顕正会の泥船

正直に心のままに勇気を出して!

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洗脳を少しずつ解いて

昨日のつづきです。
 
まず、『折伏理論解説書』に書かれている①②③(昨日の日記について簡単に破折しておきます。
について・・・
「国立戒壇」の名称を使用しない事で「国立戒壇永久放棄」となるのならその通りですね。国立戒壇が御遺命ではないのですから。浅井さんが考えているような本門の戒壇では無いという事です。正本堂の意義が公式決定された事は良い事です。ただ、学会員は、この訓諭によって、正本堂は御遺命の戒壇ではないと知らされたのです。
同じ訓諭なのに、何故、学会と顕正会と正反対の解釈になったのか……不思議ですね。
について・・・
『正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり。』即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり』
このお言葉に対する批判と思われますが、「意義を含む」という所に注目してください。含むというのは、100%では無いという事ですね。むしろ、含むというのは、少しという意味の方が強いんではないでしょうか。即ち、御遺命の戒壇では無いということです。したがって、「前以て建てておいたものである」は、通用しないのです。また、日達上人が仰る「事の戒壇」の意味が理解できれば、「意義を含む」の意味も理解出来ると思います。このことは、後に説明致します。
『即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり』
この部分も後に説明致します。
について・・・
②で説明したように、正本堂は御遺命の戒壇では無いということなので、「国立戒壇否定の目的は果たしている」とはならないのです。それに、国立戒壇の否定は「今後、本宗ではそういう名称を使用しないことにいたします。」(昭和四十五年五月三日)と既に決定されている事なので、今更、正本堂と国立戒壇を結びつける事は難癖以外の何物でもありません。
 
さて、これから「訓諭」の解釈について詳しく説明していきますが、①②③について更に詳しい説明にもなっています。浅井さんの姑息なトリックが次々に暴かれて行きます。
ご期待下さい。
 

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