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 「水甕」の小畑庸子さんから歌集をいただいた。「水甕」は尾上柴舟に発する結社であり、百年以上の伝統をもつ。この歌集を読み、あらためて伝統のなかで鍛錬された歌風ということを感じさせられた。尾上柴舟は明治三十五年、『叙景歌』を世に出している。ちょうど時代は、明星の与謝野晶子の『乱れ髪』が世論をわかせていた。「自我」を過剰な修辞でもって歌い上げる浪漫主義の潮流がいよいよ新派短歌の歌壇を形成していく。そんな流れに異を唱えるような尾上柴舟の歌論は目立たない印象がある。しかし、時代の変遷のなかで、この自然主義的な『叙景歌』のながれは、牧水や夕暮を生み、近代短歌のなかのひとつの大きな柱を形成してきたようだ。そして、今その清新な叙景的な歌風は確かに「水甕」という結社のなかで受け継がれてきていたことを知り感動に近い衝撃を感じてしまった。
 
                                           *
 
 
 さて、「白い炎」はこの作者の第九歌集である。五十年という長い歌歴のなかで、鉋をかけるように磨き上げられた表現は完成度が高い。
 
  いづくにも影をつくらず中天の朝の月は傾くばかり
 
朝のあわい光を放つ月を一筆書きのようにさらりと描写している。上の句のし抑制された把握が一抹の寂寥感を漂わせていて効果的である。結句の「傾くばかり」へ向かって歌の流れがとどこおらず、不思議な「月」の存在感をだしている。ここには単純な叙景を超えて、理性的に景を構成しなおす認識がよく働いている。
 
  本日天気晴朗ならず波高し浜名湖に黒き帆ひとつ抗ふ    
 
これは不思議な歌。天候が悪く荒れた湖に黒い帆を掲げたヨットでも出ているのだろうか。「黒き帆」の舟は見たことがない。作者の心象のなかの帆であろうか。それにしても灰色の海面と空を背景におかれた「黒き帆」は存在感がある。結句の「抗ふ」という動詞もよく利いている。作者の生への毅然とした姿勢を思わせる。
 
  草の田に右前輪よりトラクター降ろされてをり青雲の下   
  猫車立てかけられて地の熱を楠の大樹に伝導なせり     
 
 おそらく、作者の身辺の田園風景から取材した歌だろうか。一首目、「右前輪」よりと正確に描写することで、トラクターそのものがまるで生きているような生々しさを持つ。トラクターが降ろされているだけのことなのに描写のしかたが平板でない。そこに、人の営みと機械と自然との渾然とした動きが生れている。無駄のない描写が緊密感を存分に発揮している。二首目もかなり高度な描写である。「猫車」という一見、動物のぬくもりをもつ初句から入り、「地の熱」「伝導」といった無機的な表現へつないでゆく。そうすることで、「猫車」の存在が地面から楠そして、さらに宇宙へと広がってゆくように重層的に描かれている。モノに力を吹き込むような歌いぶりである。
 
  秋のつばめ午後海原を渡りゆく黒き尾羽の裂(き)れを深めて   
  上流へ口を向けたる青き壜薄氷の上に息を吐きたり   
 
 この二首も好きな歌である。一首目、つばめの姿が上の句では広がりの中で、下の句ではそれを引き締めて描写されている。緩急のリズムがすばらしい。二首目の「壜」もまるで命もつもののように描かれて質感がでている。モノを深く見つめる透徹した視線を感じる。
 
  涙嚢を豊かに彫られ石の男(ひと)風止むときに眼ひらけり  
  何見えてクァと言ひしかトランスの上にて朝の黒き一羽は  
 
 写生の域を超えて対象のなかに主観が入り込んでいる。それでいて、抑制がよく利いており、読者に押しつけがましいところがない。ともに共感してしまう歌である。このあたりは、すでに十分に鍛錬された歌いぶりであり、技巧のやかましさを感じさせないところがさすがである。
             
                        *
 
 歌集をとおして、ほとんど私的な情報は削られている。自分語りをしないことで、歌の世界がひろがっているように思う。こういう伸びやかなそして端正ないい歌を読み継がれている作者が存在することに励まされる思いがした。今後にもますます期待してしまう作者である。
 
   平成二十五年生まれの五百円混じりてぬくき釣銭出づる     
 

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