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スミマセン
またしばらくご無沙汰してしまいました。2週間近く海外出張中でして、出張先ではジブンのノートPCが使えず、日本語は読めても書けない環境におりました。
数日前レバノン南側国境で数年振りに小競り合いがあり、数人の犠牲者がでましたが、その前夜、ベイルート空港を出発、ドバイへ戻ってまいりました。
アラブ湾岸諸国地方では6月から8月の夏の盛り、一般にビジネスは鈍い動きになりますが、今年は特にもラマダンが8月11日くらいから始まる事もあって、更に動きが低迷すると見込まれ、早々にスウェーデン避暑へ発つつもりでした。
ところが、やる気まんまんのエミラーティ ビジネスマンは『ラマダンだからって、仕事しない訳ではないんだし、役所は日が暮れてからチャンと仕事するから、大丈夫だよ』などと、一般に外国人達が持っている「UAE人像」とは全く違ったお仕事モードで夏もせっせとお仕事するんだそうで、それにつられてワタシも8月ラマダン入り後もお仕事モード全開になりそうなのであります。
この時期アラビア砂漠の日中の気温は43度程で、湿度は比較的低いのですが、それでも40度以上あれば、相当に湿度が高い様に感じるのです。
ベイルート都会っ子達は夏場は山岳高地部の別荘に避暑移動するのが一般的ですが、レバノンも今年は特に暑いようで、山間の避暑地でも相当に暑い日がありました。
ベイルートでの仕事が一段落してドバイへ戻りまして、やっと自在に日本語を書ける様になりました。
日中は暑いので、外には出ない...のが原則で、外に出る用事はことさらに日が落ちてから片付ける事にしています。
アラブ文化に月や、夜空の星、夜を讃えるエレメントが多い理由がよく解ります。
ドバイで暮らし働いていると、出会う人々は世界中の様々な人々で、地元のエミラーティや、他のアラブ人達に出会う事の方が少ないですし、共通語は英語で十分ですが、ベイルートでの仕事は殆どがアラブ人相手の仕事となります。アラビア語を話せないとナンだか不利、と言うか日本人の外国語音痴度が心底情けなくなります。
一般にベイルートに集まるアラブ人達の会話は常に3ヶ国語(アラビア語、フランス語、英語)を縦横に切り替えながら、混ぜこぜ状態で話される事があり、彼らの言語能力の高さにいつもコンプレックスを感じさせられます。
ベイルートに集まるアラブ人達を見ていると、何故西洋が出ないお化けの「アラブ世界」を恐れ、忌み嫌い続けるのかが解ってくる気がします。 今回も10日強の滞在中にお誘いを受けた、ランチ、ディナー、ティー パーティーは6回以上にのぼり、夫々集まるアラブ人達の顔ぶれ、社交術、人生の楽しみ方、教養の高さとビジネススケール、何よりも驚くほどのグローバルなアラブネットワークの広さに毎回感嘆させられます。
アラブ人達は、自分達が失ったものの本当の価値に未だに気が付かないし、今も失いつつある『高価なもの』価値に全く気が付いていない... 事が何よりもの悲劇なのだと思います。
このどうにもならない廃れ果て、立ち上がれないアラブ世界と沈みそうな日本を繋げる『しごと』の土台を模索するのが今手がけているワタシのお仕事です。
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不思議なレバノン
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こんばんわ。避暑地はスウェーデンですか、いいですね〜。
pinkさんのブログからアラブ世界について色々知ることが出来るのは本当に面白いです。普通に平凡に暮らす日本人にとって最も遠い世界がアラブではないでしょうか?私なんか直接アラブの方とお会いしたこともお話したこともないですよ。でも、不思議と良いイメージなのは昔愛読した成田美奈子さんの漫画の影響が大きいかも。あ、ご存じ無いかも知れませんね。もし、お暇な時間があれば…読んでみてください。
2010/8/8(日) 午前 0:44 [ moga ]
PINKさん、お元気そうでなにより〜
ご無沙汰しました!
過去記事少し読ませていただきました
日本を脱出されてからのPINKさんの歩み興味深いお話でした
遅ればせながら英語の基本から勉強しなおそうと思っている今日この頃ですぅ。。。
2010/8/8(日) 午前 10:45
legさん、えっ、これほど熱心に、真剣に、生真面目に、根っから優しく日本人のために働いているのにまだ足りませんかぁ〜〜...??? ^^
2010/8/8(日) 午後 5:51
mogaさん、いらっしゃいませ! コメント有難うございました。ワタシは漫画は殆ど読んでいないので、早速ウィキってみまして、少し理解できました。『アラブ世界』はホントに興味深くオモシロイです。 またいつでもお気軽にお越しくださいませね! ^^
2010/8/8(日) 午後 5:56
moramoraさん、御久でござりまするぅ〜 ^^
ああ、あの記事ね、皆様にご心配かけてしまった様なので、途中で止めちゃいましたけれど...^^
一体どうしたんですかぁ〜 英語のお勉強だなんてぇ...^^
2010/8/8(日) 午後 5:59
こんばんわ。
アラブ人は 独特の 通商運搬技術、ネットワークと知恵をもっていましたね。
ただ、すこし訂正して頂きたい所があります。
> 各文明都市領域の人々は 定住者ですから・・・
――― どの文明の都市も 外の世界と繋がるノウハウを持っていたから成立
できたのでした。 都市や地域の間を繋いで 通商、運搬ができなくては、都市は
成り立たないでしょう。
セム語族/アラブ人達は、BC15世紀 フェニキアの昔から 地中海に乗り出して
通商を事としていましたね。当時 メソポタミアでは 陸地での商売も盛んでした。
でも、大多数のアラビア人たちは 牧畜に従事していたのではないでしょうか?
イスラム勃興以前から、アラビア海は インドやローマの間を 航海術をもって、
アラブ人は 物資や文化や人を運んでいましたね。 こうした商業活動は、都市の発達
とともに、数字の活用を発展させましたね。
現代西欧の時間概念は、農耕文明ではなく、交易活動から 主に発展してきました。
合掌
2010/8/8(日) 午後 11:19 [ kyomutekisonzairon ]
外国語オンチ、外国文化オンチなのは、やっぱ島国だからなんですかねえ?
2010/8/9(月) 午前 1:04 [ 高橋美香 ]
pinkさん、超お久し振り!
>このどうにもならない廃れ果て、立ち上がれないアラブ世界と沈みそうな日本を繋げる『しごと』の土台を模索するのが今手がけているワタシのお仕事です。
私もその末端の末端に関っている人間として、それを痛感します。今後ともどうぞよろしく。
2010/8/9(月) 午後 2:50 [ grico ]
まぁ、語学は通訳に任せて、それ以外の能力で一目置かせればOKでしょ(笑)
それにしても・・・日本も年々亜熱帯化しているから、労働時間帯とか見直せばいいのにぃ〜〜〜
フレックスタイム導入とか叫んでいたバブル時代が懐かしい・・・かも(笑)
2010/8/10(火) 午前 9:43 [ たぬ吉 ]
kyomutekisonzaironさん、有難うございます。
<どの文明の都市も 外の世界と繋がるノウハウを持っていたから成立できたのでした。 都市や地域の間を繋いで 通商、運搬ができなくては、都市は成り立たないでしょう。>
全くご指摘の通りですね。 それをセム族民達が長く、広範なネットワークを徐々に確立、拡充して何千年もの間担って来た、と言うわけです。物流、貿易、運搬にはエジプト人、インド人、イラン人、中国人達は関わってはいなかったのでした。
2010/8/10(火) 午後 8:05
【つづき】
多くの人々が信じるように夫々の都市、文明勢力を担って来た人々が自分達の能力として運搬、貿易行を持っていた、と思いがちですが、実際はそうではなかった...と言うことです。 遊牧移動民達が定住して都市を造って行った訳でもありますが、都市生活をし始めるとともに運搬貿易業からは遠ざかりますが、その技術ノウハウを持っている、と人々は思ったので、その獲得のためにいろいろな勢力、民族達が都市を侵略、制圧をくりかえしたのでした。
ところが実際は文明都市に定住しなかった遊牧移動民達が貿易運搬業を担っていた... と言うことの様です。 その技術ノウハウ、知恵、確立したネットワークの価値は人類史にとって計り知れない意味と価値があった、筈ですが、その事自体にアラブ人達は気が付いていない、と言う訳です。
2010/8/10(火) 午後 8:06
MESTさん、その可能性はありますでしょうねぇ... 同じく島国の英国、アイルランド、新しくはオーストラリア、ニュージーランド、アメリカも同じく異文化、外国語に疎く弱いですから...アメリカは大陸ですけれど、ヤッパリ【島】ですから...^^
2010/8/10(火) 午後 8:09
grico さん、こちらこそ【超御久し振り】!
お元気でご活躍のご様子、何よりですぅ...^^
アラブ世界は【日本のチャンス】だと思いますけれど...、今日の新聞で、またアホ大使がアブダビでおバカな事を言ってしまった様です...^^
中東外交にもっと真剣に力を入れないと、もういいかげんダメだと思いますけれど、全く過去の失敗から学ばないままの様ですぅ...^^
2010/8/10(火) 午後 8:13
ライクさんさん、お疲れ様でござりまするぅ〜
この辺では、夏場3ヶ月の日中屋外での労働は禁止されてますです。 ラマダン中は一日6時間労働...
日本の労働条件は全く辛いものがありますでしょうねぇ...
お体お気をつけくださいませねぇ〜 ^^
2010/8/10(火) 午後 8:17
こんばんわ。
> 物流、貿易、運搬にはエジプト人、インド人、イラン人、中国人達は関わって
はいなかったのでした。
――― エジプト人は アフリカ内陸部に、インド人は インド亜大陸やアラビア海
などで、ソグド人(ペルシャ人)は シルクロード交易に、中国人は 南船北馬
といわれる交易を中国大陸で、古くから行っていました。 また 南北アメリカでも
交易なしには 紀元前からの都市は成り立たなかったでしょう。
確かに、アラビア人は交易に堪能でしたが、交易は アラビア人だけが荷ったの
ではありません。アラビア半島の人たちの大部分は、交易ではなく 牧畜を生業と
していたのではないですか? 合掌
2010/8/10(火) 午後 9:05 [ kyomutekisonzairon ]
少しばかり勉強初めてみると、、、英語ができないと本が読めないって事に遅ればせながら気付きまして・・・(+o+)
2010/8/12(木) 午後 4:34
kyomutekisonzairon さん、有難うございます。次回の記事でお答えいたしますね。^^
2010/8/12(木) 午後 11:14
moramoraさん、そんなに難しいお勉強を始められたんですかぁ〜...?? ^^
確かに、中東地域の歴史なども日本語に訳されている文献には限りがあるので、やはり英文献を持ち出さないと説明に難しい点も多くある様なのですが...
2010/8/12(木) 午後 11:16
嗚呼、語学力。
アフガンでもそうでした。パシュトゥできて、ダリーもできて、英語もできる。人によっちゃ、ウルドゥとか、パシャイーも。
いつ思い返しても、スゴイ語学力だった。
2010/8/13(金) 午後 10:21 [ クマ ]
クマさん、四方八方に違った文化、言語のお隣さん地域があり得る大陸では、極自然にご近所の言葉も解り合える様になるのだと思います。
日本は幸か不幸か、自然物理的国境と政治地理国境が同一で、隣近所諸国に密着していないので、言葉も文化も何もかもが【違った人々】とのお付き合いになれていないのですよね。 しかたないです...^^
2010/8/14(土) 午後 9:45