この曲はいずれ紹介しないとは思ってたので。
やはり最高傑作です。
動画は、モントリオールジャスフェスティバルの映像です。
伝説的演奏ですよ。鳥肌ものです。
・曲の背景
この曲を紹介するのは僭越な気さえしますが、紹介させていただきます。
Nonino(ノニーノ)というのはアストル・ピアソラの父、ビセンテ・ピアソラのことです。
ピアソラはノニーノのことを尊敬・敬愛しており、タンゴを聞かせてくれたのも父、バンドネオンを買い与えてくれたのも父でした。
つまりは音楽的な意味でも父親だったといえます。
1958年ピアソラがニューヨークを拠点にアメリカで活動していた時のこと、やや不遇にありながらも演奏活動をしていた。
メキシコでの2ステージに臨む。
ピアソラが2ステージの前半を終え、休憩時間にノニーノの訃報を知る。
最愛の父親を失いながらも、後半のステージを執り行います…
その後ニューヨークに戻ったピアソラは自室にこもります。
息子ダニエルはこう語っています。
「父は、しばらく一人にしてくれと私たちに頼んだ。私達は台所に入った。
初めのうちは全く静かで、それから間をおいてピアノを弾くのがが聞こえた。
それは悲しい、恐ろしいまでに悲しいメロディだった。」
こうして生まれたのが生涯弾きつづけていく代表作。「アディオス・ノニーノ」です。
こうして生まれたこの曲は、当初冒頭のピアノソロはありませんでした。
1969年5重奏団を再結成するとき、ピアニストとしてジャズ畑で活躍していた「ダンテ・アミカレリ」が加入します。
手が小さい分、類稀なるテクニックを有していたピアニストで、「初めて見る楽譜もスラスラ弾いていしまう」という評判でした。
いたずら好きのピアソラはいろいろ難題をふっかけますが、あっさり弾いてしまいます。
余計に怒ったピアソラは、「明日のためにピアノソロを書いておくから、もしそれが初見で弾けたら、おれは音楽家なんかやめて、残りの人生は編み物でもして過ごすよ。」
といういったそうな。
次の日、集まったメンバーたちの前で、落ち着き払った態度でアミカレリはあるメロディーを弾き始めます。
あまりの美しさに、メンバーたちも聞き入ってしまった…
それが「アディオス・ノニーノ」の新編曲だったわけです。
・曲の構成
さてこの曲は前述したようにやはり最高傑作なのです。
というのは、アルバムとしての最高傑作はやはりTango Zero Hourですし、
組曲としての最高傑作はブエノスアイレスの四季(異論はあるかと思いますが…完成度として)かと思います。
これらの作品にアディオスノニーノは含まれて居ません。
それはやはりそういった作品この曲を入れてしまえば、作品全体としてアディオスノニーノがテーマになってしまいます。
それだけ存在感のある、完成度の高い曲なのだと思います。
でもその分孤高な曲ですね。
さて各論ですが、この曲は大きく二つのテーマからなります。
1つは(ピアノソロから続く)冒頭のテンポの良い、キレの良いメロディです。
2つめはバイオリンソロやバンドネオンソロによる、ゆったりとした部分です。
さてここでクイズです。
ノニーノ本人そのものを象徴しているのはどちらでしょう??
ま、色々意見はあると思いますが、個人的には前者のテンポのいいほうだと思います。
というのは、この曲はモチーフあって、この曲の数年前に発表されている「ノニーノ」という曲です。
「ノニーノ」をモチーフとして作り上げられているのはテンポのいいほうのメロディだからです。
(「ノニーノ」はあまり収録されていませんが、最近出た小松亮太セレクションのピアソラベストに収録されてます。)
では、残りのゆったりした部分はなんなのか。
悲しみでしょうか、後悔でしょうか、単なる鎮魂歌でしょうか…
個人的には父への感謝だと思います。
タンゴに導いてくれた父。
バンドネオン奏者として英才教育してくれた父。
本当に文字通り「父が居なければ今の自分はない。」という思いが詰まっているのではないでしょうか。
・編曲
編曲というほどたいしていじってはいないのですが…
編曲らしいことを始めてすぐのころに取り組んだ曲です。
それでも割とうまくいってますね。
同時期に編曲した曲とはくらべられないほど。
それだけ、曲としてしっかりしているんでしょうね。
基本的には
バンドネオンをチェロに移した程度です。
ただ、速い部分はチェロだとなかなか雰囲気でないので、そこもバイオリンにお願いしてますね。
冒頭のピアノソロは今無いのですがなんとかしてあげたいですね。
ただチェリストの自分が譜面かしょうがないですよね…
お持ちの方はご一報ください。
うちのピアニストがアミカレリばりの初見弾きをしてみせますので(笑)
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