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「あなたが生まれてきた理由」
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ユダヤの暦と祝祭日

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■暦


 世界で共通に使われている年号は、西暦です。実はこれはキリスト教徒のものです。西暦を略してAD××年などといいますが、Anno Domini(「アノ・ドミニ」主の年に)の略号ですから、明らかにキリストの生誕日からの計算の意味です。ユダヤ教徒は使いません。使わざるを得ない場合も、CE(Common Era「コモン・イアラ」共通暦)の何年という言い方をします。紀元前も西暦では、BC(Before Christ)ですが、ユダヤ人はBCE(Before Common Era)といった略号を使います。

 ユダヤ暦の年は、西暦に3760年を足した年数に等しいですが、これはラビたちが聖書に基づいて天地創造から計算したという年数を採用したものです。日本人は、戦前には神武紀元(皇紀)を用いていましたが、神話に基づいていて、科学的でないという非難がありました。ユダヤ人の場合、堂々と神話に基づく天地創造、あるいはアダムの時代からの年号を、民族としてまたイスラエル国家として採用しているのは、興味深いと思われます。

 ユダヤ暦の新年は、西暦では9月から始まります。そのわけは後でお話しします。暦の単位である「月」は、聖書では、新月から次の新月までの29日か30日の時間を1カ月とする太陰暦です。

 地球が太陽を1周する時間を1年とするのが太陽暦ですが、太陰暦12カ月は、太陽暦との間に約11日間の誤差が出てきます。春の月がいつの間にか季節を外れてしまい、大変不都合をきたします。それで、それをうまく調節する工夫が考案されて、ユダヤ暦が出来上がりました。タルムード時代に作られたものが基本的に現在でもユダヤ教で用いられ、イスラエル国も公式にはこの暦で行事が執り行なわれています。

 具体的には、太陽暦とのバランスは、19年に7回閏年を設けて、閏年は1年13カ月として調節されます。つまり、閏月を加えるわけです。それで、大体春の祭り、過越しの祭り(ペサハ)は西暦の3月か4月に来ることになりました。

 キリスト教徒のお祭り、例えば、復活節(イースター)は実は、ユダヤ暦のペサハの日なのですが、4世紀ごろ、キリスト教の宗教会議でユダヤ人の暦を使うのは沽券にかかわるというわけで、計算式をつくってその日(ほとんど同じ日)を決めることにしたそうです。実質的には、教会の大事な行事の幾つかもユダヤ暦に沿っています。

 それでは、イスラエルでは西暦は通用しないのかと言うと、もちろん、そんなことはありません。国際時代ですから、2008年セプテンバー(9月)何日と言います。と同時に、イスラエルの英字新聞でも日付が5769年エルール月の何日と併記されています。しかも、イスラム暦の日付も載っているのも面白いですね。

 ただし、国の公式行事はユダヤ暦でします。1948年5月14日にイスラエルは独立しましたが、その日はユダヤ暦でイヤールの月5日でした。このように独立記念日などは毎年、西暦によれば異なった日付になります。

 日常生活では通常西暦で通しています。現代ヘブライ語の月の名前は、英語の月名の翻訳に近いですね。一般市民の間では「今日はアヴの15日です」という言い方はしません。ヤヌアル(1月)、フェブルアル(2月)などと呼んでいます。





■祭りの種類


 ユダヤ人が今も歴史と伝統を大事に守っているのが、1年間の祝祭日の行事からもうかがえます。行事が多様ですので、まずざっと総括的にお話しして、次にそれぞれを各章に分けて説明しましょう。

 大きくは3つに分類されます。第1のグループは、旧約聖書に守るべく規定されているもの。第2のグループは、旧約聖書に記された出来事、または古代の民族史に由来するもの。第3のグループは、近代の歴史の出来事に由来する記念日。

 第1グループには、聖書に3大祭りとして記されているお祭りがあります。もともと遊牧民だったユダヤ民族ですが、カナンの地といわれたパレスチナに定住して農業を生活の糧にした時代が長く続きました。農業や自然と関連して生まれた祭りで、季節の節目に祝われたものです。

 春の過越し祭(ペサハ)、夏の七週の祭り(シャブオット)、秋の仮庵の祭り(スコット)がそれです。これらの祭りの日には、「年に3度、男子はすべて、主なる神の御前に出ねばならない」(出エジプト記23:17)と定められていますので、3大巡礼祭とも呼ばれています。これは、エルサレム神殿への巡礼のおきてになりますが、実際にすべての人が実行したわけではないようです。

 その他、新年と贖罪日(ヨム・キプール)が第1グループにあたります。もっとも厳粛な、宗教的な祝祭日です。このグループは、安息日と同様に労働を禁じられた日で、「聖日」として扱われます。

 第2グループは聖書に祭りとして守るように規定されていませんが、長い年月を経てユダヤ民族の伝統の中に生きているものです。モーセの律法とは関係がありませんし、また会社や銀行、官庁が休みにもなりません。いわば、半分聖なる日です。そのような祝日を「小さな祝祭日」と呼んだりします。

 小さな祝祭日というとき、通常、ハヌカ、プリム、ティシャ・ベアヴ(神殿崩壊日)という祭日あるいは記念日のことを指します。さらに、ローシュ・ホデシュ(毎月の1日、ユダヤ暦で新月の日に当たる)、ラグ・バオメル(オメルの33日)、トゥ・ビ・シュバット(樹木の新年)などを含めることもあります。

 第3グループには、ホロコースト記念日、イスラエル独立記念日、戦没者追悼日、エルサレムの日などがあります。ユダヤ人全体の記念日というより、イスラエル国内の行事です。しかし、世界各地のユダヤ人が全く無関心というわけでもありません。





■新年「ローシュ・ハシャナ」


 新年のことを、ヘブライ語で「ローシュ・ハシャナ」(年の頭の意)といいます。以下ではローシュ・ハシャナと呼びます。

 旧約聖書のレビ記23章には、神からモーセが命じられた祝祭日の一覧が載っています。実はレビ記のその箇所には、新年という言葉で出てきません。何と言っているかというと、「第7の月1日をあなたの安息の日とし、角笛(ショファール)を吹き鳴らして記念する聖なる集会の日としなさい」とあります。この第7の月1日がいま、ローシュ・ハシャナとして祝われる日です。

 週の7日目が安息日で聖なる日であるように、月の第7番目は1年のうちで聖なる月だとされるわけです。同様に、年についても7年目は安息年であり聖なる年と見なされます。

 ここで、聖書に言う第1の月は過越し祭のあるニサンの月で、4月頃に当たります。上掲の表にあるユダヤ暦の月の名称は、聖書時代以後、バビロン捕囚の間に現地から借用したものです。第7の月は、ティシュレーといいます。

 レビ記23章には、「第7の月の10日は贖罪日である」とあります。ローシュ・ハシャナから10日目に贖罪日(ヨム・キプール)が来ます。聖書には、1日と10日を特に結び付けていませんが、ユダヤ教では暦のうえで、この10日間を特別な日々と見なしてこの期間を一体に考えています。そして「畏れの日々(ヤミーム・ノライーム)」とか「裁きの日」とか言われます。

 この祝祭日は、他の祭日と違って、歴史の出来事や農業の祭日とは関係のないのが特徴です。例えば、過越し祭(ぺサハ)は、出エジプトの出来事を記念しますし、また春の祭りとして大麦の収穫を祝います。秋の仮庵の祭り(スコット)は、出エジプトの荒野の天幕生活をしのび、また収穫感謝の歓喜の祭りでもあるわけです。ところが、新年から始まる10日間は、自己を点検して内省し、神の前に悔い改めの時を過ごすという、純粋に宗教的な祝祭日なのです。





■贖罪日「ヨム・キプール」


 ユダヤ新年の後、10日目に来る贖罪日(ヨム・キプール)は、10日間の悔い改めの期間の最後を締めくくる、ユダヤ人にとってもっとも聖なる日です。常日頃はシナゴーグに行ったこともない人も、仕事を休み、シナゴーグに祈りに行ったり、家で静かに過ごします。イスラエルでは日本の元旦以上にあらゆる公の活動は停止します。バスも空港も休日です。旅行者はご注意のほどを。

 この祭日は、旧約聖書に由来しますが、民数記19:7に「その7月の10日に聖会を開き、かつあなたがたの身を悩まさなければならない」とある箇所の「身を悩ます」は断食を意味すると、ユダヤ教の伝承は解釈しているのです。

 そのほかに、「身を悩ます」はレビ記の16:29、23:27にも出てきます。この日には、24時間飲食を断つほか、夫婦の交わり、体を洗ったり、油を塗ったり、革靴を履いたりすることも控えます。





■仮庵の祭り「スコット」


 ヨム・キプールに続いて、その5日後、仮庵の祭りがやって来ます。ちょうど秋の収穫の季節にあたりますから、春の過越し祭(ペサハ)、七週の祭り(シャブオット)と並んで、農業祭の一面があります。イスラエルの民が農耕民となって、神の恵みを感謝したことに由来したのかもしれません。と同時に、ユダヤ人の祭りは必ず民族の歴史と結び付けられて祝われます。

 仮庵の祭りは、ヘブライ語で「スコット」と言いますが、1週間続き、シェミニ・アツェレット、シムハット・トーラーなどの歓喜と愉悦に満ちたお祭りがやって来ます。

 この祭りは農業祭が起源でしょうが、旧約聖書は次のように述べています。

 「あなたがたは7日の間、仮庵に住まなければならない……これはわたしがイスラエルでの人々をエジプトの国から導き出したとき、かれらを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの子孫に知らせるためである。私はあなたがたの神、主である」(レビ記23:42-43)

 仮庵のことをヘブライ語でスカー(その複数形がスコット)と言いますが、仮庵を建てるのは、約束の地に行く途中で荒野に40年間流浪したことを記憶するためだというわけです。

 仮庵の祭りの名称については、出エジプト記の23:16では、「取り入れの祭り(ハグ・ハアシーフ)」と呼んでいます。

 また、タルムードでは単に「祭り(ハグ)」と言えば、このスコットを指します。こんな使い方が生まれたのは、スコットがもっとも楽しく、華やかに祝われたからなのかもしれません。

 ミシュナーに次のような格言が載っています。「ベート・ハショエヴァの儀式を見たことのない者は、本当の歓喜というものを知らない」(スカー5:1)。このベート・ハショエヴァとは、スコットの2日目の夕べ、シロアムの池から汲んだ水をエルサレム神殿に運び、それを祭壇に注ぐ儀式のことです。スコットは乾季の終わる時期にあたるので、雨乞いの象徴でしょう。歌い、踊り、手に手にたいまつを持って進む行列は、さぞ見事なものだったと想像されます。

 新約聖書(ヨハネ7:38)に、イエス・キリストが、仮庵の祭りに「私を信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」と叫んだとあります。このイエスの言葉は、神殿に水を注ぐベート・ハショエヴァの祭りを意識して、その儀式をよく知っているユダヤ人に語りかけたことが分かります。

 スコットは、「巡礼の祭り」とも言われます。ペサハやシャブオットも同様です。

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