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さてさて、東北サファリによる移動動物園「世界大動物園」を訪問したのをきっかけに、我が国の戦後の移動動物園の変遷についてちょっと考察してみました。 あくまで私見で、まだ十分に根拠が集まったり熟慮したりしたものではないので完成したレポートとは到底呼べませんが、ザックリとした全体像の想像図、もしくは話題提供として受け取って読んでいただけると幸いです。 戦前や明治以前の移動動物園となると、「見世物」や「香具師」などのような、当時で言う珍禽奇獣を大衆に見せ巡回するような商売があったでしょうけれども、果たして、どの程度「動物園」と呼べるようなものであったかは分かりません。(「動物園」の前提の一つとなる「飼育」という点でかなり怪しいものがあります) どこまでを含むか収集がつかなそうなので「戦後の移動動物園」を振り返って考えると、この「世界大動物園」は第三世代、と言ってもいいかもしれない、というのがこの話の結論です。 第一世代は、まだ動物園がそんなに各地になかった時代の移動動物園。 1950年、上野動物園がゾウのインディらを連れて各地を巡ったのに始まり、株式会社日本動物園による「世界動物博覧会」など、種々の珍獣・大型獣などを大量に引き連れた超大規模な移動動物園が存在していたそうです。(参考:『日本カバ物語』宮嶋康彦、ほか) 興行的で、「動物園を開催すること」を第一目的にしていたのでしょう。 この影響で、恐らく、国民の皆に動物園がグッと身近なものになったに違いありません。 そして現に、常設の動物園があちこちで作られた時代です。(1950年〜58年の動物園の増加率はこれまでで最大) 常設の動物園が「どこにでもあるもの」になったあと、しばらく移動動物園はあまり流行らなくなったのではないかと考えます。 このあたり(1960〜80年頃)の移動動物園に関する資料はハッキリしたものがまったく見受けられないし話もあまり聞かないのですが、ということはそもそも移動動物園があまり機能していなかったのでは?という私見です。(しかし「ない」ことを証明するのは難しい) 次はここ2〜30年くらいの話でしょうか。動物(ペットや家畜など)が身近な環境にいることが珍しくなったり、「珍獣」がもてはやされなくなった、動物との「ふれあい」が人気を呼ぶようになった、などのような時代になってから、幼稚園や小学校、イベント会場などに、「呼ばれて行く」形式の移動動物園が数を増やしたのではないかと推察します。第二世代です。 これらは、小動物や家畜などが中心で、ほぼ子供を対象にしているでしょう。 (滋賀県のような動物園なし県で堀井動物園のように多種多様な動物を保有する、というようなところもあるでしょうけれど) 移動専門の業者だったり、常設の動物園が出張としてやったりと、主体はいろいろだと思いますが、基本的に「雇われ」の動物園で、“出前”するようなものです。 現在の移動動物園はほぼこういうものだと思います。 さてそんな中、「世界大動物園」は第二世代とは趣旨も形態もちょっと異なる(第一世代に戻るような)感じがします。 確かに現在でも、動物園までなかなか行くことのできない地域は存在します。(特に内陸や、日本海側など) そして昔のように新しく動物園を作れる時代でもありません。 そういう場所にちょっと珍しい動物などを持っていって展示する。自社でそもそも動物を持ってるので展示動物はそこから少し持ち出せばいいわけです。移動式なのでハードを建設するコストもかかりません。もし集客に失敗してもさっと撤退できます。 地域の人々は、近所に開いた動物園へ、普段の買い物のついでに行くことができる。近隣の大都市まで、混雑する動物園に日曜の早朝から準備して家族で出かけるその出費と労力を考えると、ちょっと高くても近所でいいか、と思うかもしれません。 常設の動物園と一般的な移動動物園の微妙な隙間に入り込んだ、第三世代と言えるのではないかと考えます。 上述のような中でも、より沢山の人が、動物園や動物に親しむことができる、という可能性はありそうです。 動物に対する福祉的な考慮、明らかに利潤目的でその他は放置でいいのか、など課題や改善すべき点は山積みでしょう。 しかし、だからといって周囲から叩き潰せばいいようなものでもないかとも思います。 第三世代が、どのように進展していくのか、あるいはいつか頭打ちがくるのか、興味深いところではあります。
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動物愛護がいわれている時代・・・
公共の動物園でもいろいろな意見がある中で
民営の移動動物園は難しいですね。
動物を見せたいという理念と
金儲けという思惑が、
同時に見てとってしまうから困ってしまいます。
東北サファリ系は、特にはっきりしているから
難しいですね。
かつての日本の見せ物小屋的な要素であれば
時代の流れで消えていくのでしょうか・・・
でも、
実は、怪しげな動物園も、ちょっと好きです(^^;)
2011/5/26(木) 午後 1:17 [ ずぅ ]
最近、動物園史をまとめ初めている身としてはとっても興味深かったです!
たしかに、より多くの人が動物園や動物に親しむ場を提供できる反面どんな動物観や動物園観が形成されていくのか気になる所です。
2011/5/26(木) 午後 9:30 [ ワカテ ]
大変興味深いテーマですね。ありがとうございます。
日本の動物園の背景として、江戸時代に野生動物を見せる「見世物」や「香具師」がどの程度存在したのか、調べて見る価値はありそうです。(ヨーロッパと異なり、日本では博物館のように恒久的な施設にモノを集めて一般の観覧・利用に供するというコンセプトがどうも元々無いか希薄だったように思われます。)
それと、60年代から少なくとも80年代までは、農大の近藤先生のイベントに代表されるような、デパートの、いわば「珍獣展」の様なものがありました。これもある種の移動動物園と言えるのではないでしょうか。今後の考察のヒントになれば幸いです。
2011/5/29(日) 午後 2:03 [ ホンキミ ]
見ーつけたっ。
先日は大雨の中お疲れさまでした。私はおりませんでしたが。
「動物の福祉」課題・改善・山積み・・・確かに。
私にとっては大変耳が痛ーございます。
2011/5/31(火) 午後 0:42 [ szk ]
ずぅさん>
そうなんです。いろんな問題や不快感を認めつつも、その怪しさに何故か興味を持ってしまうんですよね(^^;)ずぅさんも各地のマイナーな園館をいつも訪ねてらっしゃるのでそのレポを楽しみにさせてもらってます。
ワカテさん>
こういった動物園が存在することによる効果と弊害、是非調べてみて下さい。それらが作り出される背景や歴史的な面も含めて勉強して下さい、で、わたしに教えて下さい。「移動動物園の歴史」このテーマ、そっくり差し上げてもいいですよ(笑)
2011/5/31(火) 午後 10:00
ホンキミさん>
貴重なアドバイスを有難うございます!!そういえば・・・ありましたね。わたしは80年代真っ只中の生まれなので、地元のデパートの大催事場に「珍獣展」がたびたび開かれ、幼少期に見に行った記憶があります。ギリギリの世代くらいでしょうか。ヨザルとかホッキョクギツネとかジャクソンカメレオンとか、九州では常設で飼育されてなかったような動物もそこで初めて見たように思います。
それを鑑みると、空白の60〜80年代もやはりその時代特有の形態で存在していたことになり、話題の現在の移動動物園は世代がずれることになりそうですね。
幼少期の記憶や資料等も含め、もう少し考察を練り直してみようと思います。
またどうぞご指導ご助言よろしくお願いします。
2011/5/31(火) 午後 10:11
szkさん>
どうも〜。大雨でぐちゃぐちゃながら、それでも楽しめる多摩動物公園の魅力・・・みんなで有意義に過ごせたと思います。今度都合のいい時にまた是非行きましょう〜。
野生動物の保護の現場でも、体の健康だけじゃなく心の健康にも十分に気を配っていけるような世の中の流れになればいいですね。とはいえ、現状では、世の中から求められるのは多忙な業務と大量な個体の丸投げ・・・まだまだ発展途上段階です。あきらめずに頑張っていきましょう〜
2011/5/31(火) 午後 10:16