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中国から飛んで来る黄砂に降参している今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
ちょっと前ですが、福岡県朝倉郡筑前町高田
筑前町立 大刀洗平和記念館 へ行って来ました。
(2009年10月に完成)
2度目の来館です。
朝倉郡筑前町高田・・・といっても馴染みが薄いと思いますが、年配の先輩方には
日本陸軍大刀洗飛行場跡と言ったほうが判り易いでしょうか?
この地に旧陸軍が飛行場を造ったのは、敵戦艦の艦砲射撃が届かない海から離れた場所を候補地として選んだからと聞きました。
それから終戦まで基地の町として栄えていましたが、この場所も例外になく度重なる空襲にみまわれ、そして多くの一般市民を含む方々の命が奪われたそうです。
そんな歴史を持つこの地に、最初は個人で記念館を建てられた方がおられたそうで、現在でも私鉄甘木鉄道太刀洗駅の横に資料館は残されていました。
大刀洗駅横の資料館前には懐かしい T−33 の``ニワトリ``が・・・
駅から国道500号線を挟んだ向側に現在の記念館があります。
館内は撮影禁止です
ただし零戦の展示コーナーだけは撮影可能にされていました。
1978年にマーシャル群島タロア島のジャングルで発見され復元された機体です。
マニアの方にはもうお判りだと思いますが、
零式艦上戦闘機32型 (A6M3) です。
零戦は1万機以上造られていますが現存している機体は極わずかしかありません。そのなかでもここにある32型は世界に現存する唯一の機体で物凄く貴重なものとなっています。
角ばった翼端が32型の最大の特徴です
兵装は 7.7mm機銃×2 と 20mm機銃×2
20mmが2門とは32型が登場した当時は無敵に近かったとか・・・
(ただその期間はすごく短かったらしい)
コクピットは復元されず、そのままの状態です。
唯一、照準機だけが新しそう?
2階からは機全体が眺められます。
この記念館には九七式戦闘機も展示してあります。(写真撮影はNG)
大戦末期、特攻機などに使われたためでしょうか、この九七式戦闘機もまた現存する唯一の機体だとか・・・
とても悲しい歴史です。
悲しい歴史といえば讃岐丸船長さまからお借りしているこの本のご紹介を・・・
全558ページ、本も重く内容も重い一冊でした。。。
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陸さるき
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コピー機の立ち上がりの遅さに秋を感じる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
「また最近食べてばっかりでは?」 という声も聞こえて来ます。
少しは運動をしている姿も載せないと・・・
ということで先日の早朝ウォーキングの模様です。
水鳥たちもまだ眠る、日の出直前にこっそりと出発・・・
途中、同じく運動不足と思われるお馴染みのあの方と合流・・・
隣町の諌早市を目指します・・・
朝の交通渋滞で混み合う歩道の無い国道を、道路へはみ出しぎみの2人が歩き
迷惑至極、恐縮でした。
自分がもしドライバーの立場だったら怒り心頭だったと思います。
危なかった国道を離れ、川沿いの道をさらにトコトコと・・・
もうすっかり日は昇り、暑いくらいになってきました。
しかしこの方は 「暑い暑い
そんなこんなで3時間半、通勤途中の知り合いから笑われながらも約15キロを無事完歩、目的地の諫早駅へ到着です。
まだ歩き足りない感があった2人でしたが、そのまま列車で大村へ引き返します。
シーサイドライナーは 龍馬号 でした・・・ (内装はいたって普通です)
前夜、営業が終わってからの仕込みで疲れていたのか、乗り込んだら直ぐに眠りについていました。
可哀相だったので、ず〜〜〜っと先の終点の佐世保駅まで寝せてやりたかったのですが、大村駅に着く前にちゃんと起きやがった・・・ チェッ
朝ごはんも食べてなかったので、大村駅の近くに今秋にできた
TRICO CAFE でブランチを・・・
私は スモークサーモンとクリームチーズ のサンドイッチと
自家製の ジンジャーエール をいただきました。
健ちゃんは 鴨のロースト のサンドイッチと、ジンジャーエール。
大変おいしゅうございました
場所は大村駅を出たら左に出て、歩いて 38秒 でこの看板
建物はとても薄っぺらいけど、具と味は分厚いお店です
もう少し時間がありそうなので、ちょっと遠回りをして帰ります。
途中、視線を感じると・・・
看板娘がこっちを見てました。
大村のニャンコ
おっと、帰る時間が来たようです、さようなら
突然ですが、さて問題です。
彼は、何回ピース
正解者の中から一名様、かぶり屋の 手作りではないコロッケ を1品プレゼント致します。 (ただし来店できる方に限らせて頂きます
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黒豆黒茶にすっかりご執心の今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
さて本日は・・・
最近、足裏マッサージにハマっている 健ちゃんさん と、柑気楼が手離せなくなっている カマオ先生 との、暇を持て余した3人のドライブ記です。
とりあえず、吉例(?)となった出発式を
出発してすぐお腹が減ったと言い出す先生、パン屋を覗きます。
最近、知り合いの息子さんがお店を出されました。
BAKERY SCRIBBLE
長崎県大村市久原2丁目
国病の前にあります
合言葉は 『親方からの命令で来ました・・・』です 物色中・・・
パンを買ったらコーヒーですね。
スタバのドライブスルーでホットコーヒーをオーダー
車にも栄養補給を・・・
良い子はマネしないように
そんなこんなで、やっと本当に出発です
目指すは長崎市最南端の町、野母崎町。
途中、3人全員が 女神大橋 を歩いて渡った事がないのが判明。
腰の軽さが売りのこのドライブ、すぐに寄り道です。
女神大橋 (全長 1289m) 通称:ビーナス・ウイング
長崎港の入り口に架かりました。
女神とは全ったく縁の無い2人・・・
かまお先生、プロカメラマンになりきっているようですが・・・
何せ、モデルが悪い・・・
先生、もう何でも良くなってきてませんか?
五島福江へ向かうジェットホイルや
五島行きカーフェリーなど、行きかう船を橋の上から眺めていると・・・
急に船に乗ってみたくなりました。
(注) 自殺志願者とは違います。
当然、目的地の変更・・・
やすらぎ伊王島を目指します
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我が母校が 夏、2年連続9回目 の甲子園出場を決めた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
今日まで熱い高校野球の熱戦が続いていた長崎地方予選。その合間を縫って先日
プロ野球 フレッシュオールスターゲーム 2010 が
長崎・ビッグNスタジアム で行われました。
実は当日に試合があるのを完全に忘れていて、球場の横を列車で通る際に車窓から見えた状況で思い出し、急いで引き返しての観戦となりました。
2000年には同じ長崎ビッグNスタジアムでオールスターゲームが行われましたが、今回は2軍のオールスター戦です。
地元長崎出身の3選手が出場するとのことで、観客の出足もまずまずのようでした。
ちょっと早めに球場に入り、試合前の練習から見学。
さっそくコイツを
いくら飲んでもどんどん汗で出て行くので、しかたなく何杯もお替りしなければいけませんでした・・・
開会イベントの前に、地元出身の古川投手(オリックス)と大平選手(日ハム)による記念植樹・・・
各球団のマスコット達がオチャラケていた中、 トラッキー だけはTVカメラのお手伝いをしていました。 エライ
開会セレモニー
地元野球少年たちによる始球式・・・
(将来、下柳投手や城島捕手みたいに長崎出身で活躍しているプロ野球選手を目指してくださいね
先発オーダー・・・
地元長崎出身の先発出場は・・・
ウエスタンリーグの先発投手、清峰高校出身の今村猛投手(広島東洋・カープ)と
イースタンリーグのレフト、波佐見高校出身の大平成一選手(日ハムファイターズ)
です。
約2万人の観客で埋められた久しぶりの故郷のマウンド・・・
今村投手は2イニングを投げ、被安打2(1ホームラン)、失点1でした。
また今村投手の清峰高校の先輩、古川秀一投手(オリックスバッファローズ)は
ウエスタンリーグの3番手投手で、1イニング3者3三振と最高のピッチングでした。
大平選手との同郷対決は、三振を取った古川投手に軍配が上がりました!
それまで四球と2三振と、少々精彩を欠いていた大平選手も、9回2アウトランナー無しから右中間へ2ベースヒットをかっ飛ばし、人一倍大きな声援に応えました。
試合結果はウエスタンリーグが6−3と勝ちました。
MVPは中日ドラゴンズの岩崎選手に譲りましたが、3連続三振を奪った古川投手も優秀選手でお立ち台へ・・・
ゲームがテンポよく進んだので最終列車まで時間ができました。
先日お世話になった 居酒屋 キング さんへお礼とご挨拶へ・・・
球場でビールをたらふく飲んでいたので、焼酎を挨拶程度に頂きました。
何故だかタマゴばかりを頼んでしまった・・・
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バス停で毎朝一緒になる、かなり年配に見えたオジサンが実は同級生だったと知ってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
1977年に平戸大橋が架かるまで平戸は平戸島と呼ばれていました。
その平戸島の更に西側に 生月島 があり、ここも1991年に橋で繋がれ陸路で往来できるようになったのです。
生月大橋も平戸大橋と同様に、今年の春から通行料金が無料になっていました。
生月は江戸時代には日本一の規模を誇った捕鯨の島でした。
現在でもその名残か、あちらこちらにクジラの姿が描かれています。
その生月における捕鯨の歴史が良くわかると紹介されていた
博物館 島の館 へ寄ってみました。
中へ入ると 勇魚とり の歴史から・・・
1725年から始まった生月の捕鯨は突取捕鯨に始まり網掛突取捕鯨、銃殺捕鯨というように方法が変わってきました。
大型ジオラマでは勇敢に鯨へ向かっていく網掛突取捕鯨の様子が再現されています。
当時は大きな鯨へ小さな船で挑んで行っていたんですね。
空中には中型(全長約10m)のミンク鯨とツチ鯨の骨格が展示してありました。
資料館内には捕鯨についての資料の他に、カクレキリシタン と呼ばれる方についても展示がありました。
生月は捕鯨や漁業で有名な島ですが、キリスト教弾圧の中、禁教を破って密かに信仰を続けていたという隠れキリシタンが多くおられた島でもあります。
教会を模した展示室
悲しい歴史の証が多数展示してありました。
平戸市生月町博物館 島の館、一時間もあればゆっくり見て回れます。
資料館を後にして、島の北側へ向かいます。
生月島は南北に約10キロ、東西(最大幅)約4キロ弱の細長い島です。
その細長い島の西側沿岸にサンセットウェイと呼ばれる道があります。 その道を使って 塩俵の断崖 と呼ばれる場所まで行ってみました。
柱状に見える断崖の高さは約20メートル、5〜6角形をした蜂の巣状の俵を重ねたように見える奇石です。
さらに島の北端へと進んでみます。
大バエ灯台 (近くで大きな蝿は発見できませんでした・・・)
灯台には珍しく、一般人へ開放された展望台があります。
生憎この日は天候が悪く視界がイマイチで何も見えませんでしたが、どうせココから先は海しかありませんので視界が良くても同じだったでしょうか?
さて島を離れるその前に、以前ムスターファさんから教えていただいていた
生月名物の あごだしラーメン を食べて帰りたいと、中心街へ戻り店を探しました。 てか県道沿いのバス停横に目立つノボリがあり直ぐに判りました。
有名ラーメン店のお昼時、さぞや混雑しているかと覚悟して入ったところ店内にお客の姿は全く無し・・・
少々不安を感じながらも名物と言われる あごだしラーメン を注文しました。
あごだしラーメン・・・とは、コチラの地方でアゴと呼ばれる飛び魚から出汁を取ったサッパリ系の醤油味のラーメンです。
味は良かったですが何故かぬるい・・・
(もう一つ言わせていただければ、プラスチック製の長〜い箸は食べづらかった・・・)
ラーメンのお供に餃子を頂きました。
正直言ってギョウザは要らなかった・・・
(決して不味かったとは言いません、私の好みに合わなかっただけです)
ぜひ ラーメン を食べに行ってください
本場あごだしラーメン 大氣圏
あまり長く遊んでいると身の破滅を迎えそうでしたので生月を離れ、そろそろ帰路に着きたいと思います。
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