顕正会の泥船

正直に心のままに勇気を出して!

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

次期指導者

顕正会、学会もそうだが、カリスマ的主導者がいる間は良いが、その後はどうなるのか?

特に顕正会は次期指導者については深刻な問題であろう。
なぜ深刻か?
適任者がいない。
加えて人材層も薄いからだ。
人望、実力のあった幹部は悉く謹慎、除名になって姿を消している。
また、そのほとんどが日蓮正宗に帰依しているのだ。

自称、130万人といっても、実際の活動家は3万人程度と推測される。
組織を身内で固め、部下をイエスマンばかりで固めていれば発展は望めないでしょう。
身内で固めないと維持出来ない団体なのです。

会長は80歳に届こうかという高齢です。
身体にも衰えが見え始めている。
直接会って確かめた訳ではないが、特に最近は日曜勤行もサボりぎみである。
脱会者も増えて心労も重なっているのだろう。(笑)
親族の将来を考えれば、お先真っ暗、てとこでしょうか。

浅井さん亡き後、組織はどうなるのか?
私なりに予想してみました。

カリスマ性が強い浅井さんの後を継ごうという勇気ある幹部はいないでしょうね。
強欲から継ぎたいと思う幹部はいるでしょうが、常に浅井さんと比較されてはたまったもんじゃないでしょうね。
そこで、形としては次期会長候補、J君かどうかはわかりませんが、副会長職を設けて様子を見ると思います。
学会ではありませんが、浅井さんは永遠の指導者として名誉会長の称号を与え、しばらく会長席は空席とするでしょうね。
数年後、会長を選任して組織を固める。
こんなところでしょうかね。
ひょっとするとかませ犬として、Y田さんが次期会長の座に着くかも知れませんね。
Y田さんの次であれば、誰が会長になっても見劣りはしないですからね。(笑)

しかし、副会長にしろ、数年後の会長選任にしろ、私利私欲によってお家騒動は起こるでしょうね。(笑)

或は、浅井さんが存命中に次期会長を選任するでしょうか?
選任する基準は?
J君、息子だから・・・
M子さん、娘だから・・・
K峰さん、娘婿だから・・・
Y浅さん、姪だから・・・
どなたも資格が有るようで無いような・・・(笑)
どの方もちょぼちょぼ(爆)
おっと、克君もいましたね。(笑)
手を挙げる権利はまだ残っているのかな?

さて、誰が次期会長になるかはこれぐらいにしといて、次期会長はどのような指導をするのか?
少し興味があります。
先に名前を挙げた幹部は日蓮正宗の信心を知りません。
妙信講時代で言えば、K峰さん?でしょうか。
横田さん?もですか。
でも、妙信講は閉鎖的な講中だったので、日蓮正宗の正しい信心をしていたかどうか疑問に思います。
….ていうか、正しいかどうかの判断も出来ないお二人ですから・・・

次期会長は
地震の予言はするでしょうか?(笑)
300万の目標を先延ばしにするでしょうか?
新ダ本? を出すでしょうか?
伏せ拝をさせるのでしょうか?
何上人の生まれ変わりと触れ回るのでしょうか?
浅井さん本仏論を出して、相承を受けたと言うでしょうか?(爆)

開く コメント(0)

罪障消滅?

皆様 明けましておめでとうございます。
顕正会諸氏には一刻も早く邪教から抜け出される事をお祈り致します。

更新が遅れてしまいました。
本当は元旦に更新しようと28日ぐらいから記事を書く予定でした。
ところが、仕事納めの29日の夜勤中に、突然、左脇腹が痛くなり横になって休憩していたのですが、痛みはどんどん酷くなり、とても我慢できなくなって救急病院へ駆け込んだのです。夜中2時頃でした。
尿検査の結果、どうやら尿道(尿管)結石だろうと言う事になりました。
だろうと言うのは専門医ではないので、正確な判断が出来ないという事です。
取り合えず、点滴で痛み止めなどの処置をして頂き4時前に自宅へ帰りました。
その後も痛みは続き最悪の年末を迎える事になったのです。

私の仕事仲間には結石の人が多く、そうとう痛いと聞かされていたのですが、実際は想像以上の痛さです。ゲンコツでお腹をググッ〜と押え付けられているようで、痛みが引いても重い物がお腹の中に残っている感じです。
結石の人は、石が出なくて皆さん痛い思いと苦労をされています。
仕事仲間も1か月ぐらい苦しみ、先日手術したと聞かされていました。

年末の餅つきや掃除もせず、じ〜と横になって寝転んでいました。
病院も4日まで休みで、とりあえず貰った痛み止めのクスリと、親戚の叔母さんから結石を小さくするクスリをもらい、いっしょに服用していました。
元旦勤行に行けるかな、3日の初登山にも行けるかなと心配していました。

元旦勤行に行く時、多少お腹は痛いのですが、車を運転出来る状態でした。
無事、元旦勤行を終えて帰宅、9時から広布唱題会参加の為、又末寺様へ向かいました。
広布唱題会が終わると、気にしていたお腹が痛くなくなっていたのです。
おかしいなと思いつつ帰宅しました。
結局その日は、お腹が痛く成る事はなかったのです。
知らない内に石が出たのかな?と思い返してもム〜ッ分からない。
皆さん、結石の石てどんな 色 形 か分かりますか?
私は骨のように白っぽい物で丸い物を想像していました。

昨日は大石寺の初登山にも参加が叶いました。
お腹も大丈夫です。
一応痛み止めのクスリは飲んでいます。

今日、4日から仕事始めです。
今もお腹は痛くありません。
病院へは7日に行く予定をしています。
検査の結果はどうでるのか?
取り合えず、そんなこんなで今日が初PCです。
ご挨拶が遅れて済みません。

開く コメント(4)

恐るべし!あっ

恐るべし!あっつぁブログ。

顕正会現役会員や元会員が集う不思議なブログがあります。
個人攻撃やKYな書き込みさえしなければ誰でも参加できるブログです。

顕正会内の情報もリアルタイムで書き込みされます。
ここ数日で盛り上がっている内容は、
顕正会の本部役員2名が正宗に帰依したという情報と石川県白山市で顕正会の幹部だった方が下の方を40数名を連れて日蓮正宗に入られたという話題です。

本部役員2名のお名前は特定出来ていないようですが、青年部長(男子部?)と 壮年部長(地区部長?)とのことです。
石川県での大量脱退は元第九部長(K杉さん)の謹慎処分の影響ではないかと囁かれています。

他にも神奈川、長野県でも動きがあると書かれています。

顕正会にとっては大変なことですね。
浅井さんは怒りと恐れでブルブルと震えているのではないでしょうか。
崩壊の序章は数年前から始まっています。
浅井さんが「ネットは便所の落書き」と指導した時から始まっていたのです。
私もネットで顕正会の間違いに気付かされた一人です。
ネットを禁止したところで止まる事はないでしょう。
顕正会自体が縦横の連絡に携帯というネットを利用しているからです。
ネットでは顕正会の事をどのように書かれているのか?
すごく気になりますよね。
若い子達の好奇心を押さえる事はできません。

また、このあっつぁブログは一見軽いノリで運営されているように思いますが、顕正会破折は半端ではなく裏付された根拠を元にスパッと切られるから怖い(笑)
特に偽本尊に関する情報は一番信頼できるのではないでしょうか。

これまでにも、顕正会のつわ者が現れたが悉く返り討ちにあっている。
(ロ○ク、海○王はつわ者とは呼べない。変○である。)(笑)

ありがたい事に、このブログもリンクさせて頂いている。
今日はお礼を兼ねて「あっつぁの顕正会体験記」ブログを紹介させて頂いた。

http://kensyokameido9.blog50.fc2.com/

開く コメント(1)

先日の日記に「宗教とはなに」なんて大層なお題を書いた物だからそれから先が続かない(笑)
やはり、分相応の日記を書こうと思う。

他のブログを読んでいると顕正新聞の記事が抜粋されているのを目にする。
管理人が個々に破折を加えているのが実に面白い。

しかし、顕正会を離れて顕正新聞の記事を読んで見ると「本当にいい加減な事を書いてるな〜」と、つくづく思います。

日本人は肩書きに弱い人種です。

浅井さんの肩書きは?
「会長」「先生」
はて?
この肩書きに資格があるのか?
「会長」
これは、顕正会組織の長なので分かりますが、
「先生」てなに?
何の先生なのでしょうか?

一般的に教員は教員試験があって資格を持った人が先生と呼ばれます。
国会議員なども選挙に当選してはじめて先生と呼ばれるようです。
あとは、小説家、漫画家、画家などもそうですかね。
よく、講演などで○○先生なんて書かれていたりするけど、この場合は周りの者が自発的に「先生」なんて呼んだりするんだろうな。

浅井さんは「先生」と呼ばれる資格はあるの?
妙信講時代から「先生」と呼ばせていたようです。
下の者に「先生」と呼ばせて悦に慕っている只のおっさんですね。

顕正新聞の記事を見ても、何処どこの大学の先生のパクリ、識者のパクリをさも自分が考えたと思わせるようなシャベリ。
最悪が学会の捏造のパクリ。
御書講義といっても正宗のパクリですからね。

会員を奴隷のように駆り立て豪邸に住んでいるおっさん。
こんなおっさんを「先生」なんてちゃんちゃらおかしいですね。

顕正会員さん、一度会長に聞いてください。
「浅井先生は何の先生ですか?」
「先生と呼ばれる資格はあるんですか?」と・・・

返事に困るでしょうね。(爆)

占い師、予言の先生と答えるかもね。
浅井さんの予言

昭和四十九年二月二十六日
「次に迫り来る恐るべきものは飢饉であること間違いない。来てはならないと思うが数年以内にはおこらんとしている。」

昭和四十九年三月十日
「早ければ来年世界的な食料難になる」

昭和五十七年十月九日
「あと二十五年で広宣流布出来なければ、核戦争によって人類は絶滅する」

平成十年一月十五日
「小田原地震、おそらく今年、これはもう間違いないでしょう。…私はそれを知るゆえに、昨年十二月から心を休めたことがない。…小田原会館は二月中には完成するが『どちらが早いか』ということを、いま思っております」

他にも予言めいた事はいっぱいあるのだけれど、どれも当たったためしがない。(爆)
浅井さんは四十年以上前から「地震が来る〜」て言っています。
当たり前の事です。
日本は地震国です。
「小田原地震」は起きませんでした。
平成十九年核戦争で人類は滅亡しませんでした。
なんか、浅井さんてさ〜、大聖人様御在世の「良寛の祈雨」と重なるんですが、私だけでしょうか?


詐○師の先生と答えるかもね。
兎に角「嘘」が多い

会員の逮捕事件を悉く「学会の謀略」と言っている。

最近では、長野Mウェーブ「男子3万人大会」、二万三千人程なのに三万人て誤魔化している。
長野Mウェーブは最大収容人員二万五千人です。
しかも、男子部とか言っているが壮年部も強制的参加でした。

総幹部会で嘘の登壇をさせている。
元顕正会員が暴露しています。

その他、教義的なことで言えば、
「血脈相承断絶」
「不敬の御開扉」
「偽本尊」
「勤行の略式」
「御観念文の改訂」
「御書名の変更」
「御大会式なるマネ」
「会員数の誤魔化し」
等々、数え上げればまだまだあります。


「つたなき者」の先生と答えるかもね。
「つたなき者のならひは、約束せし事を、まことの時 はわするゝなるべし。」(開目抄)

昭和六十一年四月二十七日
「第一の目標は百万を、私は今後十年で成しとげようと決意しております。」

平成二年七月八日
「私は、あと八年、平成十年までに、断じてこの百万を達成しようと決意しております。」

平成三年二月五日
「七年後には百万になる。そしてそれより十年後には一千万になる。北東アジアの危機は、顕正会が百万を達成して一千万までの間に到来すると思われる」

平成七年五月二十一日
「この百万を、今から七年後の平成十四年までに、断じて達成しよう」

平成六年十月五日号
「残された時間は、あと二十年」

平成十年八月六日
「他国侵逼が早いのか、一千万が早いのか――私は十五年で断じてこれを成し遂げ・・・」

平成十年四月十日
「御遺命守護完結奉告式」
「顕正会の会長として、謹んで大聖人様に誓い奉る。一千万は、あと十五年、平成二十五年までに必ず成し遂げること、堅く誓い奉る。」

「御遺命守護完結のその日には、顕正寺を時の日蓮正宗の法主に御供養申し上げる」と公言していたが、典礼院に建替え口をつぐんでいる。


もう細かい説明はいいでしょう。
今は、平成三十三年に三百万と下方修正しております。
この三百万も累計だからスタートは妙信講時代のはず・・・
先日の総幹部会で三百万の初陣なんてバカな事を言っています。
三百万であろうが五百万であろうが累計なので初陣とは言わない。

これだけ大聖人様との約束、誓願を破ってきた人物はそういないだろう。
大聖人様の御目を恐れぬ「つたなき者」の代表である。

開く コメント(9)

宗教とはなにか?

宗教とはなにか?

えらく大それたお題を書いてしまいました。(笑)
難しい事は私も分かりません。(な〜んだ)
でも、書いてみたいと思います。
私の宗教観です。

日本で宗教団体は二万個以上あるそうです。
世界規模ではどれ程あるのか想像が尽きません。
しかし、信教が自由という国はそんなにはありません。
好きな宗教を選べる日本は幸せでもあり不幸でもあります。
正しい宗教を選べる代わりに紛らわしい宗教も多過ぎて、迷い正しい物に巡り合えない。
これが、日本の宗教事情だと思います。

どうして日本にはこれだけ多くの宗教が氾濫しているのか?
大半が名聞名利の為でしょうね。

日本人は宗教との関わりが深いです。
安産のお守りから始まり臨終を迎えるまでに様々な宗教行事があります。
故人となっても一周忌、三周忌など法要が続きます。
何世代にも渡って続いている家も多くあります。
宗教は崇高な物、特別な物と捉える人が多いのです。
そこに、邪(よこしま)な考えを加える人達が出てくるのです。

また、これだけ宗教が氾濫しているのに、「無宗教」という人もいます。
しかし、無宗教と言っても何もしないのか?と言うとそうでもありません。
稀(まれ)に何もしないと言う方もおられるようですが、大半は何でも良いというように色々な行事に参加されます。
「自分(無宗教者)は信じてないけど付き合いで参加している」と言います。
私から見れば、それは無宗教ではなく節操がないだけです。
無宗教でなく多宗教に見えます。
無人島にでも住んで、世間とは一切関わりを持たない・・ぐらいでないと本当の無宗教者にはなれないと思います。

ここからが本題です。

宗教とは「心の拠りどころ」「支え」と捉える方が大半だと思います。
「罪障消滅」「宿命転換」など今生において成仏が叶うとされる宗教は大聖人様の仏法以外にないと思います。
確かに、一部の宗教では超能力?のような物で病気を治すとかありますが、今生で成仏が叶うとされる宗教はないと思います。
無宗教者の中には「どれも正しい事をいっている部分がある。自宗こそ正しいとして他を否定するのは間違いである」という方がおられます。
この考えも、宗教とは「心の拠りどころ」「支え」という所から来るものと思います。
でも、よくよく考えて下さい。
どの宗教も良い事しか書きません。
名聞名利が目的で立ち上げた宗教ほど、他の教義を盗んでよい事ばかり並べています。
こんな偽宗教も正しいと言っているようなものなのです。

キリスト教でいえば「天国」、仏教でいえば「極楽浄土」どれもあるはずの無い世界です。
「死ねば分らない」をよい事に、いい事だけを並べて正しいとしているのです。
宗教の教えは「道徳」を元としているのが大半です。
親・師匠(教師)などを敬い感謝する事や人としての振る舞い、精神論などが多いです。
「因果応報」とよく言われます。
人と人との繋がりは「因果応報」に似た所があります。
人に親切をすれば自分に返ってくる。
良い事をすれば良い事がある。
因果の法則ですね。
大体の宗教はこのような教えだと思います。

でも、道徳では不幸な人を救う事はできません。
宗教は人を救う事が目的です。
「心の拠りどころ」「支え」という捉え方もいいでしょう。
一旦は、それで救われる人もいるでしょう。
でも、色々な諸問題に対しては、このような精神論では解決できません。
不幸の原因と幸福(成仏)になる方法を説いていません。

多くの宗教は生まれて死ねば終り、死ねば天国・極楽浄土か地獄という教えです。
或は死ねば皆、天国か極楽浄土へ行けるという所もありますね。
因果の法則を無視しています。(邪教に多いですね)
「死ねば天国・極楽浄土か地獄」この結果は死ぬまでの行いで決まると言います。
生きている間、どれだけ良い事をしたか? という因果でしょうか。
では、「幸福な家庭・そうでない家庭」に生まれる原因は何で決まるのでしょうか?
因果の法則から考えると前世の行いとなりますね。
過去・現在・未来は因果の法則で繋がっています。
信じられない方は、昨日・今日・明日に置き換えて考えて下さい。
学生であれば、
昨日・・宿題を出された。
今日・・宿題をしなかった。
明日・・宿題を忘れて怒られる。
因果の法則です。

この因果の法則は絶対に崩れません。
原因の無い物に結果は出てきません。
幸福な人、不幸な人も前世、或はズ〜と昔の過去に何をしたのか分かりません。
でも、原因は何処かにあるのです。

因果の法則が絶対となれば人生は決まったようなものだという人がいます。
過去が分からないのにどのように決まったというのでしょうか。
しかし、「今が悪ければ将来も・・・」と悲観される方もおられるでしょう。
「不幸が襲ってくる」と脅える方もおられるでしょう。
不安を取り除き、人生を切り開く方法を説く。
それが、本来の宗教の目的なのです。

原因と結果の間に仏法を取り入れる事で結果が変わってくるのです。
宗教の中でも仏法、仏法の中でも大聖人様の仏法が人生を切り開く鍵なのです。

開く コメント(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事