午前中のおやつの時間。
私の足の上に、自分の足を置いている行儀の悪いカナ…。
保育参観の一環として、地元出身の臨床心理士の方の講演が1時間ほど開催されるということだったので、拝聴してきた。
3人のお子さんを育てた女性の方で、スクールカウンセラーなどもされていて多忙な方らしい。
「考え方には癖がある」という話で、まずはどこにその人の癖があるのかがわかる簡単なチェックシートをつけて、それぞれの説明があった。
いわゆる思い込みというものだ。
これはなければないほどストレスが少なく、まぁ多分生きやすいということになるのだろう。
そして、この思い込みが子育てを難しくするというか、思うようにいかない子育てということで親が日々悩んだりするネタになっていたりするのだ。。。
また、子供が何かをするとして、8割がた上手にやったとしても、残り2割がうまくいってないと、そこにばかり目がいってしまい「うちの子はうまくやれない…」と心配する。
そこで講演のポイントのひとつである、
子供といえども、(親の)自分ではなく、相手である。
その「相手」の側に立ってみてみようということだ。
そしてなくべく子供の良いところを見るだ。
二つ目は、子供の問題を親が解決してはいけない。
干渉してはいけない。ということだ。
簡単な例として、子供がお茶を入れようとしてこぼしたとする。
すると親は、こぼしたことを怒る。
でも子供の方の立場になると、「お茶が飲みたい」そして「自分でお茶を入れようとした」という行為が見えてくる。
わかりやすく言うと、ふざけてるのでなければ子供自身がこぼして喜ぶことはなく、「お茶を入れることに失敗した」ことに気付き、こぼしたから飲めないことは怒られなくてもわかるのだ。
その「こぼした」行為に親は怒り、はたまた疲れているときには自分で冷蔵庫を開けてお茶を出したことまで怒るわけだ(笑)^^;
これは私もよ〜くある。わかっているけど、疲れているときなどとくに、「誰がふくんだ!」と言って大声をあげてしまうのだが、実は大声で怒鳴ってもストレスが発散できるわけでなく、余計そのことでストレスになるということはある。
逆にもう子供達で勝手に拭いたりしているときもあり、子供というのは親がやってやらなくても問題を解決しようと考えることができる。
言い換えれば、親が手を貸さなければ自分でどうしようか考えるというのだ。
とくに二つ目の子供の問題を親がするということはどういうことかというと、自分で出来ることは自分でさせるということだ。
靴をはかせる。服を着せる。大きくなってくれば、朝起こす。宿題をやってあげる。。
その子供の問題は、子供が自分で解決しなければいけないわけで、親がそこに干渉すると…、
1.子供が自分で問題解決できない
2..親のせいにする
3.子供が傷つけられ、反抗的になる
4.親が忙しくなる
これは、小さいうちからやっていった方がいい。
ある保護者の方が質問されて、その方の小学4年生の娘がまさにこの状態だという。
学校から出された宿題を、夜の10時近くになって「やってない、どうしよう」と言いだし、「やらずに行くくらいなら、学校を休む」と言うので、たまたまその宿題が裁縫のものだったこともあり、結局親がやってやったという。
親からすると宿題をして1時、2時になるのはまずいと思い、やってやったのもあるらしい。
ではこれについてどうするかというと、まずはその子供の良いところを見つける。
この場合、どこが良い所かというと、「10時頃になって宿題をやってないと言いだしたところ」なのだ。子供の中には、そのことに気づかないまま宿題を忘れていく子もいる。それを寝る前にちゃんと思い出したということだ。
その後、その宿題をどうするかはその子が考える(問題解決する)ことで、そのときに手伝ってあげるか、断るかはその状況で、どちらでも良いらしい。
子供が10歳までは、共同の課題として親も手伝うことはOKで、もちろん断ってもいいとか。
今、こう書いてて思ったのは、この子供はそもそも意図的に寝る頃になって、その面倒な宿題を親にやらせるために、「できないなら休む」と言って脅したとも言えるのではないかと思った。
だが、そうしてしまったのは親なのだということだ。
ただこうなってしまったことを「もう駄目だ」と思う必要はないらしい。
その場合は、1年を1ヶ月と考え、もう一度子供との接し方を変えていく。
だから10歳のこの子の場合は、10ヶ月はかかると思っておいた方がいい。
何だか良かれと思ってやってやったことが、逆に子供をダメにするのだから、親の責任というのは、小さい時ほど重要なのだな〜。
そういえばうちの母親は朝も仕事で早かったし、こういう場合でも「どうするの〜」と気にはしてくれながら、手伝ってくれることは言えばあったと思うが、やってくれるタイプではなかった。
むしろ絵も字も下手だし、とくに作文ぽいのは大の苦手で、低学年の頃によくあった親の感想文を書かなければいけないのをすごく嫌がっていた。
私は私で字の下手な親に短い感想を書かれるよりも、自分で親になりすまして、理想の親の感想文というのを自分なりに工夫して書いていた。
そのために、こういう風に書くのか〜と思いながら、友達の親の感想文のところを盗み見していたものだ(笑)
私の場合は良い例ではないかもしれないが、親にやってもらっているところは決して上達しないというのは、絶対にあると思う。
もし自分の親が作文や絵などが得意だったら。。。(あの時はそうだったら良いと願っていたが)
私が時々自分の作文や絵が認められて、先生にもう一度少し直して書きなさいと言われた時に、親に頼って親が書き直して、それで賞などをもらっていたら…。
私は多分、今の私ではないような気がする。
子育てについて考えるときに、ふと自分の子供の頃がよみがえるときがある。
「親」になるっていうのは、本当に貴重な経験をさせてもらっているんだなぁ。
心理学を勉強すると、人の過去と人を変えることはできないとわかるという。
だけれど、自分は意識すれば変えることができる。
自分が変わることによって、相手が変わることはあるのだとか。
子供は、小さければ小さいほど「過去」がなく、未来があるばかり。
時々こうやって客観的に見ることによって、少し心の余裕を取り戻し、子供の未来を伸ばす手伝いができればいいなと思いました。