桁が違っていたのです。この頃は、それが日本式経営の素晴らしさだと内外で評価されましたが、もしも社長さんたちが高額な報酬をもらおうとしたら、株主から、こう言われたんじゃないでしょうか。あなたの努力と仕事っぷりは、王さんより上なんですか?」と。 
  
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私利私欲を断ち切る王イズムが日本を呪縛?

黙々と努力し、結果を出しても驕らず、国民から絶大なる尊敬を勝ち得ていた王さんが与えられた待遇に決して文句を付けなかったことが足かせとなって、大会社の社長さんや、他のジャンルでトップをとっていた人たちの待遇を押し下げることになっていましたが、それによって資金が末端の社員まで行き渡り、日本特有の終身雇用制を堅持する源泉になっていたのでは・・・と筆者は見ています。当時の日本は、いわば、王イズムを信棒する変則的な社会主義国だったのではないでしょうか。

しかし、そんな状況を劇的に変えたのがロッテ(当時)の落合博満選手でした。
「プロなんだから、金に執着するのは当たり前」と公言していた彼は、日本のトップとして初めて、「もっと、ちょうだい」と公の場で言い、実力でそれを勝ち取った人だったかもしれません。通算3度も三冠王を達成した落合さんの年棒は遂に一億円を突破しました。

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夢といわれた1億円プレーヤーが遂に誕生

「金にならない試合には出ない」とまで言い放ち、調整や練習でも、「オレ流」を貫いて、無理な特訓や試合出場の強制などに異議を唱えた落合選手は、野球選手の年棒だけでなく、日本の労働環境の改善に、多大なる功績を残した人物ともいえるでしょう。

ただ、実力のある選手、仕事のできる社員などにとっては、まさに神がかり的に有難かった落合選手の言動でしたが、実力のない選手や労働者まで、その気になってしまい、実績も残していないうちから、「金ちょうだい」という風潮が現れてしまったのも、この頃からだったと思います。ですから、彼には功罪相半ばするするものがあったかもしれません。

大活躍の陰に奥さんアリ。成績も、年棒も、下がると怒られた?

そんな落合選手ですが、もしもONが引退していなかったら、きっと経営者から、こう言われていたでしょう。「キミは、いつから、王さんより偉くなったんだ?」

長い間、金に執着しない日本人の国民性の上に胡坐をかいて、経営者たちが、自主的には決して高額な報酬を与えようとしなかった反動が、80年代に入って、「金がすべて」の風潮を生み出してしまったのかもしれません。

デフレが続き、野球人気が落ちて利益も出ていないのに、選手のギャラはうなぎ上りで10億円プレーヤーも誕生しそうな勢いです。そして、野球に限らず、トップの所得がどんどん上昇するシワ寄せが、非正規雇用者らの待遇へ転化されているのでしょう。強い者には、際限なく力が与えられ、さらに大きな富を得ることを可能にし、弱い者の立場は、どんどん苦しくなっていくのが、最近の潮流といえそうです。

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投げて、打って、160キロ。夢のプレーヤー・大谷翔平選手

今こそ、逆落合現象(?)&王イズムの復活が必要なのかもしれません。
「・・・10億円ですか? たくさんもらっても、納税額が増えるだけですから、お金があるんだっら、親会社の非正規雇用者を1人でも正社員に昇格させてあげてください。僕をここまで育ててくれた野球を通じて、世の中に少しでも恩返ししたいと思います」
そう言える人が、はたして現れるでしょうか?

履き古した靴下にボロ布を詰めて蹴れば、誰にでも楽しめるサッカーに対し、野球は高価な道具を揃えねばならず、ある程度の豊かさと文化水準が求められます。しかし、貧乏だった、かつての日本では、それでも人気スポーツになりました。みな、アメリカの繁栄や野球の華やかさに憧れていたからでしょう。

そして、とんでもなく高価だったローリングス(当時)ではなく、日本のメーカーが競い合って、安価で、高品質な商品を開発していったことが野球の普及・発展につながり、「息子にグローブやバットを買ってやりたい」とお父さんたちが一生懸命働いたからこそ、日本国は経済大国と呼ばれるようになって、技術力も向上していったのでしょう。

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1972年、SSKの取締役マーケティング室長に就任した往年の名投手・村山実さん

報酬をもらう側の人も、払う側の人も、そういった歴史を忘れずに、私利私欲に留まらず、誇り高く社会貢献していただきたいと思っています。

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その昔、日本は貧乏でした。
筆者が幼少の頃(昭和40年代前半)は、「日本は小さくて貧しい国だから、頑張らないといけない」と考える日本人は、まだまだ多かったと思います。戦争で負けたのも、貧しさ敗因と考えられていましたし、外国=欧米、外人=白人で、外国の物は何でも素晴らしく、<舶来>という言葉が生きた単語として使われていました。

そして、今となっては信じられませんが、貧乏が輝いていた時代がありました。
かつての日本と発展途上国や新興国との明確な違いを1点挙げるとすれば、どの国でも、貧しかった時代の映画やドラマの主人公は、とんでもない大金持ちや上流階級の人たちで、彼らの華やかな生活ぶりが憧れを持って描かれています。

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しかし、日本だけは、貧乏人が主役でした。
貧しくとも、真っ直ぐに生きる人々がくり広げる人情の機微に富んだエピソードが人々の涙や笑いを誘い、金ぴかの衣装を着て、豪華な車で登場する人は、100パーセント悪役と決まっていました。昭和の中頃まで日本映画の名作と呼ばれるものは、ほぼ、この公式に当てはまり、お金はないけど、でっかく生きよう、というのが人生の理想像だったと思います。

実社会で功なり名を遂げた人たちも、待遇の整備が遅れていたこともあって、特別に豪勢な暮らしだったわけでもなく、アメリカのTVドラマに出てくる普通の家庭風景の豊かさに、国民は憧れの目を向けていました。

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豪華・・・と思われていた米国の食事風景。
アメリカの中産階級は、日本人の憧れだった

若き日のミスター・ジャイアンツ・長嶋茂雄さんが出演したケロッグのCMは、コーン・フレークという食品自体が未知との遭遇でしたし、見たこともないような、真っ白な上下のトレーング・ウェア(本邦初公開?)でランニングするその姿は、異次元の金持ち空間と思われていたものです。日本の富裕層は、長嶋さん、王さんと総理大臣(佐藤栄作氏)の3人くらいしかいないだろうと小1だった筆者は信じていました。あの時代までの日本人は、貧乏を笑い飛ばし、清く、正しく、美しく生きるところに意義を見出していたと思います

しかし、昭和40年代も半ばに入ると少しずつ状況が変化し、豊かさの実感を味わえる国民も増えてきたのでしょう。貧乏は次第に少数派に転落していきます。テレビでホームドラマが流行り、そこに出てくる人々は、豊かというわけではありませんが貧しくもなく、ごくごく普通の人たちの生活ぶりを淡々と描いていました。一億総中流意識の始まりだったと思います。

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アメリカと比べ、いかにも貧乏臭かった日本のお茶の間

そして、日本経済がさらに大きく成長し、国民生活が豊かになっていくにしたがって、映画や歌、漫画の世界で描かれる貧乏ワールドは、こじんまりとしていきました。そこで登場してきたのが松本零士さんです。

後年、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」などで時代を築く松本さんの出世作は、古アパートの四畳半で暮らす冴えない若者が主人公の「男おいどん(1971年5月〜73年8月)」でした。貧しいながらも、夢や希望に溢れる往年の名作群と違って、主人公の口から、将来に向かっての展望や見通しが語られることはなく、いかに食い物にありつくか、とか、そのための小金を、どう稼ぐか、ということのみに焦点が当てられた作品でした。

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経済成長で生活が楽になったのは、あくまでも大人たちの話で、当時の大学生は、一部の例外を除けば貧しいのが普通でした。非常食料として押入れにサルマタケという得体の知れないキノコを栽培する主人公の暮らしっぷりは、今のワーキンブ・プアと呼ばれる人たちより、さらに悲惨な境遇でしたが、物語全体が明るく、ジメジメしたところは、まったくありませんでした。貧しさを笑い飛ばす逞しさは、まだまだ健在だったようです。

ほぼ同時期に、南こうせつとかくや姫が人気となり、暗い曲調と貧乏を前面に押し出した作風が共感を呼びます。こちらも舞台は四畳半で、日本中の若者が貧乏に染まることになりました。高度成長に逆行するような狭ぜまとした四畳半空間が日本の若者文化の象徴だったのです。そんな影響を受けていたのか、中高生の頃の筆者は、貧乏暮らしに、もの凄く憧れていた時期がありました。大学に入ったら、夢の(?)四畳半で暮らしたいと真面目に考えていたのです。

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貧乏臭い彼らの風貌が詩にリアリティーを与えていた

1973年のオイルショックで原油価格は高騰し、大変なインフレが日本を襲って物価はどんどん上昇しました。田中角栄さんが始めた日本列島改造で土地の値段は庶民の手の届かないところまで上がろうとしていた中、1974年には、貧乏ワールドの決定版ともいうべき「昭和枯れすすき」がリリースされ、翌75年にはオリコン年間ヒットチャートの1位を記録しています。

ところが、1970年代の後半(昭和50年代)になって、評論家の竹村健一さんが生放送なのにパイプを片手に、スパスパ喫煙しながら、「あなたたちの生活は、もう世界一ですよ、セカイイチ!」と言い始め、国民は、すっかりその気になって、その後の「勘違い」が始まりました。一般的な日本人の意識を劇的に変えた、という意味では、竹村さんの影響力は、かなり大きかったと思われます。因みに、このときアシスタントを務めたのが東京都知事の小池百合子さんでした。

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「だいたいやねー」で人気者に

そして、「男おいどん」から10年も経っていなかったというのに、田中康夫さんが「なんとなくクリスタル」を発表し(1980年)注目を集めます。主人公は、ファッション・モデルの女子大生で、高価なブランド品を身にまとう、華やかな生活ぶりが当時の大学生たちの憧れとなりました。それまで裕福な暮らしの見本は、外国にしかありませんでしたから、日本人が初めて豊かさを国内に求めた、画期的な作品だったといえるかもしれません。

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80年代に入ると、ますます勘違いは増幅されて、貧乏を笑い飛ばすのではなく、貧乏を笑いものにする時代が始まります。ツービートの漫才では、「貧乏こじらせて死んじゃった」「生活保護受けて海外旅行に行った」などのネタが大ウケし、貧乏だけでなく、「お年寄り」や「ブス」、「田舎者」も攻撃されました。世の中全体が上昇傾向でしたから、暴言でも大目に見られたのでしょう。1980年〜1990年代の中ごろまでは、日本人が最も調子に乗り、浮ついていたのではないでしょうか。でも金に頼る傾向も、この頃育まれたといえるでしょう。

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同じ頃、都内では、相続税が払えず売却された大きな土地を切り刻んで、欧米諸国から、うさぎ小屋とバカにされた、規格外に小さな家が建てられるようになりました。見せかけの賃金が上がり、うわべだけの資産価値が見る見る増大していく一方で、内容が、どんどん貧弱になっていく現実に気付く人は誰もいませんでした。

四畳半より狭い、押入れを無理やりロフトと呼ばせて寝床にしたようなワンルーム・マンションが至る所に造れて、しかも家賃は10万円(!)近くしたのです。当時ブームだった、ウォーターフロントで暮らす若いサラリーマンが主人公のトレンディー・ドラマも大流行していました。

そういった世相が、<金はなくても、でっかく生きる>という人生観をも、吹き飛ばしてしまったように思われます。

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彼らの給料では家賃は払えないだろう、と言われた「男女7人夏物語」(1986年)

しかし、国民全体が浮ついていた時代は、そんなに長くは続きませんでした。あっという間にバブルは崩壊(1990〜1992年)し、最初の数年こそ、「今年は景気が悪いけど、来年は・・・」と言われていたものの、いつの間にやら、それもなくなり、小泉政権や安倍政権で、一般人がほとんど気付かないようなプチ・バブルはあったものの、格差は拡大する一方で、もはや止めるすべはないように思われます。

そして今、小林多喜二さん名作「蟹工船(昭和4年=1929年)」が静かなブームを呼んでいるといいます。マルクス主義とプロレタリア文学は、切っても切れない関係がありますから、日本共産党が党勢を拡大しつつあるという今の世相と関連しているのでしょう。

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貧困に対する怒りと絶望を強調し、貧乏を、「いけないもの」として捉えている本作には、貧しさを笑い飛ばす、たくましさなど入り込む余地はありません。「蟹工船」の再評価は、明るい貧乏の時代が終わって久しい日本に、80年もの歳月を超えて、暗い貧乏の時代が蘇ったともいえるでしょう。

一方で、「希望は戦争」という論文があります。30代の非正規雇用の労働者だという赤木智弘さんが書いたもので、閉塞状況を打破し、流動性を生み出す可能性として戦争に賭けてみたいという著者の主張は、一時期、ちょっとした論争にもなりました。タイトルからは想像もできないほど、内容は切実で、なんとなく読み終わったときの感想が、蟹工船を読んで労働者たちに感情移入したときの感覚と似通っているような気もします。

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赤木さんは現代の小林多喜二か・・・?

締め付けられるような絶望感に満ちた渾身の叫びは、充分すぎるほど心に響いてきましたが、では、いったい、どこと戦争すればいいんでしょうか。国民全員貧乏の北朝鮮が相手なら、勝っても、負けても、割が合いませんし、韓国や中国の状況は、日本以上に深刻で、とても貧困のはけ口としての戦争など、受けてくれる余裕などないでしょう。

いえるのは、一部の恵まれた人たちや、そこそこの暮らしをしている人たちの対極にいるグループは、世界各国に存在し、その勢力は年々大きくなっているということです。もしかしたら、分厚い雨雲のような貧乏雲に地球全体が覆われようとしているのかもしれません。

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グローバル化がどんどん進み、国と国との戦争は、もはや存在が許されず、世界各国の貧困層が、お互いに手を結んで、既成の権威や富裕層のみならず、普通の暮らしをしている人たちとも対立する構造が生まれつつあるのかもしれません。ISなどは、その表れなのでしょう。

貧乏最終決戦が近づきつつあるように感じる今日、こんな時代だからこそ、かつて日本が誇った貧乏文化の美学を世界に向かって発信すべきではないでしょうか。

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貧乏でも、美しく生きる時代は蘇るか・・・!?

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先の大戦を語るとき、「なぜ勝てなかったのか?」と問われることはなく、「どうして負けたのか」という反省もないまま、「軍部が悪い」「戦争恐い」だけで終わっていては、学習能力が無いに等しいですから、終戦記念日に因んで、「軍部のどこが悪かったのか」「戦争の何が恐いのか」を検証し、北朝鮮の核の脅威を前に、今どうすべきか、を考えてみたいと思います。

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甘い見通しで賭けに出て、明治維新以来こつこつと築いてきたものが台無しに・・・

敗因として、よく言われるのが、生産力や工業力・・・つまり国力の差ということですが、そんなことは最初から分かっていた話で、それが理由だとすると、本当に大日本帝国とその指導者は愚か者ということになります。国力の差を百も承知で宣戦布告したのは、勝算のあるなしよりも、軍や国、個人の面子を優先させたからでしょう。そんなもののために、国の将来や国民の命、財産など、すべてを賭けてしまったのは取り返しのつかない失敗でした。

筆者が考えるに、敗因は以下の2点だと思われます。
・国家戦略のなさ   
そもそも、アメリカと雌雄を決するつもりなら、最初から、そのつもりで何年もかけて準備せねばなりませんし、そのつもりがないのなら、あるいは、時期尚早と判断するなら、挑発されても自重すべきでした。目の前にある課題に振り回されて、長期的な視点がなかったために、追い詰められての開戦という最悪の選択をしてしまったと思います。

・状況判断の誤り
「第二次大戦の勝者はドイツ」と早々に見切って、勝ち馬に乗ろうとしたが失敗した・・・という事実には、あえて目をつぶるとして、自らの国力と軍事力を、米国の国力と軍事力とに比較して、「勝ためには、どうすればよいか?」を考えれば、いかなる奇襲や電撃作戦を駆使しようとも、全米を制圧し、アメリカを屈服させるのは、「現状では難しい」という結論は簡単に出たと思います。

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真珠湾の奇襲には成功したが、その後どうするか、まったく決まっていなかった・・・

それでも、「戦争をやる」と決断したのなら、負けない戦法に徹するべきでした。
こちらの主力が出て行って、敵の主力を誘き出し、正面衝突・・・というミッドウェーや南太平洋で行われた海戦のような王道的な戦い方ではなく、大和につぎ込むお金と技術があったのなら、逃げ足の速い高速巡洋艦や小型空母、高性能の潜水艦を揃え、敵の守りの手薄な部分を急襲して、強力な敵機動部隊が現れたら一目散に逃げる、ヒット・エンド・ランが有効だったと思います。

逃げて、逃げて、逃げまくって、決着を先に延ばし、「奴らは、腰抜けか?」と米軍が思い始めて油断したら、突然ぬーっと現れます。観光船や漁船、ヨット等も含む、すべての船舶、寂れた港、沿岸の民家や住民など、相手が弱いとみれば、嵩にかかって攻撃し、強いと見るや、風のように去っていく・・・。小野田さんがジャングルの中で行っていた遊撃戦を、国家規模で大規模に行う・・・といえば聞こえはいいですが、要するに海賊行為を国ぐるみで繰り返すということです。

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「おっ、いい女がいるぞ!」「よし、あの島を攻撃しよう!」
そういうノリなら負けなかった?

敵の厭戦気分を煽って有利な条件で講和に持ち込むには、5年でも、10年でも、じっくりと時間をかけて、嫌がらせすべきでした。サッカーでも、南米のスター選手が日本選手を評して、「彼らは技術はあるが、マリーシア(狡さ)がない」という話をしばしばしていますが、戦争にも共通すると思います。

外交でも、日米交渉の山場でハル・ノート(形式上は単なる覚書き)を突きつけられ、「これは最後通牒だろう」と忖度してしまいましたが、交渉に当たった外交官に、失敗の責任をとる形で切腹してもらい(?)、最初から、やり直し・・・という手も使えたと思います。日本人外交官が次々に交渉の場で「ハラキリ」という事態になれば、全米で大騒ぎになり、「そこまでして平和を望む彼らと、どうして戦争せねばならないんだ?」という世論も起こって、交渉妥結で勘弁してくれたかもしれません。

戦争になれば、軍も、民間も、大勢死ぬわけですから、外務省が命を賭けるのは当然でしょう。将来ある若者を戦地に送って死なすくらいなら、将来のない(?)じいさんたちが率先して死ぬべきでした。

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「あわ、あわ、あわ・・・・、失敗したので、腹を切りますー」
こういう人だったら、日米交渉は妥結した?

そもそも、交渉ごとなんですから、いくらでも返事の仕様はあったでしょう。「中国から撤退せよ」と言われたら、「分かりました」と応えておいて、とりあえず別の都市に移動し、「何を、もたもたしている!」とクレームが付いたら、「費用が足りないから、お金貸してちょうだい」と逆にせびるくらいの厚かましさが必要だったと思います(中国人やインド人なら、そうしたはず)。いずれにしても、大日本帝国は、軍も、外交も、正々堂々といき過ぎたのではないでしょうか。

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「お金がないから、うごけませーン!」。外務大臣をインド人にすべきだった(?)

一方、戦後の日本国では、「日本人は戦争の愚かしさと、平和の尊さを学んだと美しくまとめようとするのが一般的ですが、こちらも、いいカッコし過ぎで、戦争を「いけないもの」「やってはならないもの」と真顔で言っている国は、日本以外にあるのか甚だ疑問です。しかし、こういうことなら言えるかもしれません。「勝算のない戦いに挑んではならない」、そして、「決して戦争に負けてはならない」と。

そういった意味では、北朝鮮は、今のところ、大日本帝国の犯した轍は踏んでいないと思います。アジアの開放やアメリカとの決戦といった途方もない夢を持つこともなく、国家戦略を「金王朝の生き残り」一本に絞って、そのために必要な核兵器距離弾道ミサイルの開発を粛々と進めています。

状況分析も、これまでは的確でした戦争になれば勝利の可能性はゼロですが、核さえ保有していれば、アメリカは絶対に手出しできないと判断し、時間稼ぎに専念しています。トランプさんというジョーカーが現れ、新たな判断が求められつつありますが、今のところは、ミスを犯していないのではないでしょうか。
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北朝鮮で、ただ一人のデブといわれる金正恩氏。
脂肪の塊りは国民の夢を象徴する?

ネットでは、「北朝鮮オワタ」「金正恩の首トレタ・・・」等、アメリカの先制攻撃ですべて片がつくと、多くの人が考えているようですが、本当に、そんなにうまくいくのでしょうか?

もちろん、万事うまく事が運ぶ可能性もあるとは思いますが、想定外の事態は、いつの場合にも、あるものです。何かしらの不都合が起こり得ると考えておいた方が無難でしょう。特に、一国の指導者なら、なおさらそうだと思います。

北朝鮮の核兵器については、まだ開発途中でミサイルに積載する技術には至っておらず、そのミサイルも、大気圏に再突入するには速度が足りず、命中精度も低いだろう、と過小評価されています。しかし、みなさん肝心なことを忘れているんじゃないでしょうか。それらは、北朝鮮が独自に開発せねばならない新技術ではなく、当の昔に実用化されているもので(1950年代の技術といわれています)、北朝鮮と国境を接する中国やロシアにも無数にあるということです。

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「うーん・・・、なかなかの完成度だ・・・」
計画の進捗状況を現場で確認する故金正日氏

この両国には、あまり恵まれているとはいえない技術者もいるでしょうし、あるいは、軍事関係者が横流しする可能性も否定できません。両国とも、金で何とでもなる(失礼)というイメージがある上に、北朝鮮は秋葉原で部品を調達しているという情報もあり、中国製の粗悪品ならともかく、日本製部品が使用されているなら、それなりの信頼性があると考えてもいいでしょう。

一定水準以上の性能を持つミサイルと核兵器を、北朝鮮は既に所有しているという見方も、あるいは、まだ実験段階で完成には至っていない、という見方も両方採れますが、こればかりは、戦争が始まってみないことには分からないということです。

それを踏まえた上で、防衛省や安倍さんは、国家戦略をたてているのでしょうか?
「アメリカ情報筋の話では・・・」とか(そもそもアメリカ情報筋って、いったい何だ?)、「同盟国として誠実に・・・」といった、おめでたい対応をしていると、大日本帝国と同じ失敗を繰り返すことになります。場合によっては、一人負けすることになるでしょう。

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「うーん・・・、こちらも、なかなかの仕上がりだ・・・」
表だけで判断せず、裏も、ちゃんと調べる用心深い故金正日氏。

アメリカは、金正恩氏の命を狙っています。彼にとっては、殺るか、殺られるか、まさに命がけの戦いです。ならば当然、核を使うつもりなんでしょう。それも、最も効果的な使い方・・・、つまり先制攻撃するであろう米軍が攻撃の手を緩めざるを得ないタイミングと場所を選んでくるのではないでしょうか。

戦争初期の段階で、北朝鮮が米本土を攻撃するようなことは(たとえ可能だとしても)ないと思います。それをやってしまえば、アメリカは北朝鮮の息の根を止めるまで、絶対に戦いを止めようとはしないはずで、そうなれば、本来の目的だった「生き残り」が不可能となってしまうからです。

ソウルを砲撃するというのはどうでしょう? 同胞を大勢殺しても、韓国がアメリカから離反する可能性はなく、むしろ相手の憎悪を煽るだけかもしれません。なら、やはり矛先は日本じゃないでしょうか。先制攻撃は勿論のこと、「反撃」することすら憲法で許されていない日本に、とりあえず一発かましてみて、アメリカの本気度を測ろうとするのではないでしょうか。

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金正恩氏の元カノ?こういうのが好きなら日本に任せろ!
いつでも相談に乗ろうじゃないか。

そして、その場合、アメリカがとり得る選択肢は2つあります。
・自分たちも核攻撃を受ける危険を冒して、戦争を継続するか
・日本には泣いてもらって、とっとと休戦するか
筆者が米国政府の立場なら、後者を選ぶと思います。

あるいは東京と同時に、ソウルが長距離砲で火の海になり、釜山にも核攻撃が加えられるようなシナリオも考えられますが、いずれの場合にも、アメリカには、無傷のままで、「やっぱり、止めた!」という選択が残されているわけです。穿った見方をすれば、日本や韓国を、北朝鮮のミサイルや核兵器の性能を探るための「炭鉱のカナリヤ」として使おうとしているのではないでしょうか。北朝鮮の核戦力が見かけ倒しなら、空爆で一気に叩き(地上戦はやらない)、予想以上に技術が進んでいたなら、矛を収め、話し合いに戻る・・・。

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「こんなはずじゃ・・・」
日本だけが貧乏くじを引く可能性も・・・

第一次大戦時、イギリスは、「我々が勝利すれば、オスマン帝国の支配地(中東)にアラブの独立国家を認めますよ」とアラブ人と約束し、その同じ地域を「共同支配しましょう」とフランスとロシアにもちかけ、ユダヤ人から金を引き出すために、「イスラエル建国を認めます」と三枚舌外交をやっていました。あれから百年たって、米英は変わったのかもしれませんが、その間、彼らは、一度も戦争に負けていないのです。あまり変わってない、と見ておいた方が無難じゃないでしょうか。

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アラビアのロレンスも、まんまと騙された・・・

ズルい相手から卑怯者と呼ばれたり、嘘つきから、「真実を捻じ曲げようとしている」と因縁をつけられたり、戦争に負けるというのは、本当に恐ろしいことだと思います。真実も、正義も、粉々に砕け散って、70年以上の歳月が流れても、ストーカーのような隣国から延々と嫌がらせされてしまうのです。ですから戦争を始める以上、何があっても絶対に負けてはなりませんし、負ける、あるいは取り返しのつかないほどの甚大な被害が出る可能性のある戦いは極力回避すべきでしょう。

アメリカがどうしても「やる」というのであれば、ちょうどうまい具合に(?)北朝鮮が「グアム沖に向かってミサイルを撃ちこむ」と、わざわざ場所まで指定しているのですから、自慢の迎撃システムで撃ち落すところを見せてほしいものです。本当に信頼できる兵器なのか自分の目で確かめた上で具体的な方針を打ち出しても遅くなでしょう。

先の大戦の教訓を生かすなら、どう転んでもいいように、様々な可能性を想定して、二股三股かけておくのは当然ですし、勝利の確信もなく、安全の保証もないのに、正々堂々と振る舞って、一枚のカードにすべてを賭ける愚は繰り返してはならないと思います。

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パック3は、本当に機能するのか?
「大丈夫、信じて・・・」と女に言われ、身包み剥がれる人が当地プーケットでは後を絶たない

日本国憲法の前文には、こうあります。
・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した。

しかし、アメリカにはアメリカの、北朝鮮には北朝鮮の、そして、中国にも、韓国にも、ロシアにも、その他の国々にも、当然、それぞれ思惑があるわけで、「平和」や「愛」という美辞麗句の裏には、必ず各国の醜いエゴが隠されているはずです。

これまでは、それを、いかにうまく覆い隠せるかが政治家としての力量ということにになっていましたが、トランプさんの当選や英国のEU離脱に関する国民投票の結果を見ても、各国が、「公正」や「信義」といった聞き触りのいい建前をかなぐり捨てて、露骨に本音を現す時代を迎えているといえそうです。

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一番のワルが生き残る?性格も、育ちも良さそうな安倍さんは、真っ先に脱落か・・・

誰が一番ズルく、賢かったか・・・。
それが試されているのかもしれません。

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トランプ大統領は、やってしまうでしょう。
既に、腹は決まっていると思います。中国やロシアが開戦後にガタガタ言ってこないように、ギリギリまで平和的な解決を目指しているような姿を世界に見せて、アリバイを作っているのだと思います。
彼は、間違いなくやります

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口に出したことは必ず実行してきたトランプ氏

現時点で、はっきりしていることは、以下の5点です。
1.北朝鮮は、約束を守らない。
これまで北朝鮮の核開発に関しては、
1994年10月 米朝枠組み合意(クリントン大統領)
2002年1月  悪の枢軸発言(息子ブッシュ大統領)
2007年2月  6者協議合意(同上)
2006年10月&2009年5月 北朝鮮が核実験を実施(同上&オバマ大統領)

といった一連の流れがあり、アメリカにしたら、譲歩し続けた結果が今の状況を生んでいるといえます。特にブッシュさんは、北朝鮮が核実験を行っているのに6者協議をまとめ、その挙句に騙されていますから、かなりの善人(?)なのでしょう。朝鮮半島で何度も欺かれているのは日本人だけかと思いましたが、アメリカにも同類がいて安心しました。中途半端な案で妥協することは、北朝鮮の時間稼ぎに協力するだけ、というのがこれまでの学習で分かったことだと思います。

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どんなときでも「笑い」を提供するのを忘れなかったブッシュ氏。

2.北朝鮮は、内部崩壊しない。
中国ですら、天安門事件(1989年)で体制転覆が起こりそうになった中で、北朝鮮だけは、「極貧地獄」にはまりながらも、なんとか金王朝を維持しています。国連決議で経済制裁を受けていますが、もともと歴史的に貧乏だったので(?)、苦にならないようです。

3.北朝鮮は、核開発を放棄しない。
彼らは、生き残りのためには、核兵器の保有と核積載能力のある長距離ミサイルの開発が必要である、との確固たる信念の基に国家戦略を粛々と進めています。善悪はともかく、日本の外務省も、彼らの爪の垢でも飲ませてもらえば、中韓に因縁つけられたりしなくなると思います。

4.北朝鮮は、いざとなったら、やってしまう国である。
過去にも、ラングーン爆破テロ事件(1983年)や大韓航空機爆破事件(1987年)など、残忍さもさることながら、それをやることで、むしろ自身が窮地に追い込まれてしまうような不可思議な犯行を繰り返してきた北朝鮮は、「あり得ないことを、やってしまう国」というのが世界共通の認識になっています。攻撃手段を手に入れれば、単に脅しだけでなく、<実際に使う>と見るのが妥当ではないでしょうか。
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日本人「蜂谷真由美」になりすました金賢姫工作員。
美人だったので韓国中からラブレターが殺到したという・・・。

そして、次が最も重要な要素になりますが、
5、トランプ大統領の政策は、常にアメリカ・ファーストである。
アメリカが先制攻撃すれば、北朝鮮が反撃し、そうなれば、金正恩氏が言うところの、「ソウルや東京が火の海となろう」という警告が現実のものとなってしまう・・・ということで、これまで実行されずにきました。しかし、今度ばかりは、そうならないと思います。なぜなら・・・・、トランプさんは、常に米国とアメリカ人の利益を優先して考えているからです。

「同盟国に甚大な被害が出たら、どうするんだ!」「お前らは、自分さえ良ければ、それでいいのか!?」「鬼!」「悪魔!」と韓国人から烈火のごとく罵られようとも、「残念ですが、我々は自国民の安全を守らねばなりません。そうすることが私の使命であり、公約でもあります。いつかまた、どこかでお会いしたいものですね。お元気で・・・Good luck!(と言いながら、ウインクするトランプ氏)」ということになるんじゃないでしょうか。

最近、トランプさんが語ったといわれる内容が、すべてを物語っていると思います。
「戦争が起きるなら、向こう(朝鮮半島、あるいは日本も含めた極東地域)でやる。大勢が死ぬが、アメリカではなく、向こう側で死ぬ」

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戦争回避の可能性も、これくいはある(?)

このまま、ずるずると開戦を先延ばしして時期を逸すれば、いずれ北朝鮮は、ミサイルや核弾頭の性能を上げて、核搭載能力を備えたICBMを保有するのは時間の問題となります。そのときになって、したくもない譲歩を迫られるくらいなら、今のうちに心配の種は摘んでおこう、と彼なら考えるのではないでしょうか。

最悪の事態(米国が核攻撃されて、衆十万、数百万のアメリカ人が死亡する)を考えれば、大勢死ぬとしても、軍人を除けば、被害に遭うのは朝鮮人と日本人、場合によっては中国人ですから、アメリカ・ファーストの考え方と正に合致しています。

彼らにとって不安視する材料があるとすれば、開戦した場合、中国が介入してくるのでは、という一点のみでしょう。一応、戦争回避のために手順を踏んでいるフリだけはして、中国に、北朝鮮に対する圧力をかけさせて、「戦争したくはなかったんだけど、あなたたち(中国)が説得に失敗しちゃったから、やっちゃったのよ」と、責任を中国に押し付けて、彼らの行動を縛ろうとしているのだと思います。なかなか巧妙な作戦です。

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「北朝鮮は、あんたとオレとで半分こだ。これからも、いい取引きをしようじゃないか!」
トランプさんの横に立つと、なんとなく習近平氏が「いい人」みたいに見えるから不思議です

アメリカから遠く離れた地域で戦争になり、誠に遺憾なことではあるが米軍と米兵に多少の被害はでる。しかし、それは、「あなたがたの将来の安全と自由、そして何よりも財産を守るためのものなんですよ・・・」という分かりやすい説明を、トランプさんは支持者にするつもりではないでしょうか。

そうなった場合、日本は、どうなるんでしょうか?
北朝鮮は、先制攻撃を受けた場合のオプションを既にいくつか用意しているはずで、通信網が処断された場合も含めて、瞬時に反撃に移れるよう体制を整えていると思います。そして、いずれの場合にも、戦術的な要素は、ほとんど考慮に入れず、世界に対して、いかに自軍の攻撃がアメリカと、その同盟国に大きな被害を与えたかを宣伝することのみに目的を絞って遂行されるのではないでしょうか。

日本は、当然攻撃目標に入っていると思います。ミサイルの標的は東京になるでしょう。岩国や普天間など米軍基地の所在地も危ない、という説もありますが、もともと北朝鮮は、勝敗を度外視していますから、数に限りのある貴重な長距離ミサイルを、そんな田舎町(失礼)に向かって無駄撃ちすることはないと思います。むしろ密かに潜入した特殊部隊が日本国内の協力者とテロ攻撃を繰り返し、民間人や在日米軍の家族らを血祭りにあげる作戦等の方が費用対効果(?)が大きいと考えられます。彼らは、「その道」では、世界屈指のエキスパートですから・・・。

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「北町ロケット」。帝国重工北米支店と競う、北町製作所の金社長と社員たち?

そして、それを防ぐためのテロ防止法案だった(?)のではないでしょうか。でなければ、大騒ぎする中で、五輪まで3年もあるのに、あんなに急いで審議するのも変ですし、反対派も共謀罪が成立してしまうと、なにかとやり難くなりますから、あそこまで徹底的に抵抗したのでは・・・という穿った見方も採れるかもしれません。いずれにしても、なんらかの情報が安倍さんの耳に入っていたからこその法案可決であり、在韓日本国大使の帰任だったと考えられるのではないでしょうか。

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政府も、反対する側も、ホンネは伏せて論争していた(?)

開戦が決定した場合、トランプさんから安倍総理に対する通知は、公式には攻撃開始の30分前で、その前後、おそらく5分ほど後に韓国政府にも告げらることになるでしょう。しかし、恐らく水面下では、それとなく日本に情報を流し、戦争開始後の政府や世論の反応を探ろうとすると思われます。

「もしかしたら、そっち(日本)にも、ミサイルが飛んでいくかもしれないけど、我々が撃ち落すから心配しないでね」といいつつ、撃ち洩らす可能性があることは伏せたまま、「我々の利益は共通しているんだから、いろいろな意味で我慢してね」と小ぎれいな表現でごまかそうとしてくるに違いありません。そのとき、安倍さんがどう応じるのか・・・。

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「心配するな。ミサイル迎撃システムを、今なら特別価格で提供できる」

「我々は、自由主義陣営の一員として、不沈空母となって、断固戦い抜く!」といった前時代的な、お人よし発言に終始するのか、それとも、
「トランプさん、そうは言っても、これじゃあ、あなた一人が丸儲けじゃないですか。我々にも、何か色を付けてもらわないことには、私の立場はありませんよ」とネチネチねじ込んで、有利な条件を引き出せるのか?

今の日本国に、そんな権謀術数に長けた政治家がいるとも思えませんが、日本列島は、当の昔にミサイルの射程権に入っているわけですから、今さら慌てても仕方ないと思います。じっくり構えて、こちらだけバカを見ないで済むような条件をトランプさんに突きつけるべきでしょう。

トランプ政権の陣容は、とりまきを、ほとんど軍人が固めているようで(文民はクビになったり、辞退)、「戦争も辞せず」で押して、押して、押しまくり、相手が降りれば、それもOK、降りてこなければ、淡々と開戦を決意するでしょう。金正恩氏も、降りれば即、体制崩壊ですから絶対に引けません。開戦となっても、勝利の見込みはありませんが、米軍がもたついて、周辺国の結束が乱れれば、生き残りの可能性は、僅かですが残されていますから、それに賭けよう、ということではないでしょうか。

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お坊ちゃま、今日は、白の研究衣が実に鮮やかでございます」
「ちょっとアカデミックな雰囲気を出そうと思ったんだ・・・」。ボンと爺やの名コンビ。

ここにきて、朗報が伝わりました。
安倍改造内閣の新閣僚として、河野太郎氏が外務大臣に起用されたということです。河野さんは、河野談話を発表した、あの河野洋平氏の息子さんで、よりにもよって、「なんで、外務大臣なの?」という気はしますが、さっそく中韓は好感を示しているようです。彼らも、本当に、お人よしですね。

これは、高等戦術でしょう。
日本外交史の汚点である河野談話を、いつまで経っても本人が否定せず、とは言っても、大先輩のやったことにイチャモンをつけるのは、礼儀を重んじる日本社会ではなかなかできませんから、息子さんを起用して、代わりに、「否定してもらおう」ということではないでしょうか。

そして、あるときは、我々は、あの河野談話で有名な河野さんの息子を外相に起用してるですから、そんな意図はありませんよ」と平和外交を強調し、また、あるときは、「彼は、お父さんとは意見が違うんですから・・・」と強硬路線に切り替える・・・。局面ごとに使い分けして、中韓を巧くかわしていこうということではないでしょうか。

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いざというときに安倍さんは、「決断」できるのか!?
シビリアン・コントロールが日本の命取りになる恐れも・・・

安倍さんを見直しました。なかなかの策士が参謀役でついているのかもしれません。これなら、トランプさんにも、言い返せるんじゃないでしょうか。
さあ、やってくれ、安倍さん!

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