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研ぎ澄まされたサロンの音楽を生み出したショパンは、気分のいいときはプレイエルを弾き ちょっとのらないときはエラールを弾いていたようです。ショパンの生きた1830年代は パリで知的なサロンが出現しました。 でも大規模コンサートを好まなかったショパンはちょうど自分の望んでいたサロンコンサート の時代になってたくさんの演奏をしていくのでした。きっとプレイエルが活躍していたんでしょう ね! マズルカ、ノクターン、ワルツ、ポロネーズ、色々な小品で有名ですがサロンならでは生きた ライブから得た曲が多く私のお気に入りでもあります。1831年にパリへ赴くと今で言う ヒットメーカーになりきっとおもてになったんでしょうね!!後にジョルジュ・サンド(女流 作家)と恋に落ちて、地中海のマジョルカ島に逃避行!なんて恋の悩みや苦労が音楽を鍛えて 行ったのでしょう。 パリの南250キロに位置する小さな村、ノアンにあるサンドのサロンは芸術家の溜まり場で 常に多くの芸術家、詩人、哲学者が訪れて昼間は刈りや釣り、ビリヤード、夜は夜会を 楽しんでいたそうです。 ショパンの大規模な曲には序奏がついているものが多いのですが、バラードの第一番などは 印象的な第一主題が最初から登場した激しく感情的な部分と、メランコリックな叙情的な部分が 入れ替わりで、ショパンが当時影響を受けていたポーランドの亡命詩人アダムにインスパイヤ されたんだろなと思わせられます。 あまくよく鳴るピアノ・プレイエルは現存するメーカーです。あまり知られていないと 思いますが、これからもきっと心に響く華やかなショパンのサロン音楽が聴こえそうな貴重な ピアノであると思います。音楽社交場文化を作り出したショパンには欠かせないピアノ だったのでしょう。 |

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