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バス停で毎朝一緒になる、かなり年配に見えたオジサンが実は同級生だったと知ってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
1977年に平戸大橋が架かるまで平戸は平戸島と呼ばれていました。
その平戸島の更に西側に 生月島 があり、ここも1991年に橋で繋がれ陸路で往来できるようになったのです。
生月大橋も平戸大橋と同様に、今年の春から通行料金が無料になっていました。
生月は江戸時代には日本一の規模を誇った捕鯨の島でした。
現在でもその名残か、あちらこちらにクジラの姿が描かれています。
その生月における捕鯨の歴史が良くわかると紹介されていた
博物館 島の館 へ寄ってみました。
中へ入ると 勇魚とり の歴史から・・・
1725年から始まった生月の捕鯨は突取捕鯨に始まり網掛突取捕鯨、銃殺捕鯨というように方法が変わってきました。
大型ジオラマでは勇敢に鯨へ向かっていく網掛突取捕鯨の様子が再現されています。
当時は大きな鯨へ小さな船で挑んで行っていたんですね。
空中には中型(全長約10m)のミンク鯨とツチ鯨の骨格が展示してありました。
資料館内には捕鯨についての資料の他に、カクレキリシタン と呼ばれる方についても展示がありました。
生月は捕鯨や漁業で有名な島ですが、キリスト教弾圧の中、禁教を破って密かに信仰を続けていたという隠れキリシタンが多くおられた島でもあります。
教会を模した展示室
悲しい歴史の証が多数展示してありました。
平戸市生月町博物館 島の館、一時間もあればゆっくり見て回れます。
資料館を後にして、島の北側へ向かいます。
生月島は南北に約10キロ、東西(最大幅)約4キロ弱の細長い島です。
その細長い島の西側沿岸にサンセットウェイと呼ばれる道があります。 その道を使って 塩俵の断崖 と呼ばれる場所まで行ってみました。
柱状に見える断崖の高さは約20メートル、5〜6角形をした蜂の巣状の俵を重ねたように見える奇石です。
さらに島の北端へと進んでみます。
大バエ灯台 (近くで大きな蝿は発見できませんでした・・・)
灯台には珍しく、一般人へ開放された展望台があります。
生憎この日は天候が悪く視界がイマイチで何も見えませんでしたが、どうせココから先は海しかありませんので視界が良くても同じだったでしょうか?
さて島を離れるその前に、以前ムスターファさんから教えていただいていた
生月名物の あごだしラーメン を食べて帰りたいと、中心街へ戻り店を探しました。 てか県道沿いのバス停横に目立つノボリがあり直ぐに判りました。
有名ラーメン店のお昼時、さぞや混雑しているかと覚悟して入ったところ店内にお客の姿は全く無し・・・
少々不安を感じながらも名物と言われる あごだしラーメン を注文しました。
あごだしラーメン・・・とは、コチラの地方でアゴと呼ばれる飛び魚から出汁を取ったサッパリ系の醤油味のラーメンです。
味は良かったですが何故かぬるい・・・
(もう一つ言わせていただければ、プラスチック製の長〜い箸は食べづらかった・・・)
ラーメンのお供に餃子を頂きました。
正直言ってギョウザは要らなかった・・・
(決して不味かったとは言いません、私の好みに合わなかっただけです)
ぜひ ラーメン を食べに行ってください
本場あごだしラーメン 大氣圏
あまり長く遊んでいると身の破滅を迎えそうでしたので生月を離れ、そろそろ帰路に着きたいと思います。
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2010年07月11日
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