顕正会の泥船

正直に心のままに勇気を出して!

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充実した2日間でした

11日は記念支部登山でした。
遠くからも沢山の方が来られ賑やかな登山になりました。
当日は御授戒が2名、御本尊御下附が1名ありました。
記念の日に相応しい良い日になりました。

お天気も快晴で富士山がとっても綺麗に見えました。
富士山の上の方は少し白くて雪が積もっているようでした。

当日は沢山の方が来られるので輸送係りを引き受けました。
家族を一旦大石寺で下ろして・・
朝は富士宮駅で7名の方をお迎えしました。(私が担当)
夕方は2班に別れて新富士駅と富士宮駅へお送りしました。(妻が担当)
皆さんも大変喜んで下さり、これも、身の供養と思い有り難いと感じています。

今年は正義顕揚750年で御開扉の記念品が貰えるのも僅かの日程となりました。
記念品のふくさも全種類の色が揃いました。(フフッ)
二度と来ない750年記念です。
思い出に残る年になりました。
来月には総本山の御会式にも参加させて頂きます。
楽しみです。

12日は御本尊御下附された方のお宅へ御入仏式に行って来ました。
御住職様が新幹線に乗って来られるのをお迎えして、いざ。
北陸自動車道は空いていて助かりました。
約2時間で着きました。
この方の入信は8月11日でした。
そうです。
静岡で地震があった日です。
来れないかな?と思ったのですが頑張って御授戒に来られたのです。
ご縁がある方なのです。
御入仏式も無事に終え、また御住職様を新幹線の駅まで。

御住職様をお車に御乗せした往復4時間はゆっくりとお話し出来る有り難い時間でした。
無事、御住職様を駅までお送りして帰路に着きました。
この日は長男の誕生日でした。
ケーキとケンタッキーを買って我家へ帰りました。

充実した2日間でした。

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一番下の子共

今日は一番下の子共の事を書きます。

三歳と四ヶ月になります。
顕正会員の時に生まれました。

当時、妻は4●歳、高齢出産でした。
10年ぶりの出産です。
医者からは
「万一の場合は奥さんか子供さん、どちらかを選んで頂く事があります。それでもお子さんを生みますか?」
と言われました。
どちらかを選ぶなんて出来ないよ。
「どちらも無事にお願いしたい」と
どちらかなんて考えたくもなかった。

顕正会で大聖人様の仏法を学んだ。
命の大切さ、親子の宿縁。
子供は自らの罪障で私達夫婦を選んでくれた。
私達を信じて選んでくれた小さな命を大事にしてやりたい。
決して自らの意思で縁を切るような事はしたくなかった。
子供を地獄に落とすような事はしたくなかった。
仏法を志している者がどうして命を粗末にできようか。
私達夫婦の間では子供をどうにかする? ような考えは一切なかった。

でも、妻は苦しんで悩んだと思います。
子供の命と自分の命・・・
天秤にはかけられません。
しかし、選択しなければならない事態になったら・・・
精神的な苦悩、それに加えて身体の負担。
私達の心の支えは、只「大聖人様が付いて下さっている」
それだけでした。

妻の肉体的な負担がある為、急きょ予定を早めて帝王切開で出産する事になりました。
万一の選択を迫られる事も無く、母子共に無事に出産を終える事が出来ました。
「ありがたい」の一言
大聖人様に感謝致しました。

小さい命が無事に生まれた事は本当に嬉しくて・・・
可愛くて可愛くて仕方ありません。

少し小さくて発育が遅いです。
同じ時期に生まれた子共達と比べると身体が小さいです。
ハイハイするのも、言葉を発するのも、歩き出したのも他の子より半年くらい遅いです。
まだ言葉が上手に喋れません。
無事に生まれてくるだけでありがたい のはずが・・・
ついつい欲がでて・・・心配になります。

昔は高齢出産の場合、天才が多く生まれると聞いた事がありますが、裏を反せば天才は何かに特出した子共とも言えます。
偏った傾向の子供が生まれやすい・・・
そんな事を聞くと、わが子はどうか・・・と心配になってしまいます。

この子は、怒ると身体を硬直させて奇声をあげたりします。
(最近は少なくなってきました)
身体の何処かに問題があるのでは・・・と考えてしまう時もあります。
でも、時々天才ぶりを発揮してくれたり、何にでも興味をもって・・・正に怖いもの知らずで色々な事をやらかしてくれます。
心配事を吹き飛ばしてくれる事も多々あります。
兄弟の中では一番手が掛かっているかも知れません。
甘やかされて超わがままです。
多少面倒と思う事もあります。
でも、後になればこの時が一番幸せだったと思えるような気がします。
子供を抱ける幸せ、ほおずりしてキスして、一緒にお風呂に入ったりして、今しか出来ない事です。
子供にはいっぱい幸せを貰っています。
数年もすれば出来ない事を今頑張ってしています。

子供の手を見るのが大好きです。
ちっちゃい指、つめ、手のひらを広げても、もみじの葉ぐらいの大きさです。
何かに夢中になっている時の横顔が大好きです。
何を考えているのか〜て、すご〜く気になります。
寝顔を見るのも大好きです。
どんな夢を見ているのかな〜て
時々寝言で、「○○〜、やめてよ〜」と叫んでいる時があります。
お兄ちゃんにいじめられているのでしょうか?
可愛くて可愛くて・・・時々涙が出そうになります。

この子が一歳の時、正宗へ帰依しました。
顕正会の偽本尊に気付かせて頂き、正法を求めて帰依しました。
今思うに、
あのまま顕正会員であったならこの子はどうなっていたのか?
と、そぅ考えると、ゾッ〜 としてしまいます。

顕正会と決別する前は、家の中は殺伐として妻も活動で家を空ける事が多くありました。
家族の者が常にイライラした状態でした。
このような中で育っていたら、今頃は・・・と考えると、顕正会を辞めた事が何よりの福運だったと思います。
上のお兄ちゃん達もこの子を可愛がってくれます。
この子にとっても家族にとっても正宗へ帰依できた事は最大の福運でした。
ひょっとすると福運を使い果たしたかも知れません。
でも、大聖人様の信心を貫いていけば、罪障消滅ができて功徳を積んで福運を頂く事ができます。

この子が生まれて本当に良かったと思います。
しかし、この子を不憫に思う事があります。
この子が二十歳の時、私は○○歳です。
後17年も一緒にいられるでしょうか?
今の内に思いっきり甘えさせてやりたい。
私をず〜と憶えていてほしい。
良い若者に成長してほしい。

○○歳まで生きている自信はありませんが、成長を見届けて行きたいと思っています。
将来に不安はありますが、大聖人様の仏法を信じていれば大丈夫と確信しています。
大聖人様の仏法のおかげで私達家族は救われていると思います。

「子共は宝」です。
子供を生む事で悩んでおられる方も多いと思います。
せっかく授かった命であれば、大切にしてあげてください。
大聖人様の仏法と縁をさせてあげて下さい。
親子になれた縁は、大聖人様の仏法と縁をさせてあげる為です。

まだまだ、この子との格闘は続きますが、子育てを楽しみながら無理なく頑張りたいと思います。

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顕正会員だった頃、学会員を折伏する際の責め所としては、
「正本堂の誑惑」と「ニセ本尊」の恐ろしさを語る事でした。

「正本堂の誑惑」については、ピンとこない方が大半で、解体された事に怒りを現す方はおられても「誑惑」という事に関しては無関心とのこと。
正本堂建立前に活動していた人も「国立戒壇」という名称は知っていても正本堂が間違いと思っている人はほとんどいないと。
学会員にとっては「象徴」であり「誇り」の建物であったのです。
だから、正本堂の疑惑は学会を辞めさせる決定打にはならなかったようです。
中には、正本堂が解体された事すら知らない方もいたそうです。

そこで、「ニセ本尊」の恐ろしさを語ると真剣に話しを聞くそうです。
古い学会員の中には、未だに疑問をお持ちの方が沢山おられます。
その疑問とは
1、「宗門から破門された理由がはっきりしない」
2、「どうして正本堂が解体されたのか」
3、「どうして御本尊を取り替えなくてはならないのか」
4、「勝手に本尊を作成していいのか」
が、主な内容のようです。

これらに疑問を抱いておられる方は学会員とは名ばかりでほとんどが活動されておられません。
自ら組織を離れ距離をとって来られたのです。
付き合いで新聞を取っておられる程度です。
新聞の内容もほとんど信用されておられません。
読まない方がほとんどです。
この方達は、学会が変貌して行く姿を生で見てこられた方達なのです。

このような学会員が哀れでならないと良く聞かされました。

今日は学会の事はおいといて・・・
顕正会の「ニセ本尊」について、違う角度から考えて見たいと思います。

先程も書いたように、学会員に「ニセ本尊」の話しをするのですが、幹部や先輩達から聞いた内容の事を話すのです。
情報源は聞いた事だけなのです。
何故か?
顕正会には「ニセ本尊は間違いである」という内容の書籍がないのです。
確かに「ニセ本尊」が間違いである事は一々説明しなくても常識で解ると思います。
だから敢えて説明する必要もないと云う事なのでしょうか。
しかし、正常な判断が出来ない人には、根気強く道理で説明しなくては理解してもらえない。
御書や歴代御上人の御指南を示して説明する事が必要になります。
ところが、顕正会には御書や歴代御上人の御指南を拝する事ができません。
浅井さんの指導だけが頼りなのです。
しかし、浅井さんの口から「学会のニセ本尊」の事や「ニセ本尊は間違いである」という講義記録や書籍がないのです。
学会の悪口は散々言っているのに、こと「ニセ本尊」に関しては全く言及してないのです。
御本尊作成において在家信徒が作成する事は間違いと一度も批判した事がないのです。
どうして批判しないのでしょう。

学会員の場合は「組織が勝手に作っている」と相手の良心に訴えるのです。
御本尊を信徒が勝手に作成する事は間違いであると、相手の良心に訴えるのです。
「開眼が必要である」とか「御法主上人の許可が必要である」とかの話しはしないのです。
そういう物が必要である事すら私達は知らないのです。
教学武装ができないのです。
「勝手に作っている」「謗法だから怖い」と話すだけなのです。
「ニセ本尊」には「魔仏、鬼神が棲んでいる」なんてネットで初めて知りました。
「開眼」という言葉も初めてでした。
「開眼」については、御数珠や御経本にも必要であるなんて知りませんでした。

学会作成の本尊を「ニセ本尊」としている顕正会員にとっては、喩え顕正会作成の本尊であっても許せないのです。
当然ですよね。
総本山大石寺で許可され作成された御本尊だけが本物の御本尊と思っているのです。
今顕正会では「ニセ本尊」の問題が一番大きいのです。
いくら御遺命説が正しいとしても「ニセ本尊作成」は本末転倒なのです。
これは許し難い最大事なのです。

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顕正会が「男子部3万人大会」を開いて失敗したとか・・・

最大2万5千名しか入らない会場で空席があったとか・・・

○衛男子部長が3万人集まったとウソを言ったとか・・・

入会は高校生からなのに、中学生らしき子供の姿も見られたとか・・・

男子部なのに壮年部も参加していたとか・・・

女子部・婦人部所属の男性も参加していたとか・・・

顕正会本部は、事前に「参加人数は2万3千名」と関係各所に連絡していたとか・・・

平成33年まで300万人を先延ばしにしたとか・・・

平成33年に「男子部10万人大会を開く」とデマカセを言ったとか・・・


「無責任・いい加減・デタラメ・二枚舌・口舌の徒・嘘八百」 どれも顕正会の浅井さんの為にあるような言葉である。

とはいえ、上記の様な事は邪教団では当たり前、「無責任・いい加減・デタラメ・二枚舌・口舌の徒・嘘八百」を言わなければ存在意義がなくなる。

顕正会が邪教団である由縁はこんな事ではない。
邪教団である根本原因は
「ニセ本尊」
「血脈否定」
の「三宝破壊」にあるのです。

「ニセ本尊」については、松本元住職から譲り受けたと主張しています。
本来在る筈の無い御本尊(日布上人大幅御形木御本尊)全国の会館に安置
自宅拠点・御捧持用御形木御本尊(日寛上人御形木御本尊)妙縁寺から持ち出したと思われるが、所蔵されていた御本尊は、二百〜二百五十幅と思われます。それが、今や全国に1千幅近く出回っています。
また、総幹部会などで学会を誹謗中傷していますが、学会の「ニセ本尊」について言及した事がありません。「正本堂」については「御遺命破壊」としきりに批判しますが、「ニセ本尊」については「仏法破壊」「御本仏への冒涜」「ニセ本尊は大謗法」などの批判は言った事がありません。学会が本尊を作成している事は公であり隠していません。浅井さんはどうして学会本尊について言及しないのか?
いずれ、「御本尊を作成しました。私には資格がある」と発表しそうですね。

「血脈否定」については、正信会や学会が否定しだした頃は、「大謗法」「仏法破壊」と非難していましたね。今や正信会や学会と同類になりました。

顕正会の謗法化は年々酷くなっています。
年々、謗法の根が深くなっているように思います。

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高瀬舟


『高瀬舟』(たかせぶね)は、森鴎外の短編小説です。
1916年(大正5年)1月、「中央公論」より発表されました。

この小説は、学校で習った記憶があります。
それで、憶えているのですが・・・

当時は、なんとも切ない、悲しい話し・・・ぐらいにしか思っていませんでした。
時々、ふっとこの話を思い出します。

「安楽死」を問題定義した物との見方が多い作品です。
難しい問題です。

私はそういう難しい話ではなく、「正しい」というのか、「正義」というのか・・・解りませんが、一面だけでは判断出来ない事「側面」「裏側」を見る事を教えていると思います。

〜あらすじ〜
物語は京都が舞台です。
高瀬舟は高瀬川を上下する小舟です。
徳川時代、京都の罪人が流刑を申し渡されると、罪人は、高瀬舟にのせられて、大阪へ回されました。
ある時、弟を殺した喜助という男が乗せられました。
羽田庄兵衛は、罪人を護送する京都町奉行の配下の同心です。
庄兵衛は、罪人である喜助がいかにも晴れやかな顔をしている事を不審に思い、訳を尋ねる所から物語が始まります。
喜助は、両親を流行病でなくして弟と二人で暮していました。
兄弟で助け合いながら必死に生活をしていました。
しかし、弟は病気で働けなくなってしまいました。
喜助は弟の面倒を見ながら何とか食べていける生活をしていました。
いつものように弟のために食べ物を買って帰ると、弟は布団につっぷしていてまわりは血だらけでした。喜助は、弟のそばに駆け寄りました。弟は、自分が直りそうもない病気だから早く死んで兄を楽にしてやりたいと考え、のどを切って死のうとしたが、うまくいかず刃が刺さったままになってしまった。喜助は、医者を呼ぼうとしますが、弟が必死に抜いてくれと頼むのでしかたなく抜いてしまいました。弟は、ついに死んでしまった。そうして喜助は捕まり罪人として高瀬舟に乗せられたのでした。

かなり、簡単なあらすじですみません。
詳しく知りたい方は小説を読んでください。

喜助は「弟殺し」果たしてそうなのでしょうか?
「有罪」「無罪」 二者択一できますか?

私は「有罪」「無罪」という法律の難しい事はわかりません。
「罪人である喜助がいかにも晴れやかな顔をしている」という部分が印象に残っているのです。
やはり「安楽死」の問題に繋がるのでしょうか。
安楽死の問題は、死亡した本人よりも、手を下した人の道徳、いや、もっと何か複雑な・・・難しいので止めます。

喜助にとっては「有罪」「無罪」なんて関係ないのです。
弟を「助けた」「楽にしてやれた」との想いで晴れやかな心だったと思います。
「助けた」は適切な表現ではないかも知れませんが・・・
喜助にとっては「正しい」行為だったのでしょう。
自己満足と考える人もいるでしょうね。

でも、世の中は法律で判断出来ないような事や本人にしか解らない事が多いのです。
特に「心の中」は誰にも見えないので、一面だけを見て判断するのは大変難しい事なのです。
「物事には必ず裏」「見えない部分」があると思います。
「裏」というと胡散臭いように思いますが、「裏」=「真実」と思われることが往々にしてあります。

顕正会員時代に浅井さんの心情はどうだったのか?
という事を考える事が多かったです。
「御遺命を守る為、大聖人様の御意にお応えする為、苦渋の想いで居られた」と、その忠誠の一分でも理解したいとのおもいで、表面に見える一部分だけでなく、浅井さんの心情を色々と考えていたのです。
入信勤行は正宗とは全然違います。
破門された在家信徒では、現状以上の事は出来ないでしょう。
大聖人様にお応えする為、この想いが理解できたので受け入れる事ができました。

しかし、御書名の改訂、略式勤行、御観念文の改訂、血脈断絶発言等々は、大聖人様の御意に反する事です。
受け入れられる物ではなかったのです。
ニセ本尊作成は、堕地獄の行為です。

浅井さんには「裏」がありました。
ドロドロとした「慢心」と「欲望」の「裏」があったのです。
浅井さんは「裏」の為に、表面に出ていた「御遺命守護の戦い」という、僅かな功績までも汚してしまったのです。
宗史に残る功績を宗史に残る汚点に変えてしまったのです。
浅井さんの「御遺命守護の戦い」とは、昭和45年「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」を送られた事に尽きると思います。
しかし、自業自得とはいえ、数々の自語相違により「正本堂に就き・・・」すら会員に公開も出来ず、過去に発刊された著書も廃刊するなど「正義」など微塵も見られぬ状態に落ちてしまったのです。

話しは元に戻りますが、
物事には「裏の真実」があり、「一面だけを見て判断するのは大変難しい事」を忘れないようにしたいと思います。
但し、裏の真実が正しいとは限りません。
浅井さんのようにね!

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