アンダマンナイト

南の島から言わせてもらおう
帰国の際、機内で、映画「関ケ原」を観賞しました。

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全編にわたって、テンポが素晴らしく、刻々と変化する状況・戦況を各陣営ごとに場面を移しながら、どんどんストーリーを推し進めいくスタイルは、故・深作欣二監督を彷彿とさせます。特に、合戦が始まり、慌ただしく指示を出す気力漲る三成と、小早川の裏切りで敗北が確定的となり、呆然と一人陣地までの坂道を力なく駆け上る三成を描いたシーンは、とても印象的でした。

司馬遼太郎さん原作の「関ヶ原」は、1981年のお正月に加藤剛さん主演でテレビドラマされています。TBSの創立30周年記念作品で、徳川家康に森繁久彌さん、島左近に三船敏郎さんと、テレビ作品とは思えない豪華キャストによる3夜連続、6時間半の大作でした。

劇中、最高の名場面は、石田三成(加藤剛さん)が親友である大谷吉継(高橋幸治さん)に決起を打ち明ける場面です。

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「矢は弦を放れたのだ。形部、わしと共に起ってくれ」
「自滅するぞ・・・(長い沈黙の後)、さらばじゃ、三成」
落胆する三成を残し、一旦は帰路についた吉継だが、
「昔、茶会があった。わしの飲んだ茶碗は誰もが嫌うた。飲む真似をして口をつけぬのが、わしにも分かった。病気だから、致し方ない。だが、三成だけは違うた」
吉継の飲み残した茶を、躊躇うことなく、すべて飲み干した三成の姿を思い出し、
「引き返す・・・、引き返すのだー」
再び三成と向き合った吉継は、
「三成、わしも、お主も、目がもう見えぬ。目が見えぬ同士の好みじゃ、この命、くれてやる。受けとれー」
両雄は、固く手と手を握り合い、決戦に挑むのだった・・・。

当時、筆者は弱冠19歳。
二人の熱い友情と心意気に胸を熱くした一方で、徳川のずるさ、それにも増して、次々と寝返る諸将たちに憤慨し、「こやつら、三成に代わって、わしが全員、たたっ斬ってやる・・・」と、時代劇モードで憤ったものでした。

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史実かどうかは、はっきりしないが、史実ということにしておくのが昭和の美徳?

今回の作品も、石田三成は、義を貫く純粋な武将として描かれています。タヌキ親父のイメージが定着している徳川家康と対比させるためにも、そうする必要があったのはわかりますが、実際のところは、
・他の戦国武将がそうだったように、伝えられるほどには、三成も、儀を重んじていたわけではなく、
・家康も、一般的に思われているほどには、狡かったわけではない
ということだったんじゃないでしょうか。

1981年作品から37年が経過して、筆者は既に50代・・・、結婚し、子供ができて、こんな私にも、小さな城と部下が何人かできました。そして、関ヶ原の戦いで各武将が見せた判断に対しても、ずいぶん寛容になったと思います。

自分の命のみならず、家族や部下たちの生命や財産、将来など、すべてを賭けて出陣する以上、絶対に負けるわけにはいきません。過去の関ヶ原関連の作品では、決着がついた後、西軍の武将たちが捉えられ、処刑される場面は描かれていましたが、佐和山城に残された三成の家族や家臣たちがどのような最期を迎えることになったのかまでは描かれることはありませんでした。三成以外の西軍の諸将たちも同様で、男たちの夢の跡には、言うに語れぬ凄惨な場面が山のようにあったことでしょう。

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佐和山城に残された三成の家族と家臣は皆殺しに・・・

豊臣政権の下、全国各地の武将たちが一堂に会する機会も多々あった時代です。戦国時代には、井の中の蛙、大海を知らずで、分不相応の野心を抱く者も大勢いましたが、関ヶ原の頃には、各自、みな自分の立ち位置が見えていたことでしょう。余程の愚か者でない限り、自分が天下に号令を下す器かどうか、よく分かっていたと思います。

勝って覇権を握りたいといった大きな野望があるのならともかく、新政権に、どうやって食い込むか・・・といった程度なら、どちらが勝っても生き残れるよう、二股かけておくのは当然のことで、二枚舌、三枚舌を非難しているようでは、とても武将は務まりません。ありとあらゆる知恵を駆使して情報を集め、なんとしてでも、生き残らねばないのです。

関が原の戦いで各陣営が見せた動きや決断は、現在にも共通する教訓が多々あったと思います。武将たちの心情や合戦後にどう扱われたのかを考察すれば、組織や社内での立場が微妙になったときや、どう振る舞えばよいか判断に苦しんだときの参考になるはずです。まずは、5大老から見ていきましょう。<注> ( )内は、関ヶ原の戦い時の年齢

徳川家康(東軍 57)
家康は、軍事を、政治や外交を有利に運ぶための道具として考えていたのではないでしょうか。秀吉との抗争(小牧・長久手の戦い)でも、兵力差(豊臣10万VS徳川3万)を冷静に見極めて、決して深入りしませんでした。大怪我しない範囲内で軍事力を動員しつつ、力を蓄えて、来るべき決戦に備えています。幼少期から、戦国武将としては恵まれず、ずっと日陰を歩んできましたから、人間の裏表を知り尽くしており、きっと、他の諸将たちが、「子ども」に見えていたと思われます。

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史上初? 滝田栄さん演じるズルくない家康(1983年)

前田利家(61)
関が原の前年に他界。この人が生きていたら、豊臣家は安泰だった?後継の利長は、あっさりと徳川に恭順。常に強い者に取り入って、勢力を拡大・確保するのが、前田氏の家風なのでしょうか。

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やはり、滝田さん演じる前田利家(1981年 おんな太閤記)
NHKの仕事なら、何でも受けるのが前田氏的?

毛利輝元(西軍→中立 47)
一般的には、小早川秀秋の裏切りが関が原の勝負を決したと言われていますが、彼の軍勢15000人がたとえ西軍に味方したとしても、東軍には徳川勢30000人が予備兵力として温存されていますから、まだまだ勝負はわかりません。やはり、東軍勝利の決定的な要因は、徳川勢の背後に陣取った毛利勢が動かなかったことにありました。47歳と家康より一回り若い輝元は、「次の次」を狙っていたのでしょうか。ただ、そうだとしても、関ヶ原で家康を潰して日本最大勢力の地位を確保すべきか、数年後に、さらに強大となった徳川と決戦するのか、どちらがより有利なのかは考えるまでもなく、結局は覚悟を決められず、時勢に流されていただけだったのかもしれません。

宇喜多秀家(西軍 28)
西軍の中心で奮闘するも、小早川軍の裏切りで、あえなく壊滅。
家康とは、親子どころか、じいちゃんと孫ほどの年の差があり、12歳上の三成に、兄のような感情を抱いていたのかもしれません。山中で落ち武者刈りに発見されるも、潔い態度に指揮官・矢野五右衛門が感服し、自宅に40日間も匿った上で、大坂への脱出に協力しました。前田氏や島津氏の懇願もあって助命され、八丈島へ流罪となるも、現在まで彼の血筋は残っています。真っ直ぐに生きていれば、最悪の事態だけは避けられるということでしょうか。家康も、人格者の彼は殺せなかった?

上杉景勝(西軍 44)
関ヶ原騒動の発端を作ったのが上杉家です。
三成とは、同年代で、謙信以来の伝統を誇る上杉家にとっては、徳川、そして豊臣も、格下扱いしていたでしょうから、きっと天下を狙っていたのでしょう。三成惨敗の知らせを聞いて、恭順路線に変更。120万→30万石に大減封されるも、変わり身の速さで、生き残りに成功。

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やけにアクの強い遠藤憲一さんの上杉景勝(2016年 真田丸)

続いて、5奉行です。
会社でいえば、5奉行が役員で、5大老は顧問といった役割だったのが家康によって骨抜きに。

浅野長政(53)
家康暗殺の嫌疑をかけられ、関が原の前年に、家督を嫡男・幸長(東軍)に譲って隠居した。
前田氏もそうですが、家を一代で大きくした先代が引退し、後を継いだ息子たちは、家臣も、身内も、本人も(?)、頼りないと思っているのか、冒険はしたくないようです。末裔に、赤穂事件で有名な浅野内匠頭長矩がいます。子や孫のためにと頑張っている全国の父ちゃんたちは、子孫がバカだと、お家は断絶すると悟らねばなりません。無駄なことは止めて、今を楽しく生きろということでしょうか?

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ご先祖様が苦渋の決断で残してくれた領地を逆ギレ一発でパーに・・・

前田玄以(西軍→中立 61)
増田長盛(西軍→中立 55)
両者とも、西軍と見せかけて、実は家康に内通していた。長盛は、戦後に改易となり、大阪夏の陣の後、自害を命ぜられました。豊臣滅亡の元凶ともいわれています。
一方で、玄以の領地は安堵されましたから、この差は何が原因なのでしょうか?処世術を学びたいなら、玄以を研究すべし。

長束正家(西軍 39?)
5奉行では、最も格下。合戦終了後、関ヶ原から脱出し、水口城(滋賀県)への帰還に成功するも、寄せ手の「領地は安堵する」の言葉を信じ、城から出たところを捕縛され、切腹。騙されやすい性格か、常識はずれの善人なのか?

その他の諸将
小早川秀秋(18)
関が原を語る上で、欠くことのできない重要人物。しかし、まだ18歳です。軍隊で例えるなら、士官学校を出たばかりで、実戦を何も知らない新米少尉といったところでしょうか。何事にも、古参の下士官(重臣たち)に頼って、彼らの言いなりになってしまうのは、致し方なしといえるでしょう。こんな小僧を相手に、「義のために・・・」なんて説いていた三成の資質を疑うと同時に、本人より取り巻きの重臣たちを重視した家康は、さすが、というところでしょうか。

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国広富之さん(当時28歳)演じる小早川秀秋(1981年 関ヶ原)
実際は、さらに10歳若かった

島津義弘(西軍 65)
関が原に陣取るも、動かず。そもそも、73万石の大名なのに、1500人しか手勢を連れてこなかったのが怪しかった。戦闘終了間際に群がる敵を真っ二つに割って逃走に成功。戦後は、駆け引きに勝利して領地は安堵された。じいさんの渋とさか。

小西行長(西軍 42)
文治派で、合戦後に捉えられ三成らと共に斬首される。黒田長政とともに、キリシタン大名として有名。映画でも、ドラマでも、行長は、ほとんど無視され、「いなかった」かのような扱いですが、合戦の7年後にイタリアのジェノバで彼の音楽劇が作られたといいいます。加藤清正とは、犬猿の仲。

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忍成修吾さん演じる行長(2016年 真田丸)
なかなか、カッコいいですね

吉川広家(西軍→東軍 39)
毛利氏の家臣。東軍に通じていたのは、目鼻が効いた証拠ですが、根回しが足りず、お家は一大事に(大減封112→29万8千石)。天下も取っていないうちに、徳川幕府化していた(?)毛利氏は、重臣たちが好き勝手に政策を決定。

安国寺恵瓊(西軍 61?)
毛利軍の実力者。そもそも、存在自体がいかがわしい(失礼)。なぜ、坊さんがそこにいるのか?毛利氏は、秀吉の中国攻めで痛い目にあったので、天下を狙う気力も失せていたのでしょうか?合戦後に捕らえられ、斬首。

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怪しげな雰囲気がよく出ていた神山繁さん演じる安国寺恵瓊(1978年 黄金の日々)

直江兼続(西軍 40)
上杉家の重臣。三成と懇意だったことから西軍に加担。伊達、最上の両藩を従え関東侵攻を企てるも、計画は頓挫。兼続に限らず、西軍の諸将たちは、謀をするなら、家康のように、もっと時間をかけて、しっかり準備すべきでした。思慮が浅すぎるのは、大日本帝国と同じ愚を犯しています。
戦後は手の平を返して、徳川に忠誠を誓った。

大谷吉継(西軍 35)
決起を自重するよう三成を諭すも失敗し、一族を挙げて西軍へ。
戦場では、小早川軍15000人の裏切りを予め想定し、わずか600名で迎撃。一旦は押し戻すも、小早川に続いて寝返った脇坂、朽木、小川、赤座の4隊、4200名が突如反転したため、3方から挟撃され壊滅した。彼のような友人がいたことが三成にとって、せめてもの救いだったのでしょうか。

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妖気漂う大場泰正さん演じる大谷吉継。西軍が勝っていれば、この人がMVP?

そして、
石田三成(40)
この戦は、最初から無理筋でした。秀吉の天下統一が完了したのが1590年頃で、それから、10年しか経っていません。全国の武将たちは、軍事力に屈して、仕方なく秀吉の臣下に入っていただけで、彼の死後も、豊臣政権を守ろうという者はいなかったでしょう。家康は形式上、秀吉の家来ということになっていましたが、徳川氏250万石は、秀吉の蔵入地222万石より多く、秀吉が軍事的には家康を屈服させるのに失敗していたことを物語っていました。

対立した武将たちを、ことごとく殺していった信長と違って、秀吉の時代からは、相手陣営を切り崩して、話し合いで恭順させるという手法が取られていましたから、軍事力も然ることながら、政治力に長けた者が覇権を握るという公式は既にできあがっていました。そういう意味でも、三成に勝ち目はなかったでしょう。

本当に豊臣政権を守りたいということなら、時期(家康の死)を待つ・・・というのも、非常に有効な戦略だったと思いますが、三成は、家康より17歳も若いというメリットを何ら活かすことができませんでした。信長亡き後、嫡男信忠の長男三法師を推して、実力者の柴田勝家を倒し、天下を獲った秀吉を見倣って、勝負をかけたのかもしれません。彼には、自分の仕事や信念を理解してくれる者だけに心を許し、性格や意見の異なる者を遠ざける傾向があったのではないでしょうか。

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背後に見える「大一大万大吉」は、現在の民主政治にも共通する素晴らしい文言ですが、戦場では、ちょっと詰め込み過ぎか・・・
「大吉」だけで勝負すれば、勝っていた?

これら様々な葛藤が武将たちを苦しめましたが、関ヶ原からは以下のような教訓が学べるかもしれません。
・自軍と相手の戦力差を冷静に分析し、時にあらず、ということなら自重せよ。
・どちらか一方に加担する場合は、前面に立つな。立てば、負けた場合、酷い目に遭う。
・自軍が負けた場合、迅速に、そして呆れるくらいあっさりと、勝者に恭順せよ。

そして、映画を見て強く感じたのは、情報がない、というのは、なんと大変なことかということです。戦場で、各部隊間の連絡が取れないだけでなく、西軍と大坂城、家康と秀忠別働隊との間も、一旦離れてしまうと、思うように意思の疎通ができません。実際に目の前で起きていること以外、確信が持てるものはなく、事あるごとに伝令を飛ばして、その伝令役が戻ってこないことには、何が起こっているのか、さっぱりわからないのです。

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島左近(右)は息子の信勝を小早川への伝令に向かわせるが・・・

特に西軍は、なんとなく集まって、なんとなく陣を構え、なんとなく戦闘に入って、なんとなく裏切った・・・といった様相で、組織の体をなしていませんでした。何年か前に、「戦国自衛隊・関ヶ原の戦い」(2006年、日本テレビ)が作られましたが、近代兵器がなくとも、通信手段(スマホや携帯)さえあれば、圧倒的に有利で、おそらく結果は逆転していたのではないでしょうか。

「戦国自衛隊」に関して、もう一言加えるなら、最新の武器を使って戦国の武士たちを虐殺するという、とんでもなく卑怯な戦争を描きたいというなら、裏切り者と東軍合わせて3万人以上を相手に600人で奮戦した大谷軍が、いよいよ追い詰められて、「もはや、これまでか・・・」という状況になったとき、「ちょっと、待ったー!」と現れ、群がる敵を機銃掃射で蹴散すような作品を作るべきなんじゃないでしょうか・・・。

最後に、三成の地元、滋賀県彦根市にある佐和山遊園の佐和山城を紹介します。
謎の財団法人・佐和山三成会が運営するこの施設は、地元の事業家、泉巌さんが私財をなげうって1976年に着工し、40年以上かけて少しずつ築城して、未だに未完成だということです。宇宙開発のソ連しかり、本人と一部の人間のみを満足させるために、傍からは理解できぬ情熱を注ぎ込み、自分本位(?)の夢に人生を賭ける人を筆者は無条件で尊敬します。三成に、泉さんほどの粘り強さがあったなら、きっと天下を取っていたでしょう。

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個人で、ここまでやるか!
永遠に未完成で、彼こそ日本のガウディー?

行政からは完全に無視されているようで、観光地図やパンフレットにも、一切載っていないという幻のスポットは、公式サイトなし、電話番号なし、住所もはっきりせず(?)、今どき、そんな施設があるのかと驚きますが、未確認情報では、昨年、「売却・解体後更地渡し」の看板が立ったということです。もしかしたら、大坂夏の陣以来の大ピンチなのかもしれません。

小早川も、毛利も、その他の武将たちも、東西の垣根を超えて、今こそ、近江に集結せよ。
泉の佐和山城を守るのじゃー!

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皆の者、出陣じゃ!

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エイズが初めて日本のメデイアで紹介されたのは、筆者の知る限り、ロサンゼルス在住のジャーナリスト、大森実さんがコメンテーターを務め大宅映子さんが聞き手だったテレビ東京の「星からの国際情報」という番組だったと思います。たしか、1982年上旬ごろの話でした。

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この番組は、アメリカで起こった最新の出来事を在住者に解説させるところがミソで、ネットのない時代では、貴重な情報ソースだったと思います。へんてこな番組が多かった12チャンネルの中では、かなり異質な存在でした。

番組では、ロサンゼルスやニューヨークの同性愛者や麻薬常習者の間で広がりつつあった原因不明の奇病は、発病すると、免疫力が低下し、カポシ肉腫やカリニ肺炎など、通常ではあまり感染しないような病に侵され、命を落とすこと・・・、後天性免疫不全症候群(エイズ)と名付けられたこと等が紹介されました。

そして、こんな解説が加えられていたと思います。
・感染経路は、どうも血液らしい・・・
・血の出るような激しいセックスや麻薬注射の回し打ちで、伝染るらしい・・・

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1981年7月3日、ニューヨーク・タイムスが世界で初めてエイズを報道

エイズは、その後も何度か報道され、最初は推定だった話から、だんだんと、「らしい・・・」という表現が削られ、断定に変わっていきました。その間、わずか数ヶ月だったと思います。癌などと比べ、解明速度は、比べ物にならないほどの速さで、この病気についての、おおよその輪郭が見えてくるのに時間はかかりませんでした。

こういったネタは、週刊誌が大好きですから、しばらくすると、こんな見出しが電車の中吊り広告等で踊ることになりました。
「アメリカ製輸入血液製剤が危ない!?」
この時点では、まだ異性間の感染は確認されておらず、一般的な日本人にとっては、エイズは遠い存在でしたが、この記事には、「確かになあ・・・」と感じさせるものがあったと思います。

感染経路が血液だというのは、既に、はっきりしており、記事が訴えたように、感染者が広がりつつあったアメリカで採血された血液を使って作られる血液製剤の危険性は容易に想像がつきました。ですから、当然、国がいち早く手を打って、対応策を考えているのだろう・・・と若かった筆者は、単純に考えていましたが、本当に「若かった」と思います(当時大学生)。

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免疫細胞を食い散らかすHIVウイルス

そして、感染者が世界的な広がりで見られる中、日本初のエイズ患者が1985年に認定され、案の定、血液製剤から感染したとみられるエイズ患者が現れます。その数は、みるみるうちに増加していきました。

当初は、被害が拡大したことに対して因果関係を否定していた厚生省も、菅直人さんが大臣に就任すると一転して、責任を認め(1996年)、和解が成立しました。初期の段階(1983年頃)で危険性を指摘する意見が省内にもあったことが分かったからです。権力維持のためだけに作られた自社さ政権でしたが、この件は、唯一の功績といってもよかったんじゃないでしょうか。

そして、「産官医の癒着」が問題視される中で、帳尻を合わせるように、「後天性免疫不全症候群の実態把握に関する研究班」の班長を務めた帝京大学の元医学部長・安部英氏、製薬会社ミドリ十字の元代表取締役3名、厚生省の元生物製剤課長らが逮捕、起訴されました。

特に非加熱製剤の使用継続を決定したとされる帝京大学の阿部英元教授に対しては、各紙、各局とも、薬害エイズ事件の象徴的な存在として、積極的に報道していました。ニュースを見ながら、医師だった父が、こんな感想を漏らしていたのを思い出します。

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裁判は一審で無罪判決が出た後、検察が控訴し、被告の認知症で公判停止した

「(阿部さんは)無罪だ。これで有罪にされたら酷い」
阿部氏は、1941年、東京帝国大学(東大)の医学部卒で、海軍軍医などを経た後、1971年に帝京大学の教授に迎えられました。筆者の父は、世代は一回り下ですが、似たような経歴でしたから、肩入れしていたのかもしれませんが、医学界では、同様の意見が多かったものと思われます。

法的な解釈は筆者にはわかりませんし、医師側の言い分もわからないではありませんが、「血友病の患者が血液製剤からHIVに感染した」というニュースを聞いた時、多くの人が、「やっぱり・・・」と感じたのではないでしょうか。「えっ!?」と驚いた人は、阿部氏や厚生省職員も含めて、ほとんどいなかったと思います。医学的に立証されていなかった、というだけで、血液製剤に関する話は、情報としては、既に広く伝わっていました。

人の命に関わる問題です。あれだけの騒ぎになっていて、わざわざ対策班まで作っているのに、何もやらなかった、というのでは、厚生省の存在意義とは、いったい何だったのでしょうか。危険があると断定できなくても、「安全とは言い切れない」と判断することは容易だったはずで、それでも、「責任はない」と言い張るのなら、いっそのこと、権限や許認可など、すべて放棄してもらって、自由競争のもとで、患者さんたちに医師や薬を選んでもらった方が余程すっきりするでしょう。

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いち早く、エイズの危険性を危惧した郡司元厚生省生物製剤課長だったが・・・

ただ、阿部氏が (金品等の供与を受け?)、ミドリ十字社に有利になるよう便宜をはかった・・・というのは、ちょっと違うのではないでしょうか。

筆者の父が現役時代に受けていた扱いを参考にすれば、阿部氏のような地位にあれば、ミドリ十字社からだけでなく、他の製薬会社や医療機器メーカーなどからも、 盆暮れの挨拶などはもちろん、多少の接待を受けていたのは間違いのないとことろです。しかし、それは一般の人が考えるよりも、ずいぶん質素なもで、金や色で、ねんごろに・・・という世界とは、かなり異なっていると思います。

それなりに綺麗なお姉さんがいる、高級感のあるお店に招かれたりもするわけですが、「後の交渉は自分でやってください」というシステム(?)、大概は女慣れしておらず、堅い話しかできない学者の先生がモテるわけはありません。適当に相槌を打たれて、「先生、どうも今日はありがとうございました。大変、勉強になりました」と追い返される(?)ことになったはずです。越後屋が持ってくる饅頭箱(中に小判が入っている)のようなことは、まずあり得ないと、筆者は断言してもいいでしょう。

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菓子折りには、饅頭しか入っていなかったりする・・・

では、なぜ阿部教授は、自分の地位を危うくするような危険を犯してまで、非加熱製剤の使用継続にこだわったのでしょうか?学内でケリが突くような話なら、問題が起こっても、権限で揉み消すことも可能ですが、この種の問題では、患者や症例がどんどん出てくるわけですから、ごまかしようがありません。既に、一般的な話として、
・エイズは治療法のない恐ろしい病気
・感染経路は血液
・血液製剤は、血液から作られる

1980年代の前半当時、その辺の素人でも知っていた単純な事実だけ並べても、「この血液製剤、もしかしたら、ヤバイかも」と感じるはずですし、さらに言えば、「使用継続を決定して、もしも誰かが感染したら、俺が責められることになるかも・・・」と警戒するのが普通です。なぜ、阿部氏は、警戒しなかったのでしょうか。1983年7月には、阿部教授の内科で見ていた血友病患者が日本初のエイズ患者では・・・という報道(朝日)があったにも関わらず、安部氏は判断を変えようとはしませんでした(報道で逆に意固地になった?)。http://webronza.asahi.com/science/articles/2015122900001.html

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記事を書いた田辺記者
日本人エイズ患者第一号が血友病患者というのは極めて不都合な事実だったので、厚生省が情報操作?

もちろん、エイズに関しても、今だから言える話もあって、結果的に非加熱製剤を使用することで感染者が出ましたが、逆の見方があったことも事実です。しかし、たとえそうだとしても、意見が別れるような問題で、さしたる確証もないのに、どうして人生のすべてをかけるようなギャンブルが平気で行えたのか・・・?それこそが問題の本質だと思われます。

賭けに出るメリットと、裏目に出たときのデメリットを比べれば、どの道を選ぶことが自分にとって、より有利なのか・・・、答えは小学生にも分かったはずです。にも関わらず、阿部氏や厚生省は決断できず、案の定、逆目が出てしまい、多くの命を奪って、自らも、すべてを失うことになりました。おそらく、エイズ対策班を作ったときも、最初から「結論」は用意されていて、そこに導いてくれるためのキャスト(=阿部班長)だったのでしょう。

公害病や過去の薬害訴訟で大騒ぎした割には、会社関係者以外の者が責任を追求されたという話は聞きませんから、万が一、問題が起こったとしても、それは製薬会社が対象で、医師や厚生省は安全圏内にある、と思っていたのかもしれませんが、筆者には、も一つ理由が考えられます。

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エイズ関連で唯一の明るいニュース(?)だったマジック・ジョンソンは、今も健在
「(一万人と寝たので)誰からうつされ、誰にうつしたか、さっぱり分からない」という話は妙に説得力があった

「産官医の癒着」といっても、天下り先を大事にしたい厚生省や、売れ線の商品を守りたいミドリ十字社と比べ、医師側のメリットは、大したことはありません。しかし、大学病院の世界は特殊です。よく言えば、「高潔」、悪く言えば、「お高く、とまっている」もので、自分たちの権威に対して、絶大なる自信を持っています。

筆者の父は、それが災いしたのか、不動産屋や証券会社の営業マン、工事屋さんなどから、いいようにカモにされていました。先方からは、「先生」「先生」と煽てられる以外のメリットはなく、それでも、「彼は、いろいろよくしてくれるから」と季節ごとに土産まで渡していたのです。気前よく、相手のもってくる話を、言いなりの値で支払っていました。

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薬害エイズ被害者の川田龍平くんは、その後、国会議員になった
「悪い大人」にだけは、ならないでほしい

もしも、厚生省やミドリ十字社が直接的に阿部氏個人の利益を匂わすような話をしてくれば、阿部氏は即座に、「無礼者っ!私を誰だと心得ておるんだー」と、頭から湯気を出すように激怒し、相手を出入り禁止にしたことでしょう。しかし、こういうアプローチならどうでしょうか。

「先生、実は来年度、厚生省は・・・・する計画で、帝京大学の医学部を・・・・」
血液製剤の話など微塵も出さず、阿部教授率いる内科か、あるいは、帝京大医学部、さらには、大学全体や関係する血友病関連の学会などにとって、大変光栄な事業や計画があったとします。それは、阿部氏の仲間や同僚、部下のみならず、一般の職員や学生さんらにとってもメリットがあることで・・・。

相手がいろいろ説明せずとも、言っている意味はわかると思います。最近の流行りを使えば、「忖度」ということです。「社会的に認められている者同士、ガッチリとスクラムを組んで、自分らの権威を、さらに高めていきましょう」という相手側からの無言の申し出も、それが自分個人の利益ではなく、仲間たちみんなのためになる・・・ということなら、ここが力の見せ所と、思ってしまうのではないでしょうか。

「悪魔の囁き」といえるかもしれません。関係あるのか、ないのかわかりませんが、阿部氏は最終的には、副学長の地位にまで上り詰め、新興の大学(当時の帝京)だったとはいえ、外部から招聘された一医師にとっては、破格の出世だったと思われます。

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薬害エイズ裁判20周年記念集会

そして、そういった世界に足を踏み入れてしまうと、将来訪れるであろう「結果」との対面を、ついつい自分勝手な解釈で楽観的に考えるようになってしまうのではないでしょうか。「(誰からも認められている)オレが、言うんだから、必ず、そうなるはずだ」と・・・対米戦のボロ負けや無謀な作戦の失敗、戦後の公害・薬害問題、成功体験が忘れられない企業経営者など・・・すべて同じ心理構造だと思われます。

阿部氏は、医師として、厚生省は、医療を管理する側として、リスクの取り方や方向が、まったくの見当違いでした。「危険性は排除できないが、それ(新しい手術法や新薬)で、不治の病が直せるかもしれない・・・」、そういうときにこそ、医師はギャンブルに挑むべきで、逆に言えば、今の日本の医療は、そういう正当なリスクは認められていないようにも感じます。

平成になって、リスクが敬遠されるようになり、監視社会が始まった影響もあって、もはや公害病や薬害エイズのような事件は起きないだろうと思われがちですが、油断は禁物です。官僚の人たちは賢いですから、もしも問題が起こった場合にも、責任を追求されずに済むような、巧妙な仕組みは既に考えついているのでしょう。本質の部分では、まったく変わっていないと見ておいたほうが無難だと思います。

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厚生省内に建立された誓いの碑
二度と尻尾は掴ませないと誓っている?

人類の英知、自身の経験や博識といったものは、大自然や生命の神秘の前では、本当に取るに足らないものだと思います。地位がある人も、そうでない人も、「今、起こりつつある現実」に対して、常に謙虚であるべきなんじゃないでしょうか。

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「やられた・・・」「ガツンと食らった」
そんな気分の人は多いんじゃないでしょうか。アメリカで開発された新型ロボットAtlasのことです。


新ロボットの発表というと日本では、大企業の社長さんが自らプレゼンテーターを買って出て、ステージ中央で呼びかけると、奥から、ひょこっ、ひょこっと可愛いい、おもちゃのようなロボットが現れて・・・という場面を想像される方が多いと思います。

その動きは、初めて人間の前に引っ張り出されて緊張しているゴリラか、大して芸のできないオランウータンといった様子で、流暢な英語を話すMCが無理やり場を盛り上げないことには、なんとも締まらない展開になっていたりします。サッカーボールを蹴る場面では、思わず、タイの動物園で行われている象のショーを思い出しました。

そして、特にビックリすることもなくプレゼンは終わっているのに、テレビ等で紹介されるときには、「凄いですね」「いよいよ、新しい時代の到来ですね」的なコメントが付け加えられますから、見ている人は、いまいちピンとこないのではないでしょうか。社長さんたちが直々に出てくる以上、それなりに自信があってのことで、きっと社の総力を結集し、技術の粋を凝らして完成させたものだとは思いますが、感動とはほど遠い印象しか与えていないように感じます。

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これに社運をかけているとすれば、ダメな方に1万点

ロボットにダンスや盆踊りを披露されても、「それがどうした」といった感じで、ロボットがやるロボット・ダンス(?)とは、なんと滑稽なものでしょう。松下幸之助さんなら、「こんなもんに、なんで、カネかけな、あかんねん」と一喝されて、開発終了だと思います。

そんな間隙をついて現れたのがAtlasでした。
米国のボストン・ダイナミクス社が国防高等研究計画局(DARPA、ダーパ)の予算監督(重要)のもとで制作したというこのロボット最大の特徴は、軽快な2足歩行が可能になったことです。動きは自然そのもので、ほとんど人間とかわりません。出来損ないのメカゴリラのようなことはないのです。

凸凹した場所でもバランスをとりながら歩行し、しかも、雑な使い方にも耐えられそうですから、「歩く戦車」といえるでしょう。大事に扱わないと簡単に壊れてしまいそうな日本のロボとは根本的に設計思想が違っているんじゃないでしょうか。コンセプトは、「使い捨てできる兵士」「なかなか死なず、傷ついても、すぐに直せる兵士」ということだと思います。

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もしも、戦場で戦う羽目になっても、コイツにだけは、殺られたくない

兵器として考えれば、敵が生身の人間なのに、こちらだけ機械というのも、ずいぶん相手を侮辱した話ですが、いかにもアメリカ的だといえるのかもしれません。

旧日本陸軍で元撃墜王の手記を読んだことがありますが、こうありました。
「恐いのはイギリス軍よりアメリカ軍。イギリス軍は、敵に後ろは見せない騎士道精神の表れなのか、勝算を度外視して闘いを挑んでくるところがあり、こちらが有利な状況で戦えたが、アメリカ軍が向かってくるときは、彼らが圧倒的に優勢(絶対多数)なときに限られた」

日本やヨーロッパでは、戦争に「死」は付き物で、基本的には、「男と男の決闘」という考え方が根底にあると思われる一方で、アメリカ人は、もっとドライに考えているのでしょう。単に勝つことが目的ではなく、勝って自分の利益につなげたい・・・、生き残って利益を享受したい・・・という思いが他の国より強く「死」のリスクは、可能な限り取り除きたい、というのが理想のようです。

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こういう相手には、ローキックだ。みんな、足を狙え!

そういう思想の究極の姿がこのロボット兵器なのでしょう。新しい発明を軍事転用できるかどうかではなく、最初から軍事用に開発しているところがミソで、軍が何を求めているのか、その要求に忠実に従って研究開発されています。

昔から科学の進歩の影には戦争があり、劇的な技術革新は常に兵器と共にやってきます。莫大な開発経費は国が負担し、自ら大量発注して一気にコストを下げることができますから、平和利用だけに絞られた製品では、とても太刀打ちできません。

しかも、買った人たちが買った先から、どんどんぶっ壊し合ってくれるわけですから、これほど効率の良い商売はなく、相手よりも少しでも有利に戦いたいという心理から、ちょっとしたマイナーチェンジでも、大きな商売に結びつけることができます。

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金ちゃんのおかげで大儲けだ。しめしめ・・・

ATLASの制作を監督した国防高等研究計画局は、1957年のスプートニク・ショックを受けて、アイゼンハワー大統領が設置したARPAが始まりで、インターネットの原型であるARPANETや、GPSを開発しました。固定観念にとらわれない自由度の高い研究への投資を重視しているということです。

研究対象の評価方法は極めて現実的で、挑戦する目標を決定し、解決方法の妥当性を評価し、評価ポイントを設定した上で、一般公募を行い、これには外国人の参加も可能だということです。すべての研究目標が公開されており、秘密研究はないということになっています。斬新なアイデアを具現化し、画期的な兵器を完成させられる人なら、「誰でもいいから、どんどん挑戦してちょうだい。成功すれば、たんまりと報酬は弾みますよ」ということなのでしょう。

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こういう人も、参加する。ヘリになる前の、ドクターヘル
自分の研究を否定された天才科学者が・・・というのは、昔からアニメによくある設定だった

おそらく、手を付けた計画の多くがものにならず、ずいぶんと無駄金を使っていることと思われますが、一つでも製品化できれば、元を取って余りある利益が生み出され、そこから生み出される莫大な富が人間の本能を揺り動かして、さらに大胆な発想が生まれてくるのでしょう。

翻って見れば、日本のロボット開発は、明らかに取り残されていると思います。マスコミの偏向報道(?)のおかげで、筆者は長年、この分野では日本は世界の最先端にあると信じてきましたが、冷静に評価すれば、二昔前のSFの世界から、ほとんど抜け出せていません。

「宇宙家族ロビンソン」のフライデー、「宇宙戦艦ヤマト」のアナライザー、「スターウォーズ」のR2ーD2、Cー3POなど、大昔に空想された世界に、ようやく、ちょっと近づいてきた・・・というのが現状ではないでしょうか。発想の時点で、既に立ち遅れているように感じます。

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フライデーとドクター・ザックレイ・スミス

一方のAtlasも、「ターミネーター」の世界ですから、やはり一昔前の発想ですが、どちらがより印象的で、実用的かは考えるまでもないでしょう。おそらく、アメリカを超えるには、今現在、既に存在しているアイデアではダメで、さらに斬新な思考が必要となりますが、それは日本人が最も苦手とする分野なのかもしれません。

ロボット開発に対するアメリカ人の考え方は明確です。
相手は死ぬが、こちらは死なない戦争を実現するための兵器ということでしょう。
では、日本人は、それに対して、どう対応すべきなんでしょうか。同じラインを後ろからついていって、アメリカ人の食い残しに群がるのか、それとも別の道を歩むのか・・・。

そこで、装着型ロボット(?)、スケルトニクスという存在があります。
こちらも、マジンガーZやガンダム、エイリアンに出てきた作業用ロボットの延長線上にあり、やはり古いコンセプトから抜け切れていないという気もしますが、Atlasがバイクとすれば、こちらは自転車で、使い方次第では、十分勝負になるようにも思います。


筆者がその昔、留学先で知り合ったイタリア人は、イタリア人の仲間たちから、ボス・ボロット(マジンガーZのキャラ)と呼ばれていました。筆者の娘は、友人のタイ人から、「日本に行くなら、ガンダムのプラモ買ってきて」と言われ、一緒にヨドバシ・カメラに買いに行きましたせっかくマンジンガーZやガンダムが世界中で認知されているわけですから、徹底的に拘って、将来的には、世界のロボットが一同に集結して能力を競う、大規模な大会を開催したいものです。やりようによっては、F1のように世界中で興行が打てる人気イベントに育てられるかもしれません。

それは、以下の3部門で争われます。
・ビジュアル=姿かたち、見栄えのカッコよさ
・芸術=動きのしなやかさ、美しさ
・格闘=強さ

三冠を達成するのは、もちろん至難の技ですが、各部門連続5期制覇した者には、永世王者の称号が与えられ、永世三冠を達成した者には、オタク王の称号を与えましょう。

大会オープニング・テーマは、これだ!
動画製作者の情熱とセンスの高さが見事

また、既婚率がどんどん低下している今、本当にニーズのありそうなのがロボット妻でしょう。犬なら本物が簡単に手に入りますから、わざわざ高価な機械を購入する人は少ないと思われますが、こちらなら爆発的にヒットするんじゃないでしょうか。

さらに格差が拡大する近未来では、一部の富裕層が人間の女性を独占し、その他の男たちはロボットで我慢する時代が来るかもしれません。あるいは、まったく正反対で、別れても財産分与する必要のないロボット妻を金持ちが資力に物を言わせて買いあさり、一夫多妻制(?)を実現し、貧乏人は、人間の女で我慢する(?)ようなトンデモ時代が訪れるのでしょうか・・・。

男たちよ、さあ、どうする!?

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これなら日本の独壇場だ
世界制覇は間違いない?

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東芝は、「サザエさん」と「日曜劇場」のスポンサーを2018年3月末に降板することを正式に決定しました。サザエさんは、1969年(昭和44年)から、日曜劇場は、1956年(昭和31年)からの番組提供でした。

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光る、東芝

「CMを展開する効果が薄れてきた」というのが理由だそうで、それは確かに事実なんですが、東芝に、もっと余裕があれば、そんなことは問題にすらならなかったでしょう。

2015年に発覚した粉飾決算で、東芝は、2009年3月期から2014年4月〜12月期までの7年間で計1518億円の利益を水増ししていたことが明らかとなりました。リーマンショックで経営環境が悪化し・・・ということですが、それは、世界の、どこの会社も似たような条件でしたから理由にはなりません。該当期間に社長だった西田、佐々木、田中氏ら7名は、取締役を辞任し、今後、株主代表訴訟で、厳しく責任を追求されるのは当然ですが、そのような経営状況を招き、利益を水増しするような風土が社内に蓄積されていったのは、20年以上前からだったと考えられます。

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わびる、東芝

東芝は、かつて三種の神器と呼ばれた冷蔵庫と洗濯機の国産第一号機を製造するなど、白物家電のパイオニアと呼ばれ、その地位を不動のものとしてきましたが、1980年代に入る頃には先行きが不透明になっていました。白物家電に代わる主力事業をどうするかは、会社の今後を大きく左右する最重要課題になっていたと思われます。

それは、「サザエさん」のオープニングにも、よく現れていました。曲のラストで、TOSHIBAのロゴをバックにサザエさんが、「明日を作る技術の東芝がお送りいたします」「いたしまーす!(タラちゃん)」、だったのが、いつの間にやら、「エネルギーとエレクトロニクスの東芝がお送りいいたします」に変わっていました(1980年代)。

悩む、東芝

「作る」「技術」という、東芝のみならず、日本経済の成長や発展を支えてきたキーワードが消え、エネルギーとエレクトロニクスという、意味のはっきりしない、カタカナの外来語に取って代わられたのは、国際化、グローバル化を見越していた、と考えることもできますが、ちょうどバブル経済が大きく膨らんでいく時期と重なりますから、もっと軽いノリだったのかもしれません。

エネルギーとエレクトロニクスとは、具体的には原子力発電半導体(メモリ事業)を指し、その方針事態は間違っていなかったと思われます。今でこそ原発の安全神話は崩れてしまいましたが、80年代は保守系のメディア(特に読売)や言論人(特に竹村健一さん)の強力な援護射撃を受け、21世紀に向かって最も重要なエネルギー政策と認知されていましたし、核廃棄物の問題も表面化していませんでしたから、そこに目をつけたのは、間違った判断とはいえません。良し悪しはともかく、福島原発事故さえ起こらなければ(事故は起きない、ということになっていました)、今でも東芝の中核事業として大きな利益を生み出していたことでしょう。

問題は、メモリ事業の方です。
1980年に、NOR型フラッシュメモリを、1986年には、NAND型フラッシュメモリを世界に先駆けて開発したにも関わらず、東芝は、そのアドバンテージをまったく活かすことができませんでした。メモリ事業(売却決定)は、今や東芝の利益の大部分を稼ぎ出していますが、当時の経営陣は、発明者である舛岡富士雄さんを冷遇(本人曰く、窓際族。1994年に退社)しただけでなく、あろうことか、サムスン電子に技術供与(1992年)まで行っています。http://diamond.jp/articles/-/129721

因みに、舛岡さんは、東芝が得たとされる200億円の利益のうち、発明者の貢献度を20%(40億円)と算定しましたが、遠慮して10億円の支払いを求めたら、7500万円で和解したということです。こんなところにも、ダメな日本が垣間見れるような気がします。

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怒る、東芝

これらの事実が何を物語っているかといえば、東芝の経営者は、
・当時のサムスンを完全に侮っていた。そして、何よりも、
フラッシュメモリの価値を過小評価していた
ということです。要するに、見る目がまったくなかった、ということでしょう。

一方のサムスンは、フラッシュメモリの価値を鋭く見抜き、巨額の設備投資を行って、あっという間に東芝を追い抜いて、今や世界有数の巨大企業に成長しています。最近、韓国、中国を悪し様に批判するのが流行りになっていますが、相手を批判する前に、自らの失策を恥じるのが先ではないでしょうか。彼らは、敵失をうまく捉え、いち早く資本を集中して、巨大な利益に結びつけていきました。それは、かつての日本が、まさに得意としていたやり方ですし、両者の嗅覚の差が、勝負を決めたといってもよいでしょう。サムスンは、一発勝負をかけ、東芝は、みすみすチャンスを棒に振ったということだと思います。

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悔やむ、東芝
原石から漏れる輝きに、まったく気づかず、「おいしいところ」をサムスンに持って行かれ・・・

バブルに浮かれ、「ジャパン・アズ・ナンバー1」などと煽てられて、その気になって、次への布石を何ら打つことなく無意味にお金や時間を浪費していたら、バブルが崩壊し、今度は、その処理に追われて本業どころではなくなる・・・。サムスンら、世界の新興企業が将来を見据えて大勝負に出ていた時期に、東芝や他の日本メーカーは、数字の帳じり合わせに奔走していた姿を思い浮かべます。

そこには、「明日」も、「作る」も、「技術」の欠片もなく、目の前にある課題・・・決算報告や株主総会をいかに乗り切り、今の自分のポジションを守るか・・・、経営者たちの頭は常に、そのことでいっぱいだったのでしょう。昭和の終わり頃には、大企業の創業者たちが引退し、後任にサラリーマン出身の若い社長さんたちが次々に就任していきましたが、彼らの多くが、自分の任期を無難に過ごし、高額の報酬をもらえれば、それでよいと考えていたのかもしれません。

そんな先輩たちの背中を見て出世していったのが、粉飾決算事件を引き起こた人たちでした。

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驕り、笑う、東芝
3人の泥仕合で粉飾決算が発覚。本当は仲が悪いのに、取り繕って笑顔でガッチリ握手している暇があるのなら、
20万人と言われる従業員や日本経済への「責任」を、もっと強く感じてほしかった

「日曜劇場」と「サザエさん」は、どちらも日曜日の放送で、家族団らんで同じ番組を楽しむ、というところに広告効果がありました。まさに白物家電の宣伝にはピッタリの時間帯です。かつては民放各局のテレビ番組は単独スポンサーが主流で、オープニングでは、各社の愛唱歌が華々しく流れていたものです。「タケダ、タケダ、タケダー(ウルトラマン)」や、「明るいナショナル(水戸黄門)」など、主題歌と一体となって、当時の視聴者をワクワクさせました。

東芝も、「カムイ外伝(唄、水原弘)」では、暗い曲調だった主題歌の最後で、強引に、「光る東芝の歌」に変調させて、見ていた子どもたちを驚かせましたが(https://www.youtube.com/watch?v=UvN3PM1t2zw、「サザエさん」では、ちゃんと流れに沿ったオープニングになっていました。局も、東芝も、ある時期から、国民的番組だと意識していたのでしょう。

「光る東芝の歌」=白物家電の栄光と、「サザエさん」は、いってみれば、東芝の魂です。歴代の経営者(あえて経営陣という言葉は使いません。責任はトップにあるはずです)が愚かだったために、最後まで守るべきものを、真っ先に切り捨てざるを得なかった・・・筆者には、そう思えてなりません。

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みんな、みんな、東芝
東芝は、まさに日本のリーディング・カンパニーだった

それにしても、東証は、なぜ東芝を上場廃止にしなかったのでしょうか。日本取引所自主規制法人は10月12日、東芝の特設注意市場銘柄(非常に問題のある企業なので、投資家の皆さん、注意してください、という意味)の指定を解除しました。佐藤隆文理事長は、監査法人が不適切と結論づけた東芝の内部管理体制を、「監査法人の意見が神聖不可侵であるかのような前提を置いているように感じられてなりません」と制度そのものを否定するような意見を言っています。

確かに、ナアナアでやっていた監査法人にも問題はあり、このまま東芝が上場廃止→倒産という事態になれば、日本経済にとって由々しき問題で、それよりも何よりも、安倍政権が最重要視している日経平均株価は、一気に暴落する事態も考えられます。

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しゃあ、しゃあと・・・という感じの佐藤理事長
それを言っちゃあ、おしまいだ

しかし、森友学園問題に関する会計検査院の検査報告もそうですが、安倍政権の下で、これまで日本の秩序を守ってきたこれらの制度を無力化しようという動きが見られるのは、本当にデタラメなことだと感じます。それは、軍事力や徴兵制、憲法改正といった賛否の別れる問題とは異なり、まっとうな先進資本主義国なら、どこでも普通に存在し、それに従うことが当然のルールとして定着しているからです。

最後に、「サザエさん」の後継スポンサーに高須クリニックが名乗り出ている件です。
高須さんは、素晴らしいビジネス・マン(医師としての評価は筆者には分かりません)で、稼がれたお金を様々な慈善活動に使われ、賞賛に値すると感心しますが、「サザエさん」のスポンサーには、明らかに相応しくないと筆者は考えます。 

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かつての冠番組では、企業の愛唱歌とオープニングが一体だったように、番組と番組内で挿入されるCMは、合わせて一本の作品と考えていいと思います。昭和の平凡な家庭風景を淡々と描写する「サザエさん・ワールド」には、美容整形ビジネスは、必要のないパーツとしか思えません。

どうしても、スポンサーが見つからないようなら、潔く放送を打ち切るというのはどうでしょうか。サザエさんの世界がぶち壊されてしまわないよう、フジテレビと高須院長の良識に期待します。

日曜の夜は、やっぱり、これ

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前回、日韓合意に関して外務省が予想外(?)に頑張っていた、と書きましたが、やはり年末に、地味なサプライズがもう一つありました。

アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題で、国連の緊急特別委員会は12月21日、事実上、認定の撤回を米国に求める決議案を圧倒的多数で採択しました。

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後ろのおじさん(ペンス氏)の表情が、なんともいやらしい?
「007」の悪役と用心棒が、こんな感じだったような・・・

・反対は9カ国で、米国とイスラエル以外は、パラオやトーゴ、グアテマラ、ミクロネシアなどです。
・棄権は35カ国で、メキシコ、カナダ、オーストラリア、ハンガリー、ポーランドなどで、中南米と東欧諸国が多いのが目立ちます。そして、
・ウクライナなど21カ国が採決に不参加でした。
・賛成は128カ国で、アメリカ以外の常任理事国とアラブ諸国、ヨーロッパ諸国に混じって、どういわけか日本が加わっていました因みに緊急特別会合の開催を要求したのはトルコのチャブシオール外相です。

これに先立つ18日には、国連安全保障理事会が同様の決議案を採択し、15の理事国のうち14カ国が賛成しましたが、やはり、そこにも日本が含まれていました(米国が拒否権を行使したため廃案)。

決議案に反対した国は、当事国であるアメリカとイスラエル以外は、ほとんど小国といってよく、イスラエルやアラブ諸国と利害関係はなさそうですから、アメリカの強い影響圏下にあって、行動を共にしても、目立つことなく、気楽に(?)反対に回れたのではないでしょうか。

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棄権と、投票への不参加(ウクライナなど)との違いはわかりませんが、要するに、アメリカに同調することはできないが、アメリカに対して、軍事面、経済面で何かしらの協力を仰ぎたい、あるいは、仰ぐ必要が今後出てくるかもしれない・・・という国々なのでしょう。トランプさんの、「(賛成した国には援助しないので)かなりお金を節約できる」という脅しに屈した国も、多かったのかもしれません。

日本は、戦後一貫してアメリカの子分でしたから、当然、このグループに属していると見られました。1975年にフランスで第一回のサミット(G5)が開催されたときにも、当初は日本抜きのG4で開催予定だったといい、理由は、「どうせ日本を呼んでも、米国に追従するだけで意味がない」と思われていたようです。ですから今回も、カナダやオーストラリアが棄権に回っていますから、こっそりと、そこに紛れ込んでいても、誰も気付かなかった(?)でしょう。

古くはロン=ヤスに始まり、米国の指導者との蜜月ぶりをアピールするのは、歴代の首相が使ってきた常とう手段です。安倍さんも、トランプさんとの緊密さを「売り」にしたいようですからアメリカに義理立てしたかったと思いますところがフタを開けてみると、どちらの決議でも、日本は、アメリカの反目に回り、アレっ?と驚いた人も多かったのではないでしょうか。

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日本の「棄権」はカウント済みだったので、直接説得がなかったのが幸いした?

イスラエル問題に限らず、これまでの日本は、国際紛争などの難しい局面では、アメリカやヨーロッパ諸国の出方を見極めた上で、それに同調するのが普通でした。意地の悪い表現を使えば、「何のポリシーもない」ということです。今回は、アメリカが世界から孤立して、独自の判断が求められましたから、外務省の対応は、非常に難しかったでしょう。世界の大勢に従うか、それでもアメリカについていくかです。もしかしたら、日本が国際社会の場で、初めて自分の意思で行動した場面だったのかもしれません。

それにしても、どうして、ああいう判断になったのでしょうか?
2000年以上も前からの争いごとに、迂闊に手を染めたことで、イギリスも、アメリカも、のっぴきならない状況に陥っていますから、日本が軽く、浮ついた気持ちで、アメリカに同調しなかったのは、本当に賢明な判断だったと思います。「トランプさんに、いい顔見せる」という小さな目的のために、とんでもなく、厄介なお荷物を背負い込むところでした。

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熱っ、あつ、あつ、あつ、つ、つ、つ・・・、アチ、あち。あち、あち、ち、ち、ち・・・

ただ、東欧諸国の多くが棄権に回ったということは、対ロシアで、軍事的、経済的、政治的に窮地に陥ったとき、「いざとなったら、アメリカさん、助けてね」という意味だと思います。一方で日本には、北朝鮮や中国の問題がありますから、本当に是々非々の路線を歩むつもりなら、その辺の覚悟も固めておく必要があるのではないでしょうか。そういう意味でも、今回の決断は非常に重いものだったと筆者は見ています。

安倍政権になって・・・、特に2015年の日韓合意のあたりから、日本の外交や外務省が変わりつつあるのは感じましたが、今回の国連決議は、象徴的な出来事でした。そして、その変化の中心にいるのが河野太郎外相です。

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笑いを噛み殺しているようにも見えますが、厳しい表情を崩さない河野外相
善人だからなのか、恐い顔ができない?

彼の嗅覚は、なかなか鋭いと思います。これまでの日韓関係は、怒る韓国に対して、なだめる日本という構図が延々と続き、国民の間にもフラストレーションが充満していましたから、ここいらで、しっかりと叩いて、これ以上、つけ上がらせることのないよう、なんとかしてほしい・・・というのが、かなり多数派の意見だったでしょう。

河野さんは、そういった国民感情をうまく汲み取り、戦後初めて、この図式を逆転させて、「とうとうキレちゃった日本」が、「さすがにバツが悪そうな韓国(の外務省&外務大臣)ネチネチと懲らしめる・・・という状況を、うまく演出したと思います。外相会談後の記者会見で、終始厳しい表情を崩さなかったのも、怒りも露わに・・・というより、日本サイドが本当に怒っているということを広く発信したかったのでしょう。

日韓の問題だけだと、単なる人気取りで、ちょっと危険な兆候ともとれますが、エルサレム首都移転問題では、見事な決断だったと思います。一説では、河野大臣と杉山外務事務次官は、ツーカーの間柄だそうですから、しばらくの間は、河野ー杉山のイケイケ・ライン(?)が日本の外交を引っ張っていくことになるのでしょう。

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小狡そうな表情が素敵なシャンシャン(杉山外務事務次官)。
さっそく中国外務省報道官の懐柔に成功?

父である洋平さんは、一般レベルでの知名度は高く、一時期までは、次期総理とまで言われた人でしたが、結局、何事にも、きれい事に終始して、総理の座に就くことはありませんでした。

その点、息子の太郎さんは、何をやれば、国民の受けがよいのか、ちゃんとわきまえています。ここ20年以上、一般受けしそうなフレーズで国民を釣って政権奪取・・・というパターンが繰り返されてきましたが、本当の意味で、ポピュリズムを実践できた人は、一人もいなかったでしょう。どこか、ピントが外れているような感じがしてなりませんでしたが、そういう意味では、河野さんは、真のポピュリストなのではないでしょうか。総理候補として、まったくの大気圏外にありましたが、もしかしたら、外交で認められて首相になった最初の人物になるかもしれません。

在タイの特命全権大使や公使とお会いしたことが何度かありますが、どの方も、一言で言えば癖のない、真面目な性格のように、お見受けします。良家の家系で、すくすくと育てられ・・・と言ったイメージの人たちばかりで、「さすが」と思わせる部分も多いのですが、「彼らが外交をやっていて、本当に大丈夫なんだろうか?」と、ふと心配になることがあります。

何しろ世界には、ユダヤ人、アラブ人、インド人、中国人・・・など、一筋縄ではいかない、一癖も二癖もあるような人たち(大失礼)がゴロゴロいるわけですから、そんな国々を相手に、米英のように「コワモテ」で対応するならともかく、「我々は、平和国家です」と笑顔を絶やさずに国益を守るのは容易なことではありません。もっと、ずる賢そうな人でなければ、いいようにカモにされるんじゃないでしょうか(これまでの日韓関係、日中関係?)

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一言でいえば、彼女も、周りの男性たちも、みんな恐そうだ
自国のエゴを代弁するには、こういう人たちでなければならないようです

今回の国連決議に安倍さんがどこまで加担していたのかは分かりませんが、外務省としては今後も、
1.日本の国益を守る
2.世界の秩序を守る
という二大原則で行動し、国際社会での日本の地位を高め、名誉を守ることを主眼に置いているものと思われます。

因みに、菅官房長官は、エルサレム首都移転問題に関しては、「当事者間の話し合いで解決すべきであるという立場に変わりはない」と公表しました。日本政府としては、メディアに露出する場面では、あくまでも、「中立」を装って、対米関係の体裁を整えつつ(官邸主導)、記録に残る投票行動では、意思表示を明確(外務省主導)、というダブルスタンダードで、国際社会を、うまく遊泳していこうということなのでしょう。

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なんとなく風采の上がらない(?)菅官房長官
印象を和らげるための意図的なキャスティングか?

ただ、慣れないことには、何事も事故は起こりがちです。もしも、河野外相がこのまま大成し、総理の座を射止めるか、あるいは、有望な総裁候補として押しも押されぬ存在になれば、似たような手法で人気を得ようとする人が必ず出て来るでしょう。二匹目のドジョウを狙って、イケイケ・ラインを、さらに過激発展させたような政策を主張する人が現れるはずで、その時、ちゃんと歯止めがかかるよう注意しておかねばなりません。

国民としては、冷静な目で、一つ一つの事例に、正しい評価や、批判を加えていく必要があるんじゃないでしょうか。

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