話し − タイ

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                         -Self-portrait, Ko Samet Thailand-
                       Contax RX Planar50mm : Kodak T400 CN
                              Nikon LS-2000
                               




タイでの食事の支払いは、日本のように伝票を持ってレジスターへと歩くことは稀です。ほとんどが店員に合図してテーブルでお金を払います。

屋台や簡単な食堂では「ケップタン・ドゥアイ」と言い、それなりのレストランでは「チェック・ビン・ドゥアイ・クラップ」と声を上げていました。

タイ人は店員から手渡された伝票を必ず確認します。日本人に比べるとタイ人が好い加減であるので、間違いが多いという事もあるのでしょうが、相手任せではなく自分で確認するという生活習慣もあるのだと思います。

タイで仕事をしていた3年間ほどはあまり休日がありませんでした。しかし、それはたくさん仕事をできた満足感との引き替えです。そんななかで唯一遊びに行けたのがサメット島でした。ソンクラーンの最中に確か2泊でした。

携帯も通じない何もないリゾートは静かで落ち着きました。でも前日に発送した貨物の件で日本へ電話してみると、やっぱりやられていました。

とっくに日本に到着しているべき500Kgほどの貨物が、バンコクの上屋に置かれたままだったのです。ブッキングしていたのが落とされてウェイティング状態でした。

親会社の関係で日系の乙仲さんにお願いしていたのですが、そこはタイのことです。ローカルの方が強いのです。特に生鮮品であれば平気で割り込まれてしまいます。

そんなこともあって渋い表情で伝票を確認している姿です。妻子やその他の人々もアップさせて頂いていますので、自分の写真も間抜けな面ですが載せました。

日本でも気軽に自分に関わる写真を載せられる社会になってもらいたいと願っています。

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日本ではあまり乗ることのなかったタクシーも、バンコクでは使う機会が増えます。道ばたで腕を地面に平行にして振ると、すぐにタクシーは止まってくれます。しかし日本と違って、車に乗りこむ前に運転手に行き先を告げなければなりません。行き先を聞いた運転手が、ちょっとの沈黙の後に頷いてくれれば乗りこみますが、首を横に振ったならば、乗客はドアを閉めて別の車を探さなければなりません。バンコクでは運転手も乗客を選ぶのです。

運転手が首を横に振る理由はいくつかあります。借りている車を帰す時間が迫っているだとか、近距離で数をこなしたいと考えている場合には長距離は断られます。また渋滞が予想される行き先なども嫌がられたりします。

ときどき日本と同じように、タイでもタクシー強盗が起きます。しかし、タイでは被害者は運転手ではなく、乗客のことが多いのです。要因としてタイのタクシー会社は車を日貸しするために、借り主の身元確認が不十分な場合があるからだと思います。

そのため乗客側が自分の安全を確保する必要があります。私がタクシーに乗るとき、昼間はボロくなければいいや、程度の選び方ですが、深夜は充分に気をつけました。住まいがピンクラオというチャオプラヤー川を越えた郊外にありましたので、繁華街からの帰路が長いのです。

深夜の繁華街には客待ちのタクシーが集まっていて、車から降りて客引きをする熱心な運転手はやり過ごしました。また新しめの車もなるべく避けていました。

どんな車を選ぶのかというと、昼間とは逆に少し古めで、車内に花や仏像などいろいろな物が置かれているタクシーでした。こうした車の運転手は年配の方が多く、信心深いと思われたからです。少なくともレンタルではなく自分で所有している本職のドライバーか、レンタルであるとしても毎日借りている本職なのではないか、と考えてのことです。

また場合によっては乗りこんだ際に一度ドアを閉めてから、開くかどうかの確認をすることもありました。なぜかというとタイに来た当初、タクシーを降りようとしたところ内側からドアが開かず、運転手が外から開けたことがあったのです。昼間のことでしたので良かったのですが、もしそれが深夜で運転手に悪意があったならばと考えると鳥肌が立ちました。

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タイを知る人の多くにとって、トゥクトゥクは愛すべき乗り物だと思います。私も大好きです。タクシーが増えて、年々減ってきているとの話しも耳にしますが、溢れるほどに野菜や生地などを積み込んで走るトゥクトゥクを見かけると、やはりバンコクの人々にとってなくてはならないものなんだな、と感じるとともに安心もできます。

私が一番好きだったのは、酒席のあとの深夜です。昼間の熱気と排気ガスが引いた通りを、トゥクトゥクはエンジンを全開にして走っていく。甲高いエンジン音は耳朶に響き、振動は体を揺すります。それらは抜けていく風とともに酔いのまわった体を癒してくれます。

もうひとつトゥクトゥクの楽しいところに料金が交渉制ということがあります。昼間は暑さと空気の悪さであまり乗りたくないのですが、ちょっとした距離を走るときや、渋滞しているときなどはやはり便利なので利用します。

トゥクトゥクに乗るときには、まず運転手から話しかけてくるのは遠慮します。そうした人は「ミスター」などと呼びかけてきて、外国人慣れしていますので、おそろしく言い値が高いです。

座っている運転手は静かに周囲に気を配っていますので、こちらが視線をやるとすぐに眼が合います。近づいていくと、運転手はさりげなくこちらの風体を確認してから、トゥクトゥクの前に立ち止まった私に向かって、眉をちょっと上げて行き先を尋ねてきます。

この時の、一瞬の、運転手の顔が好きです。先ほどチェックした私の風体に加え、告げられた行き先までの距離や渋滞の具合、それから今後の天気の変化までを計算している真剣な顔。プロの表情はいいな、といつも思います。

言い値が適価であれば頷いてから乗りこみますし、高いなと感じたときは交渉をします。それで大概乗りこむのですが、なかには相場の倍ぐらいを言う運転手もいて、そうした場合には交渉することもなく踵を返します。運転手はあわてて「いくらならいいんだ」と聞いてきますが、私は自分の眼力のなさを悔いながら、さっさと別のトゥクトゥクに向かいます。

クッティオ・ヌア

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                          -Pratunam, Bangkok-
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クッティオはタイ風のうどんといったところでしょうか。米を原料とした麺料理です。たいがいどの店も三種類の太さの麺を用意していて、私は中庸の太さのセン・レックを好みます。

具は店によりますが、私はタイ語でヌアと呼ばれる牛肉麺が好きです。肉はリクエストにより変えられます。写真のものはヌア・ブアイ(脂身肉)とヌア・ソーッ(赤身肉)を入れています。センレック・ルアムもしくはトゥクヤンといえば、モツなども一緒に入れてくれます。見てくれはともかくも、栄養豊富でなかなかの美味です

クッティオは日本の麺類に比べると半分程度の量しかないので、2-3杯は頼みます。少量ずつですので、具や麺の太さを変えながら、新らしいクッティオを美味しく食べることが出来ます。量の多い日本の麺では、最後の方にはスープは冷め、麺はのびたりするので、タイのサービスは気に入っています。

スープはダシは出ているものの、あっさりとしています。テーブルに並べられた調味料で、自分好みにあわせるのです。調味料は砂糖(甘味)、唐辛子(辛味)、お酢(酸味)、それとナンプラー(魚醤)か中国醤油などが揃っています。

タイの面白いことのひとつに、食事中コーラを飲む習慣があります。最初は違和感を感じたものの、慣れてしまうとそれなくしてはすまないように感じられてきます。もちろん水やお茶もあるのですが、コーラが合うのです。日本でいう寿司のガリのようなものでしょうか。甘いコーラを口に含むことで、新鮮な辛みを味わえるのかもしれません。


アランヤプラテート。タイとカンボジアの国境。

当然のことですが、天や地の色や、その他諸々が変わるわけでもなく、国境線がなければ同じような荒れ地が続いているだけのところです。タイとカンボジアの行き来は、カンボジアからタイへの出国が、入国当日であるために、100バーツをパスポートに挟みこむという儀式以外には、変わったことはありませんでした。それでもいくつか印象に残ったことを記したいと思います。

国境は周知の通り、人と物の往来するところです。カンボジアから来るのは、砂袋のようなものに入れられた、おそらくは生活雑貨がほとんどです。それらの多くはカンボジアの生産物ではなく、中国からのものでしょう。

援助物資としてアメリカから送られた、中古衣料も多いと思います。アランにはこうした中古衣料を買い付けに来るバイヤーも歩いています。その多くはタイ人で、チャトゥチャに並ぶことになるのです。タイを出ていく荷物は、プラスチックが多かったと思います。

出る荷物にしろ、入る荷物にしろ、とにかく驚かされたのは、リヤカーに積まれた荷物の大きさです。5メートルに届くような高さで、はち切れんばかりにロープで結わかれているのです。積み荷の載せ方とロープワークには感心しました。

そんな光景を眺めながら歩いていると、不意に影がよぎりました。見ると10歳ぐらいの子供が傘をさしかけてきたのです。すぐに他の子供も寄ってきて、10人を越えるのにいくらもかかりませんでした。漆黒の肌を持つ裸足やサンダル履きの子供達は、細い手足を振ってついてきます。まだタイ側ですが、顔つきからカンボジア人に思われました。

子供達は掌を広げて、こちらに突きだしてきました。どの子も笑顔ではありますが、数多の腕がこちらに向けられると、恐怖にも似た焦燥を感じました。そのうちに何人かが、私の右手にある飲みかけの水のボトルに触れてきたのです。決して持ち去ろうとはしないのですが、釣り人がアタリを確かめるように、何度も触れたり引っぱっているのです。

これには困惑しました。振り払うわけにもいかず、飲みかけの水を渡してあげるのも躊躇われ、少しずつ力を抜いていった最後に、子供がしっかりと握り締めると、ようやく私の手から離れていきました。他の子供も何事かを口々に歓声を上げながら、ペットボトルを持って走り去る子供を追いかけて、私の廻りから去っていきました。

子供達を前にして、私がしたのはボトルを握る力を緩める、という行為でした。この選択がいいのかどうかは、今になってもわかりません。

いや、これは別にこうした境遇の子供達に何をしてやれるのか、などという人道主義的なものではありません。人は他者や状況に対したときに、自分の行動を必ず選択します。危険を感じたら速やかに回避したり、触れ合えそうであれば笑顔をもって接したりと、それぞれの経験や考えにより選択をするのですが、この時は選択できずに戸惑いがあったのです。唯一わかったのはそうした戸惑いも、時には必要だということでした。

カンボジアに入ると、ここホイペットは有名なカジノエリアになります。欧米の絵本に描かれているような、また日本の郊外にあるラブホテルのようにも思える、奇怪な建物が散在しています。私たちは適当なドアをくぐりました。

充分に空調の効いた建物内はとても快適で、入ってすぐにあったスロットを廻したり、軽食をとったりしました。食べものもタバコも無料であったと思います。しかし、ここは本来の賭場ではなく、ちょっとしたレストスペースでした。賭場に向かうには別の扉を開いてゆかねばならないのです。

その扉の前にいた男に私の視線は止まりました。カンボジア人にしては上背もあり、恰幅も良く、玉虫色のスーツを良く着こなしていました。彼は別に肩をいからせるでもなく、体を揺するでもなく、がに股でもありませんでした。ただ真っ直ぐに立ち、眼球の動きだけで辺りを窺っているだけでした。

一瞬視線があったとき、背中がざわつきました。どこにでも裏の稼業の人間はおりますが、このカンボジア人の眼はとても冷えていました。しかし、よくある威圧感や狂気のようなものは感じらません。これ見よがしな態度はなく、ただいるだけで、その底の知れない冷ややかな眼は異様でした。

この後賭場も少しだけ覗いてみましたが、どれだけ網膜が赤く染まると、あの男のような眼になるのか、としばらく考えていました。そのためかどうか、カジノもバンコクへの帰路もあまり印象が残っていません。

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