五里五里の旅人の休日

記事の更新はしませんがFC2ブログに引越ししました。 https://pipogorio.blog.fc2.com/

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いつかどこかで

今年はカレンダーの並びが良くお盆休みが9連休の会社が多いですね。 
平成から令和にかけて10連休を経験したばかりですが、大型連休は時間を気にせずゆっくりと過ごせるのが嬉しいです。
僕の会社にお盆休みはありませんが周りの会社がお休みなので、気分はお盆休みに突入ですよ(笑)


命に関わる危険な暑さが続いていますが、昨日全国で最も高い気温を観測(38.6度)した地点が3か所ありました。
京都府京都市、京都府京田辺市、そして大阪府枚方市です。
まさに五里五里の旅人が生息している辺りが最高気温だったということになりますが、外へ出てみると尋常でない暑さでした。
こう暑いと外に出るにも覚悟が必要です(笑)のでクーラーの効いたところでゆっくり過ごすのが一番ですね。


さてさてヤフーブログの投稿最終日が近づいて来ましたね。
最近は移行ツールを使って引っ越しされたブロガーさんが多くなり訪問者も少なくなりました。
それでも連日100人を超える方が訪問くださって有難く感じています。
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先日行った新潟の旅でブロガー五里五里の旅人として最後に見た山古志の棚田風景はとても心に沁みる風景でした。



僕のブログ開設日は2009年10月19日(月)になっていますが、初投稿は2011年4月16日(土)と一年半ほどブログを放置していました。
初投稿後はわが町城陽市の情報などを中心に旅先で目に留まった心に響く風景を発信して来ました。

今年のGWにブログ仲間のたくじろうさんとサイクリングで訪ねた奈良県川西町の油掛地蔵の風景です。
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身近なところに ”こころの風景” は存在しますが、僕の生息する城陽市を含めた京都府南部山城地域も ”こころの風景” の宝庫でした。
和束町石寺の茶畑です。
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精華町の京都府立大学精華キャンパスです。
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木津川市山城町の玉台禅寺です。
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井手町の地蔵禅院です。
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木津川市加茂町の恭仁京跡です。
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八幡市と久御山町の木津川に架かる流れ橋です。
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様々な場所で目にした ”こころの風景” をご紹介して来た五里五里の旅人のブログですが、以前告知の通り今回の更新をもってブロガーを卒業致します。

とりあえず記事は残すように移行をするつもりですが、移行先でブログを続けるつもりはありません。
またいつの日か記事投稿をしたくなったらこっそりと 「五里五里の旅人」 は引き継がず新しいブロガー名で始めることにしますよ。


いつかどこかで流れ橋や恭仁京跡の写真がよく出て来るブログを見かけたら僕を疑ってください(笑)
その時は勇気を出して「五里五里の旅人さんですか?」と尋ねてください。
僕はこのように答えます。
「いいえ、五里五里の旅人ではありません、男前です。」と。。。(爆)
またいつかどこかで繋がることが出来たら、それは運命ですね(笑)


ブロガーを辞めても今まで通り ”こころの風景” を求めて色んな場所へ旅を続けますので心配しないでくださいね。
五里五里の旅人は永久に不滅ですよ(笑)


長い間本当にお世話になりました。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。




五里五里の旅人(たびにん)でした。












新潟こころ旅・後編

長崎は74回目の「原爆の日」を迎えました。
近年世界の指導者たちの言動が良くない方向へと向っている気がします。
政治家がする一番大きな仕事は ”戦争をしない” ことだと思います。


こんにちは。   五里五里の旅人(たびにん)です。

今回は7月29日(月)〜30日(火)に行った新潟こころ旅の後編です。
午前5時過ぎに目が覚めました。
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部屋の窓を開けると涼しい空気に包まれた魚沼の朝でした。
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大湯温泉 ホテル湯元の部屋です。
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午前5時から温泉に入れるので朝湯に浸かりました。 昨夜と男女の湯が入れ替わり素晴らしい岩風呂の内湯と広々とした露天風呂で気持ち良かったですよ。
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泊まった大湯温泉から一番近い日本海は柏崎付近になります。
柏崎までの道をグーグルマップでナビすると僕の親戚近くを通るルートが表示されました。同行の友人に話をすると立ち寄ることを快く受け入れてくれました。


ルートからすぐ側の小千谷市平沢で従兄弟が社長をしている会社を訪ねました。
こちらは伯父さん伯母さんの自宅が工場になっています。
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伯母さんは僕の親父と兄弟で親父とはすぐ上の姉ということもあり、僕と従兄弟とは年も近く身近な親戚です。


次に訪ねたのは母の実家で、平成の合併で長岡市となった旧小国町千谷沢にあります。 超ローカル地区の千谷沢ですが、落語家の林家こん平師匠の故郷としても知られています。
小千谷からの途中で電話をしましたが出られなかったので留守かもと思いながら訪ねましたところ、叔母さんは外で作業されていたので突然の訪問となってしまってとても驚いて居られました(汗)
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叔父さんは母の弟で長男なので家を継いでいましたが、悲しいことに2年前に他界されました。 小さい時からとてもお世話になった叔父さんですが告別式にも一周忌にも出席出来ませんでした。
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小学生の時に高龍神社に連れて行って貰ったのはこの叔父さんだったのです。 もしかしたら今回の新潟こころ旅は叔父さんが呼んでくれたのかも知れませんね。



懐かしい親戚の顔を見た後は日本海沿いに車を走らせました。
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柏崎市にある鴎が鼻(=かもめがはな)にやって来ました。
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鴎が鼻展望台です。
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ここは「恋人岬」の別名で、恋愛成就スポットとして多くのカップルが訪れるスポットですが、オッサン二人で立ち寄りました(笑)
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朝から暑く霞んだような風景です。
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霊峰米山と米山大橋が見える光景です。
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日本海の風景です。
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佐渡島は見えませんね。
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高速道路は使わず国道8号線を日本海沿いに富山県方面へと走り、道の駅 親不知ビアパークに到着です。
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ピアパーク広場のシンボルとなっているウミガメ像のミリオンです。
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親不知ビアパークは北陸自動車道と海岸の間にあります。
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ここからは北陸自動車道が海の上を通る部分を見ることが出来ます。
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道の駅 親不知ビアパークから5分ほど富山県方面へ走ったところにあるのが親不知記念広場です。
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ここには母子像がありました。
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親不知を一望できる展望台です。
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100年ほど前までは海沿いにあった北陸街道ですが、今は自然現象や潮流の変化などの影響で無くなってしまったそうです。
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この後も高速道路は使わず国道8号線をひた走り、富山県の魚津で休憩してから滑川 I.C から高速道路で京都城陽まで帰りました。
自宅に戻ると午前0時半過ぎでした。

懐かしい新潟の旅。
僕にとってはまさに ”新潟こころ旅” となった五里五里の旅人ブロガーとして最後の旅でした。

前編、中編、後編と3回に亘って長々とご紹介した新潟の旅はこれにておしまいです。
最後までご一緒くださってありがとうございました。
ご訪問に感謝いたします。







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新潟こころ旅・中編

連日猛暑日が続いていますが、甲子園では手に汗にぎる熱戦が、そしてそして昨日飛び込んで来たお熱いニュースには驚きましたね。
首相官邸での結婚会見も異例で驚きでしたが、明るいニュースはいいものですね。


おはようございます。   五里五里の旅人(たびにん)です。

今回は早速ですが新潟こころ旅の中編に参ります。
弥彦神社参拝と弥彦山からの景色を楽しんだ後は車で日本海沿いへ向いました。
弥彦神社駐車場から20分弱、13時8分に長岡市寺泊(=てらどまり)の魚の市場通りへやって来ました。
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ここは通称「魚のアメ横」と呼ばれているそうで新鮮な海の幸が楽しめるとのこと、平日にも関わらず大勢の観光客で賑わっていました。
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僕たちも遅い昼食です。
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昼食を済ませお買い物をした後は再び日本海沿いに車を走らせます。
寺泊から20分、出雲崎町に着きました。
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日本海を向いて座って居られるのは良寛和尚です。
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ここは良寛堂で良寛和尚の生家橘屋の屋敷跡です。
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良寛和尚は曹洞宗の托鉢僧で、生涯寺を構えず、妻子をもたず、物質的にも無一物に徹して清貧の思想を貫いた人だったそうです。
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出雲崎から宿に向う途中にあったのが長岡市蓬平(=よもぎひら)地区にある高龍(=こうりゅう)神社です。
ここは僕が小学5年生の夏休みに母方実家を継ぐ叔父さんに連れて来てもらったことがある懐かしい場所です。
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テレビ番組のヒルナンデスで7月25日(木)に新潟のパワースポットとして放送されたそうで、同行の友人がたまたま観て参拝したかったそうです。
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2004(=平成16)年10月23日に発生した中越地震で甚大な被害が発生した場所で、バス路線も地震以来12年ぶりに復活したそうです。
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高龍神社です。
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本殿へは118段の急な石段が続きます。
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手水舎では人が近づくと龍の口から勢い良く水が出て来ます。
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こじんまりとした本殿です。
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叔父さんに連れて来てもらった時のイメージとは全く違っていました。
長い石段は記憶がありますがもっと幅の広い石段だったと記憶していました。中越地震で地すべりが発生して高龍神社は全壊したと聞きました。
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高龍神社と言えば有名なのが白蛇です。小学生だった僕がお土産として購入したペナントには白蛇が描かれていました。
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高龍神社から宿に向う途中で目にした山古志の棚田風景です。
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母方の伯母さんが撮った写真を見てから山古志の棚田風景を見てみたいと思っていたので願いが叶いました。
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何もない風景ですが心に沁みる風景でした。
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山古志の棚田風景も「こころの風景」ですね。


17時14分、魚沼市の大湯温泉にあるホテル湯元に無事到着しました。
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新潟こころ旅の中編でした。


最後までご覧頂きありがとうございます。
ご訪問に感謝いたします。







新潟こころ旅・前編

広島は74回目の「原爆の日」を迎えました。
今朝も北朝鮮からミサイルが発射されたと耳にしましたが、近年の世界情勢を鑑みると平和と逆行しているように感じるのは僕だけではないと思います。


おはようございます。   五里五里の旅人(たびにん)です。

台風8号は宮崎市付近に上陸し熊本県を北上しているようですが、通勤時間帯と重なっていますので台風に近い方は厳重に注意してくださいね。
そして今日から甲子園球場で第101回全国高校野球選手権大会が開幕しますね、熱い闘いに期待しましょう。

さてさて今回も前置きが長くなりましたが記事に参りたいと思います。
今回から前編、中編、後編の3回に分けて7月29日(月)〜30日(火)に友人と二人で行った新潟旅行、僕の記憶に残る懐かしい ”新潟こころ旅” にご一緒してくださいね。

7月29日(月)午前3時33分に僕の自宅を出発、福井県の南条S.Aでトイレ休憩後は僕の運転に交代して石川県徳光ハイウエイオアシスに午前6時32分に到着、休憩と朝食にしました。
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富山県の有磯海S.Aに午前8時3分到着、思ってもいなかった雷雨でした。 休憩とガソリンを給油して第一目的地を目指して車を走らせましたが、強い弱いを繰り返し雨が降り続きました。
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北陸道柏崎 I.C を午前9時50分に通過し、関越道三条燕 I.C を下りたのは午前10時24分でした。
傘を用意していなかったので途中のホームセンターで大きめの傘を購入後、越後一宮の弥彦神社を目指します。

弥彦神社の大鳥居は激しい雨でしたので車の中からの撮影です。
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弥彦神社の駐車場に午前11時1分に到着したものの強い雨が降り続いていました。 ※僕は南条S.Aから弥彦神社までのロング運転でした。
駐車場から弥彦山を見ると一部ですが青空が見えたので10分程度車内で待機していると雨が止みました。
再び雨が降ってもいいように傘を持って参拝することにしました。

弥彦神社一の鳥居です。
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弥彦神社は僕が中学2年生の時にお盆で帰省した親父と従兄弟2人、そして僕の4人で参拝したことがあるので、今回は実に44年ぶり2度目の参拝でした。
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落ち着いた朱塗りの鳥居は記憶通りでした。
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奥に架かっているのは玉の橋と言うそうですが全く記憶に残っていませんでした。
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一の鳥居から参道を真っ直ぐ進むと左手に二の鳥居建っていました。 
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二の鳥居をくぐって参道を進むと随神門が建っていましたが、14歳だった僕の記憶はほとんど残っていませんでした。
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随神門を通り抜けると拝殿、そして奥に本殿が鎮座しています。
ここはハッキリと記憶に残っていました。
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しかしながら周りの記憶はほとんど残っていませんでした。
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後ろには弥彦山が見えます。
空を見ると青空が広がって来ました。
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雨の心配が無さそうなので、当初の計画通りロープウェイで弥彦山へ登ることにしました。
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JAF会員証提示で大人往復1500円が10パーセント割引になりました。
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山麓駅から約5分で弥彦山に到着です。
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先ほどまで降っていた雨の影響で海の色が2色になっていました。
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肉眼ではうっすらと佐渡島が見えましたが写真では全く分かりませんね。
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弥彦山からは越後平野も見渡せます。
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弥彦神社に着いた時まで降っていた雨が嘘のように素晴らしいお天気になりました。 やっぱり僕は晴れ男でした(笑)
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13歳だった僕が来た時には無かった回転昇降展望塔のパノラマタワーですが弥彦山からの眺めで充分だったので乗りませんでした。
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急速にお天気が回復して暑くなって来た弥彦山を後にしました。
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新潟こころ旅の前編でした。

最後までご覧頂きありがとうございました。
ご訪問に感謝いたします。







史跡 松花堂と八角堂

9連休の夏休みが終わって今日から仕事です(泣)


おはようございます。   五里五里の旅人(たびにん)です。

振り返るとあっと言う間だった9日間、平成から令和に変わったGW10連休を経験したばかりですが、夏は猛暑との戦いでした(笑)
また今日から年末年始休暇まで長い日々を戦って参ります。

今日から明後日頃にかけては猛暑に加え台風8号の進路が気になります。 九州地方にお住まいの方は風雨に厳重な注意が必要、そして昨夜の地震も気になりますので東北地方の皆さんもしばらく注意してくださいね

前置きが長くなりましたが今回の記事に参ります。
新潟旅行については只今準備中ですのでしばらくお待ちくださいね。

先週土曜日のこと、家内と二人で猛暑の中、二人とも行ったことが無かった八幡市の史跡 松花堂(=しょうかどう)と八角堂を訪ねました。
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先ずは松花堂からです。
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松花堂は江戸時代初期、石清水八幡宮の僧侶で文化人でもあった松花堂昭乗が晩年の寛永14(=1637)年に構えた草庵の名称です。
京都府八幡市の石清水八幡宮が鎮座する男山の東麓に泉坊という宿坊があり、その中にこの草庵がありました。
男山には石清水八幡宮に所属する宿坊が多数建っており「男山四十八坊」とも呼ばれていましたが、明治初年の神仏分離で宿坊はすべて撤去され松花堂も旧所在地の南方に移築、現在は「松花堂庭園・美術館」という文化施設となっています。
昨年6月の大阪府北部地震と9月の台風21号で被害が発生したため、庭園については外園だけ観ることが出来ます。
※通常大人400円ですが、外園だけなので100円でした。
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外園は約400種類の竹がある池泉回遊式日本庭園になっています。
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無料のボランティアガイドさんの案内で詳しく説明して頂きました。
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緑色が美しかった真竹です。
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猛暑でしたが竹林の日陰が多かったので涼しげに感じました。
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外園には松隠、梅隠、竹隠の三つの茶室がありますが工事中でした。 でもボランティアガイドさんが同行なので中まで見ることが出来ました。
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珍しい竹です。
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フシのひとつおきに緑色が部分的に現れている竹です。
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日陰で椅子に腰掛けて眺める松花堂庭園は素晴らしい!
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連日の猛暑でも芝の緑色が生き生きとして美しかったです。
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PRポスターや八幡市の観光案内でよく見る場所です。
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女郎花塚のすぐ側でした。
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この後は椿園を通って入園口へ戻りましたが、たくさんの品種の椿が植えられていたので椿の咲く時季に再訪したいと思いました。


松花堂の庭園で癒された後はすぐ近くにある八角堂を訪ねました。
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以前は朽ちて屋根の一部が抜け落ち痛々しい姿でしたが、修復され美しい姿を見せてくれるようになりました。
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八角堂内部を公開される時もあるようなので、機会があれば安置されている仏様の姿を見に訪ねたいと思います。
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史跡 松花堂と八角堂のご紹介でした。


最後までご覧頂きありがとうございました。
ご訪問に感謝いたします。







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