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			<title>永田町道中記</title>
			<description>娘の影響でブログを始めました。とぼけた妻とうるさい娘と暮らしています。息子は今年嫁をもらいました。後は娘が…</description>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>永田町道中記</title>
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			<description>娘の影響でブログを始めました。とぼけた妻とうるさい娘と暮らしています。息子は今年嫁をもらいました。後は娘が…</description>
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		<item>
			<title>ご挨拶</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;みなさん、こんにちは！&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;最近の日本の状況に危機感を抱く、神奈川在住のピンクの社長です。&lt;br /&gt;
なぜピンクかって？&lt;br /&gt;
それは何時もウキウキ楽しく生きようと心がけているからです。&lt;br /&gt;
もちろん女性が大好き！&lt;br /&gt;
いや失敬ｗｗｗ&lt;br /&gt;
それくらい、若い心を持ち続けたいと考えております。&lt;br /&gt;
このブログは私が仕入れた、永田町からの情報をメインに&lt;br /&gt;
日本人として将来を考えていく内容にしようと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そんな仲間の集うサイトはこちら！&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h3&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;湘南　史の会&lt;/h3&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.geocities.jp/shonan_fuminokai/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.geocities.jp/shonan_fuminokai/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;興味のある方はどしどしコメントください。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/36778863.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Jan 2009 15:15:26 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>さすが！！　安倍前総理　チッベト、ウィグルで胡錦濤物申す</title>
			<description>　’０８年５月８日、ホテルニューオオタニで歴代総理と胡錦濤との朝食会で、安倍前総理は胡錦濤に対&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
して面と向かって「お互い国が違うので、利益がぶつかることもあるが、戦略的互恵関係の構築に向け、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相互訪問を途絶えさせない関係をつくっていくことが重要だ」と、小泉元総理の靖国参拝をめぐり中国側&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が首脳交流を途絶えさせたことを暗に批判した。安倍前総理はその上で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「私が小学生の頃に日本で東京五輪があった。そのときの高揚感、は世界に認められたという達成感は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本に対する誇りにつながった。中国も今、そういうムードにあるのだろう。その中で、チッベトの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人権問題について憂慮している。ダライ・ラマ側との対話再開は評価するが、同時に、五輪開催によって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チッベトの人権状況がよくなったという結果を生み出さなければならない。そうなることを強く望んでい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る」との発言で、会場には緊張感が走り、出席者はみな一様に黙り込んだ。更に、安倍前総理は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「これはチッベトではなくウイグルの件だが、日本の東大に留学していたトフティ・テュニヤズさん&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が、研究のため中国に一時帰国した際に逮捕され、１１年が経過している。彼の奥さん、家族は日本にい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る。無事釈放され、日本に帰ってくることを希望する」と求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　胡錦濤は「私はその件は知らないので、正しい法執行が行われているか調べる」と返答したが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チッベト問題には触れようとはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この安倍発言で生じた気まずい雰囲気を修復しょうと動いたのが森元首相で、胡錦濤の笑顔を引き出&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
した。　　（産経新聞　5.9.より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　これは、森の他、中曽根、海部らも安倍発言を補強し、日本の意思を伝えるべき外交チャンスだったの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に、お客ということで見逃したのか、属国意識でおべっかしたのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まともな政治家は、安倍さんしかいないのか……　。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/31548955.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 May 2008 12:12:21 +0900</pubDate>
			<category>政界</category>
		</item>
		<item>
			<title>福田新総理の四つの大罪</title>
			<description>　　　　　　　　　　　　　「福田新総理の四つの大罪」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　小泉外交の四つの大罪と言われているが、これはいずれも小泉総理に正確な報告や相談をせず、&lt;br /&gt;
　福田官房長官の 独 断 専 行 で行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一　金正日総書記の息子の金正男が成田に不法入国して拘束されたとき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　新聞報道が出て、えっ！と驚いたときにはすでに、福田官房長官は、&lt;br /&gt;
　　　田中真紀子外務大臣、　古川貞二郎副官房長官（皇室典範有識者会議委員）&lt;br /&gt;
　　　と語らって、中国と話をつけて中国に送還することになっていた。&lt;br /&gt;
　　　北朝鮮に対する大きな外交カードをみすみす失った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二　小泉総理が就任したときの靖国神社参拝。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　小泉総理は８月１５日を公約していた。&lt;br /&gt;
　　　福田が「唐家旋が『どうしても行くなら日を変えてほしい。１３日なら問題にしない』と言って　　　　いる」と言い、１３日に参拝したが、このあと唐家旋が記者会見で大々的に批判した。&lt;br /&gt;
　　　小泉総理は大ショックだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第三　２００３年３月に中国の活動家が尖閣の魚釣島に不法上陸したとき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　沖縄県警は那覇に連行し取調べるつもりだった。&lt;br /&gt;
　　　しかし、福田と外務省が急いで那覇から中国機で送還してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第四　上海領事の自殺を１年半も隠された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　自殺が起きたのは福田が官房長官を辞任する前日。&lt;br /&gt;
　　　川口外相と協議し、中国と交渉して公表せず、&lt;br /&gt;
　　　小泉総理にも報告しない、という約束をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平成１９年１０月３日</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/25249034.html</link>
			<pubDate>Wed, 03 Oct 2007 15:36:59 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>[転載]日本とトルコ</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　　&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日本には･･･&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;自分達の歴史を貶めて喜ぶ変わった人が居ます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;先の大戦より前の日本は、全て悪かったと主張する人達。&lt;/h1&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;まるで日本は戦争が終わった事で、政府も国民も人間性を手に入れたのような言い方。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;戦前がそんな暗黒な時代しか存在しないのなら･･･&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;国家間のこんな友情のお話なんて、ありえませんよね。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;トルコ船籍のエルトゥールル号の遭難から１００年以上たったイランイラク戦争開戦。
その時のトルコと日本の友情の物語です。
&lt;/pre&gt;

&lt;a href=&quot;http://www1.u-netsurf.ne.jp/~kokueki/swf/turkey.swf&quot;&gt;http://www1.u-netsurf.ne.jp/~kokueki/swf/turkey.swf&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;私たちはトルコが返してくれた、このご恩を&lt;tt&gt;&lt;b&gt;教育において&lt;/b&gt;&lt;/tt&gt;後世に伝える義務があります。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そう。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;b&gt;トルコ人がしてくれたように・・・&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;このﾌﾗｯｼｭはSIMさんと言う方が作られたものですが、サイトはもう消滅しています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://rdsig.yahoo.co.jp/rss/l/blog/myblog/rss2/scrap_item/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9ibG9ncy55YWhvby5jby5qcC9uYW9qdXYvNDMxODk3NzYuaHRtbA--&quot;&gt;転載元: 徒然日記&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/22189988.html</link>
			<pubDate>Tue, 17 Jul 2007 18:24:33 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>[転載]７６５名のポーランド孤児をシベリアから救出 した日本</title>
			<description>&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;７６５名のポーランド孤児をシベリアから救出 した日本&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　シベリアは長い間、祖国独立を夢見て反乱を企てては捕らえられたポーランド愛国者の流刑の地だった。1919年、ポーランドがロシアからようやく独立した頃、ロシア国内は革命、反革命勢力が争う内戦状態にあり、極東地域には政治犯の家族や、混乱を逃れて東に逃避した難民を含めて、十数万人のポーランド人がいたといわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その人々は飢餓と疫病の中で、苦しい生活を送っていた。とくに親を失った子供たちは極めて悲惨な状態に置かれていた。&lt;br /&gt;
せめてこの子供達だけでも生かして祖国に送り届けたいとの願いから、1919年9月ウラジオストク在住のポーランド人によって、「ポーランド救済委員会」が組織された。&lt;br /&gt;
　しかし翌20年春にはポーランドとソビエト・ロシアとの間に戦争が始まり、孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは不可能となった。救済委員会は欧米諸国に援助を求めたが、ことごとく拒否され、窮余の一策として日本政府に援助を要請することを決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は20年６月に来日し、外務省を訪れてシベリア孤児の惨状を訴えて、援助を懇請した。&lt;br /&gt;
　女史の嘆願は外務省を通じて日本赤十字社にもたらされ、わずか１７日後には、シベリア孤児救済が決定された。独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない事を考えれば、驚くべき即断であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日赤の救済活動は、シベリア出兵中の帝国陸軍の支援も得て、決定のわずか２週間後には、５６名の孤児第一陣がウラジオストクを発って、敦賀経由で東京に到着した。それから、翌21年７月まで５回にわたり、孤児３７５名が来日。さらに22年夏には第２次救済事業として、３回にわけて、３９０名の児童が来日した。&lt;br /&gt;
　合計７６５名に及ぶポーランド孤児たちは、日本で病気治療や休養した後、第一次はアメリカ経由で、第２次は日本船により直接祖国ポーランドに送り返された。習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよいと考え、日赤は孤児１０名に1人の割合で合計６５人のポーランド人の大人を一緒に招くという手厚い配慮までしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本に到着したポーランド孤児たちは、日赤の手厚い保護を受けた。孤児たちの回想では、特に印象に残っていることとして以下を挙げている。&lt;br /&gt;
　ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されたこと、支給された浴衣の袖に飴や菓子類をたっぷ入れて貰って感激したこと、特別に痩せていた女の子は、日本人の医者が心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれたが、大変おいしかったので一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったこと、、、&lt;br /&gt;
　到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めた。&lt;br /&gt;
　無料で歯科治療や理髪を申し出る人たち、学生音楽会は慰問に訪れ、仏教婦人会や慈善協会は子供達を慰安会に招待。慰問品を持ち寄る人々、寄贈金を申し出る人々は、後を絶たなかった。&lt;br /&gt;
　腸チフスにかかっていた子供を必死に看病していた日本の若い看護婦は、病の伝染から殉職している。&lt;br /&gt;
　1921（大正10）年４月６日には、赤十字活動を熱心に後援されてきた貞明皇后（大正天皇のお后）も日赤本社病院で孤児たちを親しく接見され、その中で最も可憐な３歳の女の子、ギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをお傍に召されて、その頭を幾度も撫でながら、健やかに育つように、と話された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このような手厚い保護により、到着時には顔面蒼白で見るも哀れに痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻した。&lt;br /&gt;
　日本出発前には各自に洋服が新調され、さらに航海中の寒さも考慮されて毛糸のチョッキが支給された。この時も多くの人々が、衣類やおもちゃの贈り物をした。&lt;br /&gt;
　横浜港から、祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がった。埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、「君が代」を斉唱して、幼い感謝の気持ちを表した。&lt;br /&gt;
　神戸港からの出発も同様で、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送りの人たちは子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っていた。&lt;br /&gt;
　子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、１人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫でて、熱が出ていないかどうかを確かめていたという。その手の温かさを忘れない、と一人の孤児は回想している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　こうして祖国に戻った孤児たちの中に、イエジ・ストシャウコフスキ少年がいた。イエジが１７歳の青年となった1928年、シベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長となった。極東青年会は順調に拡大発展し、国内９都市に支部が設けられ、３０年代後半の最盛期には会員数６４０余名を数えたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　極東青年会結成直後にイエジ会長が、日本公使館を表敬訪問した時、思いがけない人に会った。イエジ少年がシベリアの荒野で救い出され、ウラジオストックから敦賀港に送り出された時、在ウラジオストック日本領事として大変世話になった渡辺理恵氏であった。その渡辺氏が、ちょうどその時ポーランド駐在代理公使となっていたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これが契機となって、日本公使館と、極東宣言会との親密な交流が始まった。極東青年会の催しものには努めて大使以下全館員が出席して応援し、また資金援助もした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1939年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の報に接するや、イエジ青年は、極東青年会幹部を緊急招集し、レジスタンス運動参加を決定した。イエジ会長の名から、この部隊はイエジキ部隊と愛称された。&lt;br /&gt;
　そして本来のシベリア孤児のほか、彼らが面倒を見てきた孤児たち、さらには今回の戦禍で親を失った戦災孤児たちも参加し、やがて１万数千名を数える大きな組織に膨れあがった。&lt;br /&gt;
　ワルシャワでの地下レジスタンス運動が激しくなるにつれ、イエジキ部隊にもナチス当局の監視の目が光り始めた。イエジキ部隊が、隠れみのとして使っていた孤児院に、ある時、多数のドイツ兵が押し入り強制捜査を始めた。&lt;br /&gt;
　急報を受けて駆けつけた日本大使館の書記官は、この孤児院は日本帝国大使館が保護していることを強調し、孤児院院長を兼ねていたイエジ部隊長に向かって、「君たち、このドイツ人たちに、日本の歌を聞かせてやってくれないか」と頼んだ。&lt;br /&gt;
　イエジたちが、日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを大合唱すると、ドイツ兵たちは呆気にとられ、「大変失礼しました」といって直ちに引き上げた。&lt;br /&gt;
　当時日本とドイツは三国同盟下にあり、ナチスといえども日本大使館には一目も二目も置かざるを得ない。日本大使館は、この三国同盟を最大限に活用して、イエジキ部隊を幾度となく庇護したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　95年10月、兵藤長雄ポーランド大使は、８名の孤児を公邸に招待した。皆80歳以上の高齢で、一人のご婦人は体の衰弱が激しく、お孫さんに付き添われてやっとのことで公邸にたどりついた。&lt;br /&gt;
　私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。しかしもうそれは叶えられません。&lt;br /&gt;
　しかし、大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、伺いたいと思いました。何故って、ここは小さな日本の領土だって聞きましたもの。今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。&lt;br /&gt;
と、その老婦人は感涙に咽んだ。孤児たちは７０年前以上の日本での出来事をよく覚えていて、別の一人は、日本の絵はがきを貼ったアルバムと、見知らぬ日本人から送られた扇を、今まで肌身離さずに持っていた、と大使に見せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同様に離日時に送られた布地の帽子、聖母マリア像の描かれたお守り札など、それぞれが大切な宝物としているものを見せあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　シベリア孤児救済の話は、ポーランド国内ではかなり広く紹介され、政府や関係者からたくさんの感謝状が届けられている。&lt;br /&gt;
そのひとつ、極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、「ポーランド国民の感激、われらは日本の恩を忘れない」と題した礼状の中で次のように述べている。&lt;br /&gt;
　日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。・・・&lt;br /&gt;
　われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・&lt;br /&gt;
　ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることを伝えしたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「何時までも恩を忘れない国民である」との言葉は、阪神大震災の後に、実証された。96年夏に被災児３０名がポーランドに招かれ、３週間、各地で歓待を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　世話をした一人のポーランド夫人が語った所では、一人の男の子が片時もリュックを背から離さないのを見て、理由を聞くと、震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くし、家も丸焼けになってしまったという。焼け跡から見つかった家族の遺品をリュックにつめ、片時も手放さないのだと知った時には、この婦人は不憫で涙が止まらなかった、という。&lt;br /&gt;
　震災孤児が帰国するお別れパーティには、４名のシベリア孤児が出席した。歩行もままならない高齢者ばかりであるが、「７５年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもたちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救済の話を聞かせたい」と無理をおして、やってこられた。&lt;br /&gt;
　４名のシベリア孤児が涙ながらに薔薇の花を、震災孤児一人一人に手渡した時には、会場は万雷の拍手に包まれた。７５年前の我々の父祖が「地球の反対側」から来たシベリア孤児たちを慈しんだ大和心に、恩を決して忘れないポーランド魂がお返しをしたのである。（終）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;　トルコと日本の話がでたので、日本とポーランドの話を載せてみた。&lt;br /&gt;
　引用元はこちら。文字数制限の為、一部編集しています。&lt;br /&gt;
　&lt;a HREF=&quot;http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/o-f0.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/o-f0.htm&lt;/a&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://rdsig.yahoo.co.jp/rss/l/blog/myblog/rss2/scrap_item/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9ibG9ncy55YWhvby5jby5qcC9uYW9qdXYvNDMxOTAwNTIuaHRtbA--&quot;&gt;転載元: 徒然日記&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/22187996.html</link>
			<pubDate>Tue, 17 Jul 2007 17:29:33 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>誇りある日本人の本質！</title>
			<description>　日本人の本質は「平和」を愛する民族である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　聖徳太子が摂政の時発布（６０４）された憲法一七条の第一条に「和を以(もっ)て貴(とうと)しとな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
す」、第八条に「早く朝(まい)りて晏(おそ)く退(まか)でよ」とある通り、古来日本人は「和」を愛し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「勤勉」を尊ぶ民族性で侵略性には乏しい。支那及び朝鮮はいうにおよばず、暖流、寒流等海流や季節風&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の自然の力を利用し日本に上陸した各民族が混合し、またその裏腹に海にやる閉鎖性とって結合し、ひと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つの単一的民族が形作られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その課程で争いもあったが、人間の知恵で争うより共生を計る方が生きやすいことに気が付き、その流&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
れの中で憲法一七条の精神が自然と培われ成文化された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それゆえその後の日本の戦国史も、相手を根絶やしにする外国の戦いとは違い、大将首を取るか、恭順&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の意を表せば、家来の命は助け自分の配下に置く「寛容」さ、又、配下となった者はそれを恩義に感じ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「忠誠」を誓う、という日本以外の国ではめったに見られない「融和」で戦の終結の形をとっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　調和を大切にするからこそ、天皇の居する宮といわれる屋敷は、武力をもってすれば簡単に破壊できる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三メートル位の塀でありながら、天皇を殺害し、自ら天皇にとって替われるのに、天皇家を巻き込んだ権&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
力闘争は内紛以外はなく、二千六百年余の現代まで脈々と天皇家の御血筋が受け継がれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　争いはほどほどにし、「和」を中心とした儀礼、制度を重んじる日本人の特質である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この「調和」「勤勉」「寛容」を中心とし、「天皇家」は力の支配ではなく、農耕民族の最高の自然&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神、太陽の子孫（天孫降臨）としての権威に対して崇拝され、象徴となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　土地も資源も少ない日本社会において、物不足に耐え，あるものを最大限に利用して「質素」「倹約」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などで、現実に適応してきた日本人は少ない自然を敬い、大切にしてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この形態は諸外国の理解の外にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この自然崇拝を主要な柱とした伝統神道の神事は、肉体的満足の食べ物と，精神的満足の美をもたらす&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自然の対する感謝の儀式である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　米の収穫に大きく依存してきたわが国が、すべての富の基準を米にしていたため、収穫量を大きく左右&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
する大地震，台風、津波など、経済撹乱の要因となる自然災害の制御をするための農耕儀礼として、自然&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と先祖に対する信仰が「万物に神が宿る」という八百万(やおよろず)の神(かみ)の概念が生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その中心に太陽を表す「天照(あまてらす)大神(おおみかみ)」であり、国旗の「日の丸」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これは多くの外国の一神教とは大きく違うところである。一神教であれば新しく入った神と既存の神と&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の一対一の戦いになるが、八百万もの神が存在すると、釈迦やキリスト、アッラーといえども、八百万分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の一であり、一神や二神増えても大した問題ではない。「争う」より仲間に入れて「融和」を計ったほう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が得策である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　神道は比喩的にいうと、仏教が入れば仏教の衣をまとい、キリスト教が入ればキリスト教の衣を身にま&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とい、いつの間にか日本風に「調和」させてしまい、共存を許す「寛容」さが特質である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　わが国は伝統的に、物欲は「悪」とし、自己主張は社会秩序を紊(みだ)し、生存への危険を増大させる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ものとして排除してきた。その結果、物質欲を捨て、しきたりに順応し，家族，村，集団に従属すること&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
によって相互保全をしてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「調和」「寛容」「感謝」による「融和」、更に，「勤勉」「質素」「倹約」「自己規制」「親への孝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
心」「先祖崇拝」「儀礼」の徹底した形式化。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　物質の不足を「侘(わび)」「寂(さび)」という内面の美に転化して、精神的満足を得る文化による安定&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
した非侵略的独自の文明を作ってきたことは明らかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この誇りある日本の伝統文化を断絶させようと、「人間獣化計画」を内包する「フランクフルト学派」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
という左翼思想を持ち込んだのがＧＨＱである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　これに乗せられ人間性を失った偽善者が、戦前までは全て「悪」と叫び、今日の日本の節度の無い社会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現象を作り出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　われわれ良識派は今一度、日本人の原点を見つめ直し、誇りを再確認しようではありませんか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/21125896.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 Jun 2007 16:52:45 +0900</pubDate>
			<category>政界</category>
		</item>
		<item>
			<title>中国の「核」先制攻撃！</title>
			<description>　日本にとって中国とは何なのだろうか？日中国交回復後、「日中友好」と言う言葉に政治家、マスコミ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が浮かれて、政府援助３兆円、国策銀行３兆円計６兆円のインフラの援助をした。しかし、中国は予算で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
浮いた６兆円分を全て軍事費に注ぎ込んで、日本、台湾、アメリカを照準に軍拡をしている。中国が「日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中友好」と言う時は日本から援助を引き出す時であり、歴史問題等を持ち出す場合は日本の行動を制限し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
牽制する意図の時である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古来、日本と中国の関係は、日本が中国大陸と関ったときは国難が多く、国交がないときは平和で発展&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
している、近代でも明治維新後中国と関り、日清・日露戦争から支那事変・大東亜戦争へと流れ、戦後は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日中国交回復までの高度成長と、日中国交回復後の中国の領事館への侵入、破壊や反日デモをみれば答え&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
は出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　特に、東シナ海に海底資源が発見されても、アメリカ統治時には何も言わず、日本に返還されると尖閣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
諸島の領有権を主張し、あまつさえ沖縄の領有権までアドバルーンを揚げ、調査船、軍艦、潜水艦など約&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１８０隻が領海を侵犯し示威行動をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国は軍事力の差が歴然となると侵略する。チベットに限らず領土問題が存在するパラセル諸島、スプ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ラトリー諸島に軍事要塞を築いて自国領とした。尖閣諸島が同様な事になったら竹島と同じく取返すこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
がかなり困難になる。中国は既にその方向へ動いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　アメリカ国防省は、台湾有事と尖閣諸島周辺での摩擦を視野に中国が「核」の先制攻撃戦略を持ち始め&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たと発表した（「産経新聞」Ｈ19.5.30.付）。日本の資金で日本を｢核｣攻撃する準備をしている。笑い話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
にもならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　現在、与那国島の傍の下地島に1,500ｍの滑走路を持つ沖縄県所有の空港がある。ここに、Ｆ14部隊な&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ら２個中隊、Ｆ15部隊なら１個中隊を駐屯させると、ほぼ尖閣諸島をカバーできる。万全を期せば魚釣島&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に、ヘリコプター部隊を１個中隊配備することで安全はかなり確保される。魚釣島は無人で、下地島民は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
賛同しているのに沖縄県は反対している。買い上げる事も視野に入れ、自衛隊を駐屯させ主権国家として&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
領土を守る姿勢を示すべき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　宜しければ、転載してください　！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/20672926.html</link>
			<pubDate>Tue, 12 Jun 2007 16:11:45 +0900</pubDate>
			<category>政界</category>
		</item>
		<item>
			<title>南京虐殺は嘘７２・支那軍による虐殺１２・支那事変の前後編</title>
			<description>&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;「６１～７１支那軍による虐殺１～１１」は、支那事変期間中の虐殺だが、支那が一般民衆や外国人を虐殺した事件はその前後にも多数ある。&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot;&gt;●支那事変前の外国人虐殺&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1899年、義和団の乱&lt;br /&gt;
義和団（拳匪）が、在留外国人を大虐殺。清朝政府は暗黙の奨励&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1927年3月24日、南京事件&lt;br /&gt;
蒋介石の北伐軍が日本領事館を襲撃。英・米領事館なども同様で、英と米は自国民の保護のために軍事行動に出たが、日本は幣原喜重郎の対支宥和政策によって現地の日本人を見捨てた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1928年5月3日、済南事件&lt;br /&gt;
北伐軍が済南の日本人居留民十数名を虐殺&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;navy&quot;&gt;――――――&lt;br /&gt;
略奪被害戸数136、被害人員約400とある。中国側も立ち会った、済南医院での日本人被害者の検死結果。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
藤井小次郎&lt;br /&gt;
　頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。陰茎切除。&lt;br /&gt;
斎藤辰雄&lt;br /&gt;
　顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。&lt;br /&gt;
東条弥太郎&lt;br /&gt;
　両手を縛られて地上を引きずられた形跡。頭骨破砕。小脳露出。眼球突出。&lt;br /&gt;
東条キン（女性24歳）&lt;br /&gt;
　全顔面及び腹部にかけ、皮膚及び軟部の全剥離。&lt;br /&gt;
　陰部に約２糎平方の木片深さ２７糎突刺あり。&lt;br /&gt;
　両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。&lt;br /&gt;
鍋田銀次郎&lt;br /&gt;
　左脇腹から右脇に貫通銃創。&lt;br /&gt;
井上国太郎&lt;br /&gt;
　顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。&lt;br /&gt;
宮本直八&lt;br /&gt;
　胸部貫通銃創、肩に刺創数カ所。頭部に鈍刀による 切創。陰茎切除。&lt;br /&gt;
多比良貞一&lt;br /&gt;
　頭部にトビ口様のものを打ち込まれたらしい突創。&lt;br /&gt;
　腹部を切り裂かれて小腸露出。&lt;br /&gt;
中里重太郎&lt;br /&gt;
　顔面壊滅。頭骨粉砕。身体に無数の刺創。右肺貫通銃創。&lt;br /&gt;
高熊うめ&lt;br /&gt;
　助骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。&lt;br /&gt;
　右脚の白足袋で婦人と判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の二体は顔面を切り刻まれたうえに肢体を寸断され、人定は不可能であった。&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www2.odn.ne.jp/~cjj28150/seinan-shiryou.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www2.odn.ne.jp/~cjj28150/seinan-shiryou.htm&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot;&gt;1936年&lt;br /&gt;
6月19日、山東省防東で支那人が日本人を射殺&lt;br /&gt;
7月10日、上海国際租界で三井物産の日本人社員が射殺される&lt;br /&gt;
8月24日、四川省成都で大阪毎日新聞上海特派員渡辺洸三郎と上海毎日新聞記者深川経二の2名が、支那人少年少女らに極めて残虐に殺される&lt;br /&gt;
9月3日、広東省北海で１９路軍の支那兵が、薬局経営者の中野順三を街路で殴る蹴るの上虐殺&lt;br /&gt;
11月11日、汽船会社の日本人船乗りが上海で射殺される&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;幣原喜重郎の対支宥和政策で図に乗った国民党は反日教育を激化（1927年頃）、1936年頃の殆どの外国排斥テロは日本向け。&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;●支那の民衆大虐殺は戦後も&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1947年、2.28事件&lt;br /&gt;
国共内戦に敗れた蒋介石の国民党は、台湾に逃れ、台湾民衆を大虐殺&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1949年に国共内戦が沈静化した後も共産党は国民党員とその家族を処刑&lt;br /&gt;
毛沢東は、1957年2月27日、「1949年から1954年までの間に80万人を処刑した」と自ら述べた（ザ・ワールド・アルマナック1975年版）&lt;br /&gt;
周恩来は、同年6月、全国人民代表大会報告で、1949年以来「反革命」の罪で逮捕された者のうち、16％にあたる83万人を処刑したと報告&lt;br /&gt;
ただ、強制収容所で衰弱死させた知識人の数は、処刑した人数の何倍もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大躍進政策で数千万人餓死&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文化大革命の10年間で2,000万人殺害（葉剣英・全人代常務委員会委員長の証言）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年6月4日、天安門事件&lt;br /&gt;
民主化を求めて集まった学生や市民に対して人民解放軍が戦車などで約３万人（国際アムネスティなどの推定）を大虐殺&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天安門事件&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.boxun.com/hero/64/52_1.shtml&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.boxun.com/hero/64/52_1.shtml&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●共産支那に編入されている他民族虐殺&lt;br /&gt;
チベット大虐殺　　130万人&lt;br /&gt;
東トルキスタン大虐殺　40万人&lt;br /&gt;
モンゴル大虐殺　20万人&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;maroon&quot;&gt;●支那の民衆虐殺は現在も続行中&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年&lt;br /&gt;
10月、四川省で土地の補償をめぐり農民ら10万人の暴動（死者１万人か）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年&lt;br /&gt;
4月中旬、浙江省で5万3千人の革命暴動が発生し市民137人死亡&lt;br /&gt;
6月11日、河北省で立ち退きを拒否した数百人の農民を武装集団が襲撃、6人が死亡&lt;br /&gt;
12月6日、広東省で武装警察が、発電所建設に抗議していた住民70人以上を射殺&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年&lt;br /&gt;
1月14日、広東省で土地収用に抗議する約2万人を警察が電気警棒や催涙ガスで制圧、13歳の少女1人死亡&lt;br /&gt;
4月12日、広東省で水門取り壊しを阻止する約5千人を武装警察約3千人が催涙弾等で攻撃、女性1人死亡&lt;br /&gt;
8月2日、湖南省で補償金が不正流用されて集団直訴した住民100人以上を射殺か？&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/20623896.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Jun 2007 15:44:11 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>チベットの弾圧について</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;table class=&#039;wiki&#039; cellpadding=&#039;3&#039; cellspacing=&#039;2&#039;&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039; style=&#039;font-size:13pt;&#039; class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;/td&gt;皆さんもご存知のように･･･&lt;/tr&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;h1&gt;&lt;a name=&#039;section-1&#039;&gt;&lt;/a&gt;中国北京政府によるチベット弾圧は苛烈を極めるものがあります。&lt;/h1&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;それは、&lt;tt&gt;チベット&lt;/tt&gt;に限らず、&lt;tt&gt;東トルキスタン&lt;/tt&gt;（ウィグル）、&lt;tt&gt;内モンゴル&lt;/tt&gt;でも同じことです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;私たちの生活に直接かかわりが無いと、思っている人がなんと多いことか・・・&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;日頃、人権人権とウルサク言っているサヨク連中も、&lt;tt&gt;チベットの人権問題&lt;/tt&gt;のことになると&lt;br /&gt;
知らん顔を決め込んでいます。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;サヨクはちょっとした労働環境の変化でも、重大な人権問題だといい張っていますが、私に言わせれば、&lt;br /&gt;
日本でおこる問題のほとんどは「重大」ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;本当に重大な人権問題とは・・・&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;table class=&#039;wiki&#039; cellpadding=&#039;3&#039; cellspacing=&#039;2&#039;&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039; style=&#039;font-size:20pt;&#039; class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;/td&gt;多くの人の命に関わるものなのです。！&lt;/tr&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;下の写真をご覧下さい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;明らかに１０～１５歳ぐらいの少女と思われる子供が銃殺刑に処せられています。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_0?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_0?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_0?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.dailychina.net/bbs/zboard.php?id=hot&amp;no=11&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;銃殺前後の画像はこちら（注意残虐画像あり）&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そして、こちらは中国公安による同じ体勢での射撃訓練です。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_1?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_1?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_1?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;この写真からも判るとおり、中国においては、&lt;tt&gt;当局の人間が簡単に射殺が出来るように&lt;/tt&gt;訓練して&lt;br /&gt;
いるのです。チベット等の辺境地域では、人の命に関わることなのに、裁判もほとんどが簡単な&lt;br /&gt;
もので処刑を実施しています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;それもそのはず中国では&lt;tt&gt;&lt;b&gt;年間１０００名を越す人間が死刑判決&lt;/b&gt;&lt;/tt&gt;を受けているのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;例え中国の人口が日本の１０倍以上だからと理由を付けたとしても、この数の多さは到底、&lt;br /&gt;
人権問題として放置できる数値ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_2?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_2?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_2?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
ラサのバルコルを歩く人民警察（2001年9月）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そして&lt;b&gt;日本のニュースでは絶対に取上げられない事&lt;/b&gt;ですが、チベットでは、圧政に苦しんでいる&lt;br /&gt;
チベット人の暴動が度々起こっています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_3?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_3?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_3?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
ラサ市内の暴動（1989年）&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_4?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_4?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_4?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
ラサのジョカン寺前で、五体投地するチベット人の写真を撮る中国人観光客&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今ではチベット各地に&lt;tt&gt;監視カメラ&lt;/tt&gt;が目を光らせ、人々の生活を脅かし、少しでも不穏な動きがあると、&lt;br /&gt;
当局が勝手に思えば、直ぐに連行されて&lt;tt&gt;刑務所&lt;/tt&gt;や&lt;tt&gt;強制労働収容所&lt;/tt&gt;に収容されてしまうのです。&lt;br /&gt;
そこでの死亡率も極めて高くなっています。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_5?20061103220630.gif&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_5?20061103220630.gif&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_5?20061103220630.gif&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
政治囚として３３年間服役した僧侶パルデン・ギャツォ。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_6?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_6?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_6?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
パルデン・ギャツォが亡命時に持ち出した、実際に刑務所内で使用されていた拷問用具&lt;br /&gt;
（PHOTO / KUNIHIKO TANAKA） &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;中国は些細な事でも、何かあるとすぐに&lt;b&gt;日本の過去を取上げて、謝罪を要求しますが、&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
彼らは&lt;tt&gt;自分達の行っている殺戮行為をごまかす為、または視線を逸らす為に&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
日本を&lt;b&gt;攻撃のターゲットにしている&lt;/b&gt;だけなのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;table class=&#039;wiki&#039; cellpadding=&#039;3&#039; cellspacing=&#039;2&#039;&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039; style=&#039;font-size:18pt;&#039; class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;/td&gt;少しでも多くの日本人が&lt;/tr&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039; style=&#039;font-size:18pt;&#039; class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;/td&gt;この事に気が付いて欲しいです！&lt;/tr&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;a href=&quot;http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_7?20061103220630.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_7?20061103220630.jpg&quot; alt=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/b2/a2/keinoheart/folder/793942/img_793942_22732680_7?20061103220630.jpg&quot; border=&quot;0&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
1987年10月1日、セラ寺の僧侶たちが行ったデモ&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;残念ながら日本と中国には･･･&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;table class=&#039;wiki&#039; cellpadding=&#039;3&#039; cellspacing=&#039;2&#039;&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039; style=&#039;font-size:20pt;&#039; class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;/td&gt;日中記者協定があって、&lt;/tr&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;
&lt;br /&gt;
中国に不利な情報を流せなくなっています。&lt;br /&gt;
そんな情報を流せば中国国内の支局を閉鎖させられるから、怖くて出来ないのです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;&lt;b&gt;日本のマスコミは既に魂を売り渡しています。&lt;/b&gt;&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;こういうことはもうネットの力に頼るしかありません。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;一人でも多くの皆さんが、チベットや東トルキスタン、内モンゴルの現状に気が付いて欲しい。&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;一人でも多くの皆さんが、彼らに注目して欲しい。&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;tt&gt;一人でも多くの皆さんが、声援と支援をチベットに送って欲しい。&lt;/tt&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今、ダライラマ法王がいらしゃってます。できれば講演にお出かけください。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;講演についてはこちらを参照してください↓&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/2006japan/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/2006japan/index.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;pre class=&#039;wiki&#039;&gt;ここに来て下さった皆さんへ。

少しでも義憤に駆られることがあるのならば･･･

　是　非　転　載　して下さい。

そして一人でも多くの方にこの事実をお知らせください。
この事実を貴方のブログでも広めて下さい。

コメントを書き込むことで鬱憤を晴らし、それで終わりにしないで欲しいのです。
貴方のお力を少しだけ分けてください。
&lt;/pre&gt;

&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;&lt;table class=&#039;wiki&#039; cellpadding=&#039;3&#039; cellspacing=&#039;2&#039;&gt;
&lt;tr class=&quot;wiki&quot;&gt;&lt;td class=&quot;wiki&quot; bgcolor=&#039;#FFFFFF&#039;&gt;&lt;tt&gt;&lt;/tt&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;
&lt;/table&gt;&lt;tt&gt;&lt;/tt&gt;☆☆☆☆　ここは転載大歓迎です！！☆☆☆☆
&lt;/div&gt;
</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/20585907.html</link>
			<pubDate>Sun, 10 Jun 2007 19:12:53 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>核は平和の証(あかし)</title>
			<description>　日本は世界で唯一の被爆国である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それが故、報復を常とするアングロサクソンから核を保有する権利を有する唯一の国との声も聞かれる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中、日本国内では核を「持たず」「作らず」となり、佐藤内閣の時「持ち込ませず」が加わり、世に言う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「非核三原則」が「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
意した」の憲法のもとで国是となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本国憲法はもともとヴァイマール憲法を手本にしていると言われるが、そのヴァイマール憲法はユダ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤ民族が歴史上初めて政権を取った時、その権力を維持する為に、愛国心の消滅、悪平等主義、道徳軽&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
視、民族的歴史観否定、拝金主義、自由の過度の追求など「人間獣化成策」の目的だ作られた憲法であ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１９３４年の公布文書でケッペルス独宣伝相が「非常に強大な超国家的勢力が、文明の破壊にもつなが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る心理戦、神経戦を挑んできている――中略――この心理戦、神経戦の目的とするところは、人間の純度&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を落とすことにより現存する国家を内部から蝕んでいこうとするものである」と喝破している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今の日本に、この政策が定着し、現実の国際社会のパワー・オブ・バランスが基本の国際情勢が見えな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　サッチャーが英首相当時、ソ連のＳＳ２０配備に対し、パーシング兇鯑各靴茲Δ箸靴榛檗◆崙各&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
核攻撃を受ける」と反対運動が西欧の大都市をはじめロンドンでも盛り上がったが、サッチャーは「日本&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が核攻撃を受けたのは、核の報復の恐れが無いとの判断から核攻撃を受けた」と発言し、導入に踏み切っ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
た。その後、英国は核攻撃を受けていないし、他の核保有国も核攻撃を受けていないのは歴史が証明して&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「動物の行動は、同一種で相手を一撃のもとに殺すことのできる動物はやり返されないのでやった方が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勝ち」だが「かなりの殺傷力を持つが、一撃で倒せない動物は相手もやり返してくるので、止めようとい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
う盟約が成り立ち、大した争いにはならない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「殺傷力をほとんど持たない動物でも、逃走できない狭い空間に閉じ込められた状態では、劣位者を優&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
位の者は攻撃し続けて、攻撃は抑制されず死に至らしめる」という動物行動学研究家の竹内久美子氏の説&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を人間社会に当てはめると、ミクロ的には学校内での「いじめ問題」であり、マクロでみれば地球で逃走&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（位置の移動）のできない国家間の核の優劣は重大な「外交問題」ではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今日の日本を取り巻く環境は、ロシア、中国、北朝鮮と核保有国に囲まれており、この三国とも日本に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ピタリと照準を合わせている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もし、韓国と北朝鮮が統一したら、韓国も核保有国。同盟国ではあるが太平洋を挟んで東側は世界最大&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の核保有国アメリカとなり、日本は完全に核保有国に包囲される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この状況下において、国民の生命・財産を守る安全保障を考えた場合、国家の責任として「核論議」は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
避けては通れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中川昭一政調会長や麻生太郎外務大臣の一連の「核論議」発言に対し、核保有をさせたくないアメリカ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
は「どんなことがあっても必ず日本を守る」と宣言し、中国は六カ国協議に向け北朝鮮説得に動いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この一連の動きをみても「核論議」は費用対効果の大きい安価な平和を守る「外交カード」であること&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が立証されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昨年十一月三日のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」のアンケートで「核保有」賛成五五％、反対四&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一％。更に十一月七日の「産経新聞」の調査でも賛成五一％反対四三％と「核論議」ではなく「核保有」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
賛成が過半数を占めた。これはマスコミで言われるほど一般国民の核アレルギーが少ないことを示してい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
るのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　勿論、一足飛びの「核保有」は拙速である。「核保有」となればＮＰＴ（核拡散防止条約）の脱退や原&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子力発電燃料の輸出禁止措置の可能性など色々なリスクが多すぎる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だからこそ日本を守る為、そのリスクを一つ一つ減らす外交努力や開発の進め方等を含む議論する必要&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
があるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　例えば原子力発電に関しては、プルサーマル開発の拡大による燃料輸入依存度の減少。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外交に於いては、非核の続行、核の研究、持ち込み、独自開発、保有などあらゆる角度から議論し、コン&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
センサスを作っておき、必要に応じて海外に発信すれば、平和を維持する強力な「外交カード」となり得&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　議論だけでもこれだけの効果が期待できる。もし「核保有」となればサッチャーではないが飛躍的に核&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
攻撃に晒される危険性は減り、その分平和の確率が高くなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　以上のことから「核は平和の証」となり得るのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　転載、お願いします。！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/pinknosyacho/20400528.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Jun 2007 17:32:46 +0900</pubDate>
			<category>政界</category>
		</item>
		</channel>
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