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謎のタイトルですね。 ふつう「訃報」という言葉に対し、「自信の持てる」という形容はしません。 訃報は、非常に、非常に残念で悲しい出来事なんです。 でも、自信が持てるのです。 大学での活動で、東京都との協力で、傷病鳥の野生復帰に向けたリハビリをやっているのはかねてからご紹介しているとおり。 http://blogs.yahoo.co.jp/pipu_zoolog/46158182.html 訃報、というのは、上の記事にも登場している、うちのリハビリケージ最初の猛禽としてやってきた、 チョウゲンボウの「A」、1年近くフライト・トレーニングや狩りの訓練をおこなったのち今年の9月のはじめに放鳥していたのですが、先日都内で発見され直後に死亡した、というものでした。 (放鳥する鳥の一部には管理番号の記載された足環を着けて放つので、個体情報が分かるのです) こういう言い方を野生動物に対して言うのは不適切かもしれないけれど、チョウゲンボウの中でも非常に愛嬌のある顔をしていて、しぐさも可愛く、リハビリに取り組む我々学生との関係も良かった個体です。 最初の猛禽個体ということもあり、一緒に試行錯誤しながらトレーニングをやっていって、うちのリハビリ施設のシンボリックな存在でもあり、ある種“思い入れ”のような感情も否定はできません。 本当はそういう気持ちは、あまり言うべきじゃないのかもしれませんが・・・ (一応断っておきますが、あくまで「野生動物」として接し、ペット的な気持ちでは臨んでいません) それだけにやはり、死んでしまった報せは、とても残念なものでした。 しかし、裏を返せば、ですね、 昨年7月から始まった16ヶ月ほどの活動で、400羽以上の傷病鳥を受け入れ、リハビリに取り組み、そのほとんどを再び野生に放ってきました。 でも、放野後の鳥たちの情報はほとんど(まったく?)知ることができません。 頑張ってリハビリなんかに取り組んでいても、実は野に帰ったらすぐに死んじゃったりしているのかもしれない、と、野生復帰させることへの自信がなかなか持てないようなところもあります。 単なる自己満足に終わっていないかとの不安すら感じうる活動なのです。 それが、今回の件では、9月に放したチョウゲンボウが、3ヶ月(それが長いのか短いのかは分かりませんが)は野生での暮らしに戻り、生きていた、ということを証明するものとなりました。 放鳥は大学のキャンパス内でおこないましたが、今回保護されたのは東京のもっと西部の自然豊かなところ、最初にけがで保護されたところの近くだったということです。つまり、もともと暮らしていた場所の方面に戻って過ごせていたわけです。 我々の活動が、野生のものが再び野生で生きることを可能にできる、裏づけになったわけです。 無駄にもなっていないし、自己満足でもない、改めて、我々の活動により一層の自身を感じられるようになりました。 この訃報は、我々の誇れる実績、と言っても差し支えないでしょうか。 悲しいけれど自信の持てる、複雑な気分です。 9月のはじめ、野生に戻る直前の「A」 死因はこれから調べていきますが、外傷などなく外見の状態も良好であったとのこと。 民家の近くで見つかったということだったので、バードストライク(壁やガラスなどへの衝突)かも知れない、と考えられます。 もっともっと長生きして、野生の空を存分に飛び回って、次に命をつないでくれるのを切に願っていました。
わたしたちに自信を与えてくれた彼の死が、他のこれからのたくさんの傷病鳥の命につながって、少しも無駄にすることがないよう活動にさらに取り組んでいかねば、という心の引き締まる思いです。 |
野生動物
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残念な結果ですが、
そこからさまざまな教訓と希望を導き出すことができるのですね。
大切な試みなんですね☆
先日は、ありがとう。。。
会員にもなったし、またね〜♪
2009/12/11(金) 午前 8:39 [ ずぅ ]
こないだはどうも有り難うございました〜
これからもご支援、宜しくお願いいたしますね。
意見交換のところで、“ずぅさん節”が聞けてよかったです(笑)
是非今度はずぅさんからの発表、なんていかがでしょう・・・?
傷病鳥救護は、まだまだ分かんないことだらけです。
一つ一つの命から、今後我々と、身近な(あるいは遠い国の絶滅しそうな)野生動物とのよりよい関係を築くためのヒントを、学んでいかねばならないと思っています。
2009/12/11(金) 午後 9:21