北の大地の文人

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木槿

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(みやちゃん)

休日になると早い時間から散歩に出ます。一昨日は午前中に散歩とサイクリング、午後は再度散歩に出ました。

団地内を流れる小川に沿った桜並木の緑の道は直射日光を遮る絶好の日陰歩道となります。午後の四時頃です、ペットボトルを片手にいつものように歩き出しました。

この間も高齢の女性が「命は惜しくない・・・」と言葉を掛けてくれた同じ場所の石垣に今日は違う女性が座っていました。

見知らぬ人でしたが「こんにちは、今日も暑いですね」と声を掛けました。

すると彼女は突然、私をずっと待っていたかのように急に話し出しました。結果的には一時間近く立ち話をしたことになります。

話の内容は同じ団地の男性が先日、自分を泥棒呼ばわりしたこと、何も盗んでいないので警察を呼んで調べて貰ったこと、男性は80代の高齢で認知症を患っているようです。しょっちゅう周りとトラブルを起こしているとのことでした。

彼女は、自分は何も盗んではいないのに泥棒呼ばわりされたのが悔しいと涙を流さんばかりに話しをしてくれました。この高齢者とのトラブルについては他にも例があり警察官は事情を熟知していたとのことでした。

一方的に話をされるのですが、時々、私の方から質問をして彼女のことが解ってきました。

歳は40過ぎ、生まれは近くの○○見町、ここの団地には十数年住んでいる。結婚はしていないが同居人(ご主人)がいる。この同居人には前の奥さんの連れ子が4人いるが、一緒には暮らしていない。同居人は自営業。

自分も時々アルバイトで近くに働きに出る。この間は健康施設の掃除に行った。自分には「障害」があり手帳を見せるとバスやタクシーが半額になる。

彼女の手足には蚊に刺された跡の赤い点があちこちに残っていました。頬には茶色のまだらなシミが広がっていて化粧はしてはいないようです。顔の形は四角く瞼は多少下がっています。口元からは左の犬歯が飛び出したように見えていて柔和な感じはなく幾分野性的な印象を受けました。

彼女の話し方はおしゃべりの女性とは異なりゆっくりしたものでしたが、感情がこもっています。いじめられた話、助けて貰った話、妹の旦那が県に勤めていて要職にある話、いずれの話にも嘘偽りは無いようで、澄んだ大きな眼の動きから感情のおもむくままに語っているようでした。

国勢調査で民生委員の人が、別姓の二人が夫婦のように生活していることをうまく書いてくれたこと、さらに簡単なテストで障害者手帳を貰えたことなど、恥ずかしがらずに教えてくれました。

「うまれつきはだめなんだ」と言った彼女の言葉には、何らかの事故で知的機能に障害が発生したことを意味していたようでした。

素直な表現、たっぷり感情が込められた話しぶり、見ず知らずの私に家庭のことを淡々と語る姿に私は、最初は戸惑いましたが、ノーム・チョムスキーのいう「言語機能を獲得した人間の偉大さ」を改めて知った思いです。

「自己保存本能」に基づく防衛的な話と多弁に他愛もないことを伝える「人間の多様性」は、あらゆる可能性を秘めているということです。

敵か味方かを瞬時に判断する能力、自己との親和性の有無を見極める能力などいずれも生きる上で大切なものです。彼女との会話では人間のコミュニケーションの基盤が言語にあることを見せつけられました。

集団的社会システムを創造し自然界に君臨する人間は、常に他者との交流を積み重ねながらこの集団的社会システムを安定させているということが解ります。

他者との交流を拒否すると争いごとが始まり富の再分配が適正に行われなければ紛争が勃発します。

人間は武器を持たずたゆみない対話を繰り返すことで安定した社会集団を構築・維持してきたのだと私は理解しています。

私に無防備に屈託無く話をしてくれた彼女の名前は「みやちゃん」ということでした。

彼女とのほんのひととときの交流は大部分が世間話だったかもしれませんし、単にみやちゃんの欲求不満を聞いてあげたことだったかもしれません。しかし、私は私なりに自分の住む地域の人々の多彩な構成や個性溢れる人間模様を垣間見ることができたと思いました。

消防署隣接の小グランドには木槿(むくげ)の灌木が三本ほどあります。大きな楓(かえで)の傍で薄紅の花弁をたわわにつけています。大きなクマバチが蜜と花粉を集めに来ていました。

木槿を抵抗のシンボルとみるか、可憐な花とみるかは見る者の心象と深く関わっています。現に存在する事物の細かい写象描写が事物そのものを正確に表現したことになるのでしょうか。むしろ表現された「写象描写」の手法や筆者の息づかいによって事物のもつ多様な姿が表出されてくるのではないでしょうか。

数ヶ月前、田舎から知人の女性が上京してきました。私は夜の食事に朝鮮料理を提案しました。そのとき彼女は一瞬、顔をしかめたのです。それを見た私は即座に中華料理を勧めました。

知人は朝鮮料理が嫌いで顔を歪めたのではなく「朝鮮」という言葉に拒否反応を示したと私は確信しました。柔和で優しい物腰の彼女ですが思想信条が伝統的保守であることは知っていました。

ミサイルや核問題がマスコミをにぎわしている時期でしたので彼女は過剰に反応したかもしれません。

私は彼女を非難するつもりはありません。「朝鮮」という国や民族にある種の意見や考えを持つことも自由です。しかし、無意識に拒絶する「感覚」は、忌々しい異物のように自分たち以外の他者の存在を否定することに通じます。

私が散歩で出会った「みやちゃん」は素直でした。自分にとって嫌な物事は事例を持って示してくれました。でも私の知人は嫌悪で応えたのです。

この身近な事が過去の中国、朝鮮への差別や排斥に通じていて、今も続く思慮無き「嫌悪と拒否」に繋がっていることが、私にとって悲しくてたまりません。

可憐な薄紅の木槿の花を醜悪と思わせるような陰湿な策動に屈することなく、木槿は木槿としてその華麗な美しさで人間の心の汚れを洗い流して欲しいと思うのですが。

「みやちゃん」のように誠実に物事を理解し、嘘偽り無く語れる術を学びたいと考える日々です。

注)孤高の革命家「林白言」氏
 戦前、朝鮮で生まれ、故あって、両親とともに五歳で玄界灘をわたり終戦を陸別駅で迎える。戦後の労働運動が盛んなときに、国労中央執行委員を務めるが、合理化の嵐の中で解雇され、北海道に舞い戻る。差別と苦難を乗越え、北の大地で文化活動を起こし、自らもペンを取って「人間の本質」を照射していった。既に、彼は鬼籍に入っているが、「ペンは剣よりも強し」のごとく、彼の残したものが今も光り輝いているのは事実です。
  このブログの目的も「林白言氏につながる過去」から、私たちが現在を生きるために大切な「啓示」を探り当てようとしています。


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