大晦日の早朝にマヤ夫婦が帰ってからは、殆ど一日中寝ていた様な気がしますが、2010年新年を迎えるには、この一年以上、世界メディアから滅多切りにされ続けたドバイの誇り、ブルジ ドバイ ダウンタウンで噴水ショーを観ながらケーキとコーヒーでカウントダウンを楽しみました。 明けて元旦も半分寝正月、翌日2日からはまた海外出張でしたので、その準備で明け暮れました。 で、2日から再びベイルート出張。 何故ベイルートか...? と言うと、これもまた中東近現代史、中東近現代地政事情をよく説明する必要がありますが、誤解を恐れず敢えて極端に大雑把に極言いたしますと... 100年前、最初の原油がイランで見つかりました 見つけたイギリスは、その後ずっと中東地域での原油探索を積極的に続けました。 で、本当に中東地域で原油が見つかり始めました アラブ中東圏の原油管理のための大戦略が始まりました。 その一つ =非アラブ人造国家イスラエル建国 イスラエル建国により、原住民パレスチナ人の流出難民が始まりました。 祖国喪失流出難民であるが故にパレスチナ人達の教育レベル、技術レベルの増進、発展増長が、産油地域アラブ湾岸諸国への大量出稼ぎ流出となりました。 また同時に、高教育、有能上流キリスト教徒パレスチナ人達のレバノン流出とレバノン国籍取得(レバノン キリスト教政府はキリスト教徒人口増強のためキリスト教徒パレスチナ人の国籍取得に寛容だった)が高く、パレスチナ出身レバノン人達は、現代レバノン インフラ建設に大きく関わっていきました。 多くの隠れパレスチナ人達はレバノン人として、銀行業は勿論、建設業、航空会社など、基幹産業建設の中心になっていったのでした。 一方、砂漠地帯であった産油地イスラム圏の銀行業は勿論、あらゆる業種、社会経済面と領域での遅れから、湧き出るオイルマネーの流出はキリスト教国レバノンの首都ベイルートの銀行金融業を発展させ一手にオイルマネーの扱いを牛耳るに至っていました。 金融業を中心に社会発展を遂げたベイルートは、中東のパリとまで言われる程に発展と自由で輝いていました。 ただ、そこには旧来のアラブ文明を彷彿させる豊かな地中海気候と多種多様の文化の混合、イスラム教各派、キリスト教各派、異宗教の共存が見事に成り立ち、市場経済と民主主義が成り立ちそうな勢いでした。 そんなベイルートの発展そのもの、実現そのものが隣国の『一宗教理念での人造国家建設イスラエル』の存在理念そのものに疑問を投げかけ、揺るがす存在となる事は明らかでした。 そこで『ベイルート陥落』劇の仕掛けが欧米大国利害と周辺アラブ諸国利害とマッチして同意決行された... 結果になりました。 中東戦争、市民戦争に続く終わりの無い不安定状態が続いたまま今日にいたっています。 一方アジアでは、英国の中国への香港返還により、英国は同じく所謂タックスヘイブン自由金融センターを失ったことになりましたし、70年代ベイルートの陥落後は、中東の金融センターはバハレーンにその地位を譲りはしましたものの、ベイルート程の自由な発展には至っていませんでした。 この70〜80年代ベイルート陥落と97年の香港返還が、それら二都市が果たしてきた役割の代替地としてドバイを浮上させる舞台裏になったのでした。 この間のソヴィエト没落による、本体白ロシアは勿論の事、旧ソヴィエト衛生諸国、東欧諸国の自由化と急成長、急浮上による中近東、アフリカ、中央東アジア、インド、中国を含む20億人口市場の発展が始まった時代に呼応して、これらの広大な市場の人、物、マネーを結ぶ自由金融・中継貿易地点の必要性、必然性を逸早く見抜いて、その受け皿役を担うべくインフラ建設投資を始めて急成長したのがドバイの登場であった訳です。 こうしたドバイ登場劇の裏舞台には勿論、旧大英帝国の思惑、アメリカの地政的戦略の思惑と弱小都市国家ドバイの野心が一致した台本筋書と演出があった訳です。 ベイルート陥落により更に再度流出を余儀なくされた多くのレバノン在住パレスチナ人達、レバノン人自身達は、中東アフリカ諸国、欧米へと広く流れ出しましたが、ドバイ浮上によりまた多くがドバイへ流入し始めましたし、少し落ち着き始めたベイルートへも戻り始めました。 こうして、現在アラブ中東圏では、財力はドバイ基点の周辺産油国、アラブの頭脳、技術人材では今もベイルートを中心に有能なトップレベルのアラブ系人材が集まるのです。 エミレーツ航空に次ぐ、ドバイ第二の航空会社は格安運賃のフライドバイですが、そのフライドバイが先ず第一に飛んだ都市はベイルートとアンマンでした。 この事実からも解る様に、ドバイとベイルートの間の人とマネーの流れが如何に緊密であるか。 イスラエル建国によるパレスチナ人難民化こそが皮肉な事にアラブ湾岸諸国の物理的、社会的建設を可能ならしめたのでした。 国家としては殆ど機能しないレバノン、自国を持ちえないパレスチナは、自国以外の世界中で大成功するレバノン人達、パレスチナ人達を続出させ続けているのです。 そんな訳で、PINK会社も必然有能人材の多いベイルートへの出張が多くなる訳なのでした。 因みに、米国NASAの三研究所のうち二研究所の所長はレバノン人です。 画像中の古い建物は、ベイルート破壊前の美しい地中海式アラブスタイルのデザイン建物です。
殆どは修復されないまま無残に破壊の跡を残しています。 5番目の画像は、弾痕残る古い建物と、その直ぐ傍に建てている新しいビルの建設風景です。 朽ち果てつつある古い建物を観ただけでも、かつての中東のパリの美しさがどれ程のものであったかが想像できます。 |
不思議なレバノン
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すんまへん。真面目に読んでたのやけど・・・PINK会社・・・で吹いてしもうた。^ω^
2010/1/15(金) 午後 9:56
りゃんさん、反骨精神かどうか... それもきっとあると思いますけれど、やっぱり実力つけいないと外国では生き延びて行けない、と言う事なんだと思いますですぅ... 反骨精神については、専門家に訊いてみますね。 ^^
2010/1/16(土) 午後 5:53
森羅さん、<蜂の巣のように壁に穴が開く建物>...これみな銃弾の跡なんですね... 穴が開く...んじゃなくて、銃弾で開けられた穴...なんですね。 画像下から3枚目の建物にはまだ人はチャンと住んでるんですぅ...^^
そうそう、特定のエリアの特定の人々...
仰るとおりだと思いますですぅ〜...
2010/1/16(土) 午後 5:58
ひでぞうさん、そうそう、そうなんですよねぇ〜... 同盟・連合 敵対する両方に融資してましたからぁ... 過去もズットそうだったんですよねぇ... で、これからもそう...^^
2010/1/16(土) 午後 6:00
ひょうたん島さん、そうなんですよねぇ〜... それがアダに成ったわけですけれど...
2010/1/16(土) 午後 6:02
山田さん、中東近現代史はヤヤコシイですけれど、面白いですよ。
70〜80年代のベイルートの陥落とその間の戦闘から、大量の難民が発生して、世界中に散って行きました。 民兵ゲリラ戦を長く戦った国に人々が戦争難民となって世界に散りますと、当然外国からの評判は悪くなるのですね。 イラク人、アフガン人、パキスタン人、イラン人、チェチェン人などんど、世界には、諸外国へ出る場合、なかなかビザを取れない国の人々が沢山います。 そうした人々の欧米諸国の扱いは大変に厳しいのです。『テロ対策』ってやつネ...
2010/1/16(土) 午後 6:10
低人さん... ウケましたぁ〜 ??
ウレシ...^^
2010/1/16(土) 午後 6:11
ようやく、レバノンについて少し解りました。つまり、原油を管理する為にイスラエ◎建国を英が認めた訳ですね。そして、レバノンやパレスチナ(人)等は、母国を追い出された故に「難民」という立場ですが・その本質(教育レベル・技術力・商売手腕など)は物凄く優秀で・実際に様々な場所でその能力は発展などに大いに発揮されている・・・けれど・・・事実上、表立っては称賛されない・・というジレンマがあるという事ですね。
2010/1/17(日) 午後 0:37 [ - ]
そのジレンマの元になる邪魔をするのがイスラエ◎で、それをバックアップするのがアメリカとイギリス(とフランスも??)という事ですね。そして、その思惑を「宗教戦争」等と「解りやすく仕掛けて」日本も含めた世界に発信しているのが米英という事ですね。で、すっかり洗脳された人々はレバノン人の「優秀さ」を認めないどころか「馬鹿にする」のですね。「西洋人に馬鹿にされる筋合いはないわよーー馬鹿にすんじゃ無いわよーーー、あんた達よりずっと優秀なのよーー」・・・と言ってやりたいですねーー。でも、そんなお下品な事は言いたくないので我慢しているけれど、相手は余計にレバノン人を馬鹿にする態度を取り続けるから・・「どうして西洋の人は、他人に対するマナーが悪いのかしらん??」と理解不可能になって・ひっそりとした立場で思い悩む訳ですね?
2010/1/17(日) 午後 0:46 [ - ]
「私はレバノン(人)だ!!」と主張出来ない事がジレンマなのか、イスラエルにチョッカイを出されて(米英も)ムカついているのか、・・一番言いたい事を記事にして戴けると有難いです^^☆
2010/1/17(日) 午後 0:58 [ - ]
山田さん、有難うございます。
英国の三枚舌、陰謀謀略政策でのイスラエル建国は、産油地管理の警察国家の役割と同時に、欧州地域から、まとめてユダヤ人達を追い出せる先としても都合が良かったのです。
イスラエル建国による難民化は、その当時パレスチナ地域にいた人々で、レバノン人達ではにです。 レバノン市民戦争が起こった時には、大量のレバノン人達が難民として国外流出しましたが、以来のイスラエルの侵略、内紛、不安定状態から常に流出民が多い状態です。 レバノン人はどこでも活躍し表立っても賞賛されますが、レバノンパスポート所持者達のビザ取得の苦労は大変なものなのです...
2010/1/17(日) 午後 5:42
山田さん、実態は、もう少し複雑で、宗教宗派のモザイクと言われる程様々ななコミュニティーが集まる国ですので、一括りで『レバノンは〜...』と云えないところがあります。 例えば、マロン派キリスト教徒達は、植民地洗脳されっ放しで、『母なるフランス』とさえも思うほどに西洋信奉ですし...
問題は、レバノン人達そのものの中に多く潜んでいる事も事実です。ただ、それは長く、複雑な西洋の植民地戦略、中東戦略の奏をなすところでもあります。 ただ、レバノン人達は、宗教宗派を超えて皆一様にレバノン人であることを大変に誇りに思っている人達ですから、決して隠したりはしません。 自分達は優秀である事も十分に知っていますし、誇りに思っていますから、度々大変に傲慢でもあります。 ヒッソリと... 奥ゆかしい... と言うイメージではないと思いますよ。
2010/1/17(日) 午後 5:56
山田さん、一人一人のレバノン人の中には、特にジレンマはないでしょうけれど、国家として不機能である... カオス、殆ど滅茶苦茶状態...
ではそれは何故なのか??
その答えが出せたらレバノンの困惑などなかったでしょうし、イスラエル問題も解決されていたでしょう... ワタシの友人は40年掛けて、そのテーマの大作著書を死ぬまでに発行したい...と今でも調査し、書き続けていますけれど...^^
2010/1/17(日) 午後 6:00
つまり、世界各国でビザを取得する際にイチャモン付けられてしまう事にレバノン人は憤りを感じているのですね。自負も自信も実績も持ち合わせているのだから、レバノンパスポートならノーマークでビザもゴーー!!であるはずなのに・・・何でよーーという感じでしょうか^^その原因は、国が機能不全であり・色んな侵略とか融合とか入り交ざりレバノン人も「統一性」が難しく・・・つまり何かこぅ〜〜ヒッチャカメッチャカじゃんっ!!という感じでしょうか。リゾート地として憧れの地なのですから、もぅ〜いっその事、国家という概念を脱却して連邦国家にしてしまうとか・・・。ご友人の著書が発行されたら、日本語版もピンクさん約で発行お願い致します^^
2010/1/17(日) 午後 8:09 [ - ]
山田さん、レバノン パスポートに限らず、世界諸国の殆どは多かれ少なかれ、そんな感じで、何処へ行くにもビザ取得に苦労するのです。 アメリカ欧州EU日本韓国シンガポール、台湾香港くらいです、ビザ取得の苦労が殆ど無い国は。
レバノンの市民戦争以来の不安定状態中、レバノン民兵達のゲリラ戦振りは大変なものでしたから、必然レバノン人=民兵戦闘員と思われ勝ちで警戒されるのです。その事はレバノン人達もよく承知していますが、だからと言ってフラストが無くなる訳でもないです。
政府国家としてヒッチャカメッチャかなのは、周辺アラブ諸国や、様々な政治団体からの梃入れ、利権争いがあるからで、レバノン人達人身だけが悪い訳でもないのです。 中東アラブ諸国そのものの混迷が、他のどのアラブ諸国よりも自由であるがゆえに、見事に表面に噴出する...とも言えるのだと思います。
2010/1/18(月) 午前 5:18
続き)
レバノンでは政府、政治家、要人の風刺コメディ番組は沢山あり、日本では考えられない程、物凄くシンラツに毎日の政治出来事を風刺スタンツにして放送します。 その意味では日本よりもずっと言論の自由が実現されている国でもあると思います。 ヘンなタブーや『自己規制』などないですから...メディヤも様々な意見、違った評価を好き放題に表現する伝統があります。 政治風刺コメディーは大変に面白いです。
2010/1/18(月) 午前 5:21
英国は何処へ行っても3枚舌ですね!!
インドのカシミールもしかりですよ!!
そして、余分ですが英国系の教会も全く同じですね!!
歴史的に見るとあの国はトラブルメーカーのご本尊様で英国ではなく嘘国というのが正しい呼称ですよ!! 爆!!
2010/1/18(月) 午後 10:01 [ 油食林間 ]
油食林間さん、そうなんですよねぇ〜... 世界中をヒッチャカメッチャカにしてしまった、トンでもないお国でしたねぇ〜...
スリランカも、アフリカ諸国も、カリブ海諸島他他も...
2010/1/19(火) 午後 3:46
かつての中東のパリ...弾痕のある壁,建造物の写真を見ただけなのに..想いを馳せて心が痛みますね.写真は真実を伝えますからね.ポチットな...
2010/1/23(土) 午前 10:14
非常に生々しいですね♪
2010/2/20(土) 午後 4:04