あらぶだからぶら Dubai the Wonderland

アラブ世界から観て暮らす世の中のいろいろ ...蘇生はなるか

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アラブ運び屋業

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日ごろ大変に興味深い記事を掲載されていらっしゃる
ブログ【混沌の時代の中で、真実の光を求めて】
kyomutekisonzaironさんから戴きましたコメント及び、お答えをまとめ更に説明を加えて記事にしてみました。
 
 
kyomutekisonzaironさんのコメント:
お久しぶりです。この暑い中、お元気のようで 何よりです。
ところで、
> アラブ人達は、自分達が失ったものの本当の価値に未だに気が付かないし、今も失いつつある・・・
――― と仰る 彼らが「 失ったもの 」とは、何とお考えなんでしょうか?
ラマダンのことからでしょうか? 「 油食林間 」さんは、< アラブ的時間 >
とのことですが・・・。 合掌
 
kyomutekisonzaironさん:
「 油食林間」さんへ。
はい、私も 西欧的な時間の観念に 振り回されている現代の生活様式は、大変問題であると思っています。 そして、砂漠を流れる時間というものは、これとは 全く違うものだろうと思います。 又、今日のアラブ人たちが 砂漠に背を向けた方向に 彼らの生活を組み立てようとしているのではないか? と危惧しています。

ただ、現地にいらっしゃるピンクさんは どうお考えなのかな? と思う訳です。
合掌
 
PINK:
kyomutekisonzaironさん、お久しぶりです。お元気ですか? コメント有難うございます。【アラブ世界の破壊度】【失った価値】についてはアラブ人達自身がまだ気付いていない未研究分野なのですが、端的に言うと人類最初の4大文明時代からその文明地域間を実質人物流で繋いできた人々のノウハウ、通商運搬技術、ネットワークと知恵です。各文明都市領域の人々は定住者ですから外の世界と繋がるノウハウは持っていなかったでしょう。そうした定住都市や地域の間を繋いで通商、運搬していたのは、セム語族/アラビア砂漠地方にいた人々=アラブ人達だったのです。夜空の星を読み、砂漠を渡り、航海術も持ち、倉庫、手形、宿場町、の発想を持った人々が古代世界を繋いでいた訳です。そのノウハウ、技術とネットワークを西洋に終に破壊されて以来、没落は今日まで続いていますが、その【失った通商運搬網技術とノウハウの価値】の高さ、膨大さ、インパクトの大きさはまだ計り知られていません。アラブ人達も失ったもの価値の大きさに気付いていないのが現状と言えると思います。アラブ通商運搬技術がなければ、今日の世界は無かったかも知れないのですから
 
PINK:
kyomutekisonzaironさん、有難うございます。【砂漠の時間】と言うより、何千年も長い距離、大陸、大海を渡って通商運搬業をこなしてきた人々は、秒刻み分刻み単位で時間を守る事は不可能だった事を知っている人々だったと言う事ではないかと思います。それに比べて、農耕定住民はできるだけ正確に時を読み、計画実行しないと気候天候の変化から農作物を守れなかったから、時間に正確である事が大切な文化が根付いたのかも知れない、と思います。移動通商運搬民と定住農耕製造民の違いかも知れないと思っています。
 
 
kyomutekisonzaironさん
こんばんわ。
アラブ人は 独特の 通商運搬技術、ネットワークと知恵をもっていましたね。
ただ、すこし訂正して頂きたい所があります。
> 各文明都市領域の人々は 定住者ですから・・・
――― どの文明の都市も 外の世界と繋がるノウハウを持っていたから成立できたのでした。 都市や地域の間を繋いで 通商、運搬ができなくては、都市は成り立たないでしょう。

セム語族/アラブ人達は、BC15世紀 フェニキアの昔から 地中海に乗り出して通商を事としていましたね。当時 メソポタミアでは 陸地での商売も盛んでした。
でも、大多数のアラビア人たちは 牧畜に従事していたのではないでしょうか?

イスラム勃興以前から、アラビア海は インドやローマの間を 航海術をもって、アラブ人は 物資や文化や人を運んでいましたね。 こうした商業活動は、都市の発達とともに、数字の活用を発展させましたね。
現代西欧の時間概念は、農耕文明ではなく、交易活動から 主に発展してきました。
合掌
 
 
PINK:
kyomutekisonzaironさん、有難うございます。
<どの文明の都市も 外の世界と繋がるノウハウを持っていたから成立できたのでした。 都市や地域の間を繋いで 通商、運搬ができなくては、都市は成り立たないでしょう。>

全くご指摘の通りですね。 それをセム族民達が長く、広範なネットワークを徐々に確立、拡充して何千年もの間担って来た、と言うわけです。物流、貿易、運搬にはエジプト人、インド人、イラン人、中国人達は関わってはいなかったのでした。
多くの人々が信じるように夫々の都市、文明勢力を担って来た人々が自分達の能力として運搬、貿易行を持っていた、と思いがちですが、実際はそうではなかった...と言うことです。遊牧移動民達が定住して都市を造って行った訳でもありますが、都市生活をし始めるとともに運搬貿易業からは遠ざかりますが、その技術ノウハウを持っている、と人々は思ったので、その獲得のためにいろいろな勢力、民族達が都市を侵略、制圧をくりかえしたのでした。

ところが実際は文明都市に定住しなかった遊牧移動民達が貿易運搬業を担っていた... と言うことの様です。 その技術ノウハウ、知恵、確立したネットワークの価値は人類史にとって計り知れない意味と価値があった、筈ですが、その事自体にアラブ人達は気が付いていない、と言う訳です。
 
 
kyomutekisonzaironさん:
こんばんわ。
> 物流、貿易、運搬にはエジプト人、インド人、イラン人、中国人達は関わってはいなかったのでした。
――― エジプト人は アフリカ内陸部に、インド人は インド亜大陸やアラビア海などで、ソグド人(ペルシャ人)は シルクロード交易に、中国人は 南船北馬といわれる交易を中国大陸で、古くから行っていました。 また 南北アメリカでも交易なしには 紀元前からの都市は成り立たなかったでしょう。

確かに、アラビア人は交易に堪能でしたが、交易は アラビア人だけが荷ったのではありません。アラビア半島の人たちの大部分は、交易ではなく 牧畜を生業としていたのではないですか? 合掌
  
 
kyomutekisonzaironさん、ご指摘有難うございます。誤解を招く表現で失礼いたしました。ご指摘の様に勿論様々な各文明地域で物流運搬は当然行われていた訳でしょう。でないと大きな人口をかかえた都市文明は物理的に成り立ち様がないのは当然ですから。
 
歴史上多くの文明地域【帝国】と日本語で定義される様々な文明地域勢力/制覇圏内での物流、中国地域やインド、イラン、メソポタミアなど地域内での物流とは別に、遠距離の違った地域間の物流の担い手は、言ってみれば【外注】の別の専門商人、運搬産業者達が担っていたであろう、と言うことです。  
ある地域内での物流だけではなく多くに違った地域文明、都市間を相当広範に、特にも最も長い間担い続けてきた、と言う点がセム族、後にはアラブ通商運搬業界網を築いた大きな違いだとされる訳でしょう。
 
例えば中国はZen Hi 率いる巨大船団での海上交易を行っていましたが、王朝が替わると突然一切の海洋交易を禁止、一切止めてしまいました。またインド人達は砂漠を渡ってイランやエジプトに至った訳ではなく、エジプトのアフリカでの貿易網はエジプト人(ハム族民)ではなくて、ベドウィン系セム族民達が行っていたものでした。イランもまたペルシャ人商人達は、実はセム語族民(=イスラム教発祥以後はアラブ人として)の運搬業者を外注していただろうという事です。 
 
何故かと言うと、中近東地域で最大の砂漠地はアラビア砂漠であって、そこに長く住んできたベドウィン達の砂漠を渡る知恵と技術、クレタ文明人、フェニキア人の海洋航海術との融合、組み合わせで、陸路、海路の広範運搬技術をもとに広く交換貿易・運搬業に携わっていた、と言うことです。
 
インドヨーロッパ語族のソグド人/イラン人達が陸路シルクロード東西貿易を担っていたとされ、イスラム発祥後はその特徴を失っていった... とも言われています。 ただそれ自体もどれほど現実に近かったかはわかりません。 
 
ご指摘の様にセム族民達だけが交易をしていた訳ではもちろんなく、夫々の文明地域内では当然物流はあったわけでしょう。 商人達と物資を【運ぶ足】の供給業が運搬業=ラクダ牧畜飼育卸、木造ダウ造船・修理業、道案内ガイド業、貿易保険業、倉庫保存業、銀行両替商、帆生地紡績業、などなど、貿易運搬に関わる広範な産業を発達させ【外注業】として最も統合的かつ長期に産業確立させていったのがセム族であった...と言う意味です。
 
アラビア半島から何波にも繰り返し半島を出て東西南北に物流運搬網を最も長く拡げ続けていたのはセム族民(アラブ人)達でありました。 アラビア半島の人々は勿論牧畜を生業としていましたが、その牧畜とはラクダ牧畜であって、陸路をアフリカから中国までの広大ない地域に渡って物を運搬していたのは、そのラクダ達であった訳です。
 
ワタシは物流や経済、民族社会文化や科学技術の歴史と言う点から歴史をみることに興味があります。 こうした【アラブ史】は、ある意味西洋史学が敢えて意識的にネグレクトしてきた向きがあり、西洋型教育、史学の学び方を取り入れる日本の教育、歴史研究の姿勢にもその影響が強くあるのだと思います。
また、事実こうした視点からのアラブ史研究はまだまだ掘り起こし、研究の余地のある分野だとのことです。
 
ですから従来の歴史観からは随分と違った見方なので、歴史学者達からは笑い飛ばされ、ブーイングの嵐に遭う事はハッキリしていると思います。 
 
中国が発明した火薬はアラブ人達が中東に地域にもたらさなければ単なる花火で終わっていたでしょう。 中国の火薬を使って武器に仕上げたのはイスラム学者でした。
 
アラビア半島の人々の主な産業は放牧牧畜業だった...
 
とされる一般説に、では草の生えない砂漠でどうして牧畜が可能だったのか? と考えてみれば、その牧畜とはラクダ飼育業であったのだと、アラビア砂漠の広大さを観てみれば理解できます。 その欧州よりも広大なアラビア砂漠を夜空の星や太陽の位置を読み渡る知恵、風を読み砂嵐を避ける知恵、オアシスを見つけ真水をのありかを見つけ出す知恵、一日7粒のナツメヤシで生活できる知恵...
それが大陸を渡り都市と都市、文明地域間を結ぶ運搬業、商業を支えた産業を発展させることができたのだ...そう言う知恵をもっていたのは砂漠の民であった..
 
と言うことなのだそうです。 こうした研究はアラブ科学技術史を50年近く研究し続けてきたアラブ人学者達の最近の説なのであります。
今後もっとこうした視点のアラブ社会産業史、科学技術史が研究されていくと、ダイナミックでドラマチックな人と物の縦横な流れの歴史が更に面白くなってくると思います。
 
 

ラマダン2010

 
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ラマダン カリーム
 
 
 
本日8月11日からイスラム教聖断食月ラマダンに入りました。 
イスラム教徒の皆様、お慶びもうしあげます。
近しい方々、大切な方々と共に豊かで有意義な
ラマダンをお送りくださいませ!
 
 
 
 
今年のラマダンは過去25年間で最も暑く、最も長い断食期間となるのだそうです。 そんな猛暑の断食月中、興味深い事にUAEのムスリム達は、サッカー トーナメント他、体力精神力、チームワークの挑戦を楽しむが恒例のようです。
 
ラマダン中一般に一日の労働時間は6時間に短縮されるものの、サービス系政府機関によっては業務時間の短縮はありません。
 
ワタシも今年は8月中スウェーデンへ戻れそうもありません。 毎年の夏の恒例【西洋話題】は今年は先送りすることになりそうです。
 
パキスタン、インド、中国での大洪水被害に苦悩する人々を覚えつつ、ドバイの夏を過ごしたいと思います。
 
日本も各地で猛暑とのこと、日本の皆様くれぐれもご自愛くださいませ。
 
また、暑い地域、涼しい地域、肌寒い地域の世界のあちこちから拙ブログへお越しくださいます皆さまもお体には十分お気をつけの上、有意義な日々をお過ごしくださいませ。
 
 
だらだらとした記事更新が続いておりますが、引き続き末永く宜しくお願いいたします。
 
 
画像はドバイのジュメイラ モスクです。
 
 

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アラブ人しごと

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スミマセン
 
またしばらくご無沙汰してしまいました。2週間近く海外出張中でして、出張先ではジブンのノートPCが使えず、日本語は読めても書けない環境におりました。
 
数日前レバノン南側国境で数年振りに小競り合いがあり、数人の犠牲者がでましたが、その前夜、ベイルート空港を出発、ドバイへ戻ってまいりました。
 
アラブ湾岸諸国地方では6月から8月の夏の盛り、一般にビジネスは鈍い動きになりますが、今年は特にもラマダンが811日くらいから始まる事もあって、更に動きが低迷すると見込まれ、早々にスウェーデン避暑へ発つつもりでした。
 
ところが、やる気まんまんのエミラーティ ビジネスマンは『ラマダンだからって、仕事しない訳ではないんだし、役所は日が暮れてからチャンと仕事するから、大丈夫だよ』などと、一般に外国人達が持っている「UAE人像」とは全く違ったお仕事モードで夏もせっせとお仕事するんだそうで、それにつられてワタシも8月ラマダン入り後もお仕事モード全開になりそうなのであります。
 
この時期アラビア砂漠の日中の気温は43度程で、湿度は比較的低いのですが、それでも40度以上あれば、相当に湿度が高い様に感じるのです。
 
ベイルート都会っ子達は夏場は山岳高地部の別荘に避暑移動するのが一般的ですが、レバノンも今年は特に暑いようで、山間の避暑地でも相当に暑い日がありました。
 
ベイルートでの仕事が一段落してドバイへ戻りまして、やっと自在に日本語を書ける様になりました。
 
日中は暑いので、外には出ない...のが原則で、外に出る用事はことさらに日が落ちてから片付ける事にしています。
 
アラブ文化に月や、夜空の星、夜を讃えるエレメントが多い理由がよく解ります。 
 
ドバイで暮らし働いていると、出会う人々は世界中の様々な人々で、地元のエミラーティや、他のアラブ人達に出会う事の方が少ないですし、共通語は英語で十分ですが、ベイルートでの仕事は殆どがアラブ人相手の仕事となります。アラビア語を話せないとナンだか不利、と言うか日本人の外国語音痴度が心底情けなくなります。
 
一般にベイルートに集まるアラブ人達の会話は常に3ヶ国語(アラビア語、フランス語、英語)を縦横に切り替えながら、混ぜこぜ状態で話される事があり、彼らの言語能力の高さにいつもコンプレックスを感じさせられます。
 
ベイルートに集まるアラブ人達を見ていると、何故西洋が出ないお化けの「アラブ世界」を恐れ、忌み嫌い続けるのかが解ってくる気がします。 今回も10日強の滞在中にお誘いを受けた、ランチ、ディナー、ティー パーティーは6回以上にのぼり、夫々集まるアラブ人達の顔ぶれ、社交術、人生の楽しみ方、教養の高さとビジネススケール、何よりも驚くほどのグローバルなアラブネットワークの広さに毎回感嘆させられます。
 
アラブ人達は、自分達が失ったものの本当の価値に未だに気が付かないし、今も失いつつある『高価なもの』価値に全く気が付いていない... 事が何よりもの悲劇なのだと思います。 
 
このどうにもならない廃れ果て、立ち上がれないアラブ世界と沈みそうな日本を繋げる『しごと』の土台を模索するのが今手がけているワタシのお仕事です。
 
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つづきを書こうかと思いましたけれど、こう云う「ふりかえり談」を書くとかえってご心配くださる方々がいらして、申し訳ないやら有難いやら...
 
で、ヤメマシタ つづきかくの...^^
 
 
 
元々は、経済産業先進諸国の人間が、未開後進的な発展途上国/第三世界の発展して行く様子や過程をみて、やけに皮肉なコメントやら批判をしたり、そんなナンだか解らない感情を抱いている人達が案外多い...と言うことについて書こうと思って始めたのですが、何故か違った展開になってしまったので、まあ、ついで書いておこう.. と思ったのが前2つの記事でした。
 
元に戻そうとすれば...
 
多くの未開発、発展途上国や地域が、なんとかやっと発展し始めると、
 
昔は純朴・素朴で良かったなぁ〜 あのままでいて欲しかった...
 
箱物ばかりの高層ビルばかり建てて、急激な発展ばかり考えていて...
 
そんなに現代化したいのか、オイルマネーで派手な開発バンバンやって...
 
失って欲しくないなぁ〜  そう言う文化は...
 
などなどなど...と言うニヒルな揶揄なんだか、ヤキモチ批判なんだか、無責任でナイーブなセンチメントなんだか、よく解らない事を言い始める人々が結構多いと感じるんですね。 
 
それはドバイだけに限らず後進諸国が「発展途上」始めると、その地に長く暮らした西洋人達から、旅行で訪れる人々、果てはメディア以外では見たことも訪れたこともない人々まで、そんな訳の解らない気持ちを持つ人々がいますけれど...
 
それは、経済先進諸国に代々生まれ育ってきた人々の、かなり我侭傲慢非情...と言うものですよね...
 
それは結局のところ
 
未発展な方が良いから、そのままでいろ...
 
と言いわたしているのと同じわけですから。
 
 
過去の文化遺産を保護したり、自然環境保護したり、貧困撲滅、低所得者層保護したり... 
 
それは勿論そうすべきなのですけれどもね。
 
 
電気や水道が24時間不断に供給されている事が当たり前で
 
水道管は途中で漏れることも無く、蛇口をひねれば安全な飲み水が注がれ
 
雨が降っても家屋は雨漏りせず
 
電話一本で救急車は到着するし
 
窮すれば、生き残れる程の野山に水も緑も獣もおり...
 
 
自然環境も、人の知恵と技の環境も、何から何まで不自由のない場所で生まれ育って来たワタシ達には、例えばブッシュマン達に
 
素晴らしい民俗文化は保護してください...
 
などと言うことさえも口にする権利などホントは無いのだ...
 
と言う事を書こうと思っていたて、途上国スリランカの話を書き始めたのでしたが...ところが
 
ワタシ達は、どうしてもやはり
「未発展・未開であること」
とは、どういう事なのかは知らないのだ... 
だからあまり良く考えもせず、かってにフト思ってしまった気持ちだとしても、堂々と言ってしまわない方が良いのだろう...
 
と言う様なことを考えてつづけてきたんです。
 
ワタシは、たまたまアラブ世界とのお付き合いが長くなり、アラブ諸国の一つに居も仕事も構える様になったので、アラブ人達の苦労や苦悩を知る機会に多く出合ってきました。
 
500年も外国の圧力に屈し続けたり、植民地とされ続ける事がどういう事なのかは、幸いにも植民地化されることがなかったワタシ達日本人には到底わかり得ない事なんだと思います。
 
アラビア半島上や、アラブ湾岸地域で
二つの大陸、文明地域間の貿易運搬業を何千年も続けてきた人々が、西洋の圧倒的な力にこてんぱんに破壊されてしまって以来、500年近く落ち込み続け、未開で後進的な地域になりさがり苦労し続けてきた人々に、
 
昔は素朴で良かった、合理的な近代発展なんかするより、あのままでいて欲しかった...
 
などと言う表現が彼らにとってどんな風に聞こえるのか... 想像してみたいと思うわけですね。
 
例えばドバイなどの地域は、幸いにも天然資源に恵まれて、やっと開発し始めましたけれど、ほんの50年ほど前までは「英国保護領」などと呼ばれても、水道も電気もなく、学校や病院さえもなく、病気になればインドまで輸送しなければならないほどの地域だったのでした。 
 
その天然資源をただみたいに安い値段で買えたからこそいち早く産業発展を遂げることができた日本の様な先進諸国の人々は、その低い収入をやっと貯めて発展し始めることができた人々と、どうして一緒に喜んであげられないのだろうか....
 
日本国政府も、日本市民も、後進未開発地域、発展途上諸国を積極的に支援援助し続けてきたのですから、そんな国や地域の一つでも発展し始めたら、一緒に嬉しくなってしまう筈なのですけれども...
 
 
 

たびにでて 2

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なぜスウェーデンを出よう...
と思ったのかと言うと、アジア人女性がコツコツとスウェーデンの会社で働いていて登りつめられる頂点は見えていたし、そこへ着くのは時間の問題だったのですね。 仮にそのまま働いても、50歳を過ぎても同じ収入の仕事を持ち続け65歳の定年まで働き続けられることは殆ど稀だと言う事に気が付いたんですよね。
 
では50歳で退職または給料減額したら、その後年金支給になるまでの15年間、どうして暮らしていくのか。更にその年金額が暮らしを立てるために十分であるには、65歳ぎりぎりまで高収入を保たないと実現できない訳です。
 
65歳以上生きようとは願わないとしても、統計から予測すれば恐らくはその後も結構長く生き延びてしまうであろう事が容易に予想できてしまいそうですし。 そうなると、その「老後」を何とかしないといけない訳で...
 
それには、せっせとそのまま働いていたのでは計算が合わない...のでありました。
 
その上、長らく働いた挙句の果てにお金の心配をしながらチビリチビリとケチな生活を死ぬまで永らえる...ことは何が何でもどうしてもイヤだわ、と思った訳です。 
 
ワタシはお金の話が苦手で大嫌いなのですが、それ故にこそ、お金で苦労しながら死んで行く様な事はナンとしてでも避けたいと思っています。
 
大人になったら滅茶苦茶ハチャメチャ贅沢三昧遊び呆けてエンジョイライフを送りたい、と思っていましたから、それを実現するためにはどうしたら良いか...
と考えたわけです。
 
それには、サラリーウーマンのお給料からの貯金と年金だけでは到底満足できないと思いました。 そこで思いついた解決方法が<ギャンブル>でありました。
 
そのギャンブルとは、貯めた貯金を基に起業、ジブンで効率良く稼ぐ...というレースなのでありました。 
ではそのギャンブルに最も有利な場所は何処かと世界地図を見渡してみたところ、その頃チラチラとテレビの話題に上り始めていたのが【ドバイ】と言う所であったのです。
 
...そこでいろいろドバイについて調べ始め、何度も訪れたり、人に話を聞いたりしてみた結果、これは掘り出し物だ!  
これからこの街は必ず伸びる、と思った訳です。
 
外国人女性がたった一人で大した資本が無くても安心して簡単安全に起業できる場所、EU圏外の英語ビジネス共通語地、無税な上、欧州日本から地理的に遠過ぎない場所、そこそこ楽しく面白い生活ができる所...
 
世界中で、そう言う条件を全て満たした唯一の場所がドバイであったのです。
 
事務所探し、エイジェント探し、会社立ち上げ、引越し.. 何から何まで外国人、それもアジア人女性一人でもこなせる場所... 
 
それがこのアラビア砂漠の端の小さな都市国家ドバイと言う所なのでした。
 
それでスウェーデンの会社を退職し、ドバイへ起業にやって来たのでした。
 
 
つづく
 

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