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パレスティナによる国連加盟申請で大騒ぎの世界をよそに、今月20日1人の12歳の少年がイスラエルの病院でひっそりと息を引き取った。(以下の情報については、 http://palestinechronicle.com/view_article_details.php?id=17147、 http://www.salem-news.com/articles/september152011/israel-attacks-tk.php、 http://www.salem-news.com/articles/september192011/ibriham-dies-tk.php を参照のこと) 8月18日ラマダーンの断食明け間近の夕方、14歳の従兄弟同士ムハンマド・ザザ君とイブラーヒーム・ザザ君は、自宅前のガザの路上で一緒に遊んでいた。イスラエル空軍の無人爆撃機がミサイルを発射したのは、その時である。爆撃は、当日エジプト国境付近の観光地エイラットで、武装した襲撃グループがバス2台やイスラエル軍の車両を襲撃し、7人が死亡、25人が負傷したことに対する報復措置だった。 イスラエル当局は犯人をガザの武装組織、民衆抵抗委員会(PRC)と断定したが、PRC、ハマース、その他のパレスティナ勢力は一切関与を否定。イスラエル軍の主張はともかく、そもそもガザと18日の襲撃を関連付ける具体的な証拠自体が何もなかった。病院からたった5分以内の所で遊んでいた14歳と12歳の少年については、言うまでもなく。大体、病院付近を爆撃する行為そのものが国際法の重大な違反であることは、いちいち説明を要しないであろう。イスラエル軍にインタヴューしたリアル・ニュースのリア・タラチャンスキー記者によると、当の無人爆撃機を操作していたイスラエル兵は、少年達から何キロも離れたIDF(イスラエル軍)のコントロール・ルームからミサイルを発射したという。 爆撃の被害と、イスラエル軍広報担当アヴィタル・ライボウィッツ中佐のインタヴューはこちら。 http://blogs.yahoo.co.jp/farida_firdaus07/21383213.html ミサイル攻撃によって、イブラーヒーム君は両腕を失った。肺には穴が開き、腎臓はひどく損傷し、足の一部は失われた。血液の循環が阻害されたため、入院している間に足は緑色に変色した。彼の生命を維持するには、15の機械を必要とした。内臓で唯一正常に機能していたのは、心臓のみ。ミサイル攻撃後、イブラーヒーム君は、最後の息を引き取るまで、遂に意識を回復しなかった。 ムハンマド君の方は、かろうじて意識はあるものの、両足の皮膚は完全にめくれて、赤い肌が露出している。包帯に包まれた足は、病院のシーツの上に置かれた2本の小枝の様だ。腹部から上の皮膚は壊滅的な損傷を受け、その他にも多くの火傷と負傷に苦しんでいる。体に掛けられた毛布が少し動いただけでも、あまりの苦痛に大声で叫ぶ。幸いにも皮膚移植によって、顔だけは元の状態に復元出来た。 幸いにも9月中旬車椅子を手に入れることが出来たので、ムハンマド君は家族と一緒に数時間病院の庭で過ごすことが可能になった。車椅子があれば、少しは体や足が動かせるので、何とかこれ以上床ずれが酷くなるのを防ぐことが出来そうだという。入院している間に、ムハンマド君は、15歳の誕生日を迎えた。 当初2人はガザのアル・シファ病院に入院していたが、ガザでは必要な治療が受けられないために、10日してイスラエルの病院に搬送された。付き添いの家族は、「イスラエルの安全保障」の名の下に、いかなる理由があっても病院を離れることを禁じられている。イブラーヒーム君の父親アドナンさんは、意識のない息子が寝ているベッドの周囲を歩き回って、唯回復を祈ることしか出来なかった。2人が病院に到着した時、家族は殆ど無一文に等しかったので、現在食べ物などの必需品を購入する他に、テレフォン・カード、煙草、ムハンマド君のためのレンタルTVなどのための資金援助を募っている。今後疑いもなく長期に亘るであろう入院生活を送っていく上で、少しでもムハンマド君の慰めになるように、最低限の娯楽としてのTVはどうしても必要なのだ。 ガザ空爆の犠牲者、無実の罪でイスラエルの監獄に収監されているアフマッド・アスフールさんは、あれでもまだ幸運な方だったのだろうか...?(http://blogs.yahoo.co.jp/farida_firdaus07/19227240.html) 前述したタラチャンスキー記者は、イスラエル軍広報担当のアヴィタル・ライボウィッツ中佐にインタヴューを行った。以下その一部を採録する。 タラチャンスキー記者:「どうしてイスラエル空軍は、この子供達と戦闘員を区別することが出来なかったんでしょうか?」 ライボウィッツ中佐:「質問の主旨が間違っています。(戦闘員と非戦闘員とを)区別するというのが、問題ではありません。ガザのテロリストを標的にする時、私達は今まさに爆弾を作動しようとしているテロリストか、イスラエル人に対して広範な影響を及ぼすテロ活動を行おうとしているテロリストに照準を合わせているのです」 タラチャンスキー記者:「目撃者の証言によれば、発射されたミサイルは1発だけで、そこには自宅の外で腰掛けている12と14の2人の子供しかいなかったということですが...」 ライボウィッツ中佐:「論理から言えばですね。誰かが自分に向かってロケット弾を発射しようとしている時には、攻撃される前に、こちらが先に攻撃するということです」 断食明けの食事を楽しみに待っている12と14の子供が、自宅の前からロケット弾を発射するだと...?この女は馬鹿か? 現場に居合わせた多くの証人が、イスラエル軍のこのとんでもなく馬鹿げた主張を聞いて鼻で笑う。イスラエル軍が攻撃するのは、ほとんどいつもテロとは何の関係もない一般市民である。イブラーヒーム君とムハンマド君は、実際道路でただ遊んでいただけなのだ。 「イスラエルの安全保障」について、国連や欧米各国はいつも大騒ぎする。ならば、問おう。パレスティナの安全保障については、一体世界の誰が責任を負うのか?イブラーヒーム君の様に、声なく死んで行くパレスティナの子供の安全については、誰が保障するのか?63年以上の占領を通して、ユダヤ人が1人も殺害されない日はあっても、西岸、ガザのパレスティナ人達が逮捕、不当拘禁、攻撃、拷問、殺害されずに終わる1日はほとんどない。 イスラエルは、最近になってまた、スカンク・ガスと呼ばれる新しいタイプのガス弾を開発したらしい。耐え難い悪臭を放つばかりでなく、吐き気を伴うとか。そして、8月から9月20日までの間にイスラエル軍の爆撃によって死亡したパレスティナ人の数は、27名にも上るという(http://japanese.irib.ir/index.php?option=com_content&view=article&id=21249:2011-09-20-13-29-14&catid=17:2010-09-21-04-36-53&Itemid=116)。 イラン・ラジオの9月26日付け報道によると、パレスティナ保健省医薬品局局長は、、「ガザ地区の封鎖が継続しているため、同地域で患者に必要な医薬品や医療物資の備蓄が終了した。ガザ地区では、120種類の医薬品、150種類の医療機器の備蓄が底を突いている」と発表している(http://japanese.irib.ir/index.php?option=com_content&view=article&id=21391:2011-09-26-13-57-40&catid=17:2010-09-21-04-36-53&Itemid=116)。 残念ながら、イブラーヒーム君は亡くなってしまいましたが、ムハンマド君を支援していきたいという方がおられましたら、以下のfacebookにアクセスお願いします。 https://www.facebook.com/pages/Support-Ibrahim-Mohammad-Palestinian-children-from-Gaza/157492681006348 また、ムハンマド君に対する寄付や近況については、mailto:supportibrahimandmohammad@autistici.org までお問い合わせ下さい。 写真は全て、www.salem-news.com から拝借。 1. 生前のイブラーヒーム君。 2. イブラーヒーム君の父親アドナンさん。この写真が撮影された時点で、彼は息子が回復した時に備えて、新しく車椅子を購入しようと支援を要請していた。結局、車椅子を手に入れる必要はなくなった。 3. 重傷に苦しんでいるムハンマド君。傷の苦痛に加えて、従兄弟が亡くなってしまったたことに、大きな衝撃を受けている。 4. イスラエル軍アヴィタル・ライボウィッツ中佐。
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4ヶ月休止状態明けて早々、
先日9月23日に行われたパレスチナの独立国地位承認と国連加盟承認申請についての記事執筆リクエストを戴いた。
軽く短い記事でしばらくはリハビリしてみようと思っていたところだったのだが、元気な山田ババさんのハリキリ記事をみて、なんだか申し訳無い様な気持ちになった。http://blogs.yahoo.co.jp/habari000yako/6381229.html
≪パレスチナ問題は複雑怪奇で難しいし、宗教問題、特にファナティックな一神教徒同士の宗教間闘争の様で解らない... 何はともあれ喧嘩両成敗で合法的、平和裏に双方の話し合いで一日も早く解決して欲しいものだ...≫
と言う様な感じが、多かれ少なかれの多くの人々の一般的な感想と懸念なのだろうことは、あちこちでよく見るコメントやらで察せられる。
パレスチナ問題というのは、人権擁護に賛同すると言う者なら人類の誰一人として、パレスチナ人達の人権擁護と人命保護の立場に立たない訳にはいかない問題なのだ。 パレスチナ人達が代々生きてきた土地の上にこれからも生きていくための独立を支持しない訳にはいかない、そう言う性質のユニークな問題なのだ。
1947年以来今日までパレスチナ人達の個人団体、全てのレベルと全ての領域で犯されて来た、パレスチナ自身の全ての過ちと『罪』の一切とも、全く完全に違った次元で、世界の誰一人、何一つ、パレスチナに起こった事、また今も起こり続けていることを正当化できる口実とは決してなり得ないのだ。
もう一度言うと、パレスチナとその土地に住んだ人々と、今もそこに住み続けている人々に起こり続けている事への言い訳や正当化の理由などは、何一つこの世には存在し得ない、と言う性質の問題なのだ。
この点をハッキリさせた上で、何故この時期にパレスチナ人を代表する公式代表組織PLO=パレスチナ解放機構とPA=パレスチナ暫定自治政府組織は、国連加盟諸国に対し、パレスチナ独立国地位とその国連への加盟承認を正式に申請したのかを理解する必要がある。でも、それは誰の目にもそんなに簡単明白な事ではないのかも知れない。
1947年に同じく国連は、英国統治下のパレスチナへ西洋世界から移民し続けた欧州人移民人口がおよそ3分の1に達していた時、国土の3分の2を移民へ分割譲渡独立させる採択決定を下した。
5千年以上の歴史ある地域にずっと住み続けていた元々のその地域の住民人口の3分の2は、国連と言う全く外の『世界』の権威と権力によって、自国国土の3分の2を取上げられ、欧州での受難の故に寛容に受け入れてきた筈だった欧州移民に分け与えられ、全く別国とされしまったのが、聖書物語のイスラエルとは何の関係も無いが同じ名前を選んでつけた『イスラエル』と言う国だ。
何故聖書物語とは関係が無いかと言うと、第二次大戦前/中/戦後から欧州、特に東欧州からパレスチナへ移民して来た人々の殆どは、ユダヤ教に集団改宗した中央アジア地域の人々の子孫であって、2千4百年前から同じ地域に住んでいたアラビア半島のセム語族のユダヤ教徒とは何の歴史的繋がりは無いからなのだ。
要するに歴史的関連性も地理文化的関連性も全く無い西洋からの移民が、原住民から土地を取上げ自分達の独立国を打ち建てたアメリカ合衆国に大変よく似ている性質の成り立ちなのだ。
パレスチナ人達は、自分達の意見と権利を飛び越えて、国連と言う外国世界権力によって独立国地位を与えられた新誕生国により、膨大圧倒的な武力によって土地家屋を奪われ、諸外国へ追い払われ難民となり今日にいたっている。
その当初より、戦闘をもって立ち向かい、阻止しようと持てる限りの武力をもって抵抗、抗議、ゲリラ闘争し続けたが、何の効果も成功もしなかった。武力をもって戦えば闘うだけ負け続け、国土を失い、難民化し続けた。
それでも国連世界諸外国は助けの手を伸べる事無く、武装闘争を止める事を説得し続けた。 そしてその世界諸国の説得を聞き入れて武装解除に踏み切り、完全に武装闘争は停止してしまった。 再び国連世界諸国の要求を受け入れ、指示推薦に従い、外交話し合いの席についた。
核兵器さえも所持し、アラブ諸国全ての軍備を合わせても更にその数倍も凌ぐほどの武力を保持する無敵の隣国イスラエルと、完全非武装丸腰のまま和平の話し合いにつく事を世界に要求された。マドリッドに始まりオスロを経由し、その後幾重もの仲介試みを経て、昨年9月までおよそ20年、何の解決も見ないまま和平交渉は続けられていた。
その20年のパレスチナ側の一方的非武装丸腰和平交渉の間にも、国連世界が承認したイスラエルは、国連提案国境線を越え、『入植地』という名の直接侵略と軍事占領によってパレスチナ人達の土地家屋は奪われ続けた。
リビヤのカダフィ独裁政権に反対して蜂起したリビヤ民衆を擁護するとして、国連世界諸国の同意を得た欧州共同軍NATOは今もリビヤ政府軍に空爆軍事行動を続けている。 反乱民衆軍は外国から武器を無償で与えられ、リビヤ民衆は自由と平等をリビヤの地で得る権利がある事を国連世界諸国が認め、支援し、武装闘争までも支援されている。
そして同じく国連世界諸国は、リビヤ反政府民衆の暫定政府を独立のリビヤ代表として国連加盟を承認した。
イスラムアラブ国リビヤの自由と平等、自治権は圧倒的西洋武力をもっても守られ続けている。
では、国連世界諸国のに要求に従い続け、終わりの無い妥協を受け入れ続け、非武装での話し合いを20年も続けた基督教徒も回教徒も住むパレスチナは、何の妥協も無く何の到達へも至らないどころか、着実に侵略、土地家屋没収を続けている核武装国イスラエルから、一体誰が擁護し守ってくれるのか。
イスラエル以上の武力を持つ米国は昨年9月、イスラエル首相の入植地住宅建設続行決定を止める事ができなかった。 リビヤ反乱軍を守りリビヤ政府を爆撃し続けるNATOも、非武装パレスチナ暫定自治政府へ擁護も無く、イスラエルによるパレスチナの家屋破壊、土地没収収奪を阻止してくれなかった。
繰り返して言ってみる。では、1947年に国連世界諸国が決定して独立を与えたイスラエルからは、非武装無抵抗故に今も土地を奪われ続け、多くの人々は裁判無く拘留され続け、あらゆる嫌がらせと侮辱を日常茶飯事に受け続けるパレスチナ人達は一体世界の誰が守ってくれるのか。
今この時期に、パレスチナ暫定自治政府大統領が、国連常任理事国メンバー、世界4大国にも説得され得ず、独立国地位承認と国連加盟承認申請に踏み切ったのは、
人々は今も土地を奪われ続け、世界に散った難民は帰る土地も無く、何の武力も持たないにもかかわらず、国連軍さえも派遣されず、NATOも米軍もやってこないパレスチナと言う土地に住む人々に、国連世界諸国はどうしろと言うのか?
その問いを1947年以来初めて、パレスチナ人達が公式に真正面から、その問いの根源を作り出した、その同じ国連世界諸国に問うたのが、パレスチナ暫定自治政府大統領、PLO議長のアッバス氏の国連総会での演説と独立国地位承認、国連加盟承認申請なのだ。
国土を奪われ、難民として世界に散らされた後63年を経たこんにち、20年の非武装外交努力の話し合いの末、元来のパレスチナ領土の22%の国土での独立さえも認められないのなら、ではこれ以上一体どうしろと言うのか...と
パレスチナ人達は、私達に、全世界に、人類そのものに真正面から問いかけている。
それがパレスチナが国連世界諸国へ謙虚に、丁寧に、礼儀正しく提出した申請書の意味なのだ。
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そろそろ何の前触れも無く勝手に突然休止してしまってから丸4ヶ月経つことになる。
止めるなら止めるで、ハッキリ、スッキリさせなくちゃいけないじゃないか...と言うほど硬くは考えてもなかったのが実際なのだが。
ブログにしても、ツイッターにしても、ある程度の中毒症状を起こす事は確かにある。それを断ち切ろうとして遠退くと、今度はズボラになり過ぎて日本人が好きで得意な『定期的で規律正しい』更新の習慣さえも成り立たなくなる...
と言う事が判った。 もう一つには、恐らくは一種の老化現象なのだろうと思うが、文章を書きたくもなく、読みたくもない...気分になるものなのだ。
筋肉トレーニングと同じで、一度習慣が崩れると、元の習慣に戻るのが物凄く大変な事もある。 ブログとツイッターのフォローアップもその一つである事がよく判った。 これは客観的にはとても興味深い現象だと思うのだが。
枕、前口上はそこそこにして、思いきって文章を書き始めるリハビリに踏み出す事が肝心なのだ。
そこで気分も、外装も、テーマも変えてまた始めてみる事にしようと思った。
西洋日本のメディアが沸いた『アラブの春』は季節に沿って『アラブの秋』に突入している。
日本はまたもやの自然災害スーパーキラー台風に見舞われ、CNNもBBCも同情と心配のトーンで報道している。
同じニュースヘッドラインに並ぶのは、暫定新リビア政府の国連承認と、パレスチナ独立と国連議席取得申請。 前者は圧倒的に欧米世界が仕掛けて既成事実のゴリ押し実現。後者は同じ欧米諸国の究極矛盾、真逆の極で安全保障理事会への申請を何がナンでも阻止するための外交圧力かけ最中。
西洋世界、欧米諸国の矛盾、でもちっとも恥ずかしさなど感じもしない厚顔傲慢な姿を鮮明に剥き出し中。 リビヤとパレスチナは見事に西洋の姿を浮き彫りにしてくれている。
4ヶ月休止してみても、そんな硬い話がトップニュースな世界は相変わらず元気なのだ。
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今日はワタシの誕生日だ。
誕生日くらいは多少努力して文字くらい書かなきゃいけない、と良心が揺れた。
根っから、反省とか総括とか云う事が好きではないし、あまり生産的な意味は無い様な気がしているから、過去を振り返ってみるなどと云う事は殆ど無いのだ。
今日現在がどうであるか、あと2週間先や2ヶ月先がどうかとかの方が気になる。
また36歳になる今日自分の実情を観て見ると、残念ながら未だ目標の資産6億円に達していない。 全くもって残念なことだ。
ポルシェは65歳になったら買う事にしてあるので、それは問題ではないのだが、未だ愛車はフォルクスワーゲンで、BMWに戻っていない事も残念だ。
その他の事...?
余り問題ではない。
最近何を考えているかと言うと、毎日どのくらいの脳細胞が死滅していってるのか、とか、運動不足で体力減退、疲れ易くなった事や、睡眠時間が増えてしまって脳細胞を心配したりだ。
目尻にカラスの足跡の兆候、予言が見え始めてるし...
そろそろコラーゲンとか、コエンザイムQ10とか摂らないといけないんだろうか?
そんな事と西洋メディアが最近好んで使い始めた表現の「Arab Spring」と彼らが演出し続ける全く逆方向誘導効果との間のアイロニーにまたかなしい。
現在までの中東北アフリカの社会、政治状況は何時もながら余りにも複雑に入り込んでいて流石に説明には苦労するが、一つ見事に秀逸な記事を入手したので仏語ながら一応リンクしておこうと思う。
特に一番難しく、多くの点から「危険」な状況なのはシリア問題だ。
シリアは他のアラブ諸国の民衆蜂起、市民の民主化要求とは根本的に違う、全く別の外部干渉による政権への恫喝と、アラブ世界分断再編成への過激なアジェンダだ。
超極端に単純化して言うと ...
全ては...オスマン朝崩壊後のアラブ世界再分割以来の出来事の全ては...
ノルウェーやロシアと違い、非西洋文化圏の只中にある世界最大の原油生産地サウジアラビの管理と、そのキングメーカー達の内部闘争を利用した、欧米先進諸国の中東管理戦略のための陰謀諜報、二重三重の分断闘争挑発戦略に過ぎないのだった。
シリアは既に注目すべき改革の途上にあり、トルコ(スンニ)、イラン(シーア)との協調外交に動き、経済成長も民主化も政府主導で始まっていた。 汚職が全く無い訳では無いものの、チュニジア、エジプトの比ではないし、性質も全く違ったものだった。
民衆蜂起も、その都度解決して行くと言う正当な取り組みを辿っていた。
リビアと同じく、そこへ外部から送り込まれ挑発扇動隊とアル・ジャジーラを先頭に西洋メディアのプロパガンダ戦が始まった。
バハレーン、オマーン、イエメン、リビア、そしてシリアについての捏造と偏向報道以来、アラブ世界ではアルジャジーラ離れが後を絶たない。
リビヤ然り、シリア蜂起は、予想外の延命を遂げたサウジアラビ国王の次世代後継を巡って揺さぶりをかけるスダイリ一族のが巨万の富を投じて、反イラン、反シーアのための、スンニ原理主義台頭戦略として送り込まれ、仕掛けられた陰謀であることが明らかになってきている。 ムスリム兄弟団系原理主義挑発役と共にいすらえる諜報部員も送り込んでの民衆挑発作戦が執拗に展開されたきた。
シリアはイスラム原理主義を強行に弾圧、禁止し続けて来た旧ソ連に援助されたセキュラーな共和国だった。 だからこそ保守スンニイスラム政権下でも急速な経済成長を遂げてきたプラグマチックな現トルコ政権と、シーア大国イランとの全方位外交に参加できる力量があるシリアが地域経済発展と安定の鍵を握っている。アラブ世界をシーア・スンニの分断、GCCとMENA地域の分断管理を引き起こしたい欧米戦略の先棒を担ぎ、サウジスダイリ一族の資金を投じて仕掛けられている新アラブ世界管理政策のための再分断、再編成の過程が皮肉にも欧米メディアが「アラブの春」と呼んでうす笑うアラブ蜂起の現状なのだ。
スダイリ一族が熱心な原理主義的イスラム信仰者である訳ではない。
世界最大埋蔵原油を掌握する王座を狙う同じ王家の巨大富豪一派による王位継承戦争は、米国の利害と共に動くアラブ世界の支配、外交バランスを転換する戦略であるに過ぎない。
その闘いのための歩兵=兄弟団組織メンバー他、保守派イスラム教徒達はサウジ一族にとっては、単に幾らでも使い捨てられ金で幾らでも買える「信仰深い駒」であるだけなのだ。
嘗ての一族の反西洋優秀将軍びんらーでんの殺害も、同じく利用価値が無くなり、利害対立が拡がったからこそ排除され、次なるアジェンダ=西洋と共に民主化の名の下にアラブ世界を分断する戦略へ移る必要があったからだ。
アラブの春 と西洋が呼ぶのは、西洋にとってのアラブ世界の春に過ぎない。
アラブ民衆にとっては、国境や政権を越えた現在まで辛うじて生き延びてきた民衆社会に共通する文化アイデンティティーとしてのアラブ世界の崩壊の始まりであるのかも知れない。
こんな時代にアラブ世界に暮らす事になろうとは。
考えてみれば20代に思い描いていた夢は実現していた事になる...
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アラビア語で書かれた『主の祈り』
8世紀のレバノン地域のキリスト教司祭
先週の日曜日はパームサンデー、棕櫚の日曜日だった。
で、昨晩は『洗足の木曜日』だ。
キリストがその夜逮捕され翌日さっさと死刑になった前の晩の木曜日、翌日死ぬことがわかっていて弟子と共に別れの『最後の晩餐』をとり、一人ずつ弟子達の足を洗って回った伝え話に由来する。
同じビルに住む散歩友達の老夫妻はパレスチナ人なのだが、洗足の木曜の昨晩、できれば教会巡りをしたいので、一緒に行ってカトリック教会まで案内してくれないか、と誘われた。
なんでもパレスチナのエルサレムではキリスト教徒達は昔からの習慣で、洗足の木曜日の夜には、7つの教会を訪れて祈るのだそうだ。宗派に違いは関係無く、何所の宗派教派の教会でも7箇所訪れるか、聖体のある教会敷地内に7度足を踏み入れる事に意味があるのだそうだ。
それで一番近いドバイの2箇所の教会を訪れた。
既に夜11時を過ぎていたが、二番目に訪れたセント・メリー カトリック教会には結構な数の信徒達が訪れ、夫々祈っていた。
祭壇中央の大きな十字架のキリスト像に梯子をかけて、丁度信徒達が紫の長い布を掛け様としているところだった。
最後の晩餐、弟子の洗足の後、ゲッセマネの園で夜通し祈った末に逮捕されたキリストを象徴して、その真夜中から教会内のキリスト像や聖徒像の全てが布で覆われ隠されるのが伝統なのだと、パレスチナ老人は説明してくれた。
その十字架に布が掛けられる様子を見ながら、そんな話をしてくれている途中、声を震わせ込み上げながら『ああ、なんとエルサレムが恋しい事か...』と一瞬嗚咽してしまっていた。
老人に泣かれるのは弱い...
ドバイには7つも教会はないので、同じ教会に数回入ってはお祈りをしていたようだった。そのうち神父が聖体を聖壇から取り出し運び去った。
戻ってきた印度人風の神父に、老人は声を掛け、他に教会はないのかどうか尋ねた様だった。
老人はその神父に何所から来たのかと訪ねられそうで、
「パレスチナからだ」と答えると、
何時ものように「ああ、パキスタンからですね」と言われたそうだ。
「いや、パキスタンじゃなくて、イエス・キリストの生まれた地ですよ」と言い換えたそうだ。
帰る道すがら老人は淡々と感情無く続けた
『どうして西洋人達は、世界中の人達は、私達パレスチナ人がユダヤ人達を赦すことを期待するんだ。あの美しい私達の文化、素朴な信仰の習慣を私達から永遠に奪い去り、もう子供達にも孫達にも伝えられない。』
『私達はキリストが生まれた地の者達だ。あの神父は、その私達パレスチナ人の事さえも知らない。キリストが生まれ、殺された地でずっと信仰続けて来たのは私達だ。』
エルサレムに生活した老人は、モスクの直ぐ隣にあるドバイのカトリック教会の光景を見て、同じく教会とモスクが隣り合わせに立ち並ぶ美しいエルサレムを思い出したのだろう、そのドバイの教会とモスクの並ぶ光景を美しい姿だと云った。
今日金曜はキリストが殺された受難のGood Fridayだ。
先祖代々数千年にわたって暮らし続けて来た人々が、その生まれ育ったパレスチナから追い出されて以来、二度と再び戻る事を許されない望郷の聖地を焦がれる姿は、くしくも十字架のキリストの受難に象徴されているかの様だ。
キリストは復活したと信じるパレスチナ人キリスト教徒達は、必ずパレスチナも蘇ると言う信仰を持っている。 受難の金曜日は未だ十字架の上にあるパレスチナ人達の受難に思いを馳せる日だ。
老人の涙には弱い...
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