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ミシェルさんは、小学生の頃から成績が良く、二年飛び級でお兄さんと同じクラスで勉強することになりました。 本当は更に飛び級する筈だったところ、父親が『そんな事したら長男がダメになる』と学校に懇願したので、そのままずっとお兄さんと同じ学年で勉強し、高校卒業後、英国の大学へ留学するのも一緒でした。
その後、英国から帰国すると更に哲学の博士号を取り、神学の勉強にカトリック教会、イエズス会の修道院へ入ってしまいました。
親達が懇意にしていて家族付き合いだったので、小さい頃からずっとミシェルさんに憧れていたアイダさんが年頃になった頃は、丁度ミシェルさんが修道士になる決意を始めた頃でしたから、長く続いた初恋は実らず、同じく親達が懇意だった家族の子息と結婚、裕福で恵まれた生活をおくりました。
75年のレバノン市民戦争時、アイダさんも家族共々パリに逃れて以来ずっとパリ住まいとなりました。その後、兄弟姉妹、独立した子供達はもう皆レバノンへ戻りましたが、どう云う訳かご主人が亡くなった後もずっと一人で今もパリ住まいを続けています。
ミシェルさんは、長兄が説得して修道院から連れ戻した後、医師としてクウェートで働き始め、そこで出会った女性と結婚。その後アメリカからの招聘で医学大学教授として渡米。以後ずっとアメリカ生活を続けてきました。
数年前に奥様を亡くされ、今年何年か振りで兄弟や旧友に会いにパリを訪問。
アイダさんの気持ちを知りつつも『運命』は行き交わず、ずっと長く友情を温め家族付き合いを続けてきた幼馴染のアイダさんを訪問することも大きな目的だったのでしょう。
アイダさんの親族一同も、ミシェルさんの親族一同も皆良く知っていた実らなかった初恋物語でしたが、双方とも連添う相手を亡くし、自分達の余生も見えてしまった年になって、恰も最後かも知れない覚悟でアイダさんに会いに来たのがミシェルさんのパリ訪問だったのではないか...と思います。
アイダさんは、その昔、ミシェルさんが貸してくれた本と、その間に挟んだ彼が書き残した手紙や、感想文、プレゼントされたモディリヤーニの自作のコピー画など全てをキチンと保管してありました。 そんな思い出の本を苦もなく直ぐに本棚から引き出して、訪れたミシェルさんに嬉しそうに見せるアイダさんは、もう直ぐ80歳になる老女ではなく、少女の様な無邪気な笑顔の老貴婦人でした。
もう双方とも何をしたって良い歳なのだから、残りの数年でも一緒に暮らせば良いのに...などとワタシは下世話な考えを持って腹立たしくさえ思えました。
一方ミシェルさんは、自身が最も愛するフランスの聖徒テレーズの聖地巡礼を遂げ、その他毎日の様に夕刻のミサに通っていました。
長年アメリカで医学大学学長を務め、多くの人々の生死を目撃してきた医師の人生を終わる生き方は、医科学者でありつつ『神』の赦しを求め続け、祈り続ける生き方である様でした。
アイダさんも、ミシェルさんも、1948年に生まれ育った土地を失ったパレスチナ人です。
二人とも、またその子供達の世代も、孫子の世代も、もう二度と戻る事のないパレスチナの思い出を、淡い初恋時代の思い出と共に思い出す事だけを残りの人生の楽しみにいくでしょう。
ミシェルさんが語った言葉にこんな事がありました
『僕は、人間のあらゆる罪や業、喜びや後悔、赦され得ない傲慢など、そうしたあらゆること一切は実は問題ではないのだ、と言う境地に辿り着いたんだ』
ワタシには、どう云う意味なのか解りませんでしたが、一人の親しい女性の望みを叶えてあげられなかった事を、旧友のアイダさんに謝るつもりで、また、彼女の余命の平安を自分の命を賭しても、ご自身が最も愛し尊敬した聖徒に祈っていく事を知らせ、そう云う覚悟であることを伝えることが、また祈り続ける事が彼の命の閉じ方の一歩ででもあるかの如くに見えました。
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いや、まだ、私、余命は長いですけど・・。
2010/5/17(月) 午後 3:01 [ - ]
男にとって結婚や恋愛は腰掛け程度の者ではないのでしょうかね!!
誰でも良かった....なんて言うのが本音の様に思います。
ヤッパリ打ち込む仕事やライフワークこそが生涯の恋人であって、女性にぞっこんほれこむなんて言うのは珍しい特異な男性だけの専売特許だと思いますよ!!
爆!!
2010/5/17(月) 午後 5:07 [ 油食林間 ]
↑の方、
男にとって・・・ではなく、私にとっての間違いでしょ?
2010/5/17(月) 午後 9:50 [ たぬ吉 ]
こんばんわ。良いお話ですね。
長い時間をかけてこの方の得たものは、現象が問題なのではなく、結局は「神と自分との問題(関係)なのだ」というカトリックの教えだったのだなぁ…と、思ってしまいました。その考え方は神学で充分知っておられたでしょうが自身が到達するまでには長い時間が必要だったのでしょうね。
お祈りは本当に尊いものです。私のような新米カトリックではまだまだですが〜。
2010/5/17(月) 午後 11:27 [ moga ]
サラサラさん、...って訳でもないんじゃないかしんらん? ミシェル氏の奥様への愛情は大変なものでしたし...。 アイダさんへは、亡き奥様の生前の著作を贈っていました。 『愛』には様々な種類があるんだと思いますです ^^
2010/5/18(火) 午前 3:11
...有難うございます。 人それぞれ皆どこかで夫々のドラマを生きているんですよね...^^
2010/5/18(火) 午前 3:12
moramoraさん、そんなことはないと思います。この人もただの人だと思いますですぅ...^^
2010/5/18(火) 午前 3:14
...有難うございます。 みな夫々時代に翻弄されるのだと思いますです...
で、何処にジブンのサクセスレイトを置くのか... それも夫々^^
2010/5/18(火) 午前 3:16
azrgwimusさん、そう...そう言う事なんだと思います。 熱さは感じませんでしたけれど、双方達観と満足、充足感...と言う感じでした。感謝とゴメン、別れの挨拶だったのだろうか...と思わざるを得ませんでした...
2010/5/18(火) 午前 3:20
森羅さん、そうですね...まったく。 男女間の友情は在り得ないと思う人もいますが、それもあり得る、と言う実例の様でした。
2010/5/18(火) 午前 3:22
山田さん、感動ポチ 有難うござりまするぅ^^
2010/5/18(火) 午前 3:24
山田さん、... かも知れませんし、ではないかも知れませんし... ミシェルさんは、難民キャンプでの医師も勤め、戦場現場からアメリカ最高医学賞受賞、研究と臨床を長く続けてきたベテラン、アメリカ屈指の医学者でもあるのでした...
母親を小さい時に盲腸で亡くした事が医学を選んだ理由でもあったのかもしれません...
2010/5/18(火) 午前 3:30
山田さん、インシャーアッラ... ご縁があれば何時かおあいできるかも知れませんよね ^^
2010/5/18(火) 午前 3:31
山田さん、明日の事も、一寸先も読めないのが人間の未開さですかしらね... インシャーアッラ ^^
2010/5/18(火) 午前 3:33
油食林間 さん、さぁ〜 どうなんでしょうねぇ〜...実際のところはぁ...^^ 女性には到底計り知れないオモイがあるんでしょうかね...?? ^^
2010/5/18(火) 午前 3:37
ライクさんさんっ めっ!!!
でも クスッ ^^
2010/5/18(火) 午前 3:39
mogaさん、いらっしゃいませ! コメント有難うございます。 この記事はある意味で少し前の宗教を扱った記事との繋がりもあるのですが、登場人物達は先祖代々、千年以上もずっと代々続いてきたパレスチナ地方のカトリック一族なのですね...日常文化背景に既に信仰のある地域の人々なんですね... ただ、人生の最後に差し掛かったところで、改めて信仰を深くした...と言うことはきっとあるのだと推測します。
2010/5/18(火) 午前 3:53
すごいことですね。
一緒に生きていく、添い遂げること=愛ではない。
このお話が、故郷を失ったまま戻れないパレスチナ人である方々のこと…というのが、幾重にも悲しみを広げます。
2010/5/18(火) 午後 11:39 [ 高橋美香 ]
MESTさん、
<一緒に生きていく、添い遂げること=愛ではない。> と言う意味合いで書いたのではなかったんですね。 また実際そう言う事では全くなかったと思います。双方夫々の家族と幸せに暮らしてきたと思います。 若かりし頃の初恋の人と60年以上たってもお友達でいられる... と言う事の方がワタシには凄いことだと思ったわけなのでした。
2010/5/19(水) 午後 8:19
流されるままに 身を置くと
思える人生なのですが
歳を重ねると 失ったものも 悲しみも 憎しみさえも
包み込むことができると 言うのかな?
確かに アイダさんは素敵な人だと思うけど ミシエルさんに
対してコレでよかったのよと言えたかな?。
ヨシはどちらに立っても悩んでしまい動けませんです(苦笑)。
2010/5/19(水) 午後 10:08