昨日金曜日までの5日間、ローマ法王の聖地巡礼が行われていました。 先代ローマ法王ヨハネ・パウロII世のパレスチナ聖地巡礼が行われた2000年以来、現法王の初めての訪問でした。 ドイツ出身の現法王ベネディクト16世は昨年、イスラム教に対して失言し、世界中のイスラム教徒の怒りをかい、謝罪したことから、イスラム圏では人気の無い法王です。 今回の中東歴訪、聖地パレスチナ訪問に際しては、中東アラブ諸国より冷淡な反応を受けています。 キリストの受難教会のある聖地エルサレムは、イスラエル建国後、度重なるアラブ・イスラエル戦争の結果東西に分割されていますが、その後更にアラブ側東エルサレムもイスラエル占領下に置かれています。 また、キリストの誕生地であるナザレは、パレスチナ西岸地区にあり、エルサレムからは、イスラエルが2002年から建て始めた西岸地区を隔離包囲する高い塀を越えなければ行かれません。 パレスチナ西岸地区とガザ地区は、未だパレスチナ独立国ではありませんから、イスラエルとの『国境』などありませんが、イスラエルは一方的に二つに飛び地したパレスチナ自治区を夫々高いコンクリートの塀で囲い込んで隔離していますから、教育・医療施設、その他の公共、商業施設等、全て分断、隔絶されたままです。 キリスト生誕聖地ナザレでは、巡礼四日目の木曜日、世界中からのカトリック巡礼者3万5千人が集う中、群集がイエス・キリストを崖から突き落とそうした山、マウント・プレシピスで礼拝が行われました。 イエス・キリスト生存中の12使徒の内の一人、キリスト逮捕後、弟子である事を三度否定したことで知られ、後にローマ帝国により断罪、逆さ十時刑で殉教した聖ピーターの歴代の後継者とされる、カトリック教会のローマ法王の本拠は、キリスト教の誕生地であるパレスチナではなく、イタリアの首都ローマ市内にある独立国バチカンです。 そのカトリック教会の総本山とも言うべき、大教皇であるローマ法王の聖地巡礼に肖りろうと世界中から本家本元元祖キリスト教の誕生地、パレスチナに集まったカトリック教徒達3万5千人が法王と共に占領聖地で一体何を祈ったことでしょうか。 今回のローマ法王聖地巡礼は、勿論のこと政治・外交目的が第一義であることは明らかで、パレスチナの独立と中東平和の推進のための、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の橋渡しの役を担うものとされていますが、パレスチナ独立を認めないイスラエルの新首相は、ローマ法王との面会を拒否したようです。 二千年以上世界中からあらゆる宗派のキリスト教巡礼者達を受け入れ、共に暮らしてきたパレスチナ人達のイスラエル建国以降のディアスポラの苦悩と占領下パレスチナ、占領下聖地の実情や、パレスチナアラブキリスト教徒達の実情を見て、3万5千人巡礼者達は何を思い、何を祈ったのかは、誰も知る由はないですけれど、パレスチナ問題が今もって解決していない理由の一つには、キリスト教界が、この問題について微動だにしてこなかった事、寧ろ助長さえしてきた事実であることは確かだと思います。 もう10年以上前になりますが、ワタシが初めてエルサレムやナザレを訪れた時のキリスト教界に対する言いようのない怒りと、その罪の深さに驚愕した事を今でも思い返します。 今でも尚血塗られた聖地に巡礼に来て祈る人々は、その同じ場所のパレスチナの現状を観て何も感じないものなのか... 強盗に襲われ道端で倒れていた旅人を助けなかったの誰だったのか... キリスト教徒達の聖地巡礼はイスラエルにもパレスチナにも重要な観光収入をもたらすのであり難い事ではあるのですけれど... 4枚目の画像はガルフニューズから拝借しています。
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中東 その困惑
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もう、16年前読んだ書物が衝撃的で今も略図にし私のノートに残っていますが今になりその恐ろしさに身震いさえ感じます。その時、記した略図はフリーメーソンを起点としロスチャイルド・ロックフェラー・カソリック・キリスト教、等々とつながり宗教と世界のビジネスは強くつながっている事にその時ショックを受けたことを今でも覚えています。
2009/5/17(日) 午前 1:09 [ ローズマリー ]
ローマ法王については、自分で調べて来ました。キリスト教界が動けば、パレスチナ問題に進展が期待出来る「力」があるのでしょうか・・・それが知りたいところです。
2009/5/17(日) 午前 10:22 [ - ]
日本では、ムスリムの代表の方がガザ虐殺を非難する、プログラムに無い政治的な内容のスピーチをされたという事で、法王が退席した模様が報道されたのを見ました。
ローマ法王と言うと、わたしは90年代に、シンニード・オコーナーというロックシンガーがメディアでローマ法王の写真を破り捨てたために、コンサートでアメリカ人に大ブーイングされた事を思い出しますけれども・・・そのコンサートは、反体制と銘打っていたにもかかわらず、ファンの深層心理的にはバリバリ体制側だったという皮肉です。
2009/5/17(日) 午前 11:36 [ MoranAoki ]
油食林間さん、ご専門領域のご教授有難うございます。 ワタシが全く逆の立場かどうかは解りませんけれど、分析になる要素についての違いは、やはり『ユダヤ人』規定だと思いました。 パレスチナ周辺地域、或いは中近東地域ではユダヤ教徒達自身を含んで、当時から1960年代頃まで、ユダヤ教徒が『民族』=『〜人』ではなかったと言う事です。 また現在のイスラエルのユダヤ教徒人口の90%以上は、キリスト時代この地に住んでいたユダヤ教徒達とは何の人種・血液的繋がりは無い、と言う事です。
それとは別に、改革新一派としてユダヤ教から派生したキリスト教が『組織』化し、量的拡大していく中でユダヤ教的要素への回帰現象、妥協や、ギリシャ哲学的影響や妥協、果てはローマ帝国権力と妥協・融合していく事でローマ帝国国教会として『教会権力』を打ち建てていく過程での必然の変質があったことは間違いないと思います。
2009/5/17(日) 午後 3:12
ご指摘のとおり、初期の福音書の翻訳、編纂編集から、完成聖典として果ては結局は『旧約聖書』を含まざるを無いところまで妥協を重ねて行った歴史過程と『教会組織建設』『教会権力』確立のためのローマ帝国政治権力との妥協・協力は、キリスト教の自己矛盾的発展と捉えるか、妥協堕落変質の遍歴ととらえるか... と言う事なのか、とも思います。 そのキリスト教の発展/堕落と民衆・社会に対する具体的、現実的結果と影響が頂点に達した所あたりから、また新たな宗教改革として派生したのがイスラムと言う事だと思います。
キリスト教自身の反省的発展の宗教改革で更に『選民思想』を強く打ち出すことで、更に旧ユダヤ教回帰、更なる妥協・融合と言う結果を生んで行ったのだと思います。 その時期と西洋世界から抜け出して世界が広がって行く時期が見事に重なり、西洋人優位選民意識を助長、確立して行ったのだと思います。 基本的には、ご指摘のとおり原書の翻訳のサボタージュ、改竄の問題と言う事でもあると思いますけれども。
2009/5/17(日) 午後 3:27
地域予防Gホーム
グループホーム「福平」
(グループホーム「フクヒラ」)
記号(略称)の説明はこちら
〒891-0144 鹿児島県鹿児島市下福元町7505番地
事業者番号 (4670105123)
指定年月日 2006年4月1日
事業開始年月日 2006年4月1日
最終更新年月日 2008年4月18日
更新者 鹿児島県
併設サービス 地域グループホーム
介護報酬加算等算定情報 加算要件等詳細
サービス評価情報 外部評価情報
信仰の自由を脅かす最低施設
2009/5/17(日) 午後 3:28 [ - ]
シンディーさん、リンクご紹介有難うございます。 残念ながらリンク先に到達できませんでした。 開けないのですぅ... この地域からは...
2009/5/17(日) 午後 3:28
信じてた家内の浮気 さん、いらっしゃいませ。 コメント有難うございます。
願わくは、一応は記事をお読み戴いてからコメントくだされば、的外れコメントは避けられたと思いますけれど...^^
2009/5/17(日) 午後 3:31
MESTさん、そうなんですねぇ... そんなバスツアーでも良いし、政治は無視しても良いから、せめてパレスチナ人キリスト教徒達の対話くらいは持って欲しい... と思う訳です。 もっと地元の人々と交わって欲しい...そこから始めてくれさえしたら... と思うわけですねぇ...
2009/5/17(日) 午後 3:34
legさん、ダ・ヴィンチ コード.. 典型的なユダヤ教徒のカトリック落としメディア操作の一環だと思いましたですぅ〜... これが出版された時期と欧米のカトリック セクハラ、ゲイ スキャンダルの嵐吹き荒れた時期が一致していたのは単なる偶然ではないと思います。 女系血統で後継とする、と言うのはユダヤ教の決まりですから、カトリックのユダヤ教影響をクローズアップし、ユダヤ・カトリックの隠れた二重性の存在を主張しようとすた下心みえみえのものだと思いましたぁ〜...^^
個人的にはトム・ハンクス、気持ち悪くてキライ... と言うこともありますけれどね ^^
2009/5/17(日) 午後 3:49
ローズマリーさん、そうなんですね、恐ろしい強大なアンダーワールドだと思いますですぅ...
帝国が崩壊する日が来るのかどうか...
2009/5/17(日) 午後 3:51
山田さん、カトリック教会のみならず、プロテスタント教会、イスラム教界、その他世界のふつーの人々が動けば解決できる問題だと思います。 反ユダヤ、ユダヤ教徒差別と攻撃される事を恐れず、はっきりダメなものはダメと言えば良いだけの事だと思います。 ユダヤ教徒だけが欧米で特別扱いされる事、ホントは内心今でも嫌っているからこそハッキリ言えない屈折した西洋キリスト教徒達の心理... それを基にブラックメールされ続ける欧米社会... いろいろ込み入った背景があるので、一言では説明できませんけれどね。
2009/5/17(日) 午後 3:59
モランさん、そのニュース、ワタシ逃してましたですぅ... 要するに拝むよりも政治の話が中心だったのですけれど、それが悪い訳ではないんですね。 ただ、ヤッパリ『退席』と言う方法は、聞く耳持たぬ...と言う事ですから、宗教的には原理に反する態度ですよねぇ...^^ 左頬出す筈なのにぃ...
2009/5/17(日) 午後 4:03
信じてた家内の浮気 さん、再びのご訪問、コメント有難うございます。 ウチのブログは、何方でも歓迎、どんなコメントでも歓迎しますから、削除などはしませんが、ご事情はいろいろおありでしょうけれど、専門家の助けを借りるのも一つの方法だと思います。 お子様のためにも心身共に健康である事は第一に大切ですから、専門医にご相談される事お勧めします。
2009/5/17(日) 午後 4:08
報道では「友好の場で政治の話をした(のが悪い)」「プログラムと違った(のが悪い)」みたいな印象操作(っぽい)感じがしましたけれども。
「場の空気読むのが善」みたいになっちゃってる、今の日本ではムスリム側に非があるような行動に見えた人もいたのかも。ナレーションで伝えるだけで、そのスピーチの音声は流れないし、内容も逐一翻訳はしてませんでした。
法王自身も言葉がわからないから、ポカーン。周囲にせき立てられてステージから降りる、って感じでしたよ。
2009/5/17(日) 午後 7:00 [ MoranAoki ]
モランさん、それ、もしかするとBBCでは敢えてカットされているのかも知れません... ちょっと調べてみますけれど...
2009/5/18(月) 午前 0:58
無事帰って来ましたよ!! 爆!!
「反対の立場」というのはPINK様はムスリムの国におられ、私はネオコンの代表者あのビリーグラハムのクラスメートが設立した神学校に長く学び、シカゴに本部のあるネオコンの中心教派に身をおいていると言う意味です。
>ローマ帝国政治権力との妥協・協力は、キリスト教の自己矛盾的発展と捉えるか、妥協堕落変質の遍歴ととらえるか.......
ということですね!! これは要するに背教ですね!!
2000年と言う時間は世界のどの国においても支配民族の交代は必然かと思います。まして流浪の人々がユダヤ人と言う一つの民族ではあり得ない事も自明かと思います。
続く!!
2009/5/19(火) 午後 2:59 [ 油食林間 ]
続き!!
しかし、そのような人々にとって選民思想は垂涎ものである事は確かではないでしょうか?
事実や現実を無視して、選民思想に陶酔するのが手っとり早い国家形成の方便で、宗教がそれに加担するのは世の常と思います。
それが多民族国家のローマ帝国や大英帝国に大米帝国(?)で起きているのだと思います。
そんな人々に歓迎されているのが欽定英訳聖書です。
それとは大きく内容の異なった、2000年前の聖書原典には、翻訳とはかなり異なったもの「=如何にローマ帝国下の圧政に抗してパウロやペテロやギリシャ人達が生きたかの記録」は、今こそ正しく翻訳されて、彼らに突きつけられなければならないと思っているのです。
この作業が終わるまで私が生きてるかどうか分かりませんが、これをやってみたいと思っているのですよ!! 爆!!
2009/5/19(火) 午後 3:00 [ 油食林間 ]
油食林間 さん、なるほど、そう言う意味ですね、確かに、確かに...^^
アラビア半島地域は圧倒的にムスリム国ですが、イラクから地中海側、エジプトまでの地域ではキリスト教徒もいますので、アラブのキリスト教徒達と西洋のキリスト教徒達の違いがあってオモシロイのです。 ご存知と思いますが、シリアーナとかシリアックと言われるレムナントから続いていると言われる人々も多いですし、彼等が礼拝で使う言語はアラム語に最も近いと言われています。
2009/5/20(水) 午前 6:15
油食林間さん、有難うございます。 既に私達が目撃した西洋キリスト教の選民思想は、 それが『選民思想』だと同じく西洋経由の教育の中で教えられてきたものですから、それしか知らないのであって、実際にそれが当時のユダヤ教にあった『選民思想』と同じものかどうかは解らないと思うのです。 キリスト教がローマ経由で一大教会組織帝国に形成されていく過程で『選民思想』を作り上げていったのではないか...と思うのです。 アラブ、アフリカ地方にずっと昔からいるユダヤ人達は西洋から移民してきた改宗ユダヤ人達とは違うのも一つのヒントかも知れないと思います。 同じく東方のキリスト教徒達も『選民思想』は殆どない様に見受けられますし、逆に批判、反対しているようです。その辺のところの掘り下げにワタシも興味がありますです...^^
2009/5/20(水) 午前 6:57