あらぶだからぶら Dubai the Wonderland

アラブ世界から観て暮らす世の中のいろいろ ...蘇生はなるか

話の大部屋

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

ブログ友達のモランさんにお誘いを受けてTwitter 体験をしてみることにしました。

丁度、知人にFacebook、Twitter、Blog について教えて欲しい...と頼まれていましたので、まだ経験の無かったTwitterについて知ってみようと思いました。

早速モランさんが使い方を記事にして教えてくださったので、ボチボチ練習し始めた所です。

その結果...
以下はモランさんの記事へのワタシのコメントをそのまま記事に利用してみる事にしました

解りました大体...
要するに海外でも3G携帯電話の普及と、それに伴う新しいソフト商品の開発が急激で、その新しい製品市場を拡げるためのマーケティングツールである...と言う事だと思います。

ただ一方的な企業からの販促ではなくて、消費者参加型のインターアクティブな新市場創造のエンジンなんでしょうね。

メールは長過ぎる、メッセンジャーも即返事をしないとダメ、通話は会議中はできない...これらの中間点が3G携帯とTwitterで産み出されたコミュニケーション方法なのだと思います。

要するに日本は前から進んでいましたが、海外では今やっと広範化してきたんですね、3G使用が...特に自国内だけではなく、海外での使用可能環境が整い始めて来た..からなんでしょう。

それと同時に、人間関係のオン・オフライン相関性...とでも言いましょうか...友達や家族、同僚など、色々なカテゴリーのソーシャルネットワークで縦横に繋がっていられる...情報交換の多様性、人間関係の多様化現象とも言えると思います。

もっと言えば、ネットのモーバイル化で『おたく』を超える事が可能になった、と言う事だと思います。 病的なバーチャル関係だけだったものが3G携帯端末が可能になった事で、外に出ていて且つバーチャル、同時にオフライン関係にも発展し易い...と言う事かと思います。

バーチャルネットで繋がっているためにはPCのある屋内に閉じこもらざるを得なかった時代は終わって、携帯持って外で実生活にありながらバーチャルも利用し、関係付ける... 

これは活気的な事だと思います。だからこれほどまでに急激に発展し、人気を得たのだと思います。Facebookと違って実際のIDを明かさなくてもアカウントが作れることも人気の理由かも知れません。

色々な意味とレベルで(オンライン、オフラインとも)人と繋がっていたい...と言う現代の『寂しい人々』同士を繋げる事を可能にしたツール。オフライン実生活で繋がりたい人は、それも可能、オンラインバーチャルだけにしたい人にも使える...

ソーシャルネットワークツールですから、基本は人と人との繋がりですよね。 人の動向を知りたい、知って欲しい人達が繋がりあえるツール。それに興味がない者にとっては感動がないのは当然だと思います。 

ワタシみたいなタイプね...^^
人に言いたくない、知られたくないタイプ...^^ 
或いは人の動向に興味が無いタイプね...^^ 
特にも3G携帯電話使って何処に居てでも人の動向が判る...なんて必要性も興味も感じなければ、魅力は見出せない...のだと思いました。

でもこのTwitterフェノメナルはホントに面白いです。 
早速研究家に報告してしまいましたよぉ...^^

開く トラックバック(2)

日本スタイル

イメージ 1

  チョッとご意見、実態を教えて戴きたいのですが...

  皆様、ご協力の程宜しくお願い致しますですぅ〜...^^


日本で、個人、法人、政府機関、あらゆるレベルでの、相談事、交渉の過程と結果に到達するまでの一般的なやり取りのスタイル、形を教えて戴けますか。

例えば、一つの建設企画があるとすると、その企画を発注、受注、実現するまでのプロセス、交渉の方法とスタイル... とかです。

日本の一般的なスタイルは、100%完全な企画、デザインなどの合意と徹底した討議を尽くした上で、商談交渉成立、実行、実現、完成 ...

となりますか?  

この場合、決定、受注までの時間が大変に長くなり、交渉に時間がかかりますが、建設実行過程で法律家が必要になる事はありませんね。

ただ、建設開始後、様々に起こりうる現場での問題、予想しなかった現実問題が出てきた場合、現場の技術者との相談、学習と対処に柔軟性を欠く事になるでしょう。

現実問題、現場問題への対処と処理に柔軟性を欠く事で、その先の計画遂行に差し障りが出てくる可能性が高くなります。

初期段階で100%決定した計画に固執しなければならない事により、建設過程で出てくる現実問題を考慮に入れ得ず、夫々の実際の仕事現場からの新しい学習の配慮と考慮に欠ける事になる。

...と言うのが典型的な日本スタイルではないでしょうか..??

これに対して、アメリカのスタイルは、設計デザインや事業計画は70%程で合意、実行に移し、遂行過程で問題が出てくる事を前提として始めから法律家を入れて受注すると言うスタイルが一般的です。


  ...大体、こんな感じでしょうか...??

   
  ご意見、ご経験をお聞かせ戴けましたら幸いです...^^



  画像は記事内容とは無関係ですけれど...

PINKなナゼ

イメージ 1

できるだけ記事は短く書きたい...と思っているのですが、難しいです。

記者会見用プレスリリースなども、やはり短く端的に書く必要があります。

少し前の記事『やっぱりイスラム教だと…??…??』で取り上げたかったテーマは、他所様の文化についての余所者、他人(=外国人)の『感想』についてでした。

アラブ、イスラム文化に限らず、どこの外国文化についても、或いは、要するに他人事について、人間と言うものは、とかくアレコレ色々行ってみたかったり、口出ししてみたくなったりするものなのでしょう...

と言う事におさまるらしい...程度のことが言えるだけの様です。

それは、それで良いのだと思います。 夫々お互い聞かぬ振りで済ますくらいの知恵と余裕はあるでしょうから。


オモシロイなぁ〜...と思うのは、

ご自分では自慢しない、と言いながらもチラチラと何かにつけて触れられる出身最高学府と、事ある毎にまくし立てる『人生の目的』である人類救済、難民救援、病人治療、途上国支援、人権擁護、民主平等..etc,etc,etc...

と真剣に大真面目に仰る、地位も名声も実績もおあり、リベラルでお洒落な結構年配の自称ニッポン紳士... な方々がワタシにとっては思いがけず発する

『やっぱり、この国で高度な科学を理解できる人はいないんですね..』

『PINKさんの気の強さは解っていますが...』

などと言う表現がポロリででる事があるとですね...

なるほどぉ... と思う訳なのです。

上手に説明できませんが、ある地域や国、文化や宗教に対する一般化、ステレオタイプ化の偏見を基にした侮蔑と見下した差別という感じ方と考え方の論理は、そのまま個人へも当てはめられて対応されるんですね。 

要するに、女性PINKと言う個人に対しても、先ずは『おんな』ステレオタイプありき...が拭いきれずに対応してしまうらしいのです。

女性一般に対して『あなたは気が強い』と言う表現は、ある種の脅迫効果がある事を潜在的にであっても知っていて、そう言う表現を使うことで女性の憤りを挑発しようとする姑息さの心理は、他文化への敵意あるステレオタイプ化の攻撃に良く似ている...

と思うのです。

興味深いのは、教育が高く、情報収集の方法もよく知っていて、海外経験も長く、社会的な地位も高い、自他共に認める有識者、有力者と呼ばれる人達にこう言う傾向が見られることなんです。

これは別に国籍、民族には関係なく、何処の国や地域にもあることです。

ただ、女性に対する敵意ある挑発的な表現は欧米アラブ人には少ない事はたしかです。

どうしてこんな事を取り上げるか、と言うと例えばイスラム教やムスリムに対する無礼な偏見と、女性に対する失礼な侮蔑とは、心理の構造は同じなのだろうと思うからなんです。

何もしない相手(女性と言う個人でもイスラム教徒と言う総体でも)に対して、敵意のある攻撃的なコトバを先ず発すると言う事は、要するに先取先制攻撃である訳です。 

メディアも個人も国家も社会も、批判も攻撃もしていない相手に対して最初に攻撃的な批判と非難を浴びせる社会現象はニホンに大変に多くないですか?

ではそれは、どうしてなのでしょうか...

開く トラックバック(1)

ほん

イメージ 1

過去8ヶ月間に新たに4軒のショッピングモールがドバイでオープンしましたが、その中の一つ、世界最大級の売り場面積を持つザ・ドバイ モールの中に日本の本屋さん、紀伊国屋書店が出店しました。

モール内の店構えのクローズアップ写真を撮るのは流石に気が引けましたので画像はありませんが、大きな漢字縦書きで屋号がそのまま入り口に構えているのですが、入り口ドアーの上には横書きKINOKUNIYA、とあり、その下にKINOKUNIYA Book Stores Singapore PTE.Ltd.ドバイブランチ とあるのです。

これを見た非日本人の多くは『ああ、中国系シンガポールの本屋さんネ』...
なんて思うでしょうねぇ〜... と思いますけれど、まあ、そんな事はどうでも良いことですけれど...  兎に角広く、扱っている書籍の量と言ったら物凄いのです。

特に輸出日本サブカルチャーの漫画のコーナーは見事です。 

勿論日本語書籍、雑誌、文具、小物も売っていて日本人にはアリガタァ〜イ本屋さんなのでありますが...  当たり前ですけれど、日本の値段よりもずっと高いです。 

日本語を学びたい人、教える人用に、英語版、日本語版の日本語教材も随分と揃っているので大変便利です。

先日やっと自由に好きなだけ時間をかけて見て歩く機会ができましたので、数時間かけてジックリうろうろしてみましたが、文庫本から新刊、幅広い雑誌のバラエティーまで、大変よく揃っていて改めて感心しました。

ワタシは一応本は読まないことにしていますが、手頃に手に入れば読まない事もない... つもりでしたが、あれだけあっても結局読んでみたい本は一冊も無いのでした。

ワタシが本を読まない理由は極単純なのですが、やっぱりここ暫く感じていたり、思っていたとおり、気に入らない... のであります。 日本の出版ビジネスモデルと市場としての人々の反応の仕方、対応の仕方がです。

日本で学校へ通っていた頃は、ワタシも『人は人生で読んだ本の数で決まる』などと恐れも無く信じていましたけれども...

文字を持たない文明は、文字を持って発展した文明に劣る... と疑いも無く信じていましたけれども...

もしかすると、その逆なのかも知れない...

と思い始めたのです。

『お墨付き』とはよく言ったもので、

人が発して人が聞き受ける『ことば』に『畏敬』の『力』を持たせようとした時、人間は発せられたと同時に消えていく見えない『ことば』を目に見えて後々まで『残ることば』の力としての文字を考え出したのではないかと思うのです。

人間の頭脳以外のハードウェアとして残らなくても、ソフトウェアとしてだけの『ことば』の伝達ができていた時代から、人間の体の外の独立したハードウェアとして残る文字に表された『ことば』は、権威と力をもつ必要があったからではないかと思うのです。 

人に言う事を聞かせるために『お墨付き』が必要となった時、要するに発せられた『ことば』が『権力』をもつ必要があった時、文字が産まれたのではないかと思うのです。

だから今でも人は『xx博士の書いたxx本に書いてあるから真実に違いない』と思いかちで...  

『xxさんの書いたxxxx書、読んだ事ありますか。 あなたの言っている事は違うでしょう。 xxxさんはその本でそうは言っていません』とか...


PINKな気持ちとしては、他所様の言う事はどうでも良いですから、ワタシの目の前に今いる『あなた』はどう思うのですか ?? を伺いたいのです...

『本』は読まないことにしよう... 

と思ったのは、大海原の様な、押し潰されそうなほどの数、量の『本』をならべてくれる本屋さん達の中に立っても何も読みたい本がない...

と気付いたからにすぎないのですけれど...

確実さ 不確実さ

イメージ 1

近代西洋世界から始まって今日まで発展させてきた『統計と確率=Probabilities』の科学は、アラブ世界のダークエイジ/暗黒時代には、発展してこなかった分野の科学です。

学者達は、物事の事象についての数字を集めて統計を出し、そこから公算して確率を割り出し、より確かな結果を得るための判断の材料にするわけですが、アラブ世界の伝統的二大主要産業である『商業と運搬』は、この確率の科学=Sciences of Probabilityよりもむしろ、Uncertainties=不確実性/不明さに支配されてる産業だと思います。

ワタシが、あの平穏無事で、全てが合理的に整い、論理的に計画され、緻密に運営されていく北欧型社会の『安定』と自分の墓場までが確約された統計と確率の科学に基づいた平和で保障された生活をポイ! 

と捨てて、何も確かな要素の無いアラビア砂漠の小都市ドバイへ一人で飛び込んだ『愚行』を観て、あるアラブ人学者は突然ハッと目を見開き、急激に『不確か/不確実さ』について研究を始めたのだそうなのです。

多くの、か殆どの人間は、確実性のある生活、生き方を好み、望むものだと思われますが、時々『不確実さ/不確かさ』を求める性分のある人間もいる... 様なのです。

農業に比べて、商業と運搬業は、不確実な要素が多く含まれるでしょう。 貨物船一隻突然沈んでしまうとか... 一蹴にして全てを失ってしまう確立は、農業よりも高いように思われます。

数千年もの歴史をもつ農業国、日本と、同じく数千年もの歴史を持つ商業・運搬業地域中東アラブ圏では、文化も価値観も世界観も違って当然だと思います。

アラブ世界のこれからの発展の方向や計画をたてる上で、理解と考慮に役立つ『不確かさ=Uncertainty』を敢えて選択、好む人間の特性や心理、その背景の論理は研究に値する、と思われた様です。

将来が一切見通せる、確実で保障された安全な生活を望み、好むタイプの人間も、先が見えてしまう事、保障され計画されてしまう事自体に『つまらなさ、やディプレッション』を感じてしまうタイプの人間がいるのか、或いは、両方の要素をバランス良く、都合良く兼ね備えているのが人間なのか ...

そんな事を研究する人達もいる...と言う事が判りました。  

   ...いかがでしょうか?? 

  やっぱり安定、保障、確実、安心が好まれるのでしょうか??

 

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.

ブログバナー

検索 検索
PINK
PINK
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

標準グループ

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事