宮崎総子のオフィシャル・ブログ

人生に輝きを与えてくれる素敵なお話が出来たらいいな?

素敵な朗読教室

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 この時期、何時もぎりぎり、、一月ばかりは領収書片手に
大奮闘です。すっかりブログどころでなくお休みしてました。

 先日の朗読の会「逢い読み会」で、ミスターSさんが確定申告に
まつわる自作の作品を読まれました。それが、ウイットが効くいていてすごく良くて
その日のトップの作品に選ばれたほどです。
20数人いる会員の中、お二人だけが男性です。
Sさんは70を超えられ、この会に入られた10年近くなります。
奥様を数年前に亡くされました。一番の楽しみは、、お酒。
多分、朗読の会にでたあと、お仲間と一杯やる楽しみが、、
長続きの原因になっていると私は感じてます。


 ある年金生活者の怒り   

二 月、八月いわゆる二、八は世間では不景気な月と言われるが、昨年まで
私にとって二月はとても楽しい月だった。
何故か? 理由は確定申告の月だからである。
確定申告というと、お金持ちは頭が痛いのだろうが、何しろ所得が年金しかない
私にとってはよい月だった。源泉徴収でよけいに先取りされた税金が申告すれば
戻ってくるからである。余計に取られていたものが戻ってくるのだから当たり前の話だが
それでも嬉しかった。

 一月の末頃、税務署から申告用紙が送られてくる。
二月の始め説明書を読みながら電卓と申告書を並べ計算し書込みする。
二時間程度かかるが書き終えると、今年はどのくらい戻るか分かる。
私は何時も申告受付の初日、税務署にそれを提出した。
これで一段落、ちょっとほっとした気分になり、何時も二本ですます晩酌をその日は三本にする。
三月半ばになると心待ちにしている青い色の葉書が税務署から届く。
“返還金○○万円の振り込み手続きを三月○日致します”と書いてある。
これで申告通り確実に金は送金されてくるのである。やれやれ、しめしめ。
その晩も晩酌は三本、つまみも少し上等と言うことになる。
次に振り込み日から二.三日遅らせて銀行に行き、着金を確認する。
これを済ますまでは相手が國であろうと百パーセント信用は出来ない。
通帳をこの目で見て、さて今晩は誰か暇な奴を誘って飲みに行こうと考える。
そしてもちろん、必ず相手を見つけて飲みに行く。
つまりここ迄で 三回楽しむ機会を恵まれた事になる。
一粒で三回おいしい何とか飴みたいなものである。
そればかりでない。この逢い読み会の帰り、用賀駅ビルの地下のそば屋で
メンバーの丸さんと割り勘で飲む酒代の一年分も戻り金で充分間に合った。

 ところが今年はどうだ。かねてから増税になるとは聞いていたがひどすぎる。
老齢者控除がなくなった。年金の所得換算率も悪くなった。定率減税も下がった。
総崩れである。私の計算だと今年の返還金はたったの200円である。
振り込み手数料の方が高いではないか。
余命幾ばくもない老人のほんのささやかな楽しみを奪ったのは誰だ。
悪い奴だ、しみったれたケチな奴に違いない。
“よしそうならば,そんな事を決めた人間とその一味には次の選挙では
絶対に投票してやらないぞ”と確定申告を見ながら怒り狂った。
だが次の選挙までこちらの寿命がもつかどうか、ちなみに日本人男性の平均寿命は
七十六歳、微妙なところである。
返還金が200円になってしまったからと言って、今さら用賀駅ビル地下の
そば屋での一杯は止めるわけにはいかない。“逢い読み会”が続く限り飲みに行く。
でもこれからの一杯は、おそらくほろ苦い味がするだろーなー。

私は、「逢い読み会」という会と、玉川高島屋の文化センター「コミュニティークラブたまがわ」で朗読の指導をしています。指導と書きましたが、私も朗読を楽しみ親しんでいるという方が正しいかもしれません。
 「逢い読み会」この会は亡くなった姉が、無名塾の稽古場、仲代劇堂でスタートしたものです。
無名塾は多くのお芝居を作ってきましたが、日頃お世話になっている地域の方、演劇を親しむ方との又違った交流を持ちたい、ということで11年前にスタートし、どなたでも入って朗読を楽しむというものです。

他の朗読教室は知りませんが、作品選びは、こちらが選ぶのではなく、一人一人朗読される方が、読みたいものを選んでくるのです。そして其れをどう読むかの演出も、自分でします。
20人いれば20ものいろいろな作品に触れられ、それぞれの自己演出も楽しめます。これがこの会の大きな魅力です。自分がどう表現したいか、、これは最も大事なことです。
指導者が指導者の表現したいように指導すると、はじめは早くうまくなったきがします。でもそれはいずれ壁にぶつかりますし、朗読なら皆同じ読み方になってしまうのです。「逢い読み会」は皆違った個性で
の朗読なのです。

 いろいろな趣味があると思いますが、朗読は読む作品を探すと言うことで、様々な本を読む機会が多くなる、そして声を出す、ということから健康にもとても良い、そして作品の内容は心に響くものが多く私は指導者でありますが、その場で作品から受けた感動がとても自分を元気にしてくれろと言うことを感じます。言葉に気持ちを乗せる、、そして人前で朗読するはじめは緊張してとても声も出ないのですが、、だんだん慣れると其れはたいそう気持ちの良いもので、一つの達成感を得るものです。、

朗読のもう一つの利点は、読みのうまい下手に関係なく、読み手のぴったりの作品、読み手が、
心に感動を受けたものを読んだときは、其れはプロの俳優が読む以上に伝わるものがあるのです。
これは亡くなった姉がしばしば言ってました。「あの方はどちらかと言えば下手よね、、でもこの前の作品を朗読したときは、ああは読めないと言う読み方で、、芝居の勉強になったわ」

「逢読み会 」では全員が朗読した後、良かった朗読の再読を投票します。
読みがうまいとされている人が何時も選ばれるのではない、というところに、朗読のすばらしさを感じています。作品の素晴らしさに、読み手の伝えたい思いが加わるからでしょう。

 「逢読み会」で発表された作品で、気に入ったもの、、沢山ありますが「春」という作品ご紹介しましょう。朗読してみてください。自分発見が出来るかもしれません。

             春    坂本 遼

         おかんはたった一人
         峠田(とうげた)のてっぺんで鍬(すき)にもたれ
         おおきな空に
         小ちゃいからだを
         ぴょっくり浮かして
         空いっぱいになく雲雀(ひばり)の声を
         じっときいているやろで


         里の方で牛がないたら
         じっと余韻に耳をかたむけているやろで
         大きい美しい
         春がまわってくるたんびに
         おかんの年がよるのが
         目にみえるようで  かなしい
         おかんがみたい

朗読をなさったこと有りますか?
学校時代に国語の本を読んで以来、声を出して文を読むことはしていないという方も
すくなくないとおもいます。 私は女学院時代はESSと放送部に所属していました。
当時放送部で何回か朗読した遠い記憶があります。

大学を卒業し、フジテレビのアナウンサーになりましたが、朗読をするという仕事はまったく
といってありませんでした。ドキュメント番組のナレーションというものがありましたが、
それは画面があって初めて成り立つものですから、いわゆる朗読とはすこし意味合いがちいます。
しかもそういうナレーションは、ナレーターというプロや、名のある俳優等が読むことが多く、
入社間近いアナウンサーに回ってくる仕事ではありませんでした。

しかし私は、入社当時、多くの朗読をフジテレビの
放送で流していたのです。それは、、、、。

 私がフジテレビに入社したのは40年も前になります。
映画が全盛の時代、テレビ局は全く新しいメヂアとして
登場してきました。
まだ白黒で、、カラーの試験放送などが行われだしたばかりでしたが、
くどい色でとても見るに堪えるものではなく、
テレビはこどもも見るのだから、
漫画などは絶対カラーにして欲しくない、、と思ったほどのものでした。
今からは信じられない事です。
しかもCMも地方の放送で今も時々見ますが、
写真の上に字が書いてあって、、、(私たちは其れを業界用語で
テロップと読んでいましたが、、)。その止まった画面に会わせて
その時間に生でアナウンサーが、ナレーションをつけていました。
ブースといわれた、デスクとマイクだけのある小部屋で、ヘッドホーンをつけ、、、
5秒や10秒のコメントを、ストップウオッチを片手に、読むのです。
「魚の目たこにイボころり」 これはずいぶん読みました。当時の大事なスポンサーだったのです。
その後そういうCMのアナウンスも全て、前もって録音し
自動的に放送されるようになりました。
この自動化されるまで、、私はフジテレビから朗読を放送していたのです。
自動化がされるまで、放送はかなり手作りです。
全てが手動で、アナウンスのほとんどが生放送、アナウンサーは順番に泊まり勤務がありました。
放送は、送出している「周波数とJOCXTVフジテレビです。」というコメントでその日の放送が
開始され、放送終了時もこのコメントが終了の合図。
ブースに入って、マイクの音声をオンにして、「JOCXTVフジテレビです。」と読むと、
しゃーというグレーの砂嵐の画面になるのです。
しかし「JOCXTVフジテレビです」。を言う前の時間は、アナウンサーが好きなお別れの言葉を言って、好きに使う事が出来たのです。レギュラー番組のない私たちにとって其れは唯一、アナウンスが出来る貴重な場でした。
週に一度のその時間のために、練りに練った文を書き、時には
その日のビビッドなニュースも挟み込み、マイクを前にハッスルしたものです。
もっとも、この時間にちょっとでも長く話をしたいと張り切るのは、新人アナに限ってました。いろいろな番組を持ち活躍している先輩アナは、早く放送を終え、仮眠室で寝るか、、スタッフと酒盛りをするか、、早々に、最後のJOCXTVフジテレビをいって引き上げていきました。

私は必ずと言っていいほど、ここで朗読を読んだのです。
BGを流し、、詩を読んだり、短いしゃれた文を読む、、、
私の声が多くの茶の間に届いていると思うと、楽しいものでした。
でも下手な下手な朗読で、、早く寝たいスタッフには迷惑なことでしたでしょうし、お茶の間でも、パチとスイッチが切られていたかもしれません。

 その時一番多く読んだのは、堀口大学の詩でした。
 
  月夜の浜辺         中原中也

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけではないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけではないが
    月に向かってそれは抛れず(ほうれず)
    波に向かってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁み、こころに沁みた

月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

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朗読会での嬉しい話

私は姉から引き継いだ朗読会「逢い読み会」と平行して、昨年10月から、
自宅の近くの玉川高島屋のコミュニティークラブたまがわで「朗読サロン」を持っています。
ちょっとしたカフェのような椅子とテーブルでまさにサロンとと言うのにぴったりです。
昨日は今年初めての「朗読サロン」でした。10回コースであと3回ですが
最終日のレッスンは、発表会をやることにしていますので、昨日は一人一人
時間をとって、かなり細かく指導しました。
 発表会というと皆力が入り、作品もなかなか良いものが集まりました。
知人などお呼びしての発表会をやると、非日常が与えてくれるミラクルな経験なの
でしょうか、、、朗読にはまって行くのです。

朗読は不思議で続けていくうちに、必ず皆さん変わられます。
人前で朗読することで自分を客観的に見る、もう一人の自分が出来るからかもしれません。
表情も変わりますし、服の好みが変わられる方もあります。面白いです。

 今日はとても嬉しいことがありました。
帰りの支度をしている時に、一人のメンバーの方がいらして、こうおっしゃったのです。
「実は娘が、少し出て行けない子で、とても心配でしたし、私も悩んで、なにもやる気が出なかったのですが、こちらに伺うようになって、とても自分が変わってきたんです。いろいろ興味が持てるようになり
いろんな事が出来るようになりました。そして嬉しいことに私が変わったせいか、娘がとても良くなったんです。嬉しくて、お礼を言いたくて、、。」
とてもやさしげで、明るくて、そんな悩みがあるとは全く思いもしませんでした。
「私こそ嬉しいわ。」ともうしあげましたが、私の心の中にポット明るい火がついた気がしました。
 朗読は作品が与えてくれる強さと、自分を表現できると言うことで、見えない何かが
力を与えてくれる、、のです。

   母校の立教大学校友会レディスクラブのニュースに今のせて頂いただいている、朗読にかんする原稿があります。このブログにふさわしいかと思いますのでそのままのせさせて頂きます。

 12歳年上の姉が、65歳膵臓癌で亡くなって丁度10年たちます。
たったの二人姉妹でしたから、姉の不在の寂しさは年を経ても薄らぐことはありません。
義兄の仲代達矢とともに無名塾という、俳優を育てる私塾を創り、毎年100ステージを超える舞台を
全国で公演し、姉はその演出をしていたのです。何度も「私が死んだら困るでしょう」と聞かれました、
が実際に亡くなってからでなければ、いかに大きな存在であったかということは実感できませんでした。
 妻として、演出家として、塾生の指導者として
姉は小さい体でよく頑張っていたと思いますが、
その忙しい中、一般の方に朗読をお教えするという朗読の会「逢読み会」というものを、仲代劇堂
(稽古場)で始めていたのです。

 無名塾は住宅地の中にあり、地域の方々に、いろいろな面で支えて頂いてきました。沢山出来た
お野菜を分けてくださる農家もありましたし、ランニングをしている塾生に「頑張ってね」と励まして
くださる方もありました。そういう皆さんと、接点を持ち何かお返しできることはないかという思いが
姉には強くあり、朗読をお教えすると言うことを始めたのです。
今はちょっとした朗読ブームですが、ある意味では先見性があったのかもしれません。

 姉はこんな言葉を残しています。
「何故、無名塾をはじめたの」とよくきかれた。「、、、死ぬ準備だ、、、」と答えたこともあった。
自分の生涯が見通せる年齢になって、自分は生まれてきて一体何をしたのか、、後から来る人に自分の
中の何かを伝達して、生きていた爪あとを残しておきたい、、、そんな願いがあったような気がする。
若者たちのなかに、自分を植えつけて、若者たちの中でもう一度生きる、、
ひそやかな変身の術といえるかもしれない。

 若者との時間は姉にとって、貴重な時間であったと想像しますが、反面何もかも手取足取り教える
大変さもあったようです。ある塾生に「私は、今のあなたではなく何時かこうなったくれるであろう貴女の影とつきあっているの。」といったと言います。
 又彼女には姉との間にこんなエピソードがありました。蟹は黒っぽい色をしていると姉が言ったのに
対して彼女は蟹は赤いと信じ切っていて、「蟹は赤いです、、赤いです。」と言いつのったと言います。
そうしたら最後に姉は明るく「そうね。蟹は赤いわね」と言ったといいます。
後日、蟹はゆでたら赤くなるということを知った彼女は、、たいそう恥ずかしかったといいます。 いろいろな意味で若い人とのつきあいは根気のいることだったでしょう。
 
ですから朗読の会のメンバーは姉と同世代、同じに考えられる大人の方たちとの時間を姉はとても
楽しんでいたようです。姉の死後、私がその会も引き継ぎました。姉がいないのですから、1,2年で
皆やめてしまうだろうと思っていましたが、なんと今も続いているのです。
10周年の今年は内幸町ホールを借りて、「宮崎恭子追悼の朗読会」を開きました。

 こんなに続いた原因を考えることがあります。そして行き着いた結論は「朗読というものの力」で、
優れた作家の作品との出会いが、たまらなく面白いと言うことに加えて、声を出して朗読すると言うことは、非日常であり、新しい自分発見なのです。

 日本語の美しさをいとおしく感じることもあります。悩みを持っているとき、ズバリその答えが見つかることもあります。人生の苦しみや、悲しさや、喜び、、そんな全てが集約されているのです。 読書と違うことは、他の方の朗読を聞く、、自分も読む、、、音を聞くと言うことと、声を出すと言うことが加わるつまり、朗読は全身を使った自己表現なのです。

 特別にどこかに習いに行かなくても、どうか朗読をしてみてください。きっと朗読の何かを体感していただけるとおもいます。

 春を歌ったもの一遍ご紹介します。

 桜    杉山平一

毎日の仕事の疲れや悲しみから
救われるように
日曜日にはみんなお花見に行く
優しい風は汽車のようにやってきて
みんなの疲れた心を運んでは過ぎる
みんなが心に握っている
桃色の三等切符を
神様は静かにお切りになる
ごらんはらはらと花びらが散る

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